第七話:ストーリークエスト

「六、七、八、九、十……」


 虹色の石を一個一個丁寧に机に並べる。魔導石の輝きはゲーム時代も僕も心を掴んで離さなかったが、現実世界となってから一層格別だった。


 今日達成した依頼で得たものをあわせて――全部で十個。それは、クエストをクリアした回数と同数だ。

 サイレントが呆れたように言う。


「主は何時もそれをやってるな……」


「魔導石の数はアビコルの中では最も重要な要素だからね」


 十個なんて本来ならば木っ端みたいな数だが、こうして並べてみるとまた受ける印象は違う。

 アビス・コーリングでは……石が無くては何もできないのだ。


 何も知らないサイレントが呆れたように言った。眷属は気楽でいいものだ。


「まぁ、主がそれでいいなら我も構わんが……」


「頑張ってもっと稼がないとね」


「ん? 召喚しないのか?」


「まだしないよ。まだ、ね」


 初めに持っていたレア度7以上眷属確定魔導石とは異なり、この魔導石で召喚できる眷属のレア度は保証されない。十個の魔導石なら召喚を二回できるが、アビコルの眷属はレア度が低ければ低い程種類が多くなるので、普通に召喚しても出るのはゴミみたいな眷属だけだし、魔導石がゼロの状態で戦闘に出るなんてゾッとしない。


 サイレントはそこそこ強力だ。眷属を増やさなくてもしばらくは戦っていける。


 僕は重課金ユーザーだ。三度の飯よりも召喚が好きだ。だが、それ故にアビコルの眷属召喚の辛さは良く知ってる。

 あれは地獄だ。立ち向かうためには類稀な運か資金力、あるいは根気が必要なのである。


 ……まぁ、一回くらいなら試しに引いてみてもいいかな。

 ふと自然に抱きかけた思いを首を振って振り払う。何度同じような事をやって地獄を見たか……。


「新たに眷属を得るよりもサイレントをレベルアップさせた方がずっと見込みがある」


「ッ!! 主、どうしたのだ!」


 サイレントが素っ頓狂な声をあげて、テーブルの上でタップダンスを踊り始めた。

 器用に魔導石を避けて踊りながら僕を見上げる。


「熱でもあるのか!? あの主が、我を、ほ……褒めるなんて! ありえん!」


「……やっぱりサイレントよりも他の『一単語の系譜ザ・ワード』の方がよかったな……」


「!?」


 いや、『一単語の系譜ザ・ワード』じゃなくても……アビコルには強力な眷属が山ほどいる。

 まぁ、上を見ればキリがないんだけど、もう少し静寂を求めてもバチは当たらないだろう。


 ショックを受け、固まるサイレントを冷たい眼で見下ろす。グラフィックの手抜きが気に食わねえ。

 

 魔導石を丁寧に布に包み、分厚い皮の袋にしまう。ちょうどその時、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開いた。


 入ってきたのはナナシノだ。衣装のそこかしこが泥で汚れているがどうやら依頼は達成できたらしくその表情は明るい。

 目が合うと同時に花開くような笑顔を向けてきた。朝の不満げだった様子がまるで嘘のようだ。


 僕はなんと言えばいいのか迷い、結局無難な言葉をかけた。


「おかえり。クエスト、うまくいったみたいだね」


「! ただいま、です」



§



 ナナシノアオバという少女は生真面目だ。

 優等生な見た目通り、余り外れたことはしない。頭の回転が早く、ある程度物怖じしない社交性を持ち、しかしリセマラする勇気も覚悟もなく、余り自立心に溢れているわけでもなさそうな極一般的な少女。


 この世界に来て抱いた大きな疑問の一つが、何故僕と一緒にここにいるのがナナシノなのか、という点である。僕はアビコルの廃プレイヤーだった。だからまだ共通点があるが、ナナシノアオバとアビス・コーリングにはあまりにも共通点がない。


 この世界に来て一週間も立つが、未だナナシノを除いて他にプレイヤーに出会っていない。

 まだいないと断定するのは早いが、しばらく僕はこの少女に付き合わねばならないようだった。


「その様子だと湿原に行ったんだね」


「! よくわかりましたね」


「いや、泥だらけだからさ」


「あ……」


 今まで気づいていなかったのか、自分の格好を確認してナナシノが恥ずかしそうに身を縮めた。


 古都は一番最初の街だ。その周辺には多くの魔物が生息するフィールドやダンジョンが存在している。

 その中でも湿原は一番易しいフィールドの内の一つだった。それでも僕ならばむやみに納品クエストを受けてフィールドに向かったりはしないが、ナナシノには初心者特有の蛮勇があった。今回はそれがうまく働いた形だ。


 ナナシノがまるで言い訳のように言う。


「魔物がいっぱいいて……ブルースライムが全然出てこなくて……」


「【暗闇の岩洞窟】の方ならスライムしか出ないよ」


「……へ?」


 納品クエストは特定のアイテムを納品するクエストである。

 大体が魔物を倒して得た素材を納品することになるが、初級の納品クエストはアイテムを手に入れる場所の指定がない事が多い。


 【暗闇の岩洞窟】は本来、チュートリアルで攻略する一番簡単なダンジョンである。深さは一階層でブルージェルスライムしか出現しない。

 アビコルにはステージの区分として『ダンジョン』と『フィールド』が存在するが、『ダンジョン』は広範囲に広がる『フィールド』とは異なりイレギュラーが発生しづらい傾向にある。逆に、ダンジョンの方がフィールドと比べると魔物が強いことが多いが、【暗闇の岩洞窟】ならばそんなこともない。


 どうやらナナシノはそんな場所があるのは初耳だったらしい。一瞬言いよどみ、慌てたように言う。


「そ、そんな所も……あ、で、でも、ちゃんとスライムコア、手に入れましたよ!」


「アイリスの単騎兵、強かった?」


「は、はい! すっごく強かったです!」


 力強いナナシノの言葉に当の眷属は微動だにしていなかったが、それでもどこか誇らしげに見えた。


 序盤のフィールドは難易度が易しめになっている。ぶっちゃけると、そこそこ強い眷属を引けたのならそのまま攻略できるくらいだ。

 アイリスの単騎兵はレア度にしては強力だ。進化させていない状態では特殊な能力も持っていないが、攻撃力と防御力が高めで使いやすい。【フェッグ湿原】くらいならば問題なく戦い抜ける。


 と、初心者は考える。そして、しばらくは湿原でクエストを受ける事を選ぶ。

 だが、その選択はかなり危うい。アビコルにはそこかしこに落とし穴が存在する。


 念のため警告だけはしておく事にした。


「まぁ、レアエンカウントには気をつけてね」


「レア……エンカウント?」


「アビコルのやらしいシステムだよ。たまーに出るんだよね、本来そのフィールドで戦うレベルでは敵わないような強力な魔物が」


 それがレアエンカウントだ。めったに出ないが出たらまず初心者では勝てない、そんな魔物。

 フェッグ湿原では確か蟹みたいな魔物だったはずだ。


 初耳だったのか、ナナシノは及び腰になっていた。


「そ、そんなのいるんですか……」


「ゲーム通りならほとんど出現しないけど、一応覚えておいた方がいいよ。どのフィールドでも一種類はいるから」


 ちなみに、レアな素材がドロップするので上級者はあえてぐるぐる出るまで回ったりしていた。

 が、そういう時に限って出ないんだよね。ちまたではプレイヤーのレベルによって出現率が異なるだとか、噂があったくらいだ。ていうか、絶対プレイヤーのレベルで出現率変えてたぞあれ。運営死ね。


 ともかく、一度も進化させていない、レベルの低いアイリスの単騎兵じゃ間違いなく敵わない。

 と、そこまで考えたところで、重要な情報を教えていなかったことに気づいた。


「アビコルじゃ眷属が死んだら消失ロストするからね。気をつけてね」


「え? どういう事ですか?」


 不思議そうに首を傾げるナナシノ。

 この子、微妙に物分り悪いよなぁ……年齢、十は離れてないはずだけど、世代差と言うやつなのだろうか。


「……死んじゃったら二度と使えないってこと」


「? 死んじゃったら終わりって普通じゃ……」


 普通じゃないんだなあそれが。


 キャラが完全にロストするソシャゲーなんて僕は他に聞いたことがない。

 何しろ、アビコルの眷属はリアルの金を使って買った魔導石で召喚したものなのだ。データと侮ることなかれ、強力な眷属は召喚するだけで何万もかかっている。


 長く育てた眷属が一瞬の油断でロストするなんて夢に出るわ。アビス・コーリングがクソゲーと言われていた理由の一つである。


 ゲームの常識など知らないのだろう、ナナシノは納得いかなさそうな表情をしていたが、最終的には小さく頷いた。

 本当にわかっているかどうかは知らないが警告はした。こういうのは実際に味わってみないと理解できないものなのだ。


「まぁ、とりあえずお疲れ様。シャワーでも浴びてきたら?」


「あ……はい。そうします」


 泥だらけだったのを再度思い出したのか、顔を真っ赤にして部屋を出て行こうとするナナシノ。

 その寸前に、確認しなくてはいけない事があったのを思い出した。


「そういえば、魔導石手に入った?」


「魔導石……あ、はい。ブルージェルスライムの中にありました…………いります?」


「いらないいらない」


 納品クエストでもちゃんと手に入ったか……少しだけホッとする。

 僕の言葉に、ナナシノが意外そうな表情をした。


 ゲームで魔導石のトレードはできなかった。

 きっとナナシノからもらっても何の意味もないだろう。



§


「やれやれ、ナナシノの嬢ちゃんは最近討伐クエストを受けてるってのに……ブロガーはまた雑用か」


 もはや顔見知りになったギルド職員さんが呆れたように僕の顔を見る。強面の壮年の男だ。名前はゴンズというらしい。

 どの依頼を受けるか選択するのは召喚士本人だ。だから、文句を言われる筋合いはないのだが、召喚士ギルド職員として僕に一言言いたくて仕方ないらしい。


「親離れしたんだよ」


 討伐クエストを経験して以来、ナナシノは僕につきまとうのをやめた。

 まだ三日に一日はついてくるが、残りの二日は採取クエストをやっているようだ。多分、湿原のクエストをたった一人でクリアしたのが自信になったのだろう。

 確かに報酬やギルドからの評価も雑用クエストをずっと繰り返すよりよほどいいので気持ちはわからなくもない。


 初めのうちは、ナナシノもバツの悪そうな表情をしていたが、僕が何も言わないのに気づくと気負いなく依頼を受けるようになった。たまにお土産を持って来てくれる。


「最近じゃあパーティも組んでうまいことやってるようだ」


「へー、なんだかんだナナシノ、コミュ力あるからね」


 ちょっと世間知らずな所もあるが顔もいいし、単騎兵もまあまあ強い。性格も別に悪くないのだ、パーティくらい組めるようになるだろう。NPCとパーティ組んでどうなるのか知らないけど。

 

 むしろ逆になんでまだ僕につきまとっているのかわからないくらいである。もう慣れたのだから自分で金も稼げるはずだ。

 いつも通り頭の上の定位置にいたサイレントが僕の額をぺちぺちと叩いた。

 

「ななしぃばかりずるいぞ? 主も名を上げるべきだ」


「君……いつの間にナナシノと仲良くなったんだよ」


 ななしぃって何しぃ?


「主に邪険にされた者の会みたいなの作ってるから」


 やめろ。邪険にした記憶はなんてない。


 眷属になめられている僕を見て、ゴンズさんがにやにやしている。


「せっかく、たった一人で五人を倒せる程の眷属を引いたんだ。討伐クエストも簡単なものからこなしていけばすぐにナナシノの嬢ちゃんに追いつく」


「興味ないなあ。いいからさっさとまだ受けたことのない雑用クエストを教えてよ」


 大体、いつ僕はナナシノに追いつかれたのだ。

 僕が求めるのは地位でも富でも名誉でもない。魔導石である。とにかく石を集めなければ話にならない。ナナシノなんてどうでもいい。


 断言する僕に、ゴンズさんは疲れたようなため息をついた。


「……はぁ。ま、ブロガーがそれでいいなら構わんがな。誰も受けなかった雑用クエストを受ける者が現れてうちの評判も上がってるし……」


「同じ人からの依頼は受けないから新しいクエストで頼むよ」


「ああ、わかった。わかったよ」


 雑用クエストは安全だ。時間はかかるが、お金だってもらえる。

 惜しむらくはそれほど数がない事だろうか。まぁ、アビコルは雑用をやるためのゲームではないのでそれは仕方ない。


 溝掃除の依頼をゲットして依頼主の所へ向かう。


 どうやら雑用クエストを出した者同士で噂が流れているらしく、最近では僕が訪ねても「ああ、やっときたか」みたいな反応が来ることが多くなっていた。

 最初は戸惑い気味だったサイレントもなんだかんだ慣れてしまったのか、今では僕が目を見張る程スムーズに仕事をこなすようになっている。


「主は我の使い方……間違ってる……」


 ぐちぐちいいながらも身体を膨張させ溝をさらう姿は目を引いていた。やっぱり威厳ないよなぁ……。

 しばらくごそごそと掃除し、最後にその腕をこちらに伸ばしてきた


「ほら、主。見つけたぞ」


「ああ」


 溝の中にあったにしては汚れていない魔導石を受け取る。

 ゲーム準拠だが考えてみれば不思議な話だ。一体どういう理屈なんだろう……。


 依頼達成時以外には見かけた事もないので、きっと言葉にし難い力が働いているのだろう。


 ゴミをすべてまとめて袋にいれる。その頃には黒く淀んでいた溝は見てはっきりわかるほど透き通っていた。

 口を酸っぱくして注意したおかげか、最近のサイレントの仕事っぷりは本当に堂に入っている。


「おお、こんな短時間でここまで綺麗にするとは……さすが今評判の――おっと」


 依頼人が笑顔で言いかけて止める。一体どんな評判になってるんだろう。


「また頼むよ」


「はい」


 まぁ、同じ依頼は無駄だから二度と受けないがね。


 依頼達成の証をもらってギルドに戻る。サイレントの身体は汚らしい溝の中にいたにもかかわらず清潔だ。異臭などもしていない。

 サイレントの身体は肉でできていないので匂いが染み付いたり汚れたりしないのだ。本当に便利な身体だった。


「しかし、主。そろそろ本当に我も討伐クエストをやりたいんだが?」


「ゴミを討伐してるじゃん」


「ち……ちがあああああああああああうッ!」


 サイレントが地べたに寝っ転がってジタバタし始める。子供みたいだ。

 周囲からまるで僕が虐待しているかのような視線が向けられていた。面倒だなぁ。


 サイレントがまるで泣きわめくような声で言う。


「あるじぃは、わたしが、なんのために召喚されたのか、わかっているのかぁ!?」


「……え?」


 その言葉に目を丸くする。


 理由が……あるのか?

 想定外の言葉である。何しろ、サイレントはただの召喚ガチャで引けるユニットなのだ。


 そもそも、こんなにうるさいのも想定外だし。


「えっと……課金させるため?」


「……何を言っているのだ、主は」


 シルエットなサイレントには表情はないはずなのに、なぜだか最近感情が読めるようになってしまった。

 呆れたようにこちらを見るサイレントの様子はその容姿に反して人間臭い。


 僕は早口で続ける。


「いや、サイレントが気づいていないだけで君の存在意義は課金させることなんだよ」


 サイレントは優秀な能力を持つユニットだ。基本的なパラメーターも『一単語の系譜ザ・ワード』に相応しいが、それ以上にスキルに替えが効かない。


 だから、サイレントは実装された当初、数え切れないくらいの犠牲者を出した。当時は猫も杓子もサイレントだったのだ。……まぁすぐにインフレの波に消えてったけど。


「えええ?? なんでわたし、主に存在意義を決められてるのぉ? ち、違う。違うんだ、あるじ。そんなわけわからないもののために我は召喚されたんじゃなーい!」


「僕は君に十万近くかけたんだ。出るまで引いたからね」


 しかし、召喚に眷属の意志が介在しているとは思わなかった。せいぜい運営の意志だと思っていた。

 だがなるほど、本人の意志で召喚されたのなら、ちゃんと言うこと聞くわけである。


 サイレントは上半身を起こすと、路面に座り込んだ状態で言う。どうやら僕の言葉は無視する事にしたらしい。


「主、我は、この世界で力を蓄えるために来たのだ」


「力を蓄える……」


 ……レベルを上げればいいのかな?


「そうだ、主。だから、我は討伐クエストを受けたいのだ。魔の力を持つ者を食らうことにより、我は強くなれる」


 サイレントが僕の様子を見てはっきりと言い切った。それに即座に返す。


「でも君、レベル上げるのに経験値めっちゃ必要じゃん」


 眷属を強化するには大きく分けて二つの道がある。

 一つは一定数の魔物を倒したりアイテムを食べさせる事により発生する『成長レベルアップ』。

 もう一つは、特定条件を満たし儀式を行う事により存在を上位に押し上げる『進化ステージアップ』だ。


 育成ゲーであるアビコルのメインコンテンツとも呼べる要素であるそれは、メインコンテンツであるが故にとてつもなく奥が深く、とてつもなく面倒くさい。

 そして、おまけにその難易度はレア度に比例する。レア度17のサイレントはレベルアップにもステージアップにも莫大な時間と手間がかかるのだ。


「女の子のキャラならグラフィック豪華になるから頑張るんだけどサイレントじゃなあ」


「?? んん? 今、なんか聞いてはいけない言葉を聞いた気がするぞ?」


 サイレントは強いが、決して最強ではない。

 能力も普通の眷属と比べたらずっと強いが、『一単語の系譜ザ・ワード』の中では下から数えた方が早いくらいだ。サイレントの真髄はその特殊能力なのである。そして特殊能力は進化させなくても使えたりする。


 何よりも、影だからなあ。


「主、さっき、我をレベルアップさせたほうがいいって言ってたよな? な?」


「……」


 それは言葉の綾だ。

 雑魚を得るくらいならサイレントを育てた方がマシだがもっと強い眷属が手に入るならそれに越したことはない。

 アビコルでは育成コストが非常に高いので育てる対象は吟味する必要がある。


 僕はしばらく黙り込んで考えていたが、サイレントが仕事をサボると困るのでお茶を濁すことにした。


「まぁ、いい子にしてたらね。どのみち、そろそろ雑用クエストも無くなりそうだったし、討伐クエストも受けるつもりだったよ」


「ほ、本当か? 我、とっても不安なんだが?」


 ただし、魔物を倒してサイレントが得られる経験値は微々たる量である。アイテムを食べさせる方がずっと経験値効率がいいので、アビコルではそちらの手法でレベルを上げるのが主流だった。

 そもそも、下から順番にこなしていくつもりなのでサイレントのレベルが上がるのはだいぶ先だと思うけど……それをもって義理を果たした事にしよう。


 まだ不安げなサイレントにしっかりと説明義務を果たした。


「ダンジョンのクエストをメインで受けていこう。初回ダンジョンクリアボーナスと合わせてうまくいけば魔導石が二個手に入る」


「……主の言うことは難しいなあ」


「焦るのは良くない。慎重に行かないと、アビコルは落とし穴がいっぱいだからね……っと」


 そこで、進行方向を塞ぐ影に気づいた。


 僕と同じ召喚士らしき男が三人。大通りを塞ぐかのように立っている。後ろには取るに足らないレア度の眷属をそれぞれ一体ずつ伴っていた。


 一体こんな所で何をしているのだろうか。

 仕方ないので端の方から通り抜けようとしたら、まるでそれを塞ぐように移動してきた。

 ちょっとそのあからさまな動作にむっとして、強面の男を見上げる。


 褐色に焼けた肌に太い眉。こげ茶色の刈り上げられた髪は剣を持っていたら剣士だと言っても納得していただろう。

 その眼はまるで見下すかのような鋭さで僕を睨みつけていた。


「……どちら様?」


「てめぇッ!」


 罵声と共に腕を伸ばしてきたので後ろに下がる。サイレントがぴょんと前に飛び降り、その身体を僕と同じくらいの大きさまで伸ばした。

 男のうちの一人。灰色の髪をした不良のような風采の男が僕に向かって歯を剥き出しにした。


「雑用。前回はよくもやってくれたな……」


「あー……」


 その言葉でようやく思い出した。ナナシノに絡んでいたNPCだ。

 もうナナシノはいないのにわざわざ僕を探したらしい。焦げ茶髪の男は初めて見るが、その後ろの眷属も大したレア度ではない。ブレードキマイラにちょっと毛が生えた程度のレア度の眷属だ。


「大兄貴、やっちまってください」


 後ろの痩身の男が焦げ茶髪の男に言う。覚えていないがそいつももしかしたら前回つっかかってきた男たちの中にいたのかもしれなかった。

 NPCの顔なんていちいち覚えてられん。


 僕はこちらを殺意を込めて睨みつけてくるNPCを眺めながら、首を傾げた。


「ベタベタなクエストだなあ……報酬がゼロだったのに、ストーリークエストだったのか……」


 特定クエストのクリアが出現条件になっているクエストをストーリークエストと呼ぶ。

 その名の通り物語ストーリーになっているクエストだ。さしずめこれは『少女を救え②』といったところか。

 あるいは、もしかしたら前回のクエストがまだ終わっていないのか。ゲームと違って完了しているのかどうなのかわからないのが不便だ。


 大兄貴と呼ばれた男は、サイレントにも怯えることなくその後ろの僕を真っ直ぐ見据えた。鋭い、獣のような眼光。


「随分とウチの者が世話になったようだな……ご足労願おうか」


 どうやら、この場で事を起こすつもりはないらしい。

 大通りで真っ昼間だ、余り目立つのが良くない事はわかっているのだろう。

 今も行きずりの人々がこちらを見て、しかしすぐに目を背けている。


 僕はちょっと考えた。クエストの受託の意志は基本的にプレイヤー側に委ねられている。拒否しようと思えばできるだろう。

 だが、こういう突発的に発生するクエストの中には一度拒否したら二度と現れないものもあるのだ。大体ろくな報酬はもらえないのだが、アビコルプレイヤーの中ではこういうクエストはとりあえず受けるのが常道だった。


 町中で発生するクエストはフィールド探索などとは異なりイレギュラーが入る余地が少ない。ダンジョン攻略以上に少ない。

 前回のクエストの難易度を考えると、大したクエでもないだろう。


 僕はにやにやと笑う二人と鋭い眼を向けてくる大兄貴に言った。


「はい。わかりました。では、行きましょう」


 多分、サイレントのガス抜きくらいになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る