第九話:戦闘システムと接戦
アビコルはスマホ向けのゲームだ。グラフィックは美麗だが所詮スマホで処理できるレベルでしかない。
戦闘もまた簡略化されたグラフィックだったが、この世界ではちゃんとリアリティに溢れている。
ターン制ではなくリアルタイムでバトルが進行する形式なのはゲームと一緒だが、自由度が異なる。
何よりも、眷属に細かく指示を出せるのがイカしてる。
元々、アビコルの戦闘システムでは眷属には、固有スキルの使用を命令するくらいしか指示を出せなかった。大まかな作戦は立てられるが、細かい動きは全部AI任せなのだ。
それが現実では違う。
「な……へ……?」
柱の前にいた召喚士があっけに取られたような声をあげる。その前を守るように立っていた白く放電した二足歩行のトカゲ――雷光纒うホワイトリザードの首がずるりとずれ、ほぼ同時に地面に崩れ去った。
湿った嫌な音が間の抜けた声にかぶさる。サイレントの身体から伸びた触手が数メートル離れていたリザードの首を完全に切断したのだ。
レア度7のホワイトリザードではレベルを多少上げてあったところで一撃も耐えられない。サイレントの腕がずるずると引き戻される。
進化していたらまだ話は違ったはずだが、見たところ相手の眷属はどの眷属も進化していないようだ。
呆然とする召喚士の男に軽い声で話しかける。
「属性補正ついた眷属は面倒だからねぇ……冥種のサイレントは光属性の攻撃に弱いし、タイプ的に物理防御の方が高いから……」
アビコルの眷属は本当に多種多様なタイプに分類され、それぞれ長所と短所がある。
そこをどこまで暗記できるかがプレイヤーの腕の見せ所で、みんな必死に覚えていた。だって覚えないと眷属死ぬから。
召喚士の男が呆然と跪き、両断されびくびくと痙攣するリザードに手を当てた。
だが、時既に遅く、リザードは触れると同時に光になって消える。残ったのは小さな光のガラス玉のようなアイテムだけだ。
理解出来ていないのか、男が呆然と呟く。
「バカな……俺の雷太が……」
現状を受け入れていない表情。光の粒に手を伸ばし無意味な行動をするその様子は滑稽だ。
僕はその表情に見覚えがあった。
「なんだ、
前回は手加減してやったが今回は手加減するつもりはない。
前回のクエストで報酬がなかったのも敵のHPを完全に削らなかったせいではないか。冷静に考えればゲーム中では敵のHPはもれなくすべて削りきっていた。
その反省点を生かして今回の相手の眷属は全員ロストさせるつもりである。もちろん人は対象外だが。
仲間の召喚士が僕を化物のような眼で見た。
「眷属をロストさせる、だと……こいつ、正気か!?」
「そうかっかしなくても大丈夫だよ、そのロスト時に残るオーブを使えば次の眷属召喚の時にちょっとだけ同じ眷属の召喚確率が上がるから」
まぁ有志の検証によるとそれで同じ眷属を引ける可能性は微々たるものという結論がでたが、気休めにはなるだろう。
雷太の主が今更状況を理解したのか、怖気立つような悲鳴をあげた。
「う……うわああああああああああぁぁあああああ!!」
空気が震える。仲間の悲鳴に敵は動揺していた。僕はそれを隙とみなした。
指先をちょいちょいと動かし、サイレントにサインを出す。ゲームではできなかったのだが、暇つぶしに仕込んでおいてラッキーだった。
一番レア度の高いアイリスの重槍兵は硬いから最後だ。さっさと魔法系の攻撃を撃ってくる眷属を片付けねば。
「ま、まて――」
叫びかけた男の眷属――てるてる坊主のような見た目の『暗き天のウェザードール』の首を同様の手順で飛ばす。
NPCに言っても仕方ないが、こいつらは眷属がロストする覚悟すらなく僕を襲おうとしたのだろうか、動揺で手が止まるなんてほとほとに呆れる。
レア度の低い眷属でサイレントを倒すには隙を突く――これがゲームではなく現実故に発生しうる隙をつくしかないというのに。
指先を横に動かす。それを察知したサイレントが指示に従い、長く延したムチのような腕で敵を薙ぎ払った。
「さ、散開だッ! 四方から畳み込め! 俺が防ぐ!」
いち早くそれに気づいた大兄貴が指示を叫ぶ。と、同時にアイリスの重槍兵が前に出て、右手に持った盾を掲げた。
盾が光の壁となり襲いかかる触手を向かい打つ。
アイリスの重槍兵は天種で、その中でも防御に秀でた特殊スキルを持っている。触手が光の壁とぶつかり何かを削るようながりがりという音が響く。しばらく雷光のような光を発していたが、結局サイレントの触手は盾を貫くこと敵わず、勢いを失った。
予想外だったのか、情けなく触手を戻しながらサイレントが呻く。
「主、結構強いぞ。攻撃が弾かれた、こんなの初めてだ」
「サイレントは弱っちぃなあ」
「!?」
フォートレス・オブ・フォース。一定ダメージを受けるか、一度攻撃を防ぐまで持続する盾を生み出すスキルだ。主に防御型――騎士系の天種が持つ。
サイレントの攻撃は許容外だったのだろう、光の城壁がぱらぱらと粒子となって消える。だが、その時には大兄貴の命令どおり四方から眷属が飛びかかってきていた。
二体潰したが相手はまだ八体もいるのだ。仲間が二体もロストさせられたのに、その動きに迷いはない。
剛毛の毛皮と鋭い牙を持つ黒い犬――黄昏のアンダードッグが地面を蹴り下方からサイレントを狙う。
羽の生え、燃え盛る目玉――死と絶望のアフレイドフレイムが上空から体当たりを仕掛けてくる。
鏡のように磨き上げられた剣と鎧を持った騎士――鏡面世界のポーンナイトが正面からその剣を振り上げ、上向きの尻尾を持つ金色の狐――星王配下のアッパーテイルが複数体に分身して周りを囲む。
もしかしたら練習していたのか、スムーズな動きを見せる眷属に僕は笑った。
無駄だ。無駄なのだ。なっていない。
というか、数なんて集めちゃって――もしかしたらこの人たちは、サイレントが『全体攻撃持ち』なのがわかってないのか?
常識である。眷属の特性も知らずに召喚士を名乗るとか、笑うぜ。
眷属はそれぞれ最大五つの特性を持つ。
『
『全体攻撃持ち』は威力の低下を代償に、本来単体攻撃である通常攻撃を敵全体を対象としたものに変更できる。
雑魚を相手にする上では有用な特性だ。サイレントに数の利は通じない。
まぁ、NPCに言っても仕方のない事だが。
指を鳴らす。
サイレントの身体が一瞬縮小し、膨張すると同時に全身から無数の触手を槍のように射出した。
§ § §
今思い返してみれば、初めてギルドで見かけた時からその男はおかしかった。
最強の獣種、ゲールを眷属にするギオルギ・アルガンを旗頭にしたパーティ、『赤獣の王』は古都でも屈指の巨大なパーティであり、古都ではもはや誰も逆らうものがいないパーティだ。
マスターであるギオルギは気が短く暴力を奮うことに躊躇いのない性格だったが、召喚士はもちろん、魔導師ギルドや剣士ギルドをして一目置かれる存在であり、強力な獣種の眷属、ブレードキマイラとアイリスの重装兵を操る右腕――幹部の二人を入れればもはや古都周辺で敵はいない。
故に、赤き獣の印は恐怖と畏怖の対象だった。そこに所属しているだけで好き勝手やっても許された。被害者が出たところで、バックには獣王の主がいるのだ。そしてギオルギは自分が虚仮にされることを決して許さない。
たまに新たに召喚士になった者が勘違いして反抗してくることもあったが、『赤獣の王』は全て叩き潰してきた。
古都の召喚士ギルドのマスターだけは唯一伝説に謳われる召喚士の一人であり、ギオルギを超えている可能性がある唯一の存在だったが、何も言ってこなかったし、ギオルギは常々、そのマスターを超えることを宣言していた。
本来数の少ない召喚士を十人以上揃え、最強の眷属を持つボスがいる以上に栄華はずっと続く。そう思っていた。
だが、今目の前で漆黒をした影がその未来をまるで幻のように打ち崩している。
一番初めに騒動の発端となったナナシノアオバに絡んだ五人の内の一人であり、唯一今回の襲撃までに半死半生だった眷属の回復が間に合ったダークナイトの召喚士は今、その幸運を後悔していた。
目を見開き、向かいに立つ『敵』を睨みつけているが。だが、その眼には力が残っていない。
その召喚士は一見優男のような風采をしていた。強そうにも見えないし、眷属を出していなければ召喚士にも見えない。
だが、その前に影があった。始めは人形程の大きさだったそれは膨れ上がり、既に人型をなしていない。身体から飛び出た触手はジグザグな挙動で縦横無尽に攻撃をしかける眷属を打ちつける。複数体で囲んだにもかかわらず、その身体に傷一つ与えられない。
未だかつてそんな眷属は見たことがない。それに似ている存在でさえ。
未知の眷属の未知の戦闘能力に、ブロガーを囲んでいた仲間の一人が悲鳴を上げる。
「なんだ……あの眷属は――」
その言葉はこの場で青年と相対する全員の心中を示していた。
ゲールは強力な眷属だ。赤獣の王のメンバーは皆、リーダーの眷属を誰よりもよく知っている。金属を断ち切る膂力に、目にも留まらぬ身のこなし。
たとえリーダーを除いた全員で戦ったとしても敵わない。『赤獣の王』のメンバーは皆、その『獣王』に憧憬を抱きギオルギの配下になる事を選んだのだ。
だが、目の前で暴れる眷属はそのゲールにも劣らない強さを見せているが、一言で示すのならば『強力』ではなく、『異質』と表現できるだろう。
変幻自在に放たれる影の槍は一本一本が致命の威力を持っており、防御力の低い眷属では一撃すら耐えることはできない。
そして何よりも、相手は召喚士最大のタブー、ロストさせることに躊躇いを抱いていなかった。むしろ致命打を受け半死半生の眷属すら逃すことなく、確実にとどめを差していく。
赤獣の王のメンバーだって、他の召喚士の眷属をロストさせたことがないわけではない。もっとえげつないことだってやってきた。
だが、いざ自分たちの番になると、その衝撃はあまりにも大きい。
一つ、また一つと悲鳴が上がり、その度に誰かの眷属が光のオーブとなって消えていく。悪夢のような光景に、一人また一人と膝をつく中、唯一サイレントの主だけがここに連れてこられた時と変わらない表情で戦況を眺めている。
仲間――今この十人の中で最も強力な眷属を持つ、頼りになる大兄貴が声を枯らして指示を出す。いつもならば信頼できるその言葉すら、今となっては何の意味もないように思える。
今思い返してみれば、初めてギルドで見かけた時からその男はおかしかった。
その時、その男はナンバースリーである兄貴の影に隠れていたので気が大きくなっていて気づかなかったが、明らかにおかしかった。
緊張も戦闘による高揚もない。まるで決まった結果を待つかのような透明な眼差し。名を知らなくても理解できるである『赤獣の王』の力を見て尚浮かべた興味のない表情。
その眷属の力ではなく、こちらにたいして向けられる無機物でも見るかのような眼差しこそが恐ろしい。
獲物を狩る獣の眼ではない。まるで足元にいる蟻を見下ろしているかのような眼。
言い訳させてもらえば、男は制裁を加えたくなかった。自分の眷属が半死半生に追いやられた時点で、もう反抗する心なんて折れていたのだ。
だが、退くわけにはいかなかった。『赤獣の王』には敗北は許されない。痛い目にあったのならば、反抗する者が現れたのならば、制裁を加えなければならない。
負けたままであることは、リーダーがそれを許さない。ギオルギにとってパーティを虚仮にされることは自身をけなされることと同義。そして、貶されて尚黙っているようなメンバーはそのリーダーにとって仲間でもなんでもない。ロストさせられるのが己のパーティのリーダーからか、あるいはこの敵からになるのかの違いだけだ。
選んだ当初はリーダーにやられるくらいなら、と思ったが、今となってはどちらが正解だったのか男には判断が付かなかった。
ダークナイトが剣をおられ、弾き飛ばされる。壁に叩きつけられた漆黒の装甲に黒の触手が突き刺さる。
その口から軋むような悲鳴があがる。前回は手加減されたが、今回は確実にロストさせられるだろう。だが、既に男にできることは何もない。
佇んだまま何も出来ない男の脳裏に、この騒動の一番初め、七篠青葉という少女に絡んだ時の事がよぎる。可愛らしい少女だった。年齢は十代半ば、艷やかな黒髪に眼、苦労の欠片もしたことがないお嬢様のような容貌。疲れたような表情をしていたが、それすらもアクセントにしか見えない。
今まで出会ってきた召喚士の中で、容姿だけならば一、二を争うだけだろう。もしも手を出せたのならば恐らく最高の思い出になったに違いない。
だが、今となっては後悔しかない。
「くそっ……女一人のためになんで――こんな」
振るわれた黒い触手が兜と身体の隙間を通り抜け、ダークナイトの首が飛ぶ。切断された首がごろりと男の足元に転がってきた。目の部分に空けられた小さな穴が無念の眼差しを男に向けている。
心臓が痛み、視界がぐにゃりと歪む。身体から力が抜ける。
男が最後の瞬間に見た敵の顔は、まるで酒場で酒が出てくるのを待っているような退屈そうな表情をしていた。
§ § §
サイレントの高笑いが響き渡る。
レア度17。腐っても『
「あはははははは、主、敵が――ゴミのようだぁ!」
「まー序盤に発生したクエストだし」
基本、序盤のクエストは難易度が低めに設定されているのでリセマラで手に入るレベルの眷属を持った僕が負けるわけが無い。
サイレントはもう半分お遊びモードに入っていた。
不意打ちは初回のみだったし、全体攻撃でダメージが落ちているので一撃で殺せるまではいっていないが、相手の眷属は既にボロボロだ。
不意打ちで殺せなかった相手の眷属八体の内、既に五体はロストしており、残ったのは比較的頑丈な眷属だけだ。その三体もHPは既に三割を切っている。
眷属がロストされた召喚士はその魂まで砕かれたかのように床に倒れ伏しピクリともしない。
「ば、化物めッ! クソッ、だから俺はやめておけと言ったんだッ!」
自分の眷属がロストする恐怖との戦いは耐え難いのだろう。残った三体の内の一体――ポーンナイトの召喚士が吐き捨てるように叫ぶ。
騎士の名を持つ眷属は防御力が高い事が多い。ポーンナイトが生き残っているのはそのためだが、鏡のように磨かれていた鎧は既に幾度も触手が擦り傷だらけになっている。
剣は既に折れ、右腕が変な方向に曲がっていた。
次にロストするのは残った三体――重槍兵、アッパーテイル、ポーンナイトの内、一番レア度の低いポーンナイトだろう。
鞭のようにしなったサイレントの腕をポーンナイトが折れた剣で受ける。その一メートル程の小さな身体が力に押され、壁に叩きつけられる。
その光景に耐えかねたように、召喚士が背中を見せて出口に向かって駆け出した。
「うわあああああああああああああああ!」
「逃しちゃダメだよ。逃走されると経験値入らないかもしれないから」
背中を見せて走る人間を捕らえるなんて簡単だ。サイレントの触手は僕の指示によって伸びると、一瞬でその背中に追いつき、足首を引っ掛けて召喚士をひっくり返す。ポーンナイトが攻撃に耐えかねて砕け散ったのとそれはほぼ同時だった。
オーブが落下して、美しい鈴のなるような音が反響する。これで後二体。
サイレントのHPはほとんど減っていない。もう勝ったも同然だ。
周囲にはアッパーテイルと、それによく似た分身が五体、こちらとの距離を図っている
分身は回避率を上げる優秀なスキルだが全部同時に攻撃できる全体攻撃持ちには意味がない。
その召喚士も憔悴しており、辛うじて立っているような状態だ。
まだ正気を保っているのは大兄貴と呼ばれていた男だけだった。
アイリスの重装兵はかなり硬いし、進化こそしていないが、レベルもマックスの印がついている。HPも高いし、防御に専念されると削るのに時間がかかりそうだ。
フォートレス・オブ・フォースは連続使用できるスキルではないので、後回しにして他の眷属から潰させてもらった。
しかし、戦闘というのは疲れるものだ。僕は何もしてないけど、眷属が死なないように神経を使わなくてはならない。
ため息をつき、ぽつりと漏らす。
「なんか疲れたなぁ。ちゃんと経験値入ってるかな」
まあ戦闘で入る経験値なんて微々たるものなんですが。
本心からの言葉に、それを聞き取った大兄貴が僕を睨みつけてきた。頬を引きつらせて、切れ切れの息を吐く。
「なに……言ってるんだ?」
「強敵ならまだ達成感があるんだけど、雑魚戦が一番疲れるんだよね。ほら、戦闘スキップって基本できないしさぁ」
「……雑……魚? だと?」
唇を戦慄かせ、信じられないとでもいうかのように大兄貴が呟いた。
「いや、サイレントと重槍兵じゃレア度が違うからさあ……勝てても嬉しくないんだよね。他にもろくな眷属いなかったし」
数だけだ。本当に数だけだ。だが、僕がナナシノのようにアイリスの単騎兵を引いていたらそれに押しつぶされて負けていただろう。これがアビコルの恐ろしさである。
まぁ僕がナナシノだったら止められてもリセマラしてたけど……さすがにレア度7はないって。
まるで虫にじゃれつく猫のようにアッパーテイルと重槍兵に攻撃を仕掛けていたサイレントが、攻撃を続けたまま、どことなく実感の篭った声を出した。
「主は、恐ろしい男だなぁ」
「……いや、そんなことないけど」
僕はなるべく穏便に魔導石を集めたいだけの男だ。荒事は本分ではない。が、雑用クエストだけでは石は集まらない。仕方ないのである。
だが、大兄貴はそう思わなかったらしい。般若のような形相で怒鳴りつけてくる。唇を噛み切ったのか、その浅黒い肌に一滴鮮血が垂れる。
「ふ……ふ……ふざけるな! 俺達が、この『赤獣の王』が雑魚だと!?」
その瞬間、触手がアッパーテイルを捉え、地面に叩きつける。何度も何度も。
湿った肉が潰れる音と共に、アッパーテイルが沈黙した。召喚士が泣きわめきながらその死骸の側に駆け寄る、が、どうやら致命傷だったのか、すぐに身体が薄れ光の球に変化した。
それをしっかり確認し、恐怖と憤怒の入り交じる表情をした大兄貴に向き直る。
「これで大兄貴、あんたでクエスト達成だ。おつかれさん」
報酬は何かな。
重槍兵が大兄貴を守るようにその前に移動する。が、召喚士を狙うつもりはない。アビコルはそういうゲームではないのだ。眷属は死ぬがプレイヤーは死なない。僕は外道ではないのだ。
そもそも、守ろうとした所で無駄だ。今まで重槍兵が生き残っていたのはサイレントが全体攻撃で攻撃していたからである。
僕の考えを読み取ったかのように、サイレントが触手を引っ込める。そして、その身体を変化させた。
不定形の肉体が硬度を持つ。サイレントの身体が変形し、より精密に人型を模した。
腕の上部が鋭く尖り刃を形作る。
一見するとその姿は剣士のシルエットのようだった。磨き上げられた鏡のような、滑らかな漆黒の刃が僕の表情を映している。
全体攻撃にした際の攻撃力の減少率は個体によって差があるが、進化していないサイレントの場合、全体攻撃力は単体攻撃力の七割しかない。
大兄貴はその様子を見ていなかった。ただ、呪い殺さんと言わんばかりに僕の眼を睨みつけている。
「ッ……殺すッ」
「やれやれ…………怒りで敵を倒せたら魔導石はいらない」
サイレントが駆ける。重槍兵がその盾を構え、槍をサイレントに向ける。
そして、無骨な槍とサイレントの剣がぶつかりあった。
火花が散る。
だが、敏捷も攻撃力も防御力も何もかも、サイレントの方が上だ。
交差は三度しか起きなかった。四度目の交差、サイレントの剣が盾にぶつかり、その力に重槍兵の身体が泳ぐ。瞬間、サイレントの剣が開いた隙を縫うようにして伸び、その頭を打ち付けた。
甲は飛ばなかったが、重槍兵の動きが一瞬止まる。
「あああああああああああああああああああああああ!」
運命を感じ取ったのか、大兄貴が咆哮し、サイレントがにんまりと笑った。
その名の如く、音はなかった。
振り下ろされたサイレントの刃が重槍兵の身体、半分の位置をまるで抵抗なく通り過ぎる。
「我に逆らおうなどと、千年早いわ」
サイレントの格好悪い決め台詞と同時に、重槍兵が光に消えた。
§
茫然自失としている
「主は鬼畜だな」
「いやだって……ねぇ」
貴金属はいらない。とりあえず欲しいのは金だけだ。貴重なアイテムがあればそれも奪い取るのだが、モブは持っていないだろう。
倒した眷属の主は死んでない。だが、トラウマになってしまったのか、僕がドロップの提出を促すとガタガタ震えながら差し出してきた。ドロップを回収してるだけなのに、まるで僕が悪者みたいである。
最後に大兄貴のドロップを剥ぎ取る。さすがというべきか諦めが悪いというべきか、大兄貴はまだ戦意が残っていた。
こちらに殴りかかってきたので、サイレントに気絶させる。いくら大柄の男でも鋼鉄を紙切れのように切り裂く眷属には敵わない。
気を失った男の懐を探り、財布を抜き取る。他に何か持っていないか所持品検査をしていると、ふと首から下がっているペンダントに気づいた。
白金色に輝くメダルがついたペンダントだ。メダルには虹のような意匠が施されている。虹は『
「あー、なるほど。これが今回のクエストの報酬かぁ」
僕は迷わずペンダントごとそのメダルを剥ぎ取った。
メダルは『アイリスの信心』というアイテムだ。アイリスに連なる存在を
……まぁ最終進化までさせるにはうんざりするような数求められるんだけど。
さっきまでノリノリで戦闘していたサイレントが三日月のような口を引きつらせる。
「主は鬼畜だな……」
「もう大兄貴もアイリスの重槍兵、ロストしたんだからいらないだろ」
追い剥ぎみたいだけど、正当な報酬だからねこれ。
突発的に発生するクエストはこういう希少アイテムが手に入る可能性があるから無碍に出来ないのだ。
まぁ、僕はまだアイリスを召喚出来てないからいらないんだけど、いずれ手に入った時のために貯めておこう。
クエストの成果に満足していると、後ろから複数の足音が響いてきた。
また追加がきたのか?
若干うんざりしながらそちらを向くと、見知った人影が目に入ってきた。
厚手の白の召喚士のローブに木製の杖。足元に伴った小さな騎士。
ナナシノアオバだ。体調が悪いのかふらふらしているがその足取りは迷いない。
ナナシノの目が僕と合う。そして、一瞬その表情が固まった。
「ナナシノじゃん。やっほー、どうしたのこんなところで?」
よく見ると後ろには召喚士の団体がついてきている。男女混合で、人数は僕を連れてきた連中よりも多い。
僕が倒した連中と比べると少し質が下に見えるが、もしかしたらナナシノも同じクエストで来たのかもしれないな。
「ブ、ブロガーさんッ!?」
ナナシノがおぼつかない足取りで駆け寄ってくる。棒立ちになっている僕に近づくと、何故かそのまま抱きついてきた。
珍しいことだ。ナナシノと僕は毎晩一緒にご飯とか食べているが身体接触は握手を除けばこれが初めてである。
分厚いローブからナナシノの体温と震えが伝わってくる。
僕はその理由を考え、その場でとっちらかっている大兄貴達に視線を向けた。
なるほど、ちょっと汚しすぎたかもしれない。
「ナナシノもクエスト? 悪いね、先に散らかしちゃって。もしもやるならどかすけど」
「ぶ……無事だったんですね……よかった……です」
こちらを抱きしめた状態、頭をこちらの胸元に押し付けた状態で出てきたナナシノの言葉。
「あれ? もしかしたら話通じてない?」
「……よくわからないけど、主が悪いと思うぞ」
サイレントが辛辣な言葉を言う。
なんでお前、僕よりもナナシノの味方するんだよ。
ナナシノと一緒に歩いてきていた召喚士の男が地面に転がる連中を見て素っ頓狂な声をあげた。
僕が今倒した連中とあまり変わらないモブNPCだ。多少、人相が大人しくはある。
どうやら僕とナナシノの事情は違うらしい。同じモブNPCでもこちらの男はナナシノの味方のようだ。その後ろからぞろぞろついてきた連中も。
「な、なんだこりゃ? これ、全部あんたがやったのか?」
「接戦だったよ。襲いかかってきたから反撃したんだ」
「接戦って――」
男が目を見開き、サイレントを見る。
確かにサイレントのHPは全然減っていないが、まぁ接戦と言うことでここは一つ何卒……。
恐る恐るついてきていた他の召喚士達も地面に伏す男たちを見て、騒ぎ始める。
概ね恐怖より戸惑いと、歓声が多いようだ。むしろ僕の方が事情を知りたい。
クエストは終わったはずなんだけど、何が起こってるんだろう?
首を傾げる僕に、ナナシノがようやく顔をあげ、真っ赤に充血した目で僕を見上げた。
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