第十話:勇気と蛮勇
ナナシノはバカだなあ。
ナナシノから事情の説明を受けて出てきた感想はそれだった。
アビス・コーリングを舐めすぎだ。勝てないという事前情報までもらったのに我が身を顧みず助けに来るとはバカじゃないだろうか。
アビコルの突発クエストの発生はランダムだが、プレイヤーのランクや所持している眷属のレベルによりある程度難易度が決まると言われている。
その際、ちゃんと事前に難易度を示唆するような会話が行われる事が多い。まぁ前情報なしで殺しにかかってくるパターンもあるのだが、今回のナナシノの場合は他の召喚士から受けた会話がそれに値している。
ここにいる全員でかかっても敵わない。
今回の場合、そんな話が出ていたようなので、どうしても受けなければいけない理由がなければ受けないのが無難である。
それでも上級プレイヤーならば報酬のために躊躇いなく受けるのだが、それは無知ゆえの蛮勇とは違うのだ。
僕は要領の得ないナナシノと、仲間NPC(ぱとりっく?)からの話を聞いて、色々考えて一言返した。
「そっか、ありがとう」
「そ、それだけかよ」
呆れたようにパトリックが呻く。
が、口に出して馬鹿だと言わないだけマシだ。さすがの僕もわざわざ危険を省みて自分を助けに来てくれた者を罵ったりはしない。
当のナナシノは本当に気を張っていたらしく、へたり込んでいた。ふうふう大きく息をして自分を落ち着けようとしている。ただの突発クエストにこんな調子じゃ先が思いやられるのだが……。
「しかし、まずいなあ……」
僕はナナシノから視線を外し、ナナシノが連れてきた召喚士の連中を見た。
『
もしも仮に僕が戦闘中に彼らが来たとして、彼らが大兄貴と戦ったとすれば、大なり小なり被害を出しつつも数の差で大兄貴達を倒せていただろう。
僕の表情に気づき、ナナシノが尋ねてくる。ある程度落ち着いたようだがその目はまだ真っ赤だった。
「ど、どうしたんですか?」
どうしたもこうしたもない。僕は有象無象の眷属達、一体一体を見て、倒れ伏した大兄貴一派を見て、首を傾げた。
「いや……このストーリークエスト……まだ終わってないよね」
「……え?」
だって、僕が倒した連中で一番強いのは名前は知らないが、大兄貴と呼ばれる男だった。そして、その眷属である『アイリスの重槍兵』は数に任せてぶん殴れば戦闘不能に追いやれる程度の眷属でしか無い。
ナナシノの話によると、ボスがいるようだ。ギオルギ――数でかかっても倒せない、そういうボスが。
そういわれてみれば、大兄貴達は自分から攻撃を仕掛けず何かを待っているようだった。もしかしたらボスの到着を待っていたのかもしれない。
僕はしばらく首をひねっていたが、なんか面倒になって自分を納得させた。
サイレントは腐っても『
「ま、ストーリークエストだし、三つくらいあるのは当然かぁ……そもそも、ボスにしては大兄貴は弱かったしなあ」
ストーリークエストでボスが存在するのは珍しいことではない。そして、このクエストが更に続くのは僕にとってある意味好都合である。
ナナシノが立ち上がろうとしたので、手を差し伸べて腕を引っ張ってやる。
「あ、ありがとうございます!」
「次の報酬何かなあ」
大兄貴の報酬は難易度の割にかなり良かった。次の報酬も期待できる。
もしかしたらサイレントの進化素材も手に入るかもしれない。現時点で、サイレントに大きな労力を割くつもりはないが、準備はしておくに越した事はない。
ナナシノが連れてきた召喚士達が恐る恐る倒れ伏す召喚士達の様子を確認している。どいつもこいつも一体眷属をロストしただけなのに酷い状態だ。精神力が足りてない。
僕ならサイレントがロストしたらすぐにリセマラするけどね……NPCにリセマラができるかどうかは知らないけど。
あと、魔導石手に入らないんだけど、一体どうなってるんだろうか。
「ブロガーさんって……どんな時も全然変わらないですね」
「僕には目標があるからね」
やらねばならない、何がなんでもやり遂げたい事がある人間は強いものだ。
さて、やることもやったしドロップも拾った。もうここでしなくちゃならないことはないようだ。
そろそろ帰って、次発生するクエストの対策でも立てよう。
§
「ほ、本当に心配したんですよ!? もう、気をつけてくださいねッ!」
だいぶ顔色がよくなったナナシノが何時も以上に元気よく声をあげた。
何故見ず知らずの僕の事をそこまで心配できるのか、僕にはさっぱりわからないが、多分ナナシノは引きこもってゲームばかりしていた僕などとは精神構造が違うのだろう。どちらがまともなのかは論ずるまでもない。
僕は少しだけ面倒になって、おざなりに答えた。
「ああ、わかったわかった。ありがとね」
召喚ギルドの酒場は今や祝宴ムードにあった。どうやらよほど覚悟してナナシノについてきたらしい。
僕は大体宿の食堂で食事を取っていたのでここを使うのは初めてである。そして、他のモブNPCの召喚士の顔をはっきりと確認するのも初めてだった。
一部のNPCを除き、モブNPCの眷属はゲーム内では描写されていなかったが、本当にひどいものである。レア度7が殆どで、たまに8か9がいる程度。レベルは上がっているが、進化している眷属が一体もいない。
初心者中の初心者だ。そして、その中にナナシノが混じっても違和感ないのがなんとなくやばい。
もしかしたら戦闘時はもっとたくさん眷属を出して戦うのかもしれないが、少しくらい厳選しようぜ。
僕は周囲を一通り確認してため息をつき、向かい側に座っているナナシノに忠告する事にした。
「まぁ僕なら平気だから次は必要ないよ」
「……へ?」
「いや、僕の方がナナシノより強いし、そもそも僕の方がアビコルには詳しいから敵わないようなクエストは受けないし」
ナナシノの行為は勇敢で賞賛されるべきものだが同時に愚かである。
初心者が自分を助けるために眷属ロストするなんてことになったら、いくら僕のせいではないとはいえ、ちょっと心が痛いのだ。まだ僕が負けてリセマラする羽目になったほうがマシである。
次はサイレントよりも強い眷属引くまでやるぜ。
ナナシノは僕の言葉にむっとしたように頬を膨らませた。ジト目で僕を見上げる。
「私だって心配くらいしますよ。ブロガーさんは……私の仲間なんですから」
やばいな。ナナシノのこと仲間だなんて思った事ないんですが……。
ちょっとだけ居心地が悪い。
気持ちは嬉しいが、今のナナシノの眷属では僕の足を引っ張ることしかできない。僕にとって役に立たたない人間は仲間ではない。
せいぜいナナシノはフレンドである。互いに利害があれば協力し合うそんな存在で、リスクとリターンが噛み合わなければ助けにくることもない、そんな関係。
ゲームのフレンドは現実のフレンドと比べてドライなのだ。大体リアルの接点ないし。
だから、僕は例え死にそうになったとしてもナナシノからの助けを求めるつもりはないし、ナナシノが死にかけても助けに行ったりはしない。理由が――ない限りは。
ナナシノを注視する。頭の上に情報が表示される。
ナナシノアオバ。鉄ランクの召喚士でプレイヤーレベルは7。初心者中の初心者。
僕はしばらく迷い、その件については何も言わない事にした。
何も気を悪くさせるような事を言う必要はないだろう。
アビコルを舐めてるので今のまま動いたら多分遠からず眷属をロストする事になるだろうが、その時はリセマラして新しい眷属を得ればいいだけの話。
プレイヤーという時点で得難い人間である事は間違いない。
あと、たった一月で周囲のNPCを巻き込んで助けにこれるコミュ力、やばい。
「……まぁ、ナナシノが僕を心配しているのと同様に僕もナナシノが心配だって事だよ」
選んで出した僕の言葉に、ナナシノはピクリと眉を動かし、瞠目した。
責めるような口調で言う。
「ブロガーさんって……たまに言葉が軽いですよね」
「……また失礼な事を……」
思ってもいない事を言うのは得意だが、どうやら口調にそれが出すぎていたか……でもじゃあどうしろっていうのだ。
若干傷ついていると、パトリックが僕の肩を叩いてきた。最近のNPCは随分と馴れ馴れしいなあ。
「ブロガー、って言ったっけ? あんた、強いなあ。まさかギオルギの一派を一人で倒すとは思わなかったぜ! おかげで俺達がやることがなくなっちまった」
「そりゃどうも」
「なんで雑用なんてやってるんだ? うちのパーティに入らねえか?」
ハンサムな容貌の青年NPCパトリック。僕はこういう人間が苦手である。NPCも見た目は人間と一緒なので苦手である。
他人を害するギオルギ達よりはだいぶマシなんだろうが、僕は好きでぼっちをやってるのだ。大体、連れてる眷属が『深淵の森のゴールド・リンクス』とか、戦闘を共にする必要性を感じない。
色が名前に入っている眷属は大体碌でもない。シルバー・リンクスとかブラック・リンクスとか、色変えて召喚対象眷属の種類かさ増しに使われているからだ、くそったれ。
「雑用は……好きでやってるんだよ。うちのサイレントが大好きでね」
「!? あるじぃ、なんか今聞き捨てならない事、言ってなかったかぁ?」
身体を縮め、皿の上で自分の身体と同じくらいの大きさの肉の塊と格闘していたサイレントがこちらを見る。君、そうしてるとまるで料理みたいだね。
行儀が悪いが眷属が食卓を共にすることは少なくないらしく、誰も何も言っていないので多分これでいいのだろう。
何が面白かったのか、僕の答えにパトリックが大笑いする。それに釣られるようにナナシノが笑顔になる。
楽しいならば何よりである。レアアイテムもゲットしたし、僕も満足だ。
ナナシノが浮かれたような口調で声をかけてくる。
「ブロガーさん、今度納品クエストでも行きませんか?」
「雑用クエストがなくなったらね」
「もぉ、そればっかりですね」
だが、一度は一緒に納品クエストに行ってもいいかもしれない。何しろ、ナナシノは危なっかしすぎる。
不要だったとは言え、ナナシノには借りができた。借りはなるべく早く返す事にしている。早く返さないと――僕はすぐに忘れてしまうのだ。
貸した分は忘れないのに、不思議だね。
§
――そして、返す機会は思ったよりも早く来た。
僕の趣味は日記を書くことだ。アビコルの世界に来てからも真っ先にノートを買ったくらいに、それは昔から続いている習慣である。
部屋の扉が壊れかねないくらいの勢いで開いたのも、ちょうど日記を書いているところだった。
足元でちょこちょこしていたサイレントが鎌首をもたげ、そちらを向く。
入ってきたのはこの間僕を助けに来た召喚士NPC――パトリックだった。まるで幽霊でも見たかのような蒼白の表情で、開口一番に言う。
「ブロガー、青葉ちゃんが……さらわれた」
その言葉を聞いた瞬間、僕はすべてを理解した。
なるほど、べったべたなクエストである。アビコルにはこういう王道を踏襲しているところがある。
さらった相手が誰であるかなんて聞くまでもない。
だが、予想外だった。何しろ、ストーリークエストの二個目が終わったのは昨日である。一個目と二個目に一ヶ月近い時間差があったので、三つ目もそのくらい後に起こると思っていた。思い込んでいた僕が悪いのだが、やらしいクエストである。
何が言いたいかというと……準備が全然出来ていない。
まだ情報収集も出来ていないし対策も打ててない。対策せずになんとかなるだろうと気軽な気持ちでクエストに挑んでしまうのはアビコル初心者がやってしまいがちなミスである。
「主、行くぞ!」
サイレントが眼窩を釣り上げた間の抜けた表情、険しい口調で僕を見上げる。僕はため息をつき、仕方なく腰をあげた。
「そうだね……さっさと片付けようか」
だが、人生とは何が起こるのかわからないものだ。
準備していないから、なんて言い訳は通じない。ゲームの世界だなんて言っても、それは変わらないのだ。
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