第15話 寝言が激しい

 みなさんこんにちは。漆原うるしばら恭侘きょうたと申します。

 漢字の名前を名乗るのは久しぶりですが、覚えてなくて結構でございます。

 口調が違うのは地の文と鉤括弧でくくられた台詞とは別物と考えていただければよろしいかと。これまで地の文でも独白どくはく部分は大阪弁・泉州弁でしたけれども。それはまあ色々都合というものがございまして。こうしてお客さま相手に直接おしゃべりするときにはこのような口調でしゃべったりもできたりするのでございます。

 現在の十七歳の少年がこんなしゃべりかたするわけないやん、とおっしゃられることもございましょうが、私は長く引き籠もりで過ごしておりましたゆえ、一般のまともに高校生などをしておられる方々と同じようにはいかないのでございます。

 ためしに、いつも会話してるときのような話し方にかえてみましょう。

 

 世の中。怖いもんはいっぱいあるわ。ほんま多い。

 おばけとかおらへんってことになってるのに怖い。

 テレビ観てて、ビデオにありえへんようなものが映ってるやつとかのを観ると怖くて夜便所行くんも嫌になって、紙パックコーヒーの空容器に尿ためたりする。

 そのへんのことを避けるためにできるだけ怖い番組は避けて暮らしてる。

 「避けるため」「避けて」が近くにありすぎて文章うまくないけど、ほら十七歳がそんな上手な文章書けるわけないし、雑談やとこれくらいのことは普通なんで気にせーへん。

 最近じゃなにが怖いって、そらまんじゅうやわ。

 まんじゅうなんか怖いわけない言うけど、高さ何メートルもあるでっかいひよこまんじゅうに追い回されたら怖いでぇ。経験してみたらわかる。

 無表情に「ぴよ~~~~~~」って言いながら追いかけてくるねんで。あれはこわい。

 学校行ってた頃も殴られてもよう殴り返されへんかったような俺が、そんなまんじゅう相手に日本刀持って戦え言われてそんなんできるわけないがな。

 けどまあ色々あって、結局刀抜いたわけやんか。

 戦意とかほぼゼロの状態のまんままんじゅうが瞬殺されたけど。それでも童貞喪失は喪失やんか。タイタニックなんか処女航海で沈没したけど処女航海であることはなかったことになってへん。

 一回、戦闘童貞を失ったらほらもう大変やで。今んところ童貞喪失の一回しか抜いてないけど、般若丸はちょくちょく抜かんと健康に悪いみたいやし。なんやかやでまた戦わされるんかと思うと憂鬱でもう夜も眠れず昼間寝るつもりです。


「キョウタ。何を言ってるんだ。さっきからぶつぶつと」

 マヴァロンがキョウタに話し掛けた。

「いや童貞喪失したらその童貞はどうやったら戻るんやろうかと」

 キョウタはベッドに上体を起こして、どこを見てるのかわからない焦点の定まらない目をしてずっとしゃべっていたのだ。

「寝ぼけているのか?」

「寝ぼけててこれだけしゃべれる? いやむしろちゃんと起きてるほうがちゃんとしゃべれてへんような気がするけど。ってほっとけ──。はっ」

 キョウタは目を覚ました。目はさっきから開いていたが、今、覚醒した。その証拠に目の焦点がしっかりしている。

「え? 俺なにしてたん?」

「なんかいきなり名前名乗ってから、魔ん獣まんじゅうが怖かったとか、童貞がどうとか」

「ああ、そんなこと言うてた? 俺どうも寝言が激しいらしくて。聞いたの今日初めて?」

「初めてだ」

「多分、今後もちょくちょくはっきりとした寝言言うと思うけど気にせんといて。布団の中で『たけのこときのこが戦争したって製菓会社しか儲からへん』とか言いだしても気にせんといて」

「まあ、たけのこときのこが戦争する理由なんかないから、寝言だと判断できるな」

 たけのこときのこが戦争したり、交通で戦争したり、受験で戦争したりした世界からキョウタはこの世界へやってきたのだ。むしろこっちの世界でまんじゅうと戦うくらいそれほど大したことではないのかもしれない。


 ここは、その魔ん獣まんじゅうと戦った、ラークンという町の中にある宿屋の一室である。キョウタは馬と刀と魔力と一緒にこの部屋に泊まっている。一緒というのは馬も刀も魔力も一個の人格があるため、キョウタの感覚では完全に人数のうちであった。それにその三人とも人間の姿になるし。

(そういえば三人とも人間の姿になれるというのに、一緒に寝たことがあるのがパンニャーだけというのはなんでなんや。いやこっちから「一緒に寝よう」とか言われへんからしょうがないけども。あと、今夜はマヴァロンも般若丸も一度人間態になってからまだ一昼夜経ってへんから人間態になられへんし、魔那々は魔ん獣まんじゅう相手にマナをほぼ使い切って会話にもあまり参加せんようになってるから人間態になられへんやろう)

「三人とも人間態になったときの姿はすごく可愛いし美人だしええんやけど。こないだのパンニャーの胸の感触もしっかり覚えてるけど。けど、彼女らの本来の姿が馬で刀で魔力やし、馬は裏返るし、刀は骨から肉から盛って完成するし、魔力は俺自身から生えてくるし、なんかこうそのへんで食指が伸びないところもあるという。どこかでなんかふっ切れるというか、十七歳の健康な性欲がピークに達するとかしたら、美女の喉から馬の顔が出て来る姿とか、内蔵まる出しの姿のときとか忘れてあれやこれやしたり」

「キョウタ。何を言っている」

「はっ。──寝てた。えーと、寝言やから。うん。気にせんといて」

 キョウタは()の間は頭の中だけで考えていたが、「」になってるところからは口に出してしゃべっていた。

「そうか。寝言か。寝言か……」

 マヴァロンのその声はとても優しいものだった。


 朝になった。

 キョウタがとっとと家に帰りたいというので、早く宿を出ることになった。

「なんか、あんまりしっかり寝た気がしない」

 目をこすりながら馬上のキョウタがつぶやく。

「あれだけはっきり寝言を言い続けてたら、熟睡もできなかっただろう」

 マヴァロンが軽く駆けながら言った。

「キョウタがどんな寝言を言ってたんだ」

 般若丸はまったく聞いていなかったらしい。キョウタの枕もとにいたのに。

「話していいのか?」

 マヴァロンはキョウタに訊く。

「寝言覚えてへんから、やめといて」

「だそうだ」

「そうか。残念だ。まあ寝言だし、大方まんじゅうがこわいとか言ってたんだろう」

「まあそんなところだ」

とマヴァロン。それは一部だが嘘ではない。

「結構うまいまんじゅうだったがな」

 巨大なまんじゅうだったので、皮も分厚いが、手頃な大きさに皮をちぎって、餡子をトッピングするとおいしい。

「そういえば般若丸は味覚もあるんやね」

「五感も第六感もあるぞ。ちなみに味覚は刃にしかないから鞘に入れたままだとわからない」

「あたしまんじゅう食べてない」

 キョウタの頭のてっぺんが灰色にぼんやり光った。魔那々である。

 みんなでまんじゅうを食べていたときは魔那々はマナが尽きて肉体を構成する力を失っていたのだ。

「帰ったら代わりに何か甘いもの食べたいっ」

 魔那々は手の平くらいの大きさの幼女の姿になってキョウタの頭の上に座った。

「あれ? 大きくなったんやないん?」

「今はマナを節約するためにこの姿なの。ほんとは出てこなければキョウタ自体が疲れたりしないとマナは減らないけど。ちょくちょく顔を出しておかないと、出番が減ったらやだし」

(いざ出番のときのためにマナを温存しといたほうがいいんやないん?)

とキョウタは言いたかったが、そんな魔那々の「いざ出番」がひよこ魔ん獣まんじゅうとの戦いだったから、またあんなことに遭遇することを前提に考えたくなかった。


 客観的には、走る馬の上でひとりでしゃべっている男にしか見えない。しかも頭の上に少女の人形(に見える)を乗せている。あまり関わりたくないタイプかもしれない。寝言激しいし。


      ※


 そんなこんなで我が家に着いた。

 この家を借りて一晩寝ただけで、ラークンに出かけることになったが、翌日には帰って来れた。

 あー、やっぱり我が家が一番。

と言うには、一晩しか過ごしてなかったので、まだ我が家感がなかった。

 1LDKの家。

 特殊なパーティーであることを勘案して小さいが一戸建て。しかも他の民家から離れていた。人付き合いが苦手なキョウタには大変良い物件である。

 むしろ、あんまり妙ちきりんな奴らパーティーが普通の集落に住み着かれるとトラブルの原因になるから隔離されたという考え方もあった。

 そういう意味ではウインウインと考えて良いだろう。


 キョウタは旅の疲れをごろごろして休めていた。

 本人はほとんど馬上にいただけだが疲れるのは事実だ。自動車に乗っているのと比べればかなり疲労はある。マヴァロンは普通の馬と比べると段違いに乗り心地は良いが、それでも四つ足で走るのであって四つの回転する車輪で走る乗り物とは比にならない。

「ルミルに報告に行かねば」

 マヴァロンは一人だけ長く駆けていたのにまったく疲れた様子はない。

「そんな約束してたっけ? レポート提出とか聞いてへんし」

「報告したら報酬が得られるはずだ。一応はギルドからの依頼だからな。ひと休みしたらギルドへ行こう」

「うーん。めんどくさいなぁ」

 『行かない』とは言っていない。これは嫌ではあるが行くということである。


 水瓶から小さな鉄鍋に水を汲む。

 へっついさんの上に鍋を置き、魔那々の魔力で火を起こし、湯を沸かす。

 “へっついさん”とはかまどのことである。キョウタの祖母はかまどのことをそう呼んでいた。この世界に来るまで、かまど自体を近くで見たこともなかったキョウタは、比較的一般的な“かまど”という呼称ではなく祖母が言っていた“へっついさん”という呼び方を好んだ。


 大阪のおばちゃんおばあちゃんは、無機物に「ちゃん」や「さん」をつけて呼ぶことをなぜか好む。

 大阪のおばちゃんの血はキョウタにも流れている。男でも女親はいるので、当然である。

 キョウタも歳とったらアメちゃんを鞄に入れて持ち歩くようになるかもしれない。 ちなみに現在では豹柄でパーマの典型的な大阪のおばちゃんはほぼ絶滅している。

 茶を四杯、カップに入れ、ちゃぶ台に置かれた。

 ちゃぶ台を囲むのはキョウタとマヴァロン。般若丸はキョウタの腰にあるし、魔那々はキョウタの内側にいる。

 四杯入れないといけない気がしていた。いや、実際飲める。魔那々は肉が食えたんだから茶が飲めないはずがないだろう。般若丸も一応生物なら、茶を飲むかどうかはわからないが、水分は扶養ではないはずである。

 そこで訊いてみた。

「般若丸、魔那々、お茶飲む?」

「もらおう」

「飲むっ」

 キョウタの左腰と頭の上から声がする。

 魔那々は小さな幼女の姿でちゃぶ台に立ち、カップをかかえて器用に飲む。

 マヴァロンは唇でうまいことカップを傾けて飲んでいた。

 般若丸は、

「抜いてくれ」

「なんで?」

「抜いて、刃先を茶につけてくれないと飲めない」

「はあ」

 キョウタは二度目の般若丸抜刀であった。茶を飲ませるために。

「いきなりつけて火傷せーへん?」

「沸騰してても問題ない」

「まあそうか。刀にする金属が百度でやられへんか」


 このパーティーの家でくつろぐ姿であった。

 少年が左手に持ったカップで飲みながら、右手で日本刀の切っ先を別のカップに漬け、その横で馬と手の平サイズの幼女がそれぞれ器用にカップの茶を飲んでいる。

 ちなみに四人おそろいのマグカップである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る