第10話 魔王軍を見学に来ました
「ここが我が家かぁ」
キョウタは珍しく目を輝かせていた。
草むしりの仕事が済んだあと、どうせしばらく冒険と呼べる旅に出ることはあるまいという話になって、宿屋暮らしではなく借家暮らしにしようということになったのだ。
宿屋の主人に事情を話すと、すぐに丁度良さそうな空き家の持ち主に連絡してくれた。
昨日のマヴァロンと般若丸の活躍のおかげで、家主も喜んで安く貸してくれることになり、とんとん拍子に住処を得ることができたのだ。
1LDKである。リビングダイニングと寝室。建物として間口三メートル、奥行き八メートルの、小さな家であった。
「布団はいくついるんかな?」
キョウタはマヴァロンと般若丸にきいた。
馬と日本刀に布団はいらないが、女の子はちゃんと布団に入って眠る必要があると思ったのだ。
「ふたつあればいいだろう」
馬の姿のマヴァロンが言った。
「そんなに大柄なのもいないから、くっつければ三人一緒に眠れる」
とは般若丸。
キョウタは思う。
(ちゃんと女の子の姿してたら、嬉しいことを言うてくれてることはわかる。けど、男声の馬と日本刀に言われるとぜんぜん嬉しない。
本当は美形の王子様だとはっきりわかっててもカエルの子はカエルなんや)
最後のところはもう自分で何を言ってるのかよくわかっていないキョウタであった。
「今日のところは布団がひとつしかないので、キョウタひとりで眠るがいい」
般若丸が言った。
そう言われると急に残念になるキョウタだったが、積極的に一緒に寝てくれとも言えない。
「残念そうだな」とマヴァロン。「我々はなぜか本体に戻ると一昼夜は人間態になれない。明日の仕事はみんなで人間態になったほうがはかどることもあるだろうから、温存しておきたいのだ」
般若丸のほうは今日判明したことだ。昼間の草むしりを手伝うために人間態になろうとしたができなかったのだ。般若丸も女体に変身できない期間が一昼夜であるかどうかはまだわからないが、マヴァロンと色々共通してることからそうだろうと推測しているのである。
※
翌日。
職業安定所に、今度は掃き掃除の仕事でもないかと出かけたが。
「ちょっと『四番相談室』に来て欲しいんやけどな」
声を潜めたルミルだった。
廊下を渡り相談室に入る。
「ラークンという街に魔王軍の尖兵が来てるそうや。どうも前進基地を建設してるらしいという情報が来てる」
「行かへん」
とキョウタ。
「はい言うと
「今後はあるんね?」
「後のことはまた考えよう。とりあえず今は、魔王軍というものがどういうやつらなのかを実際にその目で見てきたらええと思ったんや」
「見てくるだけ?」
「見てくるだけ」
「危なない?」
「正直、魔王軍はこれまで大陸の西の方で、国境を接してる大国と小競り合いしてる情報しかなかった。こんな東の僻地に尖兵を送ってくるとか初耳や。今回どんなたくらみがあるんかよくわからへん」
「危ないかもしれへんやん」
「そのときのためにパーティーがあるんやろ」
ルミルに言われて黙るキョウタ。
マヴァロンの方を向く。
黒い巨馬はうなずく。
「こっちに目配せはないのか」
般若丸が言う。
「うーん。般若丸のどこに向けてアイコンタクトしたらええん?」
「柄?」
本人もよくわかっていないようだ。
(見てはないけどマヴァロンも般若丸も圧倒的に強いらしい。あと、魔那々もそのマヴァロンの必殺技を防ぎきったしなぁ)
と、『
「あかんかったら逃げてくるで」
と断言した。
「はいはい。とりあえずそれでも人生経験や。一応情報わかってるだけ教えとくから聞きや」
ルミルもだんだんキョウタの扱いに慣れてきているようだ。
※
ファルスが大変な速度で各家庭を回っていた。
十二、三軒を回ると、一旦巨獣車に戻り、
それの繰り返しが彼の仕事。
「はい。ごくろうさまです」
とにこやかに魔力を分けてくれる人たちが大半であった。
が、
「魔王の手先が。俺の寿命削る気か」
などと毒づく者も少数いた。
基本的にレーオネン王国との国境紛争のため、大陸じゅうに魔王軍は悪者であると伝播されてしまっているから仕方がないのだろう。彼らは人間、魔王軍の者は異邦人である。
ファルスは細い目で笑顔をつくって家を回っている。
「駅建設がんばってください。お茶でもどうぞ」
「ありがとうございます。急いでいるので一気飲み失礼します」
といった交流もまたあった。
つなぎを着た建設作業員は魔法で作業をしていた。石を切り出し、土を固め、土台をつくり……。まるで魔法のようにどんどん巨大な駅が建設されていった。
※
地図を前にしてキョウタとマヴァロンが話していた。
「ラークンてどれくらいで行けるん?」
「地図によると普通に歩いて二日ほどかかるが、私に乗って行けば朝ここを出発すれば日中に着けるだろう」
「マヴァロンはどれくらいの速さで走れるん?」
キョウタは地図は苦手だった。距離感がわからない。なぜか地図にはちゃんとメートル法で距離も書いてあるのに。
「瞬間最高時速は二百十キロ出したことがあるが」
「そんなに早かったら、二時間くらいで着かへん?」
“二日ほど”という距離は、だいたい六十キロである。人は一日三十キロ歩くのが目安とされている。慣れた冒険者なら一日五十キロは距離を稼げる。
「二百十キロはあくまで瞬間最高時速だ。それに、急いで走ると乗り心地が悪すぎるぞ」
「そうなんね。じゃあ、マヴァロンに任せるわ」
※
というわけで、キョウタを乗せたマヴァロンがラークンに着いたのは、昼過ぎのことだった。
「あー疲れた」
キョウタである。
もちろん合間に食事時間も休憩時間もとっている。しかし日本のほとんどの普通科高校生は乗馬経験などない。しかもろくに登校せずに引き籠もり生活だった彼が疲れるのも無理はない。
乗せて走ったマヴァロンのほうはは平気な顔をしていた。
休める茶屋を探してマヴァロンが街の中心地へ向けて歩を進めると、やがてラークン役場が見えてきた。
役場の前にでっかい巨獣車があった。
トリケラトプスみたいなのが大量の干し草を
その後ろに固定されている
「うわー……」
これが魔王軍のものだと聞いてはいた。しかし聞いた情報のイメージよりでかい。キョウタはもう勝てないと確信した。
そこへ、後ろから声がかけられた。
「一人旅か。君のような姿で」
シャイピオンであった。イノシシのような動物をひきずって帰ってきたのである。自ら食料調達するつつましい魔王軍だ。
シャイピオンがキョウタに興味を持つのは無理もない。
巨馬に跨がった少年はスウェットの上下というシンプルな服装。それに腰に日本刀を差しているだけだ。
普通、こんな部屋着のような姿でひとりで旅をすることはない。
さらに、貧弱そうなこの少年に対し、馬と刀が不釣り合いに立派すぎる。
「こんにちは。魔王軍がここに来てるって聞いたんで、見学に来ました」
キョウタはシャイピオンが魔王軍だと気付いていない。
シャイピオンは逆にすぐ気付いた。キョウタのことではない。巨馬と日本刀がただものではないということにだ。
「面白い。一緒に食事でもどうかな」
「初対面の人にそんな」
「こちらのわがままだ。狩ったばかりの、これをごちそうさせてもらうよ」
足下に置いたイノシシのような動物を指した。
「お連れの方もどうかな」
シャイピオンは微笑した。
※
「おどろいた」
さすがの『二十八武衆』も目の前で、裏返って人の姿になる馬と、骨・内臓・筋肉・皮膚と順に構成して人の姿になる日本刀をいっぺんに見たらそんな感想も出る。
巨獣車の
テーブルにはシャイピオンと、キョウタと、人間態になったマヴァロンにパンニャー。
ごちそうしてくれると言った人が魔王軍の尖兵のトップだと知って、最初は驚いて怖れたキョウタだった。しかし、シャイピオンや他の魔王軍の者たちから一切人間に対する敵意を読み取れなかった。それはマヴァロンもパンニャーも、魔那々も同じだった。
「魔王軍を見に来たと言うが、我々を撃退しに来たのではないのか?」
冗談めかして言うシャイピオン。
魔王軍と国境を接し、直接敵対しているレーオネン王国は、大陸全土に魔王軍が人間の敵であることを喧伝している。
『
「そんな怖いことしませんよ」
キョウタはシャイピオンが魔王軍だと知って食欲がなくなったままで、目の前の肉に手をつけない。内心、
(『
と付け加えた。
「あはは。そうか。キョウタといったね。君たちが敵でなくて良かった」
突然、キョウタの頭が灰色に光り出す。
「なんだねそれは」
シャイピオンが
「あたし魔那々。キョウタの魔力」
と言う幼女の声でしゃべる灰色の光が、キョウタの頭から盛りあがり、こぶになり、それが、手の平くらいの大きさの少女の姿を成し、キョウタの頭の上に立った。
テーブルの上に飛び降りる幼女。おかっぱ髪と瞳が灰色をした丸顔の女の子である。
先日、キョウタの夢に出てきた三人の美女・美少女のひとりとそっくりであった。
「うえええっ?」
素っ頓狂な声をあげるキョウタ。
「なにびっくりしてるのっ? 馬も刀も人の形になるのに
「当然、なの……?」
キョウタはさらに食欲をなくした。ちなみに般若丸がパンニャーになるときは目をそらして耳をふさいで、食欲減退を防いでいた。
「キョウタが食欲ないなら、あたしが食べるっ。いいよねっ?」
シャイピオンを見る小さな幼女。
「あ、ああ。もちろん構わない」
動揺していた。裏返る馬。グロい変身をする日本刀。本体から細胞分裂する人格を持つ魔力。
「君は何者なんだ。キョウタ」
「ただの『
その目はちゃんとおびえていた。『
シャイピオンにはむしろただの『
魔那々は肉を食っている。その小さな体のどこに入るのかという勢いでがつがつ食っている。
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