第五話:新たなる力
毎日の日課。集めた魔導石を数え終える。雑用クエストやらダンジョンの攻略やらを頑張ったおかげで、一時期は一個まで落ちていた魔導石数は十五個まで増加していた。
十五個。十五個である。カレンダーを見ると、ギオルギ戦から二週間が過ぎている事がわかる。
たった二週間でこの戦果、自分の事を褒めてあげたい。
「あー、そろそろ獣種の眷属が欲しいなぁ……」
「? どうしたんですか? いきなり」
最近アイリスの単騎兵に可愛らしい服を着せて遊ぶのにはまっているナナシノが顔をあげる。
単騎兵の方はもうそれを諦めているのかそれとも忠誠故か、身じろぎ一つせずにお人形になっている。騎士も大変だ。
「えええええええ!? ど、どうしてだぁ、あるじぃ!? わたしなんかしたぁ!?」
言葉を聞き取ったサイレントが例によって騒ぎ始める。最近サイレントが騒ぐのにも慣れてしまった。
僕はサイレントの言葉を完全に無視して、ラフな格好で単騎兵と遊んでいるナナシノの方を見た。
「何で最近、ナチュラルに僕の部屋にいるのかは置いておくけど――……いや、置いておいていいのか?」
最近のナナシノ率がやばい。まるで当然のようにいるし、クエストにもついてくる。何も彼女にはメリットがないはずなのに。
「だってブロガーさん、私を置いて勝手にクエストに行っちゃうじゃないですか」
「それが自由って奴だ。そもそも、僕についてくるとアイリスの単騎兵育たないよ。全部サイレントがやっちゃうからね」
そして、サイレントのレベルは非常に上がりにくい。
アビコルではそのレア度によって同じ魔物を倒してもユニットごとに経験値の入りが違うのである。『経験』値とはよくぞいったものだ。
アイリスの単騎兵なら上がるレベルでもサイレントでは上がらない。何しろゲールを二体も倒したのにまだレベル3にしかなっていないのだ。
そもそも、僕についてきてもナナシノに魔導石は入らないようなので完全に無駄である。
ナナシノを慮って出した言葉に、ナナシノは唇を尖らせた。
「いーんですよー。私がついていくのも自由ですしー」
まぁもちろん自由ではあるのだが、僕の意志が完全に無視されているようだ。
が、僕は別についてきても全然構わないので抗議するのをやめた。ナナシノも物好きだのお。
話を元に戻す。
「いやさぁ、そろそろ古都でも簡単なクエストは枯渇しそうだし、次の街に行きたいなあと思ってるんだ」
「…………え!?」
ナナシノが目を見開き、僕をまじまじと見る。尻尾があればピンと立っていただろう、そんな表情。
だが、何も驚く事はない。もともと僕は古都を拠点にするつもりはなかった。古都は大体のものが揃っているが、所詮は最初の街なのだ。別に強い愛着もないし、だから家を借りずにずっと宿を取っていたのである。
「あるじぃ、我は、きいてないぞぉ?」
「ここじゃ、サイレントのレベルも上がらないじゃん」
「むぅ……」
貴重な素材アイテムも古都近辺では手に入らない。
それに、エレナだっている。僕はあの女からなるべく離れたいのだ。
ナナシノが初対面の頃を思い出させるおずおずとした口調で言う。
「え……でも、私……やっと慣れてきたところだったんですが……」
「いや、別にナナシノはついて来なくていいよ。もうちょっとここでレベル上げたら?」
「え……」
ナナシノの表情がぴしりと硬直する。まだ自立できていないのか。
僕はナナシノが嫌いじゃない。本音を言えば割と好きだが、ずっと連れ回すつもりはない。そして、古都ならばNPCではあるがナナシノに親切なパーティがいくつもある。それは彼女が作った人脈のようなものだ。
ギオルギの件でだいぶギクシャクしているようだが、それは時間が解決してくれるだろう。
何よりも、古都は初心者プレイヤーに易しい街なのだ。優しすぎて慣れたプレイヤーには少し物足りないだけで。
サイレントが僕の膝によじ登り、呆れたように言う。
「主は冷たいなぁ。ななしぃに恨みでもあるのか?」
いや別に……今生の別れでもあるまいし。
「まぁ、でも一個だけ問題があるんだよね」
「……なんですか?」
「古都って陸の孤島なんだよ。地図見たことない?」
【古都プロフォンデゥム】の周辺は草原だが、その広い草原を北に超えるとアビコル屈指の難フィールドである山脈、【竜ヶ峰】が連なっている。
ならば逆はどうかというと今度は向こう岸が見えない程の大きな河で分断されており、西の境界にはアビコルで最もエンカウント率が高く面倒なフィールドで知られる【彷徨いの森】が広がっている。
東に行くと今度は常時熱によるダメージを受ける【カッサ砂漠】が広がっていて、とても抜ける気にはなれない。一体どうなってるんだこの世界は。
「飛行能力がある眷属がいないと次の街に行けないんだよね……」
もっとも、古都には定期的に飛空船が来るのでそれに搭乗するという方法でも古都は脱出できるのだが、そのチケットを得るには幾つかの面倒なクエストを進めなくてはいけないので、大抵のユーザーは飛行能力を有する眷属が出るまで眷属召喚を繰り返すのが習わしであった。
「飛行能力を持っている眷属って言ったら、竜種か獣種だけど、竜種は育てないと空飛べないんだよね……」
竜種の特徴は大器晩成にある。七種中最も強力な種だが、卵から徐々に進化させなければならないというクソ仕様のためあまり使っているプレイヤーがいないという可哀想な種であった。
だから、手に入れるならレア度低め飛行能力を持っている獣種――鳥型の眷属だ。
サイレントがちょんちょんと僕の膝を叩く。視線を落とすと、サイレントがプテラノドンっぽい見た目に変化していた。ミニチュアサイズだけど。
「あるじ、我がいるぞ」
「よし、飛んでみせろ」
サイレントが翼を羽ばたかせ、ジャンプする。そしてそのまま床に墜落した。
僕は墜落したサイレントをすかさず踏みつけた。くそがっ、てめえは飛行能力持ってねぇだろ!
「まぁ、飛行能力はこの先絶対必要になるし一体は持っておきたいよね」
「……なるほど」
ナナシノが言葉短に頷いた。
どうしたんだろう、いつもよりも口数が少ないようだ。
ついてこなくていいと言ったのが悪かったのか、ちょっと顔色が優れないようだ。
「飛行能力を持つ眷属がいればいつでも帰ってこれるしね」
アビコルで一番面倒なのが移動だ。飛行能力がなければ一つ一つ順番にフィールドを超えていかなくてはならない。フィールドじゃない道とかはタップ一つで移動できるんだけど。
「! そ、そうですよね!」
他意のない言葉に、ナナシノが急に大きな声を出す。少しだけ気を取り戻したようだ。
帰ってこないけど、なんて言ったらまた落ち込むだろうか。
「まぁ、一喜一憂してる所悪いけど、まだ街を出たりしないよ」
「……え?」
「だって飛行能力持つ眷属なんて引けないしー。ここが現実だったら二、三万課金して回してみるんだけど」
「ええええええ……」
迷い込む寸前に財布持ってなかったのが痛かった。
アビコルがゲームだった頃はクレカで課金していたのだが、クレカ登録が解除されてしまったらしく課金しようとしても課金できないのだ。お金持ってたら全部魔導石にするのに。
翼を持つユニットは結構な数存在するが、移動に使える【飛行】の特性を持つユニットは最低でもレア度13以上である。
それ以下の翼持ちユニットは【飛行】の代わりに【単体飛行】の特性を持ち、移動には使えない。多分大きさが足りなくて乗れないとかそういう理由なのだろう。クソゲーである。
そして、たった三回の眷属召喚でレア度13以上の【飛行】持ちユニットを引けると思う程、僕はアビコルに幻想を抱いていない。まぁ確率の問題なので当たる可能性はあるっちゃあるが、経験上こういう時は絶対に出ない。賭けてもいい。
一回くらい試しに引こうとか思ってはいけない。自分は強運だなんて思ってはいけない。今引いたら絶対アルラウネとか出てきて死ぬほど後悔する。
だから、完全にIFの話である。ナナシノを不安がらせてしまったようだが、僕は嫌でも古都から出られない。課金しないと次の街に行けないとかマジクソゲーだ
顔に出さずに憤っていると、ナナシノがふと小さく言葉を漏らした。
「……飛行能力、かぁ……」
「【飛行】って割と希少なんだよねぇ。まぁ【潜水】や【次元遷移】よりはいるけど」
「なんですかそれ?」
「海底のダンジョンや別次元のダンジョンに挑戦するのに必要な特性。地獄なんだ。全然出ないんだよね」
まー僕は出るまで引いたので持っていたが、思い出したくもない。
特定ユニットを持っていないと挑戦出来ないダンジョンを作るのは本当にやめていただきたい。
ナナシノは思案げな表情をしていたが、アイリスの単騎兵を見て言った。
「私が飛行の眷属手に入れたら……ついていけるかな」
「……ナナシノはさぁ……もう少し自分のやりたいことをやればいいんじゃないかなぁ」
「……え?」
ナナシノの入れてくれたお茶をすすり、僕はむにむにサイレントの感触を足の裏で楽しみながら続ける。
「人の事を考えすぎだよね。それはそれで美徳だしナナシノのいいところだと思うけど、もうちょっと自由にやってもバチは当たらないと思うよ」
「あるじは、自由にやりすぎだと思うぞぉ? うひゃひゃひゃひゃ」
くすぐったいのか、得体の知れない笑い声を上げるサイレント。
こいつはもうちょっと僕を敬う気持ちを持った方がいいと思う。
きょとんとして僕を見るナナシノ。その視線に何故だか少しだけ恥ずかしくなって、僕は咳払いした。
「何がいいたいかって言うと、ナナシノは僕の迷惑なんて考える必要がないってことよ。別に飛行能力を持っている眷属いなくたってついてきてもいいし、手に入れたらありがたいのは確かだけど……もうちょっと気抜いてやってみたら?」
あまり気を使っていると疲れてしまうだろう。何で年下の女の子に気を使わせなくてはならないのか。
僕にだってある程度の甲斐性はあるのだ……多分。
最後に右手でピースを作ってナナシノに突きつけ、笑いかけた。
「大丈夫だよ。本当に迷惑だったら僕は自分の自由を行使してナナシノを叩きのめすから」
「ええ……」
「主は大人げないなあ」
ナナシノがなんとも言えない表情を浮かべる。
彼女も最近はちょっと遠慮がなくなってきているが、僕はもうちょっと許容できる。多分そうすればナナシノももう少しこの世界を楽しめるのではないだろうか。
しばらく考え、天井を見て考えていたが、ナナシノが意を決したように唇を開いた。
「じゃあ一個だけ。ずっと気になっていたことが……」
「何?」
「ブロガーさん……その……私の事、ちゃんと名前で呼んでくれませんか? 『青葉』って」
「何で?」
もったいぶったにしては軽い内容である。ちょっと照れたように、ナナシノが続ける。
「なんでって……皆、ちゃんと青葉って呼んでくれるのにブロガーさんだけ名字で呼んでくるから……」
ナナシノってけっこう人の中に入り込むタイプだよなぁ。なかなか言えない事である。
少なくとも僕には言えない。ちょっと考えてあっさりと答えた。
「やだよ」
「な、何でですか?」
「何でって……ちょっと照れるじゃん?」
僕は呼び方で人との距離感を線引しているのだ。
僕が名前で呼ぶのは家族か敵のどちらかである。後は親友も呼ぶけど、どちらにせよそれは請われてやるものではない。
ナナシノは自分の手の平を忙しなく触りながら僕の言葉に瞬きしていたが、照れたように目を伏せる。
「……ブロガーさんって……その……本当に自由ですね……」
「ななしぃは可愛いなぁ」
「なっ!?」
僕がナナシノだったら絶対、姫プレイするのに。もったいない。まぁでも現実だと危ないかなぁ……。
顔を赤くし、絶句しているナナシノをしばらく見ていたが、ふと一個だけ言わなくてはならない事を思い出した。
「あ、でも今は召喚しない方がいいよ。獣種召喚確率アップキャンペーンの時に十連召喚で召喚したほうがいい。ナナシノ知らないかもだけど、十回分まとめて引くともう一回サービスで引けるし、レア度五以上眷属が一体確定だから」
「…………え? ええ? そ、それ、いつ来るんですか?」
そんなの僕が知りたいわ。
でも、ゲームだったら結構頻繁に来てたからそろそろ来るんじゃないだろうか。
§
そしてその日の夜、僕はあっさりと誘惑に負けて二度目の
クソゲーである。絶対これ誰か見てるだろ。
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