第14話 戦闘童貞・臆病風

 魔那々の活躍でひよこ魔ん獣まんじゅうは動きを止めた。ぼろぼろと崩れ、その形を失っていく。

「あれだけ弱ったらとどめを。私で」

 般若丸が左腰で上下に振れる。

「もう終わったんやないの?」

とキョウタ。戦いに参加せずに済んだと安心したのに。戦わずにまだ戦闘童貞のままでいられると思っていたのに。

「いや」

 マヴァロンが顎でひよこを見るようにうながす。

 崩れていた。皮が、餡が崩れ、ひよこの形も失われてきている。だが、むにむにぐにょぐにょと、餡子と崩れた皮が集まる。駅建物から出てきてひよこ魔ん獣まんじゅうになったときと同じだ。

「あいつは再構成をしている。魔那々の攻撃はあくまで物理攻撃であって、破魔の力はない。魔力を削いだだけだ」

と般若丸は今度は左右に揺れる。ゼスチャーでの表現方法が少ない。

 魔ん獣まんじゅうは、魔那々の熱石攻撃で体内に残った石と、それで焼けた餡子を排除するために体を再構成していた。ひよこ魔ん獣まんじゅうの姿を保ったままでは体内の熱石によって焼かれ続けるからだ。

 魔那々の攻撃方法はかなり有効だったらしい。

「あいつをこのチャンスに倒しておかないと、復活して街の人たちの魔力も狙うかもしれない」

 マヴァロンが言う。

「せっかくあたしがマナをここまで使ったんだから、決めてよねっ」

と魔那々。

「抜いてくれ。その手で」

と般若丸。

 ここで抜いてしまっていいのか考える暇はなかった。臆病風に吹かれた結果、犠牲者を出すのもキョウタには恐ろしいことだった。

「あー、もうっ!」

 キョウタは、腰の日本刀の柄を強く握った。

 敗北だった。『消去法の結果 ルーザー 』としての矜持が負けた。

 般若丸はときどきは抜かないと健康に悪いというんだからしょうがない。

 鯉口を切り、鞘から刀身を引き抜き、右手だけで軽々と刀を掲げるように持つキョウタ。

「あぁ~っ」

 変な声を出す般若丸。

 艶のない、漂白した骨のような白い刃が天を指す。

(不思議に、なんか力が湧いてくるみたいな……)

「いくぞっ!」

 キョウタが考える間もなく、右手が前に行く。般若丸の力だ。ひきずられるようにしてマヴァロンから降りて、魔ん獣まんじゅうへ向かう。

 魔ん獣まんじゅうはぐずぐずの再構成中。手で握ってつぶしたまんじゅうのようであった。それがだんだん丸く固まっていく。

 般若丸は魔ん獣まんじゅうに斬りかかる。

「般若無限斬!」

 横8の字、∞《無限大》形の軌道を描く斬撃である。キョウタの右腕は関節が外れたかのような不自然な角度で振り回されていた。しかしなぜかまったく痛みがなかった。正式な般若丸の所有者であるがゆえか。

 無限斬はその名のごとく敵を倒すまで∞軌道で高速に切っ先を往復させ斬り続けるひどい技である。

 餡子を皮を飛び散らせて、魔ん獣まんじゅうは切り崩された。

 飛び散った餡子は破魔の力が及んでもう動くことはない。

 般若丸の斬撃は二秒間だった。

 その時間で魔ん獣まんじゅうは活動を完全に停止した。いや、一瞬、二往復も∞軌道で斬れば終わっていただろう。

 般若丸の鬱憤が二秒間という攻撃に現れたのだ。

「甘い……」

 般若丸はつぶやいた。

「俺のこと?」

 キョウタは状況に負けて刀を抜いてしまった。そのことを甘いと般若丸が言うわけはないのだが。

「いい餡だ。キョウタも食べてみるといい」

 般若丸によると食べても人体に害はないらしい。

「遠慮するわ。このまんじゅうはこわい」

「では、片付いたことだし、熱い茶でも飲むか?」

 言いながら般若丸は鞘に吸いこまれるように収まった。

 キョウタは初めて戦った。ほとんど自力ではなかったが。


      ※


 巨獣車の客車兼荷車トレーラー横に据えられたテラスで、質素なパーティが催された。そこにはまだ食べられそうな魔ん獣まんじゅうのかけらも並んだが、キョウタだけは決して手をつけなかった。

「キョウタ。君のおかげで助かった。ありがとう」

 シャイピオンが餡子を食べながら言う。

「いやいやいやいや」キョウタは手をぱたぱたさせる。「実際活躍したのは、般若丸と魔那々とマヴァロンですよ」

「君がいなければ魔ん獣まんじゅうは倒せなかった。般若丸と魔那々は君にしか扱えない。マヴァロンにしても君の乗馬だろう」

「俺しか……」

 キョウタは気分が悪くなった。『契約』というやつである。般若丸や魔那々の力は大きい。荷が重すぎるとキョウタは思う。

「キョウタ。この世に生まれたからには、与えられたもので生きていくしかないんだよ。それが例えば呪われたものであろうとね」

「シャイピオンさん……」

「力を持った責任、そんなものは考えなくてもいいと思う。君の力はそれぞれが意思を、判断する力を持っている。平たく言うと責任は君だけにのしかかることはないということだ」

 馬のままのマヴァロンがうなずく。

 腰の般若丸も柄を上下させてうなずいている。

 魔那々は、キョウタの頭の上で灰色の文字で「そうそう」と出している。キョウタには見えてない。

 キョウタは思う。

(三人にやられた。流れに負けて戦闘童貞を失ってもた。これからまたなんかあったら逃げにくい……)

 一度、刀を抜いて戦いに参加してしまったということがどれだけ取り返しのつかないことなのか。戦闘童貞を守ることがどれだけ重要なことか。

 このまま戦えるようになってしまったら──。こんな世界で困難に立ち向かって『勇者ブレイブ』に祭り上げられでもしたら、どんな苦境に追いやられるかわかったものではない。それこそ『消去法の結果 ルーザー 』としての敗北だ。

 いやもうすでに『勇者ブレイブ』側に転がり初めてしまっているのかもしれない。実際、般若丸を抜いたとき、少しだけ勇気が出た気もする。

 恐ろしい。

「マヴァロン。よ帰ろう。うちで寝たい」

「これから帰ったら、移動中に夜になる。今夜泊まってからだ。

 それに、魔王軍のことをシャイピオンさんに聞いておきたい」

 マヴァロンは視線をシャイピオンにやった。

「私に話せることは教えよう。ただし魔王軍も一枚岩ではないかもしれない。私のような下っ端工作員の『二十八武衆』では上層部の『十三魔人』たちのことさえあまり知らない」


 魔王スティムリンガーの直属が『五宰相』。五宰相を含む『十三魔人』が幹部。その下に『二十八武衆』がいる。『二十八武衆』は魔王軍領地内で活動していたり、地方や辺境に拠点を持ち、魔王軍のために働いたり働かなかったりしている。

 魔王は決して悪しき思想は持たず、誰しもが健康で文化的な最低限度の生活を営めることを理想としている。

 魔王軍の悪い話は国境を接しているレーオネン王国が触れ回っていると思われる。それが事実でないと裏が取れていないものも多い。

 シャイピオンの話はこんなところだった。


      ※


 そして、シャイピオンたちが去る。

 巨獣車の客車兼荷車トレーラーにファルスや、魔法建築技師たちは、みんなすでに乗り込んでいた。

「キョウタ。君がもし本当に魔王を倒すためにこの世界に送られてきたのならば、スティムリンガー様に会ってみるのもいいだろう」

 シャイピオンはそう言い残し、客車兼荷車トレーラーの扉を閉じて、去って行った。

 戦争というものはどっちが悪いって言い切れるものじゃないということはキョウタも知識としては知っていた。魔王軍とレーオネン王国のいさかいもそういうものなんだろう。シャイピオンの、魔王軍側の言い分だけ聞いて鵜呑みにするつもりはなかった。

 それはともかく、キョウタの心に残った魔王軍についてのシャイピオンの話はこれだった。

「ちなみに『二十八武衆』は私の知っているだけで四十八人いる」


      ※


 そのあと、キョウタたちはスミス市長に、シャイピオンたちはラークンから撤退した旨を伝えたあと、その夜の宿をとった。


 割と広い土間のある部屋なので、マヴァロンも同じ部屋に泊まれた。刀と魔力は宿泊費を必要としない上、同じ部屋でいられるが、馬はそうはいかないこともあるだろう。マヴァロンだけ馬小屋に入れられたりすることもあるだろう。

 人の姿になっていれば問題ないが、今日はすでに一回変身しているのでできなかった。


(今日もまたハードな日やった……。この世界に来て《転生して》何日経ったっけ?)

 初日。超馬力斬で殺してもらいそこねる。馬小屋で寝る。

 二日目。初仕事の草むしり。うまく借りれた家で寝る。

 三日目。ラークンに来てまんじゅうと戦う。

(三日しか経ってへんやん。三日でもうすでに前世の人生経験超えたんやないか?)

「キョウタ。何を考えている?」

 マヴァロンが訊いた。

「いや、この世界に来てから、マヴァロンと出会って般若丸と魔那々と出会ってから、まだ三日なんやなぁって」

「これからまた色々なことがあるぞ」

 布団の枕もとに置かれた般若丸が言った。

「いや、もうやめて。明日帰ってもう静かに暮らそ」

「静かに暮らすのはいいが、ときどき抜いてくれ」

「はいはい」

「できたら抜いたついでになんか斬ってくれたらありがたい。今日のは相手はでかかったが、まんじゅうなんで手応えが──。もうちょっとこう、肉というか、血というか……」

「般若丸そういう人やったんか」

「刀はそういうものだ。まんじゅう切るなら包丁を使うものだ。言葉は悪いが私は包丁は包丁でも〈人斬り包丁〉だ。いずれ生物ナマモノを斬る機会を求めるようになるかもしれない」

(ひょっとして三人の中で一番やっかいなのが般若丸なんかも知れん……)

 キョウタは思う。

 マヴァロンは人格的に、今のところまったく問題はない。「死にたい」と言ったときにあまり躊躇なく必殺技を振るってきたところはどうかと思えなくもないが、「死にたい」と言ってしまうほうが悪い。

 魔那々が一番問題があると思っていた。わからないことが多いせいだ。今日は、いきなり小さい女の子の姿で現れて肉食ったと思ったら、魔ん獣まんじゅうとの戦いでは普通の人の大きさにまでなって活躍したし。いきなり女神ルミルにビームで威嚇射撃するとか問題はなくはないが。全体的に最初怖れていたほどではない気がする。

 そこへきて般若丸の「抜いてくれ」発言以降のなんか危ないキャラの一面が台頭してきたのだ。いつも真剣な彼女(彼ではない)だからこそ洒落にならない。

 枕もとの日本刀を見るキョウタ。

 般若丸も眠っているのだろう。キョウタが見ていることに反応がない。

(正直言うて般若丸を〈人斬り包丁〉として抜かずに済むことを祈るわ)

 こうして見ていると生きた刀リビングソードには見えなかった。

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