第二話:現実感

 サイレントが地面をばんばん叩き、泣きそうな声を上げる。


「うぅ……あるじは……わたしの何が不満なのだ……」


 ナナシノはともかく、眷属にリセマラを止められるのは予想外だった。

 やはりゲームと現実世界は違うというべきだろう。チュートリアルはなかったとしても、毎回こんな感じで止められていたらリセマラが面倒で仕方ない。

 

 僕はため息をつき、結局、サイレントに説得される事にした。

 特別な魔導石はもう手に入らなくても、この世界がアビコルならばいくらでも召喚の機会はやってくれるだろう

 確率は低くても試行回数を増やせばいいだけの話である。


 大きく舌打ちして、サイレントを見下ろし、吐き捨てるように言う。


「仕方ない、とりあえずサイレントで妥協しよう」


「えぐっ……あ……ありがとうございます……」


「ブロガーさんってまさか……頭おかしい?」


 確かに、リセマラという単語すら知らなかったナナシノにとっては、アカウント削除という面倒な手間を掛けてまでレアキャラに命をかける者たちは頭がおかしいように見えるかもしれない。これが文化の違い……か。


 一番始めに手に入る魔導石は五個だ。もう遺跡には用はない。そもそも、眷属召喚は魔導石さえあればどこでもできるんだけど……。


 そういえば、召喚のエフェクトがなかったな……ゲームならゴミ箱をひっくり返すというプレイヤーを馬鹿にしたようなエフェクトがかかるんだが。やはり多少の差異は存在するのだろう。


 遺跡を出る僕につづいて、強張った表情のナナシノ。そして、すっかり憔悴した様子のサイレントがとぼとぼ僕の後ろをついてくる。最初の偉そうな口調はどこにいったのか、その有様はとても冥種には見えない。


 アビス・コーリングの眷属召喚で現れる眷属には七つの種族が存在する。


 冥種

 天種

 無種

 竜種

 獣種

 霊種

 異種


 七つの種族は空に浮かぶ七つの月に対応しているらしい。【始まりの遺跡】に残る七つの柱もそれに関係あるらしいが、詳しくは知らない。基本的にゲーム内のストーリーはスキップしていたから。

 だが、冥種は七種族の中でも攻撃力に秀で優秀な能力を持つ事で有名だった。序盤から終盤まで扱える種族である。グラフィックもけっこう可愛いかったり格好良いのが揃っており、その観点で評価するとただのシルエットみたいな姿のサイレントはかなりの手抜きだろう。


 若干げんなりしている僕の隣にナナシノが並ぶ。その足元には機敏な動作でアイリスの単騎兵が歩いていた。


「あの……これから、どうするんですか?」


「……街に向かうよ。ゲームに則ってね」


 アビコルには幾つもの街があるが、プレイヤーが一番最初に訪れる街を【古都プロフォンデゥム】と言う。

 そこには召喚士コーラーに仕事を斡旋してくれる召喚士コーラーギルドを始めとした主要施設が揃っており、ゲームではプレイヤーはそこでチュートリアルを行った後に最初の召喚を行う手順になっていた。ゲーム序盤から中盤あたりまではホームタウンになりうる町である。


 【始まりの遺跡】から伸びている道を辿れば【古都プロフォンデゥム】にたどり着くだろう。道は一本だ、迷う心配もない。


 ぞろぞろと二人と二体、連れ立って、【始まりの遺跡】から町に向かう。


 空はまだ暗いが、七つも月が出ている事もあり、視界は十分確保されていた。


 歩いているとふとナナシノが聞いてくる。


「そういえば……サイレント?は話せるんですね。私のアイちゃんは話せないのに」


 早速名前付けたのか……それにしてもアイちゃんって、ネーミングセンスがなさすぎる。

 ゲームでもキャラにニックネームをつけることができた。僕は面倒だったからつけなかったが、とりあえずサイレントはサイレントのままでいいだろう。面倒だし。


「な……当然だろ、小娘! この我を誰と心得る!」


 その言葉を聞き、サイレントが憤慨したように叫ぶ。その影の身体がまるで風船のように大きく膨れ上がる。

 ナナシノがビクリとして僕の腕を取り僕を盾にした。人の眷属と喧嘩すんなや。


「まー、レア度の高い眷属には固有イベントあるしね……」


 基本的に眷属はただのユニットだが、特定の眷属にはそのキャラを持っていなければ発生しないイベントが存在し、そこで多少の会話描写がある。アビコルは無駄に細やかな配慮がされたゲームなのだ。ボイスもついたりする。


 まぁ、会話があるのはイベント内だけで、普段は会話とかできないのだが、現実ではまた違うらしい。

 僕は膨れ上がったサイレントをぶん殴り、ナナシノの眷属に視線を向けた。


「アイリスの単騎兵も話せるようになるよ……進化させないといけないけど」


「ほ、本当ですか!?」


 ナナシノが目を輝かせる。……喋りたいのか。


 ちなみにアイリスの単騎兵は進化するにつれ身体が大きくなり、最終的には普通の人間並の大きさになる。そこまできて初めて、アイリスの単騎兵というキャラの持つ知りたくもない設定が披露されるのである。


 僕はそこまで話してしまうか迷ったが、面倒くさかったのでやめておいた。



 §



 【古都プロフォンデゥム】はアビス・コーリングにおいて、最古から存在するとされる都市であり、開かれた都市だ。


 広い街全体が壁で囲まれており、四方に4つの巨大な門を持つ。門はあっても審査はほとんどなく、僕とナナシノは簡単な幾つかの質問に答えるだけで町の中に入る事ができた。


 その町並みを見てナナシノが短い歓声をあげる。


「わぁ……なんか予想と違いますね」


 アビス・コーリングの世界観はファンタジーではあるがよくある中世風の世界ではない。

 最古の都市と言っても、町並みが古臭かったりするわけではない。


 実際に見る【古都プロフォンデゥム】の町並みを僕の足りない語彙で表現するのならば、近代のヨーロッパ風の町並みと表現できるだろう。

 勿論、僕は日本から出たことがないのでヨーロッパに行ったことはないのでただのイメージだが、工業製品に溢れ町並みは清潔で道路も舗装されている。

 現実と異なるのは電気の他に魔力と呼ばれるエネルギーも使用されている事。そしてファンタジー御用達のファンタジックな動植物が存在している事くらいだろうか。

 現代社会にあるものがすべて完全に再現されているわけではないが、僕はその町並みに対してあまり違和感を覚えなかった。


 流石に自動車は走っていないが、その変わりに4足歩行の変な生き物が引いた馬車が頻繁に行き来していた。変な生き物の名前は知らない。眷属にもいない。ゲームでも名前は出てこなかった。なんなん、あれ。


 ともかく、古都という割りには全然古都っぽくないのは、運営が時代背景を設定するのを面倒臭がったせいではないかとアビコルプレイヤーの中ではもっぱらの噂であった。多分世界観とかどうでもよかったんだろうなぁ……僕もどうでもいいし。


「まぁ、中世ヨーロッパはうんことか道路に巻き散らかされてたらしいけど、そんなの表現されても困るしね」


「うんッ!? ……ブロガーさんデリカシーないって言われません?」


 町に入った時に貰った地図を確認しながら、早速、召喚士コーラーギルドに向かう。


 召喚士コーラーギルド。


 それは、召喚士に仕事を斡旋する組織だ。アビス・コーリングの中ではプレイヤーが最初に所属する事になる。

 召喚士ギルドでは仕事の斡旋の他にも、召喚士用のアイテムの売買、師や弟子の斡旋、情報収集などが可能であり、時たまイベントなどをやったりもする。そもそも、世間的には召喚士ギルドに参加しなくては召喚士として認められないらしい。


 アビス・コーリングには詳しくても、まだこの世界に詳しくない僕が向かう先としてはちょうどいいだろう。


 街灯のおかげで足元は確かだ。僕達は程なくして召喚士ギルドにたどり着いた。


 召喚士ギルドはそれほど大きくない建物だった。


 それでも、個人の家などとは比べ物にならないくらいの大きさはあるが、両隣を見上げる程巨大な魔導師ギルド、戦士ギルドに挟まれているので、実体以上に小さく見える。

 アビコルの世界では、召喚士コーラーと言うのは魔法使い、戦士と比べて希少な職業だ。


 そうは言ってもアビコルは召喚士になるゲームなので魔法使いとか戦士は時たま敵や味方ユニットの一つとして出てくるくらいだったが、現実で建物を見ると規模の違いがはっきりと分かる。


 まだ夜だがギルドの前の人通りは少なくなかった。ファンタジックな鎧やらローブやらを着た人々が両隣のギルドに出入りしている。


「わぁ……わぁ……」


 そういえば僕達はどこに泊まればいいんだろう……。

 その光景に、お上りさん全開でわぁわぁ言ってるナナシノをよそに考える。


 ゲーム内では特に言及されていなかった。お腹も減ってきたし、金はない。リアルマネーもないしゲームマネーもない。

 その辺の現実故の面倒な部分は自分でなんとかしなければならないのだろうか? 

 面倒くせえ。僕はそういう積極的な行動が大の苦手なのだ。


 難しい表情をする僕に、足元で揺らめいていた影が偉そうな口をきく。


「主、心配はいらぬ。我がいる限り主は敵なしよ」


「……そうだね」


 じゃーお前、宿探して金稼いで僕を食べさせろよ、そして魔導石持ってこいよという言葉を呑み込んだ。

 そんなのサイレントに言っても無意味だし、僕は意味のない事はしない主義であった。もちろん、ナナシノに言っても無意味だろう。


 とりあえず、無駄にやる気満々のサイレントに提案する。


「サイレント、邪魔だから僕の頭に乗りなよ。小さくなれるだろ?」


「……容易いことだ」


 サイレントの身体がゆらめき、僕の半分くらいの身長からネズミくらいの大きさに変化する。ぴょんと大きく跳ねると、僕の頭の上に着地した。

 思った通り、サイレントにはほとんど重さを感じない。影だから当たり前だが、これくらいの大きさだったら目立たないだろう。


 小さく呼吸をすると、僕は召喚士ギルド入り口の大きな扉を、身体を押し付けるようにして開いた。



§




「我らが召喚士コーラーギルドは新たな二人の仲間を歓迎する」


 二十四時間営業らしく、僕達は何の障害もなくあっさりと召喚士ギルドに登録する事ができた。

 特に代金など必要ないらしく(ゲーム内でもいらなかったが)、僕はあっさりとギルドに名前を登録することができた。もっとも、これは僕達が既に眷属を連れているから出来たことで、召喚士ギルドへの登録は召喚士コーラーしか出来ないらしいがまぁそんな事はどうでもいい。


 ナナシノが満面の笑みで、召喚士の証――七芒星の細工がなされたペンダントを首からかける。そこそこ膨らんだ胸の上で七色がキラリと光った。

 女性の召喚士は珍しいのだろう、ましてやそれが美少女ともなると希少価値は更に高まるに違いない。その様子に、少し離れた場所に群れている召喚士の男たちがちらちらと視線を投げかけている。


 日本人故なのかもともとそういう気質なのか、はたまた育ちがいいためなのか、余りそういったことに聡くない僕から見てもナナシノの様子は無防備に見えた。

 別に好きにしたらいいと思うけど、僕にだけは迷惑を掛けないで欲しいものだ。


 もう傍目から見ても完全に浮かれているナナシノが砕けた口調で聞いてくる。


「ねぇ、ブロガーさん。今日の宿はどうします?」


「ナナシノを売り飛ばしてその金で高級宿に泊まりたいかな」


「……またまた」


 僕の言葉に本気を感じ取ったのか、ナナシノが少しだけ消沈した。

 そこで、少し考えていた事を相談する。


「ねぇ、ナナシノ。僕達って食事とらなくても生きていけるかな? どう思う?」


「……へ? 普通に死んじゃうと思いますが……」


 ナナシノのお腹からきゅるるーとタイミング良く可愛らしい音がして、その頬に朱が差した。

 やはりそうか……死んじゃうと思うか……。


「いや、僕に常識がないとかじゃないんだけど、ゲーム内じゃ食事なんてなかったからさ」


 食べなくても死なないと思うじゃん? というか、ゲーム内では眷属は死んでもプレイヤーは死んだりしない。

 ナナシノが声を抑えて、呆れたように言った。


「……私、割りとブロガーさんには常識が足りてないと思います。お腹減ってないんですか?」


「減ってるけど、ただの気のせいかなーと」


「……そんなわけないでしょう」


「ナナシノの腹の音を聞く限りではそんなわけないみたいだな」


「ッ!!」


 さて、しかしそうなると困った。


 アビコルでゲーム内マネーを手に入れる方法は大きく分けて二つだ。

 ギルドで依頼を受け、それを達成して報酬として手に入れる。

 魔物を倒してそれのドロップを売却して手に入れる。順当にプレイしていけばお金は最終的にめちゃくちゃ余るので気にしたことはなかったが、宿や食事を取らないといけないとなると面倒くさい。


 まだ夜間である。

 テンションが上がっているためか疲労は感じないが、今後の事も考えなくちゃならないし、やらなきゃならない事も多いので休んでおきたい。


 ふとその時、ギルドに併設された酒場の方に視線が向く。夜間にも限らず、そこには酔っ払い召喚士が何人も管を巻いている。

 ほとんどが男だ。その無駄に自由が利きそうなNPCの様子に僕はナイスなアイディアを思いついた。


「ナナシノさ」


「……はい?」


「あそこの酒場にたむろしてる連中を軽く相手してお金恵んでもらってきてくれない?」


 だいぶ酔いも回ってるようだし、お酌するか軽く身体触らせてうまくおだてればなんとかなる気がする。

 僕の言葉に、ナナシノは一瞬ぽかんとしたが、すぐに顔を真っ赤にした。照れではない、怒りだ。


「はぁ? な、ブロガーさん、貴方、今何言ってるかわかってるんですかッ!?」


「苦手? やりたくない?」


「ッ……」


 唇を噛み締め、ナナシノが怒りでぶるぶると震える。眉が釣り上がり、その漆黒の眼がこちらの真意を問いかけるようにこちらを睨みつけている。アイリスの単騎兵が剣を抜いてこちらに向けた。


「苦手っていうか……なんで、私が、そんなことを――」


「いや、まだ君、僕についてきてるだけみたいだし、何も知らないみたいだし、役に立ってないから少しくらい役に立ちたいかなってさぁ」


 この調子じゃナナシノが役に立つのは随分先だろう。


 だがまぁしかし、僕にデリカシーがなかったのは確かかもしれない。この年の少女に言うべき事ではなかったか……気をつけよう。

 もはや殺意さえ感じさせる視線を向けてくるナナシノの肩を軽く叩いた。


「まーいいか。じゃあ僕が少し稼いで来るから、ナナシノはその辺で少し休んでなよ。疲れただろ」


「……ッ……は、い」


 まだ怒りをこらえきれない様子でナナシノはぶっきらぼうに答えた。


 とりあえず外に出よう。そして人通りの少ない暗がりを歩こう。今更街の外に出るのは面倒だが、見たところ、ガラの悪そうな連中が何人かいた。


 ゲームなのにプレイヤーが疲労するなど仕様外である。こちらも仕様外の手段で金を稼いでも文句は出まい。


 サイレントに早速役に立ってもらう事にしよう。

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