第十四話:不屈の意志

「な、どういうこと……? なにがおこったんですか?」


 ナナシノが震える声でいやいやと首を振る。

 僕は努めて平静を保ちつつ、真っ二つになって地面に伏したサイレントを見る。HPバーは完全にゼロになっている。傷ついているところで進化ゲールの一撃、耐えきれるわけがない。


 くそがああああああああああああッ!


 僕は怒りを噛み締め、戦慄く声で答える。


「……ギオルギは、もともと手持ちにゲールが二体持っていたってことだよ」


 一体目がロストしたので、『送還デポート』していたもう一体を出してきた、ただそれだけの話……なのだが、


 なんでNPCがゲールだぶってんだよ、おかしいだろッ!


 完全に難易度を見誤っていた。確かにクエストで戦うNPCの中には後出しで他の眷属を出してくる者もいたが、よもや序盤でそんなキャラが出てくるとは誰が予想できようか。


 狂ったようにギオルギが叫ぶ。餓死寸前に餌を見つけた狼のように、壮絶な笑みを浮かべて。

 

「く……くくけけけけ。そうだよ。俺は――二度目の召喚で二体目のゲールを引いたんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 俺が、獣王である証だぁぁぁぁぁッ!」


 眷属召喚アビス・コールは魔導石が五個あれば何度でも行えるが、一度目はともかく二度目は普通の魔導石だったはずだ。

 見かけたNPC召喚士の眷属は皆レア度7以上だった。恐らく魔導石のルールはプレイヤーと同じなのだろう。


 初回はレア度7以上眷属確定魔導石だからまだわからんでもないが、二度目の普通の眷属召喚でレア度15のゲールが出たというのは――。



 僕は死にたい気分でため息をついた。


「納得できなくもないんだよなあ、これが」


「……へ?」


 アビコルでの眷属召喚の確率はランダムだが、完全なランダムではない。

 ゲーム内のイベントやキャンペーンなどでも確率に偏りが発生するが、それ以上に大きな原則が一つある。


「アビコルって自分が持っている眷属と同じ眷属の召喚確率、けっこう大きく上がるんだよねえ……」


「……え?」


 プレイヤーの間では『きっと仲間がいないと寂しいんだろう』とか揶揄されていた。アビコルがクソゲーとされた理由の一つである。


 一度召喚したことのある眷属且つ、現在所持している眷属は召喚確率が上昇する。

 運営からの公式発表は当然なかったが、有志の検証によりそれはほぼ確実だとされている、公然の秘密だった。逆に言えば、検証で確定できるほどに確率が上がるのだ。


 だからアビコルでは一体目を引くのが一番難しいのだ。そして、だからこそ、一体目引くのに十万円課金したのに二体目は五千円くらいで出たりする。マジふざけんな。


 しかしそれにしてもゲール二体は酷い。勝てないってこんなの。


「な、ど、どうして冷静なんですか!? ブロガーさん!?」


「……ナナシノって、これが冷静に見えてるの?」


「ッ……ご、ごめんなさい」


 きっと鏡をみたら今の僕は酷い表情をしているはずだ。

 ショックのせいか頭がふらふらする。朦朧とした意識の中、大きな足音が響いた。


 白銀の牙王、ゲールだ。その側にはギオルギが付き添っている。

 余程一体目のゲールをロストした事が腹に据えかねたのか、唾を吐き散らし、ギオルギが叫ぶ。叫びたいのは僕の方である。


「ぶろがああああああああ! てめえは殺すッ! 俺に歯向かったことを後悔させてやるッ! 七篠青葉を犯しつくし、てめえら二人の死体をミックスして古都中に写真と死体をばらまいてやるッ!」


「ッ……ア……アイちゃんッ!」


 ナナシノが動揺しつつも眷属の名を呼んだ。犯すとか言われたら動揺もするだろう。

 アイリスの単騎兵が恐怖のない足取りでナナシノの前に立った。進化1ゲールと戦えば負けることはわかっているだろうに、覚悟しているのか。


 もう半ば諦めの境地でいると、ナナシノが悲壮な表情を無理やり笑顔にして叫ぶ。


「ブ、ブロガーさんは……逃げてくださいッ! ここは、私が食い止めますッ!」


「いやいや……ナナシノ一人じゃ……無理だよ」


 一人どころか十人いたって無理だ。ゲールは腐ってもかつて最強だったのである。

 ナナシノはしかし、引く気配がない。その姿はどこか神話に登場する戦女神ワルキューレを思わせた。


「一人じゃ……ありません。私には……アイちゃんがいます……」


 その声には迷いはない。手足は震え、大きな瞳には涙が溜まっているが、必死に唇を結び前を向いている。


 自分を犯して殺すとか言ってる相手に凄いな。


 僕はその姿に心底、感動を覚えた。


 その時、ふと右手が硬いものに当たる。ポケットの中に手を突っ込む。

 昨日手に入れた――『アイリスの信心』だ。アイリスに連なる存在を進化ステージアップさせるアイテム。


 単騎兵の進化はアイリスに対する信心を示し、それに連なるアイテムを奉納する事により達成される。

 アイテムにより設定ポイントがあり、一定ポイントまで貯めると進化させられるのだが、アイリスの信心は高ポイントのレアアイテムなのでこれを使えば単騎兵を進化ステージアップさせられるだろう。第一進化だけだけど。


 毅然としたナナシノの様子、その表情が絶望で染まる様子を想像しているのか、ギオルギがにやにやと笑っている。

 ちょっと迷ったが、ポケットからそれを取り出し、ナナシノの手を取ってアイリスの信心を握らせた。


「ナナシノ、この『アイリスの信心』を使えば単騎兵を進化させられるはずだ」


「え……? っと……」


「まぁ、お礼だよ。ちょっと感動したからさ」


 ナナシノは自己犠牲の精神を持っている。高潔だと言い換えても良い。

 僕が狭量なだけかもしれないけど、自己を犠牲にして赤の他人を守るなんてただの人間には無理だ。少なくとも僕には無理。


 不覚にも少しうるっとしてしまった。今ならば、アビコルプレイヤーではないナナシノがここにいる理由もなんとなくわかる。きっと、利己的なプレイヤーだけじゃなくて彼女のようなプレイヤーも必要なのだ。

 僕には全然理解できないけど。


 ナナシノは二、三度アイリスの信心と僕を交互に見ていたが、大きく頷いた。


「わ……わかりました。進化させたら――ゲールを、打ち倒せるんですね?」


 そして、馬鹿な事を言った。





「……いやいや、そんなわけないじゃん。向こうも進化済みなのになんでアイリスの単騎兵を一回進化させただけでを倒せるのさ」


 アイリスの単騎兵が超強くなるのは最終まで進化させた場合、である。もしも最終進化までいけたら進化1ゲールなんて雑魚だが、一回進化したくらいじゃそこまで強くないし、そもそも進化したら眷属ってレベル1に戻るし。


 相手の進化1ゲールもレベル1のようだが、同じ条件ならば単騎兵ではレア度の高いゲールには敵わない。理屈に合わない。そんなんじゃクレームくるわ。


 ナナシノが目を見開き、震える声で聞いてくる。



「じゃ、じゃあ――なんで――どうやって」


「くく……けけけけけ……相談は、終わったか?」



 ギオルギが甲高い声で聞いてくる。僕はナナシノから身体を離し、その前に立つアイリスの単騎兵――その前に立つ。


 ナナシノが息を呑む。ギオルギが目を見開く。僕はベルトにくくりつけていた革袋から魔導石を取り出し

ため息をついた。










「いや、もちろんそんなの――『コンティニュー』するに決まってるでしょ」


 僕の宣言と同時に、魔導石が一個消失した。




§





 ログインボーナスがないこの世界で、魔導石が減るのは身を切られるかのように辛かった。

 が、ナナシノがぐちゃぐちゃにされるよりはずっとマシである。リセマラするのも面倒くさい。


 僕の宣言と同時に、今まで死亡ロストを保留にしていたサイレントの死骸がびくりと動く。


「ッ!? な、なんだ……何をやった!?」


 ギオルギが忘我の表情で呟く。


 何度も言うが、アビス・コーリングは札束で殴り合うゲームだ。


 眷属の死亡でそのユニットがロストするなんていう馬鹿げたペナルティがあったのに何故アビコルがサービスを継続できたのか。


 それがほぼすべてのプレイヤーにとって――よほど油断しなければ回避できるペナルティだったからである。


再生コンティニュー


 アビコルでは眷属が死亡した際――魔導石を一個消費する事で完全蘇生できるのだ。そして、何事もなかったかのように戦闘を再開できる。

 だから、魔導石のストックもなしにクエストに挑んで眷属をロストした連中は自業自得であり、嘲笑の対象だった。


 せっかく貯めた魔導石の消費により、胃がきりきりと痛む。その痛みを、自らの身を顧みずに前にたったナナシノのことを考えて耐える。


 切断された両半身がペタリと付着し、切り落とされた左肩がくっつく。細かい傷が消えると、サイレントがゆっくりと立ち上がった。不思議そうな口調で呟く。



「んん? わたし……なんでまだ……ここにいる?」


「あーあ……僕の魔導石がぁ……せっかく貯めてたのに」


 これじゃあクエストをクリアして魔導石が手に入ったとしても差し引きゼロである。

 血の涙が流れなかったのはきっとナナシノのおかげだ。ギオルギ、死なす。


 手の平を爪が食い込むほどに握りしめ、怒鳴る。ぼんやりしている間にまた殺されたらこっちとしてはたまったものではない。


「サイレントッ! 戦闘だッ!」


「むッ!」


 サイレントがその声にぴしっと背筋を延ばす。そして、僕の前に立った。

 その目が進化1ゲールに向けられる。


 ナナシノが目をぐるぐるさせて、サイレントを見る。


「なななんあ、さいれんとさんが……ふっかつしたぁ?」


 あれ……コンティニューできるって言ってなかったっけ……。


 記憶を掘り起こすが、興味なかったせいか全然覚えていない。ロストしたら終わりってのは言ったはずだが……。

 隠したつもりはなかったんだけど……うーむ。


 後でしっかりと色々教えてあげよう。思えば、ちょっとばかり無関心だったかもしれない。

 そう心に決め、今はゲールに集中する。


 ギオルギもコンティニューされたのは初めてなのか、一瞬呆然としたが、すぐに立ち直った。


「ッ……だ、だが、俺の白銀ゲールは最強だッ!」


 相手のレベルは1。進化1ゲールは当然、進化前よりも強いが、レベル1だと強さは進化前のレベルマックスと同じくらいだろうか。

 だが、進化したゲールは攻撃に光の属性を付与できる力がある。光はサイレントの弱点だし、そもそも、先程も辛勝だったのだ。多分次は負けるだろう。


 死ぬなってあれほど言ったのに一死ワンデスしたサイレントさんが何故か自信満々に胸を張る。


「何が起こったのかわからんが、ちょっとばかり姿が変わった程度で我に勝とうなどとは片腹痛いわ」


 いや、そのゲール、さっきまで君が戦ってたゲールじゃないから。


 もうサイレントは信用できない。今回の死はしょうがないと言えばしょうがないのだが……ともかく、ナナシノをこれ以上怖がらせるのも忍びなかろう。

 何よりも、今回一死したのはケチケチしてたせいだ。ストーリークエストのボスで魔導石を節約しようなどと思ったのがバチが当たったのだろう。多分。


 僕は続いて魔導石を取り出した。何個くらい必要だろうか?

 ええい、念のため一個残して残り全部使ってしまえ。



 八個の魔導石を手の平に乗せ、宣言する。





「なんかもう勝てそうもないから『促成成長レベルブースト』します」


 ゲールなんてなんとかなるだろうとか軽く考えていた僕が全て悪い。

 魔導石が消える。手の平にあった八個の魔導石が――一時の力のために消失する。


 前に立っていたサイレントがびくりとその体を痙攣させた。そのシルエットが白く明滅し、サイレントが腕を振り上げて叫ぶ。


「な、なんだこれは――力が……みなぎる……ぞおおおおおおおおおお!」


 アビス・コーリング。そのゲームでは眷属の能力は二番目に重要な要素だと言われている。

 ならば最も重要な要素は何か?





 それは――資金力。




 寝食忘れ汗水たらし、顧客にペコペコ頭を下げ、強いストレスを代償に稼いだ金をいくら魔導石につぎ込めるか。それこそが最も重要な要素。アビス・コーリングのアビスたる由縁。


 アビス・コーリングはあらゆる要素に魔導石が絡む。眷属召喚は基本として、戦闘も育成も進化も合成も編成も、何もかもに魔導石の有無が絡んでくる。ログインボーナスで毎日魔導石が配られてもまるで足りない。


 運営は僕達にこう問いかけているのだ。




 お前はその架空の栄光にどれだけの価値を見出しているのか、と。


 証明せよ、己の力を。

 『奈落アビス』より勝利を『コール』せよ。




 だから稼いだ金をすべてそれにつっこみ、むしろそのゲームをプレイするために働いていた僕はその世界で――英雄の一人だった。



「お……おおおおおおおおおおおッ!」


 魔導石八個。一時的に八百万の経験値を得たサイレントが一気にレベルマックスになり、それでも経験値が溢れ、余剰の経験値で進化を果たす。

 サイレントの顔面部分に白い涙のようなマークが浮き出る。


 これがサイレントの第一進化――『穢に生まれし者 サイレント』


 手抜きだろおおおおおおおおおおッ! もっとちゃんとグラフィック作れやあああああああああああああああッ!



 僕の心の叫びを無視し、さらに成長は止まらない。第一進化形態でもレベルマックスに達したのだろう、サイレントが第二進化を遂げる。

 サイレントの背中が薄く剥離し、まるでマントのように広がる。


 これがサイレントの第二進化――『静空を駆ける者 サイレント』



 サイレントが悪役のような笑い声をあげる。


「ふふふ……はははははははあああああああああああ! 器が――満ちる。これが、我の力の片鱗ぞ!」


 ……サイレントのグラフィックは本当に手抜きだ。運営め、逆に新しいとか思ってたんじゃないだろうな。


 そこで経験値を全部使い切ったのだろう。サイレントがその場でとんと降り立つ。見た目は馬鹿みたいだが、今のサイレントの力は先程の比ではない。


 ギオルギが唇を戦慄かせ、なんだかよくわからない空を駆けるサイレントさんを睨みつける。


「くっ……多少、姿が変わったところでッ――ゲールに敵うものかッ!」


 促成成長レベルブーストは魔導石を消耗し一時的に経験値を与えるシステムだ。経験値はもれなく消費され、レベルマックスまでいってまだ余っていたら進化する。本来ならば進化は色々な条件を満たさなくてはならないのだが、そんなの関係なしに進化する。

 魔導石一個で経験値が百万入るが、期間はワンバトルだけだ。バトルが終了したらレベルも進化も戻ってしまう。どうしても勝てないクエストにぶつかった時にだけ使うべきシステムである。


 ちょっと魔導石を使いすぎた。半分でも良かったかもしれないが、時既に遅しである。

 さすがの僕でもサイレントがどれくらいの経験値でレベル上がるのかとか、そもそもどれくらいレベルを上げれば良いのかなんて覚えてないし、促成成長レベルブーストは足りなかったから後から追加とかできない不親切なシステムになっている。

 より多くの魔導石を使わせるための仕組みだ、しょうがないね。


 ギオルギがその銀色の杖を掲げる。召喚士には杖なんていらないはずだけど、そうしていると凄い召喚士っぽいから不思議だ。

 だが、その眷属たるゲールの方は警戒したように進化2サイレントから距離を取っていた。


 白銀の剣の切っ先がサイレントに向いている。距離はまだ数メートルあるが、今のサイレントにその程度の距離、意味がない事を察しているのだろう。

 ゲールの表情は先程までとは異なり、焦りが見て取れた。目を大きく見開き、はぁはぁと荒く呼吸をしている。


「っ……どういうことだ? なんだ、その力は?」


 課金の力である。効果期間はバトル一回分なので、ゲールを倒すまでは続くはずだが、早めに終わらせた方がいい。


 僕が指を鳴らすと、サイレントが剣士のシルエットに変化した。影色の鎧に影色の剣。手甲に脚甲、目の部分が開いたヘルム。心なしか細部が以前より精密に作られているように見える。

 そして、サイレントがその剣の切っ先をゲールに向け、自信満々に宣言した。


「遊んでやろうぞ、狼の騎士よ」

 

「いや、さっさと倒せよ」


 ないと思うが、三体目のゲール出してきたらどうするんだよ。


「……わ、わかってるぞぉ……」


 サイレントはしばらく沈黙し、すぐに情けない声を出す。進化ステージアップしても性格は変わらないらしい。


 サイレントは肩を落とすと、何気ない仕草でゲールの前まで来た。

 まだ状況がわかっていないのはギオルギだけだ。いや、わかっていて現実逃避しているのか。


「殺せええええええええッ! げええええええええええるッ! 獣の王よッ!」


「いや……獣王って他にいるし……」


 強い風が吹き、僕のつっこみをかき消す。それとほぼ同時に、サイレントが剣を振っていた。奔った光の線をゲールが剣で受ける。

 もはやその一撃は目で見ることすら適わない。刹那の瞬間、響いた金属が交わる二度の音。三度目はなかった。


 ゲールのHPが一瞬でゼロになり、その首がずれる。

 ギオルギの表情が憤怒のまま固まる。サイレントが剣を下ろすと同時に、ギオルギの目の前にゲールの頭が落ちた。続いてゲールの身体が倒れ伏す。重い肉が地面とぶつかる鈍い音。


 ギオルギが頭を抑え、頬を引きつらせる。


「馬鹿な……この俺の、白銀ゲールがッ……」


「……三体目はいないみたいだな」


 一体でもけっこう強敵なのに、三体もいたらそれこそバランス崩壊だ。


「お……おお……? 力が……抜ける……ぞ」


 戦闘が終了したためだろう。精密な騎士像のようだったサイレントの身体が溶け、のっぺりとした元の姿に戻る。力抜けてるんじゃなくて元に戻っただけだから。

 しかし、僅か数分のために魔導石八個か……燃費が悪すぎる。


 腑に落ちなさそうな表情で自分の手の平を見るサイレントに、ナナシノが駆け寄った。


「さ、サイレントさん……だいじょうぶですか!?」


「ななしぃ……無事だったのか! な、なーに、我にかかればこんなものよッ!」


 手を取り合うサイレントとナナシノ。サイレントには後で嫌というほどお説教してやろう。僕がアビコルに迷い込んでからの一月がほぼほぼ無駄になってしまったのだ。


 さて、それではクエスト報酬でもいただこうか。まずは何を置いても魔導石である。クエスト報酬の魔導石はどんなクエストでも一個なのでどうあがいても赤字なのだがないよりはマシだ。


 さて、魔導石どこかな……何時もならすぐに現れるんだけど……。


 辺りを見渡すが現れる気配はない。

 そこで、死体にすがっているギオルギに目をつけた。


「な、何故だ。何故復活しない! 奴のように復活しろ、ゲールッ!」


 慟哭虚しく、ゲールの死骸は赤の光に包まれて消失した。残るのは光のオーブのみ。

 それを使った所で、再びゲールを召喚できる可能性は高くないだろう。確率が大きく上がるのは保持している眷属だけなのだから。


 NPCがコンティニューできるかどうかはかなり怪しいが、もしかしたら魔導石のストックがなかった可能性もある。まぁ、どっちでもいいか。


 地べたに跪くギオルギを見下ろして、僕は優しい言葉をかけた。


「残念だったねー。まー、また一から頑張ったら?」


「ッ――きさまあああああああああああああああッ!」


 ギオルギがふらつきながら立ち上がる。その腰から召喚士には似つかわしくない美しい剣を抜く。

 赤と金で装飾された銀の剣だ。武器ではない、一種の芸術品にも見える。見たことないアイテムだが、クエストの報酬に違いない。


 ギオルギはそれを随分と様になる動作で構えた。もしかしたら剣術の心得でもあるのだろうか。


「ッ……ブロガー! 貴様は、貴様だけはッ、この手でッ!」


 鋭い踏み込みで剣を振りかぶるギオルギを、僕は冷めた気分で見返した。


「いや、僕、召喚士コーラーだし」


 剣も杖も持たないよ。眷属が僕の剣であり杖なのだ。

 アビコルは剣士になるゲームではない。召喚士になるゲームなのだ。


 ギオルギが剣を振り下ろすより早くサイレントが僕とギオルギの間にするりと入り込み、丸く開いた目をギオルギに向けた。

 ギオルギの剣がサイレントの腕と交差する。銀の刃はサイレントの物理耐性を貫くことなく表面を滑り、サイレントの拳がギオルギの鳩尾を打ちつけた。


 衝撃にギオルギの身体が浮く。目がぐるりと反転、一瞬で意識を奪われたのかそのまま地べたをバウンドして転がっていった。

 サイレントが拳を振り上げた姿勢のまま、呆れたように言う。


「? なんだ? こいつ、まさかばかなのか? 召喚士が剣で攻撃しかけてくるなんて、初めてみたぞ?」


「全くだね。強力な眷属を召喚したって本体が強くなるわけないのに」


 しかし、魔導石はどこにあるんだろう。

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