第十三話:名持ちの勇士

「昔はwikiとかにもゲールを引けたらリセマラ完了とか書かれてたんだけどなぁ……」


 サービスが続くにつれ、新たな眷属が実装されるにつれ、記述は目まぐるしく変わっていった。

 アビコル運営は熱心な運営だったから、ゲールの時代は長くは続かなかった。


 最強クラスだった攻撃力は相対的により強い眷属の実装により、高めなキャラに変わり少し高めなキャラに変わり、まあまあ高めなキャラに変わった。


 そして、第十六次大型アップデート――『一単語の系譜ザ・ワード』の実装により、『名持ちの勇士ネームド・ブレイブ』は完全に過去の栄光となった。なまじ似たような名前だったため、初心者からは区別がつきずらいとクレームまで貰っていた。

 僕達、ゲールの栄光を知る古参プレイヤーはそれを見て嘆かわしいと涙を拭いたものだ。当たりだったキャラが外れになった瞬間程やるせないものはない。


 サイレントの刃がゲールの手甲の隙間に入り込み、ゲールが咆哮を上げる。怒りのようでもあり、悲鳴のようでもある。


 ゲームで言う致命打クリティカルというだろう。サイレントはクリティカル率もかなり高いのだ。

 ゲール実装当初はクリティカル率が高いキャラは攻撃力が低めに設定されていたが、サイレントの時代はその法則が半ば形骸化していた。まぁサイレントの攻撃力はそんな高くないんだけど、元攻撃力特化キャラより少し低め程度の攻撃力があるのだからゲールからすればたまったものではないだろう。しかもサイレントはまだレベル1だ。


 ゲールの動きが鈍くなる。サイレントの動きは戦闘開始直後から殆ど変わっていない。

 それに気づいたのか、ギオルギがいらいらしたように叱咤の声を上げる。


「ゲエエエエエエエエエエエルッ! 獣王よ! 何をやっている、とっとと殺せ!」


「ぐッ――」


 ゲールが低く唸る。袈裟懸けに放たれた斬撃がサイレントの刃を撃ちつけ、その力にサイレントの体勢が崩れる。

 その隙に全力で振り降ろされたゲールの一撃を、サイレントが本来不可能な動きで横にずれて回避した。カウンター気味の斬撃がゲールの肩を穿つ。致命打だ。


 そう、サイレントは回避率も高いのである。まぁ肉の身体じゃないし。

 ゲールが苦痛を誤魔化すかのように高く吠える。


 まだゲールのHPは半分残っている。サイレントよりも少しだけ多いが、クリティカルの女神が微笑んでくれたお陰で予想よりも優位に戦況を進められている。


 身体のそこから震え上がるような獣の咆哮に、ナナシノが身を震わせた。小さく呟く。


「い……いける……?」


「んー」


 運がいいな……いや、サイレントが頑張っているというべきか。

 やはり取り巻きを先に倒しておいてよかった。いくらなんでもゲールプラスアルファを相手にするのはサイレントじゃ無理だ。死んでしまう。


「あ……」


 落ち着いたのか、今更僕に肩を抱かれている事に気づいたのか、ナナシノが恥ずかしそうに頬を染めて身体を離す。

 少しだけ乱れていた服を整えると、恥ずかしさを誤魔化すかのような口調で僕に聞いてきた。


「あ、あれ? で、でも、因縁って……」


「あー、それね」


 言うか言わないか迷っていたが、聞かれてしまったのだから答えざるを得ない。

 目を閉じると、当時の悪夢が蘇るようだった。恐怖、憤懣、虚脱感、苦々しい記憶を噛み締めながら答えた。



「僕さぁ…………ゲール、めっちゃ引いたんだよね」


「……え?」


「……最終的には三十六体いたかな」


「……ええええええええええええええ!?」


 アビコルにはいらない眷属を、とあるアイテムに変換できる『解放リリース』というシステムが存在する。

 ゲールも何体か『解放』した記憶があるので実際に召喚で出てきた数は三十六体程度ではないだろう。


 素っ頓狂な声を上げるナナシノ。一体でサイレントと互角の眷属が三十六体もいたなどと言えば、何も知らないナナシノからしたら信じられない話にも感じるだろう。


 だが、これはアビコルのシステムを考えると何も不思議な話ではない。


「いやー、アビコルの眷属召喚の種類って増えるけど減らないから……」


 ネームドが実装されたのは第三次大型アップデート、序盤も序盤、最序盤である。そこからアビコルのサービスは数年続いたのだ。新たな眷属が実装されるたびにガチャガチャしていた僕がゲールを数十体持っていても何もおかしな事はない。


 まぁ十回召喚して半分がゲールだった時にはさすがにおかしいと思ったけど。絶対偏ってたわ、あれ。


 正直、ゲールを複数体持っていてもゲール軍団編成して遊ぶくらいしかメリットがない。

 大体、僕がゲールを目的に召喚したのは実装直後だけであり、それ以降は違うもっと強力な眷属を求めて召喚していたのでゲールは瞬く間に僕の中では外れの代名詞になった。

 もっと雑魚な眷属は腐るほどいたのだが、ゲールはなまじ半端に強いので印象に残っているのだ。くそがぁッ!



「クソがっ! ゲールッ! 何をやっているッ! お前は最強だ、そうだろッ!?」


 過去の思い出に憤る僕をよそに、ギオルギがゲールに八つ当たりしていた。


 僕はあまりに滑稽なその光景に自省した。

 ダメだね、ゲールに八つ当たりしちゃ。ゲール悪くない。悪いのはインフレさせたアビコル運営チームだ。


 罪を憎んで人を憎まずで行こう。


 ゲールは主の言葉に応えるかのように天地が震える程に吠え、その剣戟に一層力を込める。が、その動きは当初とくらべて鈍っていた。HP減少や致命打クリティカルを受けたことによりステータスにペナルティがかかっているのだ。獣種の弱点の一つである。


 一方で、サイレントの方はHPこそ減っているものの動きはそこまで鈍っていない。

 サイレントとゲールを中心に、草がなぎ倒されていた。飛び散った血が、肉片がそこをコロシアムのように彩っている。


 決着は近い。

 ギオルギも僕と同様、召喚士としてそれを悟ったのか、声を枯らす程にゲールの名を叫ぶ。僕もそれに負けじとサイレントの名を叫んだ。



「ゲールッ!!」


「サイレントッ!!」



 サイレントが身を低くし、滑るようにゲールに近づき影の刃を振り上げる。

 ゲールが大地を深く踏み込み、両手で握った黒鉄の剣を振り下ろす。


 巨大な二つの影が交差し――




 ゲールの剣がサイレントの左腕を肩から切り落とし、サイレントの刃がゲールの喉を貫いていた。



「くふっ……」


「ッ……」


 サイレントが空気の漏れるような苦痛の声をあげ、ゲールが呆然と目を見開く。そして次の瞬間、即座に翻ったサイレントの剣がゲールの首を刎ね飛ばした。


 その光景に、ギオルギが瞠目し、その名を叫ぶ。


「げええええええええええええええええるッ!!」


 ゲールの首がごろごろと転がる。一抱えもあるゲールの首、光を失った瞳が僕の方を向いていた。

 無念の目だ。それに対して強い罪悪感を覚えるのは、僕が彼の全盛期を知っているだろうか。


 サイレントが剣を下ろし、ゆらりと揺れる。意図的なものではない、疲労からくるものだろう。


 サイレントを注視する。頭上に浮かんだHPバーはもう一割しか残っていない。

 レア度が二個も上で後期実装のサイレントをここまで追い詰めたのだ、ゲールも『名持ちネームド』としての力量を見せつけたのではないだろうか。


「や、やった! 勝ちましたッ! 勝ちましたよッ、ブロガーさんッ!」


 ナナシノが両手を上げ、喜びの声をあげる。僕の手を取ってぴょんぴょんと飛ぶ。


 ナナシノってけっこうたくましいよなぁ。


 ゲールの首が、そして首を切り落とされた身体が光の粒となって消え、光のオーブが残った。ギオルギはその光景を茫然自失したようにみている。

 レベルを上げた眷属――自分の力の象徴がロストしたのだ。その力を知っていたからこそ、畏怖を一身に受けていたからこそ、信じられまい。


 まぁ、幸運の女神に微笑まれたようなものである。

 もう一度同じ条件で戦ったとしても勝てるかどうかはかなり怪しいだろう。


 ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに戻ってくるサイレントを見ながらほっと息をつく。


「なんとか死なずにすんだなぁ、よかったよかった」


「ほ、本当ですよ! 私のせいでサイレントさんがロストしていたらと思うともう……」


 ナナシノが潤んだ目でサイレントを見る。










「『召喚コール』」






 そして、サイレントが頭の中心から唐竹割りに両断された。



「……は?」


「へ?」


 目を見開く。

 一言も上げる間もなく、サイレントが地面に崩れ落ちた。先程までの激しい攻防が――嘘だったようにあっさりと。

 恐らく、サイレント本人も何が起こったのかわからなかっただろう。



「くそッ、くそがああああああああッ! 俺の、ゲールをよくもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」



 ギオルギが狂ったように地団駄を踏む。ナナシノが悪夢でもみているかのような表情でつぶやいた。


「な……なんで、さっき倒したはずなのに――」



 サイレントを背後から一刀両断にした狼頭の騎士が振り下ろした剣をゆっくりと上げる。先程のものとは異なる白銀色の剣がサイレントの体液なのか、漆黒で汚れていた。

 磨き上げられた漆黒の鎧。血のように赤い毛の毛先はしかし、先程までのゲールとは異なり、新雪が降り積もったように白くなっている。


「どうして――またゲールが……」


 ギオルギが髪を掻きむしり、ぎょろりとした目で僕を見る。そして、叫んだ。


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ、まさか――この俺に真のゲールを出させるとはッ!」


 新たなゲールは白銀の剣を持っていた。それはそのゲールがただのゲールではない証だ。

 一回進化ステージアップを果たしたゲール――『白銀の牙王 ゲール』である。


 文句を言いたいのは僕の方だった。

 怒りというよりは強い脱力感が身体を襲う。


「……はぁ。それ、僕が言いたいわ。……マジクソゲーだわ。ゲール二体持ちとか序盤に出てくるクエストじゃねーだろ」


 しかも一体は進化済みとか、どんな嫌がらせだよ。


 うんざりしている僕に対して、ギオルギが殺意に満ちた咆哮をあげた。

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