第四話:召喚士の才能

 アビス・コーリング序盤のダンジョンは難易度が低い。


 これは、アビコル運営の慈悲であり、同時に無課金ユーザはここで魔導石を手に入れて召喚してね、というお達しでもある。

 後半のダンジョンは再生コンティニュー必須の難易度なので多分そうすることでバランスを取っていたのだろう。


【暗闇の岩洞窟】を何事もなく攻略した僕は、勢いに乗って下から順番にダンジョンを回っていった。


 ダンジョンの難易度――ランクは数字で表される。これは眷属ではなくプレイヤー自身が持つ数少ないパラメーターの一つ、プレイヤーランクに対応しており、両者の数値を見れば大体攻略可能なダンジョンか判断することができるが、古都周辺に存在するダンジョンは大体がランク100以下の簡単なダンジョンばかりだった。

 プレイヤーランクは所有眷属やプレイ時間、アイテムや所持金など諸々を加味して自動的に設定される仕組みになっているが、サイレントを有している時点で僕のランクは100を超えているはずなので、どれも問題なくクリアできるだろう。たまに凄い落とし穴があるけど。

 

 古都周りにはダンジョンだけでも十個近く存在しており、特定アイテムを入手して納品する納品クエストや特定場所の魔物を討伐する討伐クエストとからめて攻略すれば合計二十個近い魔導石が手に入る計算になる。眷属召喚アビス・コールにして四回程度の微々たる数だが、楽に手に入るのだから贅沢を言ってはならない。


 古都都市内から行けるダンジョン。

 【プロフォンデゥムの地下水道】は出現する魔物の数が多い事で有名なダンジョンだった。


 入り口は巨大な扉で閉ざされ、大きな南京錠が掛けられていたが、クエストの受領証を地下水道の管理人に見せると、あっさりと鍵を開けてくれた。


 討伐クエスト、『古都地下の大掃除』。討伐対象は『プロフォンデゥム大蝙蝠』。


 【プロフォンデゥムの地下水道】に唯一生息する魔物。個々の力は弱いが何しろ数が出てくるので、全体攻撃持ちがいなければ無駄に時間がかかる事になる面倒な敵だ。


「じゃ、じゃあ後は任せた。討伐が終わったら頑張ってくれよ……」


「はーい。じゃー行ってきます」


 管理人の声援を受け、仄かな明かりの灯った地下水道に足を踏み入れる。

 鉄製のハシゴを慎重に降り、ダンジョンを確認する。

 地下水道内部は暗く、ジメジメ湿っていた。が、臭いは想像していたよりもひどくない。通路中央を黒い水が轟々と音を立てて流れている。


 サイレントが肩から降りて僕の前に立つ。そこで、一歩遅れてナナシノが降りてきた。鉄板を仕込んだブーツがかんと高い音を立てる。


 地下水道とは要するに下水道の事である。普通嫌がると思うのだが、たくましくなりすぎである。これが若さか……。


「ナナシノさー」


「……なんですか?」


「最近ずっと僕と一緒にいるけど大丈夫?」


 もともと彼女は僕と分かれて行動していたはずだ。宿は一緒なので毎日顔は合わせていたが、ある程度慣れてからは僕についてくるのはせいぜい三日に一度くらいだった。

 それが、ここ最近は毎日欠かさずついてきている。


「……迷惑ですか?」


「いや……別に迷惑じゃないけどさ。ナナシノの方にも付き合いとかあるんじゃないかって」


「だってブロガーさん。一人でダンジョンに入ると無茶苦茶やりそうで……」


 言いづらそうにナナシノが言う。

 確かにナナシノの格好と比べると僕は軽装だ。ローブも着心地を重視した薄い物だし、ナイフも持っていない。


 だが、その考えだと本当にまるで――ナナシノが僕の保護者であるかのようである。


 僕は文句を言うか迷ったが、面倒なので言うのをやめた。

 ナナシノがついて来ようと来るまいと僕にはあまり関係ない。それに、会話相手がサイレントだけというのも寂しい話だ。

 どうせ話し相手がいるなら性別不詳の不思議生物より女の子の方がいいよ僕は。


「まぁいいけどね。ナナシノの自由だし。なぁ、サイレント」


「うむ。我に任せるがよい、ななしぃ」


 サイレントが自信たっぷりに頷き、その身体を変形させる。

 がさがさと何かが羽ばたく音。おぼろげな電灯の明かりの前を幾つもの影が飛び交う。


 蝙蝠なんざ何匹いたところでサイレントの敵ではない。




§



 強い。いや、強すぎる。


 ナナシノは半ば呆然として、その様子を見ていた。


 サイレントから伸びた影が天井を縦横無尽に飛び回る数匹の蝙蝠を一度に貫く。汚水に死骸の落ちる水音が断続して響き渡る。

 ギオルギのゲールを倒した瞬間から理解していたが、サイレントの力は青葉が見たことのあるどの眷属よりも強かった。

 青葉は幾つものパーティに参加した。中には炎を操るものや空を飛ぶものもいたし、アイリスの単騎兵と同じくらい剣を巧みに操るものもいたが、純粋な戦闘能力で言うのならばサイレントよりも遥かに劣る。


 どのくらい劣っているのか――青葉には判断できないくらいに。


 大蝙蝠は青葉自身の半分程の大きさもあるが、それほど強くない。湿原にいる魔物の方が強いくらいだが、一つだけ大きな問題があった。


 繁殖力が高く、数が多いのだ。翼を持ち、上空から襲い掛かってくるので攻撃も当たりづらい。


 青葉は召喚士コーラー仲間から決して一人では地下水道には行かないように言いつけられていた。眷属はともかく、召喚士本体が攻撃を受ける可能性があるからだ。

 だが、そんな大蝙蝠もサイレントを前にすればただ落とされるのを待つだけの憐れな魔物でしかない。


「主。やわい、やわいぞおおおおおおおお!」


 興奮したサイレントの声。だが、その影法師のような身体はずっとその主の前にあった。伸びた腕が地下水道の薄暗い明かりの中、くっきりと映る。


「僕の周りに近づけるなよ。蝙蝠は……好きじゃないんだ」


 サイレントの召喚士の青年が眉を顰め、ただ落ちていく蝙蝠を見ている。


 何の変哲もない青年だ。青葉よりもずっと年上らしいが、見た目だけならば同年代に見える。

 だが、その召喚士の才能は並大抵のものではない。そして、何事にも動じないその胆力も。


 その事実を、青葉はブロガーが【暗闇の岩洞窟】で魔導石を発見した時に確信していた。


 ブロガーは青葉にこの世界はアビス・コーリングというゲームに準拠していると教えてくれたが、青葉はそれを鵜呑みにしていない。

 嘘だとは思っていないが、まるっきりそのままだとも思っていない。鵜呑みにするにはこの世界はあまりにも現実的過ぎるのだ。


 青葉は空いた時間を使って熱心に召喚士コーラーについて調べていた。


 召喚士コーラーとは生まれつき黄金の魔導石を持って生まれてきた者の事。


 召喚士の持つ才能とは簡単に言うと、魔導石を『召喚』する才能だ。

 虹色に輝く魔導石はこの世界のどこにも存在しない石。召喚士コーラーのみが呼び出せる特別な石だ。


 呼び出すとしているが、実際に意識して魔導石を呼び出しているわけではない。

 だから、召喚士はそれを『魔導石と出会う』と呼ぶ。


 討伐した魔物の体内から。ある日、自分の部屋の片隅で。道具袋の中にいつの間にか紛れ込むという形で、魔導石と出会う。そして、その頻度が高ければ高い程召喚士としての適性が高い。


 青葉は才能がある方だった。たった一月で五つもの魔導石を得られる召喚士は数少ない、そう言われた。だが、それならばたった一度の探索で二個の魔導石と出会ったブロガーは一体なんだと言うのだろうか。

 それだけならばまだ偶然と呼べるかもしれないが、それ以降もブロガーは毎回二個の魔導石を手に入れているのだ。


 この世界に来てから、青葉は助けになりっぱなしだ。

 もしも【始まりの遺跡】でブロガーと出会わなかったら知識も金もない青葉ではどうなっていたかわからない。

 ギオルギにさらわれた時はたった一人で助けに来てくれた。あまりにも平然としていたが、それだって命がかかっていたのだ。


 もちろん青葉も少しは返そうとしている。助けになりたいと思う、が今の所それは実を結んでいない。


 そして、このままではどんどん間は開いていくだろう。青葉の中には小さな焦燥があった。


 召喚士の力は眷属の力。

 召喚士がいくら強くても眷属が弱ければなんの意味もない。

 いや、そもそも、眷属が弱ければその召喚士は――強いとは言えないのだ。


 青葉の視線にも気づかず、視界に入る限りの大蝙蝠を駆逐したブロガーが言う。


「なんかもう辛気臭いし疲れたから、さっさと攻略して帰ろう」


「えー、もっといたいー」


 主の要求にサイレントが駄々っ子のような声を上げ、蹴飛ばされる。


 それまでただ立ってぼんやりとしていた青葉はその様子に我を取り戻し、慌ててブロガーが忘れているらしい大事な情報を言った。


「ブロガーさん、ちゃんと討伐証明部位を集めて持っていかないと、クエストクリアにならないですよ!?」


 ブロガーがその言葉に、顔を顰める。一番重要な事なのにどうやら本当に忘れていたらしい。

 一体彼は何をしにきたのだろうか。青葉は他の召喚士達ならばまず犯さないミスに目を見開いた。


「チッ。ゲームと違って自動でカウントしてくれるんじゃないのか……サイレント、討伐証明集めて」


「集めるのは構わないが……部位? ってどこだ? ななしぃ、どこぉ?」


 ざっくばらんな指示だけを出すブロガー。擦り寄ってくるサイレント。ある意味似た者同士の二人に、青葉はため息をついた。

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