第18話 生肉を食いに
深夜にパンニャーは目を覚ました。
(さて、出かけようか)
と、キョウタが胸に顔を埋めているのをそっとどけて立ち上がる。
数歩進んだところで、
「パンニャーどこ行くん?」
とキョウタが呼びかけた。
パンニャーが振り返るとキョウタは上体を起こしてこっちを見ている。
「起こしてしまったか。すまない。ちょっと出掛けてくる」
「どこに?」
「狩りに行ってくる。黙って行きたかったのだが」
「ふーん」
キョウタはそのまま目を開いたまま寝息をたてはじめた。ときどき目を開けてはっきりとした寝言を言うのだ。
(寝てるのか? 今のは寝言だったのか?)
パンニャーの脳内ではそんな疑問が頭をもたげていたが、とりあえず当初の目的のため彼女は家を出た。
外は弱い月明かりだけである。近所に家もない。常人の視力ではほぼ闇と同じであるが、パンニャーには普通に見えていた。赤外線が見えるとか、超音波でさぐってるとか、そういう科学的なものではなかった。“気配を読む”の延長線上のような感覚、第六感のようなもので“見えて”いた。本人もどういう仕組みで見えているのかわからない。額に第三の目もない。
だいたい通常の刀に五感は必要ないので、彼女にそういった理屈は意味がないのである。意味がないので追求してはいけない。設定を考えていないとか言ってはいけない。
すたすたと歩くパンニャー。だんだんその速度が上がっていく。
そのまま森へ向かう。
下草の隙間に夜行性の小動物の気配があった。
パンニャーは両手を地につき、四肢の爪を獣のそれのように変形させた。
異様な気配を察したのか走って逃げる。このへんには多く棲む野ウサギだ。
異様な瞬発力でそれに飛びかかるパンニャー。右手の爪を振るうとその一撃でウサギは吹っ飛び、絶命した。
(食事をしなくても生きていけるのに、わざわざ生き物を殺さねばおさまらん身とは。しょせん人斬り包丁として生まれた
そんなことを思った。昨夜もそうだった。
パンニャーはウサギを口にくわえ、生き血を吸いながら家に向かう。その白い体の口のまわり、手のまわりは赤く染まっていた。
パンニャーは家に帰り着いた。
ほとんど音を立てずにいたのに、キョウタがむっくりと上体を起こして、じっとパンニャーを見ていた。
ウサギにかぶりついたパンニャーを。
ウサギから顔をあげて、「ただいま」と彼女は小声で言った。
「おかえり」
返すキョウタだが、これで起きてるのか寝ているのか判断がつかない。おそらく寝ているとパンニャーは判断していた。
「パンニャー、怪我してるん?」
「いや、これは獲物の血で」
パンニャーは真っ白な姿なので血を浴びると、薄闇でも目立ってしまう。
「洗う?」
「いや、吸収して元に戻る。血でも醤油でもシミにならない」
パンニャーは着ているものごと変身している。服に見える部分も実は彼女の肉体の一部なのだ。
「洗剤いらずやね」
キョウタが今日も蟹挟みしている魔那々だが、彼女がいつも自分の服を清潔に保ってくれてることを忘れがちである。今も魔那々はおとなしく挟まれている。
「おかげさまで」
よくわからない返事をするパンニャー。
キョウタはぱったりと横になった。眠ったのだろう。
パンニャーは短いため息をつくと、吸血行動を再開した。
しばらくして血抜きが終わったウサギをパンニャーは手の爪で器用にさばいていく。皮をはぎ、内臓を取り出す。
そんなわけで、朝にはきっちり下ごしらえのできたウサギ肉が台所に置かれているのである。
望み通りの異世界転生。志望ははっきりさせといたほうがいいね。 鐘辺完 @belphe506
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