第十一話:戦う理由

 アビコルはクソゲーだ。ゲームバランスが課金前提になっている。

 僕は改めて聞いたその言葉に、ちゃんと昨日のうちに情報収集しなかった事を後悔した。


 もっとも情報収集していたとしても一日じゃ何もできなかっただろう。賽は投げられたという奴だ。


 ナナシノを攫ったのは聞いた瞬間に思い浮かべた通り、ギオルギという召喚士だった。

 どうやら町中を歩いている最中にさらわれたらしく、ちょうど同行していた召喚士コーラーの女友人に手紙を預けたようだ。


 なんでナナシノを守れなかったのか、そう思わなくもないが、モブNPCの顔色を見れば本意ではない事はわかるし、そもそもクエストなので文句を言っても仕方がない。


「わ……私が、弱かったから……」


 ナナシノの友達はナナシノよりも更に背の低い少女NPCだった。その連れている眷属のレア度も低く、古都周辺のフィールドで戦うのがやっとくらいだろう。


 ギルドの中は昨日とは変わってお通夜のような有様だった。ナナシノは人気者だったのか、皆が皆心配そうな表情をしている。

 その最たるものはパトリックだ。悪鬼のように歪められた表情には悔恨と怒りがあった


 テーブルにはギオルギから渡されたという手紙が置いてある。

 集合場所と時間、それまでに来ないとナナシノを健全なゲームでは出せない目に合わせると書かれている。


 だが、何よりも重要なのはパトリックがあげたギオルギの情報だ。


 『ゲール』。ギオルギが連れているという眷属の名前だ。


 短いその名前だけで、その配下達が連れていた眷属とは一線を画している事がわかる。


 召喚士達の絶望の表情もわかるというものだ。そのくらいに、今酒場にいる召喚士の眷属とくらべてゲールは強い。

 さすがボスだ。こんな序盤に出てくんなや。


「……『ゲール』かぁ。レベルは幾つだろう……進化はしてるのかなぁ?」


 もちろん、僕はその眷属を知っていた。獣種でレア度は15。サイレントを除けば今まで出会ったどの眷属よりも圧倒的に強い。


 僕はその名前を聞いた瞬間にショックで息が止まりそうになった。

 純粋なステータスはレア度が上のサイレントに匹敵するだろう。獣種と言うのは能力が高いものが多いのだ。


 正味、サイレントを使っても敗北を覚悟しなくてはならない相手だった。

 何しろサイレントのレベルはまだ……1なのだから。


 問題は『ゲール』のレベルがどの程度高いか、そして進化を何度行っているか、だ。それによって同じゲールでも強さが異なる。

 幾つかパトリックに質問するが、僕の望むような回答は返ってこなかった。


 レベルも進化も不明――相手の名前がわかっただけマシだろうか。


 てか、ナナシノはゲールを相手にしたクエストを受けようとしたのか。無謀過ぎて空笑いも出ないわ。

 リスクが高すぎる。アイリスの単騎兵でゲールを相手にするならば進化が足りない。


 相手のレベル次第だが、レベル1ではないだろう。サイレントを殺さずに勝てるかどうかは五分五分……よりもちょっとだけ下だろうか。

 こんな序盤に起こったクエストだし一個前の大兄貴は雑魚だったので、どうあがいても勝てない程強くはないと思うが、逆にそれを狙ってきている可能性もある。


 考え込む僕に、パトリックが凄まじい剣幕で怒鳴りつけてくる。


「ぶ、ブロガー、お前……何を落ち着いているんだッ! 青葉ちゃんがさらわれたんだぞ? わかっているのか!?」


「そうだね。ちょっと行ってくるよ」


 まぁ、迷っても仕方ない。さっさとテーブルの上から脅迫状を取り上げる僕をパトリックが呆然としたように見た。

 酒場が静まり返り、僕に視線が集まる。


「行って……来る? 助けに?」


「うん。まぁ助けられたし」


 まさか僕が見捨てるとでも思ったのか。笑止、ナナシノは貴重なプレイヤーなのだ、どうして見捨てたりするだろうか。

 何よりも借りを返す機会だと思えば悪くない。

 大体、昨日は話を聞いてからずっと思ってたんだよね。普通助けに来る側と助けられる側、逆だろって。なんで年下の女の子が僕を助けに来るんだよ。


「相手は……あの獣王――ゲールだ。勝てるのか?」


「獣王……? 知らないよ。序盤にしては難しいクエストだからなぁ……でも、ここでクエスト放棄したらナナシノがどんな目に合うかわからないじゃん?」


 アビコルはあくまで健全なゲームなのだ。ちょっとばかり布面積が少ないキャラが数え切れないくらいに出るがそれは変わらない。エロ展開は同人誌の中だけである。

 しかも、クリアできそうもないならまだしも、クリアできる可能性があるクエストなのだ。報酬も期待できる。


 NPCの召喚士の目は様々だ。僕の言葉が予想外だったのか、見開かれた視線、そして自分の力不足を理解しているのか唇を噛み締める者もいる。

 ギオルギはどうやら嫌われているらしい。レア度7程度の眷属では表立って逆らうわけにもないんだろうが、消極的に嫌われているようだ。


 人気者のナナシノがさらわれてこれなのだ、殆ど他召喚士と関わってこなかった僕が連れ去られた時にはどんな反応されたのか想像もできない。

 そしてそんなモブNPCをつれて助けに来てくれたナナシノのコミュ力、マジ凄い。どういう手段を使ったのか知らないが、きっと僕とは適性が違うのだろう。


 一応酒場全体に聞こえるよう大声で尋ねる。


「一緒に助けに行く人―?」


「……」


 僕の問いに、NPC達がびくりと震える。パトリックが険しい表情で隣の仲間の女召喚士と顔を見合わせる。ナナシノがさらわれた時に一緒にいたNPCがびくりと怯えたように肩を震わせる。


 僕が自信満々に助けに行くとかいったのがよかったのか、ナナシノアオバちゃんの人気故か、少し待てば数人立ち上がりそうな雰囲気だ。


 なので、僕はさっさと締め切ることにした。

 聞いてみるだけ聞いてみたが、レア度10以下のゴミユニットの助けなんていらない。無駄死にするだけだ。


「はい、締切。じゃーいってきまーす」


「な――ちょ、ちょっと待て――」


「待たないよ。大人しく待機してなよ、NPCなんだから」


 それぞれの召喚士を威圧するように睨みつけながら歩く。サイレントの力を見ているのだろう、視線を受けた召喚士達は怯えたように目を伏せた。


 そもそも、他の連中が来たら……報酬が減ってしまうかもしれないではないか。


 頭の上に乗ったサイレントがそれを見て、ぺちぺちと僕の頭を叩いて聞いてくる。


「いいのか、主?」


「いいんだよ。ま、戦うのはサイレントだけどね。悪いけど死ぬ気でやってね」


 下手したら本当に死ぬから。

 ゲールという眷属は僕にとって因縁のある眷属でもある。個人的な感情としても負けたくない。


 僕の思いを感じ取ったのか、サイレントが力のある声で答えた。


「……もちろんだ。ななしぃがいないと被害者の会が我だけになってしまう」


 ……でもその会は廃止したほうがいいと思う。


 ギルドから出ようとしたその時、ふと受付の方から呼び止められた。

 いつも僕に討伐クエストを受けるよう忠告してくる職員NPC、ゴンズさんが険しい表情で手招きしてくる。


 近づくと、一枚の依頼クエスト表を出してきた。


 日付は昨日だ。真新しい依頼表だ。

 難易度は星五つ。難易度は星七つが最大なのでそこそこ難しいと判断された依頼のようだ。


 依頼タイトルはギオルギ・アルガンに連れ去られた召喚士コーラーを救え。

 達成条件は連れ去られた召喚士の救出あるいはギオルギ一味の撃退。


 思わずその内容を二度見する。


「……自分のギルドのメンバーを撃退する依頼なんてあるんだ」


「依頼主を見ろ」


「……」


 依頼主の項目には『七篠青葉』と記載されていた。よく見ると起票日付が昨日だ。


 どうやら、僕を助け出すためにナナシノがあげた依頼らしい。

 ゲームではできなかったのだが、まさかプレイヤーがクエストを出せるとは思わなかった。これもしかしたら無限に魔導石手に入っちゃう?


 何の因果か、内容は今の状況に合致している。報酬はルフとギルド評価、そして――『七篠青葉の献身』。

 聞いたことのないアイテム名である。レアアイテムだろうか。


 考える僕に、ゴンズさんは眉を顰め、はっきりと言った。

 どうやら彼もギオルギの敵らしい。なんでギオルギ、野放しになってるんだよ。


「ギオルギは厄介者だが強い。気をつけろよ」


「はーい、じゃあ行ってきます」


 さっさと終わらせて、また雑用クエストしよう。



§ § §



「ん……こ……こは……」


 目を覚ました青葉の視界に入ってきたのは青空だった。ローブの下から湿った地面の感触が伝わってくる。

 身を起こそうとして、青葉は自分が拘束されている事に気づいた。手足には鉄色の手錠がはめられ、力を入れてもピクリとも動かない。

 呆然としながら、顔を横に向ける。生い茂る背の高い緑の草が見える。古都の外に広がる草原。そこに生えていた草に似ていた。

 混乱する青葉に、ふと頭の上から声が掛けられた。


「ようやく……目を覚ましたかぁ」


 掛けられた男の声に、一気に青葉の記憶がフラッシュバックする。


 町中で買い物をしている最中に突然現れた数人の男。

 青葉と友達の召喚士の女の子――シャロリアを取り囲みブロガーへの報復を宣言する男たちの姿を。


 青葉ももちろん戦った。アイリスの単騎兵は奮戦し相手の眷属を二体戦闘不能に追いやったが、勝てると思った瞬間に『召喚コール』された眷属には刃が立たなかった。


『ゲール』


 青葉の倍以上の体長を持つ獣の戦士。召喚士の仲間が怯えた表情で噂していた獣の王。

 今ならばその理由がわかる。見た目だけでも今まで見たことのあるどの眷属よりも凶悪だったが、何よりもアイリスの単騎兵の一撃を真正面から受けても身じろぎ一つしない巨体は絶望そのものだった。

 それは、青葉がこの世界に来て見た中で明らかに突出した眷属だった。ともすればブロガーの召喚した『静寂サイレント』と同様に。


 突然、伸びてきた手の平に、青葉が短い悲鳴をあげた。


「ッやぁ」


 手を伸ばしてきたのは、ライトブラウンの髪に真紅の瞳をした男だった。


 ギオルギ・アルガン。中肉中背、ブロガーよりも少し年上に見える青年。。

 人相の悪い取り巻きとは異なり、一見そんな恐ろしい男のようには見えない。

 普段はゲールは『送還デポート』しているらしく容姿だけでは危険人物には見えない。


 だが、その目に灯る光を見れば誰しもがその意見を翻すだろう。

 狂気的にてらてらと光る輝きは今まで青葉が会ったことのあるどの男とも違う。淀み煮えたぎる炎のような眼だ。

 ギオルギと共にいるその部下もどこかギオルギを恐れているように見えた。


 赤獣の王。ギオルギの作ったパーティ名にふさわしく、その笑みはどこか獣のように見えた。

 荒々しい手つきでひっくり返され、青葉の目とその目が合う。その眼光に一瞬萎縮した青葉に、ギオルギはそれ以上触れることなく、青葉を見下ろしたまま続ける。


「昔よぉ、俺は――剣士になりたかったんだ。召喚士コーラーなんていう、眷属をこき使って戦うクラス、臆病者がつくくようなクラスじゃなくてよぉ。なぁ、わかんだろ? だから、召喚士ギルドはいつまでたっても魔導師ギルドと剣士ギルドよりちっちぇえんだ」


 手には幾つもの金の指輪がはめられ、真紅のローブも青葉の物より仕立てがいい。ベルトも手に持った杖も、その全てがギオルギが成功者である事を示している。


 ぎょろぎょろとその目が動く。まるで蛇のようだ、と青葉は思った。


「まぁ、生まれつき魔導石を持って生まれたからって召喚士になるなんて決まったわけじゃねえ。剣士目指して修練もしたぜ。だが、俺には才能がなかった。体格も良くねえし、いつまでたってもいつまでたっても中級止まり、しまいにゃ後から来た後輩に抜かれてよぉ……辛かったぜえ、魔導石持って生まれたから、剣士にゃふさわしくねえなんて言われてよぉ」


「ボス。さっさとやらないんですか?」


「黙ってろぉッ! 今、俺が話してるんだッ!」


「ひ、ひぃッ――」


 後ろからおずおずと声を掛けてきた仲間に、ギオルギが怒鳴りつけた。

 ギオルギよりもずっと図体の大きな男が怯える様はいっそ滑稽だ。だが、青葉にはとてもじゃないがそれを笑う気にはならなかった。

 一触即発。いつ爆発するかわからない爆弾のような、ギオルギからはそんな危険な気配がした。


 荒々しく熱い息を吐き出しながらギオルギが続ける。

 青葉に向けられた胡乱な視線はしかし青葉本人を見ていないように見える。


「んでよう、後輩に訓練でぼこぼこにやられたある日――思ったんだ。ああ、覚えてるぜえ。赤月が――獣種の棲む月が輝いているいい夜だった。召喚士ならば、召喚士として持った才能のせいで、弱えってんなら――召喚を試してやろう、とッ!」


 ギオルギが立ち上がる。その杖が掲げられ、その甲高い笑い声が空に響き渡る。

 ローブの内側、そこに一振りの剣が帯剣されているのが青葉の目には何故か鮮明に移った。


「ひゃっはははっははははっははっはははッ! それ以来、俺は、最強だっ! 剣士も、魔導師も、俺と獣王ゲールには敵わねえッ! 今まで俺を下に見ていた連中が、揉み手して寄ってくるんだ。滑稽だったぜぇッ!」


「どいつも、こいつも俺には敵わねえッ! バイライトの騎士もラザレースの魔導師も、そして俺と同じ召喚士コーラーの連中だって――どいつもこいつも、雑魚みてえなもんだ。弱肉強食が唯一の法、赤獣界で生まれた『ゲール』にとっちゃこの世界のすべては食われる側だぁッ!」


 ギオルギが天を仰ぐ。

 部下が強張った表情でそれを見ている。まるで嵐が過ぎ去るのを待っているかのように。


 その頭が青葉を向く。真紅の瞳はまるで赤月そのもののように輝いている。


「そして、ナナシノアオバ。ゲールに選ばれた俺は――王だ。誰も逆らえない。誰にも逆らわせねぇ。古都の連中も、そして何も知らねえ外から来た奴らも、全員まとめて俺が潰す」


「な、なんで、そんなことを――」


 青葉の出しかけた声に、しかしギオルギは答えない。

 草を踏みつけ、青葉に殺意の篭った目を向ける。


「ブロガーは俺の邪魔をした。部下がいくら傷つこうが俺には関係ねえがぁ、叛逆者を許しちゃおけねえ。見せしめだ。報復だ、ブロガーの眷属は俺が殺し、そしててめえをブロガーの目の前で――犯してやる」


 その目に情欲はなかった。あるのは底知れない怒り、どろどろした負の感情だけだ。

 ほぼ反射的に、青葉は唯一自由になる口を動かした。


「っ……『召喚コール』!」


 召喚士、七篠青葉の言葉に従い、光が発生する。

 名状しがたい空間にいたアイリスの単騎兵が主の求めに従い姿を現す。


 白い光が集まり、白い騎士の姿を形作る。さらわれる直前に抵抗したため、装甲は傷だらけだが動けなくなる程の傷はない。


 転がる青葉を守るように現れた小さな騎士を見て、しかし、ギオルギは鼻で笑った。


「ふん……凡百な召喚士め」


 杖を握ったその手が大きく上に上げられる。そして、ギオルギが唱えた。 


「『召喚コール』」


 その言葉と同時に、光が発生する。青葉の言葉で発生したものとは異なる、強い赤の光だ。

 光はみるみる内に巨大に膨れ上がり、怪物を生み出した。


 一度見たはずのその威容に、青葉が息を呑む。心なしか、アイリスの単騎兵も緊張しているように見える。


 現れたのは獣の頭を持った騎士だ。身の丈は青葉の倍、燃えたぎる炎を思わせる真紅の毛色をした狼頭の騎士。全身に纏った黒鉄の鎧に纏われた真紅の外套は王の風格を思わせ、背に背負った巨大な黒の剣は禍々しくも美しい。


 暗色をした瞳が青葉を、正確に言えばアイリスの単騎兵を見下ろす。その瞳に青葉は知性の光を感じ取った。もしかしたらその主であるギオルギよりよほど強い知性の光だ。

 サイレントも人語を解するしアイリスの単騎兵も青葉の言うことを理解している節があるが、ゲールから垣間見えた知性に青葉は何故か言いようのないショックを受ける。。


 そして、狼騎士がその顎を開く。白い牙の生えそろった口内にちらりと炎のような舌が見えた。


「ギオルギ、何用か」


「『餌』だ。準備運動くらいにはなるだろう」


 ギオルギの目は青葉の眷属を敵としてみなしていなかった。

 もともと身体の大きさも違う。ゲールと比べればアイリスの単騎兵は赤ん坊みたいなものだ。

 身体の大きさが戦闘力に直結しないことはわかっているが、青葉にも、自分の眷属がこの怪物に勝てるようにはとても思えなかった。


 それでも単騎兵が剣を抜き、その切っ先をゲールに向ける。ゲールはそれを見て、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 そして、背に背負った黒鉄の直剣を抜く。まるでその剣身は血に濡れているかのように艷やかで、陽光を吸い込んでいた。


「この程度の天種を相手にこの私を使うとは……」


「召喚士は殺すな。使いみちがある。眷属は消失ロストまで追い込め」


 消失ロスト

 その単語に、青葉の胸の奥がきゅーっと痛んだ。頭ががんがんした。

 ブロガーは死んだら終わりだと言った。あの時は当然だと思ったが、その言葉の重みが今になって青葉にのしかかってくる。

 アイリスの単騎兵がいなくなってしまっては、青葉はもうこの世界でどう生きていったらいいのかわからない。


 そこで、今まで黙っていたギオルギの部下――一番初め、初日に青葉に手を出そうとしてきた男が恐る恐る声をだす。

 どうやらサイレントにやられた傷は塞がったらしく、後ろには眷属のブレードキマイラがゲールに恐怖しているかのように伏せていた。


「ボス、まだ約束の時間までは間が――」


「だからなんだッ!」


「ひッ……」


 ギオルギが距離を詰め、その腰から堂に入った動作で剣を抜いた。

 磨き上げられた刃が部下の男に脅すように突きつけられる。赤の目が睨めつけるように部下を見上げる。そこで、ギオルギが声を落とした。


「大体、なぁ、てめえは、本当にブロガーが来ると思うか?」

 

「えっ……と……それは――」


「この、ゲールを相手に、召喚士になりたての男が立ち向かってくると思うか? こいつの力は誰だって知ってる。俺が、思い知らせてやった」


 ギオルギの言葉が、青葉の耳に入ってくる。


 助けに来る。ブロガーさんが助けに来る?


 今更になって青葉はその言葉を吟味する。

 ギオルギの言葉からすると、ギオルギは青葉を人質にブロガーを呼び出したのだろう。だが、ブロガーは青葉の知る限り、そういった情に訴える手法が通じる相手ではない。

 何よりも青葉とブロガーはそれほど深い関係ではないのだ。ただ偶然同じ場所にいた、同郷の人間。青葉はなんとか仲良くなろうと立ち回っていたが、その青年が何を考えていたのかはわからない。


 確かに助けにはいったが、結局それも意味がなかった。青葉にはその青年が、例えば自分を人質にして呼び出されたところで、助けに来てくれるのか全くわからなかった。


 青葉が青褪めたのに気づき、ギオルギが唇を歪めた。刃を下ろし、愉快そうに言う。


「助けに来なかったら……所詮それまでよ。てめえを犯した写真を街中にばらまいてやる。その後でゆっくり探せばいい」


「……ッ……」


 きっと助けに来てくれます。その言葉を青葉は飲み込んだ。


 助けにきてくれたとしても、ゲールに敵うとは限らない。

 サイレントは『一単語の系譜ザ・ワード』と呼ばれるレア度の高い眷属グループの一体だと聞いた。ゲールも名前からしてその一体のように思える。


 少なくとも、目の前の存在から感じられる力はサイレントに匹敵、ともすれば超えていた。ならば、現れた所で無駄なだけだ。ここにはゲールだけではない、その仲間もいるのだ。

 そして、サイレントが負ければギオルギを止める者はいなくなる。


 唇を結び、毅然とした表情で睨みつける青葉を見て、ギオルギがつまらなさそうに眉を顰めた。乱暴な口調で部下たちに命令する。


「おい、お前ら。こいつを押さえつけておけ。てめえがいつまで俺に反抗できるか確かめてやる」


「……」


「おい、何を黙っている!?」


 ギオルギが部下たちを振り返る。そして、目を見開いた状態で固まる部下たちを確認した。


「どうした!?」


「あ……」


 ぽっかりと開いた口からかすれた声が出る。間の抜けた表情と言うよりは生気のない表情。

 上げられた腕、差し出された指先が草原に転がったものを指差した。

 

 光の灯らない見開かれた瞳。半端に開かれた顎はまるで断末魔を上げようとしているかのようで、しかしもはやピクリとも動かない。


「ひぃッ!?」


 状況を忘れ、青葉が小さな悲鳴をあげる。それは、キマイラの首だった。ブレードキマイラの首。その主が呆然としている間に首が消え、光のオーブが残る。

 立ち直った部下たちが怯えた声をあげる。


「な、なんだ!? 何が起こった!?」


「首? 兄貴の眷属が……ここ、殺され――」


 その時、動揺する部下たちを一括するように鋭い声が飛んだ。


「落ち着け、サイレントは奇襲値のパラメータが高いんだ! 奇襲値が高いユニットは高確率で一撃目にクリティカルを与えてくる、体勢を整えろッ」


 聞きなれない言葉に、ギオルギが声の方向を向く。


「奇襲値……だと!?」


「そ。まぁもう遅いけどね」


 聞き慣れたその声に、青葉の思考が止まる。

 穏やかな声には緊張も動揺もなく、まるで道理を語るような声は今しがた青葉が絶対に助けに来ないと思ったものだ。

 青葉が首を傾け、そちらを向く。


「やっぱり使い勝手いいんだよね、サイレント。これでもうちょっと強かったら文句なかったんだけど……」


 初日から変わらない地味な灰色のローブ。人畜無害そうな容貌に、感情の見えない目。

 足元から伸びる黒い影が乱雑に生えた草の間を縫うように不条理に広がっている。


「ずっと思ってたんだが。あるじは、わたしに、つめたくないか? 贅沢者め」


 呆れたような声。遅れて、悲鳴が上がる。

 ゲールの視線がアイリスの単騎兵から唐突な乱入者の方に向く。ギオルギが驚愕と憤怒を込め、そちらを睨みつけた。


「……誰だ。何故ここにいる? いや……違うな。そうか、お前が――」


「何故って、クエストに決まってるじゃん。流石に、偶然通りかかったりしないって。物語の主人公でもないんだから」


 ギオルギの殺意、ゲールを目の前にして、ブロガーは疲れたような笑みを浮かべた。

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