第12話 魔ん獣
「君たちには、テレポート装置を回収するところに立ち会ってもらいたい。そして市長たちに、魔王軍の脅威は去るということを伝えて欲しい」
シャイピオンはキョウタに言った。
「装置に不具合あったのね?」
と、キョウタの頭の上の小さな少女が言った。
「ああ。今さらテレポート装置に不備が見つかったそうだ。今の連絡がそれだ」
シャイピオンへの伝令の内容は「皆様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます」とかの挨拶文や前文を除いて、簡単にいえばこうだった。
西部テレポート駅に設置したテレポート装置に暴走の兆候が見られた。西部テレポート駅の建設は中止した。同一設計のそちらの装置も同じ不具合が起こる可能性がある。東西テレポート駅計画は一旦白紙撤回とする。
テレポート装置は魔王軍にしても新たな技術だった。
個人が魔力で人ひとりや荷物を運ぶことは、いくらかの上級魔法使いには可能ではあった。しかし、交通・物流インフラとして設備することは、東西テレポート駅がこの世界初の試みである。
※
シャイピオンは、キョウタたちとファルスを伴って、駅建設現場に到着した。
魔法建築技師たちに、駅の核であるテレポート装置の取り着け中止を緊急指示する。
しかし、ちょうど、テレポート装置の稼働テストが行われ始めた瞬間であった。
駅の建物内、半地下になったところにテレポート装置は置かれていた。この装置の真上に床が張られ、そこにテレポート
稼働テストは、装置内に魔力が循環するかどうかだけのものである。エンジンを起動させアイドリングするようなもので、ほとんど危険はない。
最も慎重さを要するテストは、西部テレポート駅側の装置とリンクしてのものである。これは本格的に時空に干渉するのだから。
しかし、ほとんど危険がないはずのテレポート装置がエラーを起こした。接続すべき相手のテレポート装置を求めて不安定な亜空間が開いたのだ。装置の不備が起こったのだ。
亜空間は空間にただ真っ黒な穴があるように見えた。子供の頭ほどの大きさである。
技師たちは迅速に処理をして、装置の動力を断ち、亜空間の穴を塞ぐ作業に入る。 すぐに穴は小さくなっていった。
以前にも実験段階で似たようなエラーがあり、想定はされていたため無事に──
いや、指先ほどになった穴の向こう側から何かが現れた。
小さな半球形のものであった。
異常に気付いたシャイピオンが駆けつける。
「これはなんだ」
手の平に軽くおさまるくらいのサイズの、半球形のものが空中に浮かんでいた。半光沢の白い表面と丸みから、まんじゅうにしか見えなかった。
「亜空間から出てきました。テレポート装置が滅多にない挙動を起こしまして」
短い話でだいたいを理解したシャイピオンは、両手から魔力の〈光のロープ〉を放ち半球を何重にも巻き、封じた。シャイピオンの魔力はロープ状に発生し、それに触れたものの魔力を抑えたり無力化したりできる。
街一番の魔法使いオットーがあっさりやられたのはそのためだ。
「テレポート装置は無事なようだな。これはトレーラーに持ち帰って調べよう──」
シャイピオンは光のロープの中のものから力が強まっているのを感じた。
「バカな。私の魔法の中で魔力が増大している」
そこにファルスと、キョウタたちがやってきた。
「どうしたんですか」
ファルスの問いにいきさつを簡単に説明するシャイピオン。
ファルスはシャイピオンの様子を見ておかしいと思った。
「シャイピオン様のマナが吸収されてる可能性があります」
「お前と同じ能力か」
「一旦、引いてください」
シャイピオンは光のロープを解除した。
半球の全体像をファルスとキョウタたちは初めて見た。
「少し大きくなっている」
当然だがシャイピオンだけがそれに気付いた。
「まんじゅう……」
キョウタがつぶやいた。
さっきは一口で食える大きさのまんじゅうだったが、今は二口必要なサイズなっていた。
「魔力を吸収して大きくなるならば、触れない方が得策か」
つぶやくシャイピオン。
得体の知れないまんじゅうは、初めと同じように空中に浮かんでいたが、すーっと動き出した。
皆が警戒する。
だが、それはそこの誰かに向かうわけでもなく、別の方向へ行った。
ぺたり、とまんじゅうが着地したのは、魔法建築技師たちがマナを補給するための
「しまった!」
ファルスが声を上げたときは遅かった。まんじゅうは
※
一旦撤退するしかなかった。テレポート装置の置かれた空間をまんじゅうが占めてしまった。
シャイピオンやキョウタたちはただ、駅建物から離れたところから様子をうかがっていた。
相手が何ものかわからない。害があるのか、目的があるのかわからない。
ただ、魔力を吸収しようとする傾向だけはあった。
“
という灰色の文字が、キョウタの頭の上の魔那々のさらに上に浮かんだ。
「あいつ、
と言う魔那々のネーミングは見たまんまだった。
名無しよりはそれでいこうということで、命名“
「これからどうするか」
シャイピオンは腕組みした。
「あのまま動けないのなら、建物を解体して埋めてしまうしかないでしょう」
ファルスが言った。ただ、埋めて完全に封じることができるならいいが、シャイピオンたちが去ったあとで何かのきっかけで復活しても困る。
「やつを無力化するには、魔力ではどうにもならない」
とシャイピオン。
「じゃあ、物理的にぶった斬ろう」
言ったのはパンニャーだった。
「あれほどの大きさのものを。いや、動いていないなら、少しずつ切り崩すことも可能か……」
「じゃあ早速──」なぜかパンニャーの声は弾んでいた。「ぱんにゃー、とらんすふぉーめーしょんっ!」
パンニャーの服が皮膚に染み込み、皮膚がその下の筋肉の間に消えてゆき、筋肉が消え、内臓と血管が消え、骨が消え……。ぴたりと合わせた両足が鞘となり、脊髄にあたる刀身がそこに収まる。
般若丸となった彼女は、キョウタの左腰に収まった。
「二度目でもびっくりするなそれは」
シャイピオンがつぶやいた。
「三度目でも、いきなり目の前やられると、きついですよ」
キョウタが少しかすれた声で言った。
「可愛く変身したのに」
生きた日本刀は不満げだった。
(あれで可愛いと思っているのか)
と周りの誰もが思っていたが、みんな何も言わなかった。
「やっぱり変身ステッキがないからだめなのか」
(いやそれじゃないそれじゃない)
と周りの誰もが思った。
「では私も」
マヴァロンが顎の下のファスナーに手をかける。そのまま下に引き下ろすと、その中は暗黒。ファスナーの口を両手で広げると、その中から馬の頭が出てきた。馬の首、前足と出てくるのに対し、元の女体はその裏側にひっくり返って収まっていく。やがて、スレンダーな女性の姿は消え、黒い巨馬がそこにいた。
(これはこれでびっくりするよなぁ)
と周りの般若丸以外の誰もが思った。
※
作戦は決まった。キョウタが般若丸で、マヴァロンが馬斬刀で、
ただこの作戦も問題がないわけではない。
マヴァロンが必殺技を振るえるほどの空間がないこと。巨大化する
とりあえず動かない相手だということでキョウタもおっかなびっくり作戦に参加することを了承した。もちろん何かあれば即逃げる前提だ。
「さあ行くぞ」
張り切る般若丸。
「行こうか」
マヴァロンはしゃがみ、キョウタに鞍にまたがることを促す。
「うん」
キョウタはマヴァロンの上で腰の般若丸の柄を握る。
「手汗がすごいな。心配するな。頭を真っ白にして私を振り回せ」
般若丸が言うがキョウタは柄を握ったまま、遠くに視線をやって固まっていた。
キョウタは自ら般若丸を鞘から抜いたことがなかった。抜き身の般若丸の柄を握ったことがなかった。
「キョウタ……?」
マヴァロンが声をかけたとき、キョウタの視線の先に気付いた。
駅から、茶色いゲル状のものがむにむにとあふれ出てきているのである。
「なに……あれ?」
キョウタはやっとのことで言った。
駅のカマボコ型の建物の扉や窓から、茶色いゲルがあふれてた。ゲルに何か白いものも交じっているか。
むにむにぐにょぐにょとあふれ出たそれらは、茶色いゲルがまず集まり塊となり、その表面に白い何かが集まり包んでいった。
得体の知れない光景だった。
茶色いゲルは餡子にしか見えなかった。それを白い皮──求肥か小麦粉由来の生地か──で包んでいた。
やはりまんじゅう──いや、誰も味見をしていないのでこれが本当にまんじゅうなのかわからない。
駅からむにむに出てきたものが集合して完成したもの。巨大化した
やはり半球形に造られた皮の白い、黒餡のまんじゅうであった。大きさは直径十二メートルくらいだろうか。小山のような大まんじゅうであった。和菓子は太らないというがこれだけ大きいと何百人分かの致死量になるだろう。
まんじゅう型の
表皮が淡い褐色に変色し、上部の半分くらいが盛りあがり、まるで頭がついたかのようである。その頭の頂点より少し前寄りに尖った口のようにも見えるものが現れ、その左右に黒くて丸い目が出現した。
「これは、太いオットセイのような……」
マヴァロンがその姿を形容した。
「違う……。これはひよこや……」
ぴよ~~~~~~。
ひよこ
「ほら、ピヨ言うてる」
「ひよこ……なのか?」
般若丸にも太いアザラシのように思えていた。
「
魔那々がまた勝手にネーミングした。
ちなみに元々は福岡県名物である。
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