第11話 南海本線の沿線住民
魔力徴収係のファルスが
彼が見たのは、シャイピオンと同じテーブルにいる者たちである。
浅黒い肌の女。白い髪に白い肌の女。地味な紺のスウェットを着た少年。これらは風変わりな姿ではあったがまだわかる。
テーブルの上で肉にがっつく灰色の髪の小さい女はなんなのか。
「彼女らは?」
いつもの微笑をたたえた細い目である。
「我らを見学に来たというのでごちそうをしている」
「珍しいお客様で」
キョウタたちに目礼して、ファルスは
「あれ? なんで満腹感が?」
キョウタは腹に手を当てた。
「あたしが食べてるからっ。当然よ」
魔那々ががつがつ食べながらしゃべった。がつがつ食っているのに、口の中にものが入っているとは思えない声だった。
よく見ると、魔那々の頭のてっぺんから、灰色の糸が伸びている。それはキョウタの頭のてっぺんにつながっていた。
キョウタが触ろうとしてもすかすかと実体がないようだった。
「へその緒だから気にしないで」
言いながら魔那々は食べ続けた。
おそらくこの瞬間、この場にいる魔王軍も含めて、一番異様な存在が彼女、魔那々であっただろう。
「この後どうするのかね」
シャイピオンがキョウタにきく。
キョウタはしばし悩んだあと、
「建設現場を見学したいです」
と答える。その頭の上に少女の姿のままの魔那々があぐらをかいて座っていた。
「そうか。ではこれを持っていくがいい」
シャイピオンはポケットから白紙のカードを一枚出し、手書きで見学証を作ってくれた。最後に魔力のこもったサインを入れて完成。
「ありがとうございます」
キョウタたちは東部テレポート駅(仮名)建設現場へ向かう。
※
キョウタたちが去ったあと、
「どうするんですか。彼らを」
微笑を崩さないまま、声は困惑の色を含んでいた。ファルスは他者の魔力を吸い取る魔法を使う。それだけに一瞥しただけで相手がどれだけの魔力や戦闘力を持つかある程度の判断がつく。
「我々でどうにかできる相手じゃないですよ」
「ただの旅人ではないとは思ったのだが。まあ、我々に害をなす様子はない。好きにさせよう」
「シャイピオン様がそうおっしゃるなら」
ファルスは細い目で薄い笑みを続けていた。
※
「魔王軍っていい人らやん」
キョウタたちは街の西のほうの東部テレポート駅(仮名)の建設工事に向かっている。
「まあ、今のところはそうだな」
パンニャーがキョウタの左隣を歩いている。
「建造してるテレポート駅が、魔王軍の大陸東部侵略の
マヴァロンは右隣である。
橋頭堡とは、敵地などの不利な地理条件の中、有利に戦闘するために作られる前線の拠点を意味する。
「『
キョウタの頭の上の魔那々はキョウタが頭をどう動かしてもちゃんとその天辺に座っていた。
(『きょうとうてれぽーと駅』……。似たような名前の駅、あったような気がする)
鉄道にあまり興味がなく、南海本線の沿線住民であったキョウタは、東京臨海高速鉄道のことはよく知らない。
ちなみにこのラークンの西部にできる東部テレポート駅(仮名)は、東京にある駅と違って、完成すれば本当にテレポートできる。
石積み建築の駅が、外見としてはもう完成していた。シャイピオンが連れてきた魔法建築技師たちは有能である。
駅と言っても、線路が敷設されているわけでもないので、基本カマボコ型の建物ひとつであった。
キョウタたちが建築現場に近づいて行くと、当然ながら工事中で関係者以外立ち入り禁止と記された看板があり、魔王軍の警備員が立っていた。
キョウタはシャイピオンに貰っていた見学証を見せると、警備員は「少々お待ちください」と言って、建築現場の奥に一旦小走りに去り、すぐもう一人を連れて戻ってきた。その彼は作業着を着ていた。
「どうぞ。ご案内します」
ほとんど社会科見学だった。
※
ラークンのスミス市長は、自宅の広間で街の有力者たちと会議をしていた。
「このまま手をこまねいて、魔王軍に蹂躙されるしかないのか」
と市長は議題を切り出す。
シャイピオンたちの巨獣車が役場の前に陣取っているので、少し離れた彼の自宅を会議場所にしているのであった。
「今のところ実害はありませんが」
と貴族のひとりが言う。
「まあ、私は恥かきましたけどね」
とは、この街で唯一の戦闘魔法が使える魔法使いオットーである。
「きさまが不甲斐ないから!」
市長が叱責するが、この街の最大戦力が彼なのは今も変わらず事実である。
シャイピオンはオットーを傷つけることなく圧倒し、その上で懐柔にかかってきた。逆らう理由も必要もなさそうに思わされている。
それがスミス市長には気に食わなかった。
もし、魔王軍がラークンに直接害をなさなかったとしても──。
「我々が魔王軍に懐柔されては、ラークンがまるごと人類の敵になってしまうのではないのか」
魔王軍と国境を接し対立しているレーオネン王国の、大陸じゅうへの魔王軍ネガティブキャンペーンは効いていた。
魔王軍側にラークンがついたとなれば、少なくとも大国レーオネンを敵に回すことになる。
「それは困りますが、この辺境では周辺の村や集落に、オットーより戦力になるような人物はいませんよ」
「どこかに勇者でもいないものか」
夢物語のようなことをスミス市長は言った。
「それっぽいのは見かけました」
「なんだそれは?」
いぶかしむ市長だったが、街が人類の敵になるかどうかの瀬戸際だったので、一縷の望みを『それっぽい』のにかけてみることにした。
※
東部テレポート駅(仮名)の見学が終わったキョウタたち。
「あれを使って魔王軍が一挙に攻めて来るには、規模が小さすぎるだろう」
マヴァロンが言った。
「設備がデリケートだし、その気になれば破壊するのはさほど難しくない。これを魔王軍の東部侵略拠点とするには脆弱すぎる」
パンニャーも指摘した。
あの駅を基本として設備と人員を充実させて強化していく作戦の可能性をみて、監視の必要はあるかもしれないが、今のところ軍事転用を考えた造りではない。というのが馬と刀の見解である。
「じゃあ、シャイピオンさんらはやっぱり悪くないんかな」
キョウタは首をかしげる。あんまり考えてない。
かしげた頭の上の魔那々は接着されたように頭頂部に座っていた。
見学も終了したので、皆で役場前の巨獣車トレーラーに戻ることにした。
その途中で、
「旅の方、市長がお呼びです」
声をかけられた。
「なんでしょうか?」
キョウタはまた首をかしげた。魔那々はやっぱりびくともせずに座っていた。
※
市長宅の応接間に通された。
「勇者とお見受けして伏してお願いしたい!」市長が、絨毯に膝をついていきなり懇願してきた。「あなたがたは特別の力をお持ちとお見受けする。その力でこの街を魔王軍の手先から救ってください」
「『
と、「お座りください」と言われなかったので突っ立ったままのキョウタがぽつりと言った。
キョウタは初対面に人にはいちいち「『
「お話だけでも聞いてください」
ジェスチャーでスミス市長の執事がソファに座ることをうながした。
キョウタたちは座った。そんな立派なソファではないが、シヅテ村では座面にクッションが効いた椅子をキョウタは見たことがなかったので、このあたりでは割と高級なのかもしれない。
市長は話す。
「シャイピオンがはっきり悪でないとしても、言いなりになるラークンが魔王軍の傀儡と見なされる懸念があります。そうなれば、魔王軍と敵対するレーオネン王国に敵地と判断されかねません」
スミス市長は頭髪の薄い頭をさげた。
「具体的にどうすればいいんですか?」
キョウタがきいた。
「どうって。シャイピオンたちをやっつけて欲しいに決まっています」
「悪い人やないですよ。今のところ」
「だから、そうだとしても、我々が魔王軍の傀儡と見なされ──」
「そっちから守りましょう」
パンニャーが真剣な顔で言った。
「そっち?」市長は意外な反応に一時声を失った。「魔王軍ではなく、レーオネンから守ると言うのですか? あなたがたは人間側でしょう」
「うーん。俺は実は異世界から来たし」
「私は馬だし」
「私は刀だし」
「あたしは魔力」
四人それぞれが『この世界の人間側の存在だと正直言えない』ことを短く言った。
ああ、彼らは頭がおかしいんだ。と市長は思った。
魔那々以外、キョウタもマヴァロンもパンニャーも、人間に見えた。
しかし、シャイピオンもファルスも、駅建設作業員も人間と同じ姿である。魔王軍というレッテルと、彼らの能力が人間離れしているだけである。
それならばキョウタたちも似たようなものである。
スミス市長は結果として「毒をもって毒を制す」みたいなことをしようとしていたことに気付いた。
彼からすると勇者ぽいもの自体も化物であった。
※
結局、キョウタたちはシャイピオンともう一度話すことにした。
「なるほど。我々がいると、困るというのか」
トレーラーの前のテラスで、テーブルに茶を並べてシャイピオンは迎えてくれている。
「正直、初めは武力制圧する予定だった。いや事実、抵抗する者は最悪殺してでもと思っていたのだが。
幸い穏便にことが運んでいると思っていた」
シャイピオンはカップを口に運んだ。
そこに、「急ぎの要件の伝令が来た」という連絡が来た。
※
スティックマジカルフォン(略称・スマホ)が伝令の者からシャイピオンに渡された。ペンくらいの筒状の魔力通信具兼筆記具である。汎用モバイル端末ともいえる。ちなみにラークンは“圏外”で通信はできない。
スイッチを押すとモニタが巻物を広げるように出てくる。モニタには質量はなく、空間投影スクリーンである。
シャイピオンは瞬時にその文面に目を通し、スマホを伝令の者に返した。
「ご苦労だった。休んでいくといい」
伝令の者は会釈してトレーラー内に入っていった。
「キョウタくん」
「はい」
シャイピオンは一度口を真一文字に閉じ、キョウタを見、そしてまた言葉を続けた。
「我々は明日にでもここから撤退しようと思う。駅のテレポート装置の取り外しが済み次第、ラークンを去る」
表情は険しくないがその口髭がひくひくしていた。
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