第十二話:一単語の系譜

「ななしぃ、助けに来たぞぉ」


「いいからさっさと助けなよ」


 サイレントが緊張感のない声を上げる。呆れ果てながら、僕は心の中でガッツポーズした。

 奇襲が成功した。現実で奇襲値がどう処理されるのか不安だったが、こっそり行けばなんとかなるだろうという浅はかな思惑は正しかったらしい。


 遅れて幾人もの悲鳴が上がる。眷属がロストしたのに今更気づいたのだろう。


 さすがに一対一でも勝てるか怪しいゲールと多対一をやる気にはなれない。


 ギオルギが指定してきた場所は街の外だった。街の中だと流石に問題が起こるのだろう。


 草原のど真ん中で巨体のゲールは目立つ。おまけに皆が皆ナナシノの方に注意していたらしく、接近も簡単だった。もしかしたらこれもサイレントの奇襲値が高かったのが良かったのかもしれない、が検証は後回しでいいだろう。


 待ち合わせ場所には男たちが何人もいたが、ギオルギを見分けるのは簡単だった。豪華な装備でいっちゃった目をした奴がギオルギで間違いあるまい。

 怖気の奔るような目で僕を睨みつけている。その目はちょっとだけ大兄貴に似ていた。


 僕の足元、影に溶け込むように平面になり、地面に触手を走らせていたサイレントがナナシノとアイリスの単騎兵の身体に触手を巻きつけ、強く引っ張る。ナナシノの身体が宙を浮き、引き寄せられた。

 飛んできた身体を抱きしめるようにして全身で受け止める。


 柔らかい感触が腕の中に入る。ナナシノは華奢でそれほど重くなかったが、少しだけふらついてしまった。ちょっと情けない。身体鍛えよっかな。


 呆然としているナナシノにウィットに富んだジョークを飛ばした。


「ハロー、ナナシノ。こんな所で奇遇じゃん、ナナシノもクエスト?」


「え? ええ?」


「主、ちゃんと時と場合を考えないと」


 眷属にダメ出しされてしまった。凄く『送還』したいがそういうわけにもいくまい。


 腕を離すと、ナナシノはふらつきながらも二本足で立った。よく見ると足と手に錠がはめられている。

 本当に虜囚のようだが、どうやらまだ成人指定の展開にはなっていなかったらしい。

 よかったよかった、急いで来た甲斐があった。アイリスの単騎兵まで無事なのは予想外であるが……。


 ギオルギが戦慄く声で僕の名を呼ぶ。


「てめえが……ブロガーか……」


「初めまして、ブロガーだ。君は――名ありのNPCか」


 注視すると、男の頭の上にはギオルギ・アルガンの名が表示される。プレイヤーの場合はプレイヤーランクが表示されるが、男の頭の上に表示されるのは名前だけだ。

 ギオルギ・アルガン。ゲーム内で聞き覚えはないが、まぁNPCの名前なんて本当に一握りしか覚えていないのでもしかしたらいたのかもしれない。


 その隣にはゲールがいた。ゲーム内では数え切れないくらいに見た眷属だ。


 ゲールが油断なく、ギオルギを守るかのようにその前に立ち、こちらを睨みつけてくる。

 狼の頭を持つ黒騎士。ゲーム内では縮尺がわかりづらかったが、こうして実際に見ると相当な威圧感がある。

 何気なく揺れた刃が生えていた草を断ち切る。僕はゲールを注視して舌打ちをした。


「進化なし、レベルマックスか……厳しいかなぁ、これ……」


 鍛え上げているというのは本当だったらしい。レベル1のゲールなら余裕を持って勝てたかもしれないのに、これだと勝利に運要素が絡む。


 サイレントが手錠と足かせを破壊し、ナナシノが拘束から開放される。


 だが、ナナシノは自由を喜ぶこともなく、まるで珍妙な動物でも見つけたような目で僕を見上げていた。

 こういう時は白馬の王子様を迎えた乙女のような目つきをするべきではないだろうか。まぁ僕は王子でもなんでもないんだが。


「え……? な、どうして、ブロガーさんが?」


「僕がナナシノを助けに来るのがそんなに不思議か?」


「!? ……え……あっと…………すいません……不思議です」


 ナナシノは目を白黒させて、酷い事を言った。

 僕よりもナナシノの方が酷い事を言ってると思う。僕はそれを酷いことだと自覚して言っているだけマシだ。


「……後で覚えとけよ。まぁ、仲間を助けるなんて当然だよね。僕はナナシノと違って自信あるし」


 軽口を叩きながら、戦術を考える。

 純粋なステータスを考えると割と不利だが、勝負はステータスだけで決まるわけではない。


 サイレントが触手を身体に戻し、僕の前に立った。


「あれがゲールか……主、かなりの力を感じるぞ」


「サイレントは臆病だなぁ」


「!? な、どういうことだ!? ねぇ、ねぇねぇ、あるじぃ!?」


 サイレントが僕の服を引っ張ってくる。こういう場ではやめてほしいぜ。

 だが、そんな光景を見てもギオルギの目に油断はない。仲間の眷属を何体もロストさせられればそうもなろう。そして、その傍らのゲールの目にもまた侮りはなかった。


「サイレント、単体攻撃で」


「む……そうだな」


 僕の指示に従い、サイレント全体攻撃から単体攻撃モードに変わる。剣士の形に変更するサイレントを、ゲールが冷たい目で見ていた。


 ギオルギが高圧的に僕を見る。まるで王のような仕草だ。仲間と比べて随分と痩身だが、召喚士の力は見た目では決まらない。


「随分と……はええじゃねえか、ブロガー」


 確かに、まだ待ち合わせの時間までは一時間近くある。軽く肩をすくめて答える。


「十分前行動を心がけているんだ。これでも、社会人でね」


「ッ……舐めやがってッ……」


「ナナシノがぼろぼろにされてたら心痛むしね……」


 軽口を叩きながらゲールを観察する。

 レベルマックスのゲール。進化していないだけマシだが、その佇まいにはレア度15とは思えない一騎当千の貫禄がある。レア度だけならサイレントの方が上なはずなんだけど、なんだろう負けた気分だ。


 サイレントには事前に隙があれば一撃与えるように言ってあった。が、動いていないのは隙がないからだろう。

 やはり正面からの単体戦闘で冥種は獣種に一歩劣る。サイレントは物理攻撃全般にある程度の耐性があるが、あくまである程度だ。攻撃をまともに受ければ一撃で死ぬことはなくてもダメージは免れない。


 ……やっぱりこれ、序盤に起こるようなクエストじゃないよなぁ。


 僕は仕方なく舌なめずりした。


「……報酬には期待できるな」


「主はマイペースだなぁ」


 いや、だってもう報酬を考える事くらいしか好材料が見つからない。赤字だけはどうか免れてくれ……。

 サイレントが真剣な声で聞いてきた。


「なぁ、主。勝てると思うか?」


「攻撃力とHPと守備力はゲールが上、敏捷はサイレントが上だ」


「……それは不利ってことか?」


「後はサイレントの頑張り次第かな。僕は勝率のない戦いはしないよ」


 文句言ってないで戦えや。


 僕はステータスの数字が具体的に見えるわけではない。サイレントもゲールも、僕に見えるのはゲーム内でもそれぞれの眷属の頭の上に表示されていたレベルとHPバーだけだ。

 だが、サイレントもゲールも育てたことがあるのでなんとなくその力は把握してる。


 確かに不利は不利だが、サイレントとレベルマックス・進化1ゲールの差は時と場合によって勝敗が決まる程度でしかない。

 鼓舞するようにサイレントに言う。


「大丈夫、サイレントがロストしたら次はサイレントよりも強い眷属を引くから」


「……多分、我がロストしたら主に次のチャンスは訪れないと思うが……」


 サイレントがぶつくさ言いながらも前に出る。ゲールもまた一歩前に出た。

 サイレントが膨れ上がる。

 僕の頭の上に乗れる程度の大きさから、ゲールに匹敵する大きさに。【形状自在】の特性に含まれる【拡縮】は彼我の大きさの差により発生するペナルティを無効にする特性である。

 ちなみにステータスは変わってないはずだ。


 ゲールが唸り、剣を構え、吠えた。強い風が吹く生えそろった草の先端が揺れた。


 主のギオルギが僕を睨めつけ、にやりと唇を歪めて笑った。


「ブロガー、気が変わった。今ならまだ許してやれる。地べたに這いつくばり許しを乞え。なかなか強力そうな眷属じゃねえか、てめえならば俺の片腕にしてやってもいい。てめえが眷属をロストさせた俺の片腕に代わって、な」


 名前ありとはいえ、どうしてNPCの分際でそこまで大言を吐けるのだろうか。その言葉に呆れてしまう。


 僕はため息をついて、まだ震えているナナシノの肩を抱き寄せて言った。

 例え初心者プレイヤーだったとしても、プレイヤーがNPCに怯えるなんてあってはいけない。


「ギオルギ・アルガン。残念ながら僕は君を片腕にするつもりはないよ。レア度15。獣種、赤き獣騎士のゲール。まぁそこそこいい線いってるけど――」



 ナナシノの震えが止まる。僕はギオルギに負けないように、にやりと口端を持ち上げ、偉そうなNPCを嘲笑した。





「――僕なら間違いなく『リセマラ』だ」





§





「負けるなよ、サイレント。僕はゲールに因縁があるんだ」


「ゲールッ! 王に逆らうものをねじ伏せろッ!」


 そして、戦いが始まった。振り下ろされたサイレントの刃をゲールが迎え撃つ。黒鉄の剣と影の剣がぶつかり合い、激しい音が草原を駆け抜けた。


 狼頭の異形の騎士と、騎士の振りをしている不定形の怪物が激突する。

 サイレントの嵐のような剣戟をゲールが剣で丁寧に受ける。技術はゲールが圧倒しているが、サイレントの構造は生き物のそれとは異なり、関節による制限が存在しない。縦横無尽に放たれる剣に、ゲールは隙を窺っているようにも見えた。


 鎧を装備しているゲールの防御力は大兄貴が使っていたアイリスの重槍兵よりもずっと高い。

 奇襲でゲール本体を狙わなかったのは、全体攻撃で攻撃を仕掛けても殆どダメージが通らないと思ったからだ。そして、実際に戦いを見てその予想が正しかったこと実感した。


 ゲールの踏み込みで地面が揺れ、土埃が巻き起こる。サイレントの剣が嵐ならばゲールの剣は雷だ。一撃一撃の重さはサイレントの比ではない。

 初撃を剣で確かめ、受けきれない事を理解したのだろう。サイレントは剣を回避することにしたようだ。


 肩を抱かれ固まっていたナナシノがその光景に我を忘れたように呟く。


「す、凄い……でも――」


「やっぱりサイレントがちょっと不利かなぁ」


 予想通りだが、こうして実際に見ると落胆させられる。

 差はちょっとの差だ。ちょっとの差だが、敏捷を除いて負けているというのはいただけない。ゲールはサイレントで一撃で倒せる程弱くはない。逆もまた然りだが、HPも防御も負けているとなるとジリ貧になる。

 サイレントのレベルを少し上げていたら結果はもうちょっと違っただろう。


 ゲールの一撃がサイレントの腕をかすり、サイレントが小さく呻く。本当に小さな声だったが、苦痛の声だ。


「サイレントはまだレベル1だからなあ……」


 ナナシノも不利がわかっているのだろう。いい目を持っている。

 顔色がだいぶ悪化していた。


「サイレントさんでも――勝て……ない……?」


 こらこら、戦闘中に嫌な事を言うなよ。


「『一単語の系譜ザ・ワード』なんだからもうちょっと頑張って貰いたいよね」


 他の『一単語の系譜ザ・ワード』だったらレベル1でも進化前ゲールくらい倒せたはずだ。まぁ、サイレントを責めるのは筋違いなんだけど、リセマラ終了キャラとして誇れる能力を見せてもらいたいものだ。


 僕の言葉が聞こえたのか、サイレントが気勢を取り戻す。不意打ちで放たれた蹴りがゲールの腹に命中しその巨体を数メートル吹き飛ばす。が、装甲のある腹に蹴りを当てた所で大してダメージはないだろう。


 そこで気づいたように、ナナシノが僕を見上げた。至近から長い睫毛の舌、輝くような黒の瞳が覗いている。


「で、でも、相手も――『ゲール』って、同じなんじゃ……」


「……え? ん……ああ……そういうことね」


 どうやらナナシノは勘違いしているようだ。

 随分不安げな表情をしていると思っていたが、ナナシノはゲールがサイレントの同類だと思っていたらしい。 


 『ゲール』。確かにナナシノのアイリスの単騎兵などとは異なり、単一の言葉に聞こえる。が、ゲールは『一単語の系譜ザ・ワード』の一員ではない。


 ナナシノには眷属の中には特に強力な『一単語の系譜ザ・ワード』って呼ばれるキャラがいて、そいつらは名前が単語になっていると、簡潔に説明してあったが――


「違う違う。ゲールはねぇ……『名持ちネームド』って言うんだよ。ゲールって単語じゃないじゃん?」


「『名持ちネームド』……?」


 僕の言葉に、ナナシノが不思議そうな表情をした。まぁ、元プレイヤーじゃなければそうなるよなあ。



「そそ」


 正式名称。『名持ちの勇士ネームド・ブレイブ』。


 プレイヤーの中ではネームドと呼ばれていた、忘れもしない、アビス・コーリングの第三次大型アップデートにより実装された眷属のシリーズである。




§






 剣と剣がぶつかり合う。意気と意気がぶつかり合う。その壮絶な戦いに、ギオルギも目を見開き何もいわずに見守っていた。

 恐らく、今までここまでゲールに食い下がった眷属はいなかったのだろう。


 僕はその様子を眺めながら説明を続ける。



「アビコルってさー、頻繁にアップデートがあったゲームなんだよね。運営チームがいい意味で勤勉なのか悪い意味で勤勉なのかわからないけどさぁ。それで、アビコルは育成ゲーだったから何のアップデートが一番多かったのかって言うと、眷属の種類が増えるのが一番多かったわけだよ」


 最終的には星の数ほど存在していた眷属だが、初めからそれほどの数の眷属が実装されていたわけではない。

 最終的な数は累積だ。幾度ものアップデートを積み重ね、幾千幾万の喜劇や悲劇を繰り広げた結果である。


 『名持ちの勇士ネームド・ブレイブ』は、アビコルの数年続いたサービス期間の中でも最初期に実装された眷属のシリーズだった。


「『名持ちネームド』が実装される前はさ、種類が名前になってる眷属しか出なかったんだよ。ホワイトリザードとかブレードキマイラとか。懐かしいなぁ……」


「……」


 目を細め、かつての光景を思い描きながらため息をつく。

 ナナシノはどう答えて良いのかわからないのか、居心地悪そうに身を縮めていた。悪いけど、少しばかり思い出話をさせてもらおう。


「ナナシノは知らないかもしれないけど、アビコルみたいなソシャゲーのガチャで出てくるキャラって基本的に後から実装されたものの方が強いんだよね。だってほら、弱いキャラ実装しても誰も課金しないじゃん? だから、『名持ちネームド』の実装は当時画期的だった」


 ゲールが吠える。その豪腕がはちきれんばかりに膨れ上がり。振り下ろされたその刃がサイレントの肩を浅く切り裂く。

 サイレントが滑るような動きで後退する。ゲールが踏み込みで距離を詰める。


「まぁその名の通り、『名持ちの勇士ネームド・ブレイブ』って名前が付いている眷属なんだけど、能力が高くてさぁ。もう当時の他の眷属を圧倒的に引き離していたんだよねえ。だから、プレイヤーはこぞって課金して召喚したんだ。ゲールは特に人気でさ、攻撃力も守備力も高いし、何よりグラが格好いいじゃん? 騎士だから騎士系の眷属を強化する魔法とか装備も使えるし、初心者でも使いやすいんだよね」


 当時は召喚対象の眷属の種類も少なかったので、ちょっと頑張って課金すれば何かしらの勇士は引けた。今思えばいい時代である。


「あ……あの……ブロガーさん? サイレントさんが――」


 僕の話を聞きつつも、ナナシノが悲鳴のような声を上げる。

 サイレントが不利な状況に追いやられていた。全く、かつての最強クラスのキャラが相手とはいえ、情けないもんだ。


 僕はサイレントを鼓舞するように名前を呼んだ。


 負けてはいけない事を思い出したのか、サイレントの腕に力が戻る。HPはまだ五割残っていた。ゲールの方は七割。

 眷属はHPの減少割合によりステータスにペナルティを受けるが、冥種はHPが減っても受けるペナルティが軽いのでまだ戦えるはずだ。


 それを確認して話を続ける。

 何を言うべきか……次に出した言葉には、図らずも強い感情がこもってしまった。




「ゲールってレア度15なんだけど……当時のアビコルではレア度15が最高だったんだ」


 それが、サービス終了前のアビコルのレア度のトップは21である。インフレも甚だしい。

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