第17話 ジャポニカ
買い物を終えて夕食である。炒飯と、ベーコンと野菜を炒めたものと、唐揚げ、たくあんなどがちゃぶ台いっぱいに並ぶ。
たくあんがあるのにジャポニカ米のご飯はない。
「ジャポニカ米を求めて旅に出よか」
キョウタがつぶやくようにひとりごちた。
「そんなに元の世界の米はうまいのか?」
マヴァロンが訊く。
魔那々はキョウタの味覚の記憶を共有しているのでジャポニカ米の味もわかる。般若丸は
「うーん。別にそんなに米の味、気にしたことないんやけどね。食事のベースやったんやんか。まず米ありき。米をメインにおかずを食べる。そんな食生活やったんよ」
“口中調味”と言われる、白いご飯とおかずを一緒に咀嚼して味わう行為を日常続けていたから米を食べることにこだわるのだろうか。
昔、『平成の米騒動』と呼ばれた事件があったときには、うどんもケーキもパンもあるのに米だけが不足してる状況で騒動になったのである。日本人には米に執着するところがある。
ジャポニカ米にはジャポニトキシンという毒があり、常食すると体に害がある。日本人はジャポニトキシンを分解する酵素を持っているため平気で食えるが、人類全体ではその酵素を持つ者は少ない。そのため、ジャポニカ米の流通量は圧倒的にインディカ米に劣るのである。が、ウソなので信じてはいけない。
「何にしても、積極的に動かないキョウタがジャポニカ米のためなら動くと言うのだからよほどのものなのだろう」
マヴァロンが感心したように言う。
「いや、行くとは言い切ってないで。とりあえず、ルミルにでもジャポニカ米を手に入れる方法がないか訊こうかなと。あと、ご飯の炊き方。ルミル知ってるかな?」
「自分から女神と関わりたがらなかったキョウタが、米のためなら自ら関わるのか」
マヴァロンがまた驚く。
※
夜は更けた。
寝ようということになった。
布団はふたつ。人数は四人。
四人とも人の姿をした初めての夜である。ちなみに当然だが、キョウタは人の姿以外になれない。
「じゃあ布団くっつけて四人で寝ようよ」
魔那々がいそいそと布団をくっつける。
「そうするか」
マヴァロンが布団の右端に寝る。
「では私も」
パンニャーは左端に。
「はい。キョウタ、真ん中に寝てね」
魔那々は布団の空いてる真ん中を指す。
「魔那々は?」
「あたしは足下でいいよっ」
「それはなんぼなんでも」
「じゃあ枕になればいい?」
実のところ甲斐甲斐しい魔那々である。実質的に二十四時間キョウタのことを世話し続けている。服の浄化などもそれだ。まったく目立たないところで活躍し続けている。
「ええと。俺、別のとこで寝る……」
「え~~~~」
魔那々が膨れ面になる。別に怒ってはいない。あくまでアピールである。ポーズである。
「キョウタ。ここへ寝ろ。嫌なのか? 恥ずかしいのか?」
「恥ずかしい」
「大丈夫。他に誰も見ていない。近所に家もないから」
(うーん。こういうのは望んでたような、考えないようにしてたような。こっちから求めるんもなんかと思てたけど、いざ向こうから誘われると気が引けるわ、いや尻込みするんや。これが世に言う童貞気質というやつか。童貞でなくなったら世界は広がるんか。入れた途端に広がるんか)
結局キョウタは布団の真ん中にダイブした。
そして布団の真ん中に小さくなった。
左右のマヴァロンとパンニャーがくっついてきた。
「なんで?」
「隙間があると寒いだろう」
「こないだも一緒に寝たじゃあないか」
マヴァロンとパンニャーにはさまれてキョウタは固くなった。
深夜。
眠っているときのキョウタは積極的で魔那々を両足で蟹挟みしつつ、マヴァロンの脇に頭をつっこんで、パンニャーの二の腕をつかんでいた。
これが性癖なのか、眠っているので正常に求めている行為ができていないのか判断はつかない。
とにかくそんな状態のまま四人は眠っていた。
魔那々はキョウタの中に戻れば、パンニャーは般若丸に戻れば、睡眠を必要としない。マヴァロンも元の姿に戻れば、短時間の睡眠しか必要としない。しかし人間態では皆、いくらか余計に睡眠を欲する。
朝。
キョウタは目を開けるとしばらくぼーっとして、やがて状況を理解した。
両腕それぞれ、パンニャーとマヴァロンの首に巻き付けていた。足は魔那々を蟹挟みしている。
(この状況はなんなん? 俺何してたん? 何されてたん?)
その姿勢のまま固まっていた。
「起きた?」
股間のほうから声がした。
股間といえば、男子の朝の股間は元気である。それが魔那々に触れた状態である。
キョウタは一回体を丸く縮こめると、その反動を使うかのように頭方向に布団から抜け出した。
そしてトイレへ向かう。
その後ろ姿を三人は黙って見ていた。
キョウタは三十分、トイレから出てこなかった。
※
『二十八武衆』のひとりとかいう男が来た。
キョウタは十七歳男子の微妙な心の機微をかろうじて落ち着けたところである。腰に携えた刀の柄に手をかけるのも何か遠慮のような乱暴にしたいようなもやもやした気分である。
もう戦闘童貞もなくしたので、身を守るために般若丸を抜いたら、結果的に一蹴してしまった。
「あいつ、魔王の側近とか言うてたけど、『二十八武衆』は地方役人みたいな地位やなかったっけ?」
よくわからない人は第1話の冒頭を参照してもらいたい。
朝食は前夜の残りというか、朝の分まで買ってあったものであった。
「あれ? なにこの肉」
キョウタがきく。
「ウサギだ」
パンニャーがぽつりと言う。
「そんなん昨日買ってたっけ?」
「夜中に狩ってきた」
「ふーん」
キョウタはパンニャーが『買ってきた』と言ったと思っている。この村に終夜営業の店がないことまで考えていない。
「これだけおかずがあってもご飯がない……」
食べている途中で、ふとジャポニカ米のことを思い出すキョウタ。
性欲と食欲。健康な男子である。馬と刀と魔力に劣情しジャポニカ米に執着する。
ジャポニカ米。虫の写真が表紙にならなくなったとかで一時話題になった学習帳ではない。
ルミルに訊きにでかける。
ギルドの窓口にはいつものように女神ルミルが座っていた。
きっとこの世界で女神は割とお手軽に会えるものなのだろう。
(池に斧をぶちこんだら、金銀の斧を抱えて出て来る女神って、ルミルよりはお手軽には会われへんやろなぁ)
とかキョウタは思う。
「ジャポニカ米? このへんやと栽培してへんからな。レファトンまで行かんとないと思うで。ざっと一週間くらいの距離やな」
レファトン。シヅテ村から南西の方角にあるジャポニカ米が主食の数少ない国である。
「一週間くらいて、マヴァロンの足でどれくらい?」
「ざっと半分くらいと考えればいい。状況で変わるが、順調なら三日で行ける」
キョウタの問いに答えるマヴァロン。
「あと米ってどうやって炊くん?」
キョウタはルミルに向き直った。
「女神に訊くことかそれ」
「この役場でネット検索させてくれるんやったら自分で調べるで」
「こっちの世界にクラウド情報もそんな端末も存在せーへん。魔王軍が万一そういうのつくってても、こんなギルドに使わせてくれるかっ」
「そやから
キョウタは口ではこんなことを言ってるが、ルミルがこの村に住んでいると思っている。実はちゃんと天界に現住所を持った女神なのだが。
「まあええわ。あんたが私に個人的な頼みできた根性を認めたるわ」
ささいな根性である。
しかし、キョウタにあまりにも心を閉ざされていてもルミルに得はないのだ。いずれ彼をちゃんとした勇者として前線に送れる可能性はまだある。それを棒に振って業績を落とす必要もない。
それに、間接的に魔那々の機嫌を損ねるのが怖かった。
(米の炊き方教えるくらいのエサ与えるのも女神の慈悲やん)
内心うそぶくルミル。あまり性根のいい女神ではない。
※
鍋での米の炊き方をルミルに教わった帰り道。
「炊飯器欲しいなぁ。ちゃんと米炊けるやつ。おかゆもできるやつ」
炊飯という行為自体をしない国なので、炊飯器は存在しなかった。電気炊飯器がないのは当然として魔力炊飯器もない。米を入れて内側の線まで水を入れてスイッチひとつで白米が炊けるのはこの世界では夢物語であった。いや、そういう需要はなかった。
「ジャポニカ米はそんなにおいしいのか?」
マヴァロンが訊く。昨日も似たような質問をしているが気になるのだ。
「いや、そんなでもないし、おいしい米とかわからへんのやけど。ときどき米食わんと落ち着かへんのよ」
キョウタもまあだいたい同じような答えをする。
「わからん。執着があるのかないのか」
「ときどき抜いてもらわないと落ち着かんのと似たようなものだな」
般若丸が言った。
「全然違う」
キョウタは珍しくはっきり否定した。
「これって二、三日も経つと気持ちが冷めてしまうとかないのか?」
マヴァロンが、キョウタのあやふやとしか思えないジャポニカ米へのこだわりに対し指摘する。
「うーん。そうかも。そう言われれば別に『米がないならパンを食えばいいじゃないか』ってフランスの偉い人も言うてたし」
「フランスってなんだ?」
「洋梨の名前」
「ラ・フランスか。洋梨の偉い人……。わからん」
マヴァロンには昨日からキョウタの発言は不可解であった。
不可解といえば、この世界の言語も不可解ではある。フランスという国はないのにラ・フランスという洋梨が存在する。
まあ、日本が存在しないのに日本刀があるんだし。インドも米国も存在しないのにインディカ米もあるし。
気にしてはいけない。
「レファトンには行くのか? 行かないのか? キョウタの決定に異存を唱えるつもりはないが、決定されないと落ち着かない」
マヴァロンが落ち着かない最大の理由は、キョウタのジャポニカ米への執着があるのかないのかわからないところであった。
「インディカ米を鍋で炊いてみよう」
炊いた結果、割とおいしくいただけました。
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