第9話 このパーティーの初仕事
キョウタが転生したこの世界には、魔法はありふれている。魔力を持っている人のほうが持っていない人より多いのだ。
しかし、それは普段の生活に役に立つ程度であって、戦闘特化できるほどの魔力を発揮できる人は多くはない。
火の魔法を使える者は多いが、集めた木くずに魔力で発火させるなどが一般的である。火種を持ち歩いてるだけと変わらない。
水の魔法も一般的なものは、川や池の水を飲めるように浄化するなどである。
電線のように『魔道菅』と呼ばれる管を町中に張り巡らせて、魔力を配給し、家庭で魔力製品を使える高い文明生活を送れる場所もセヴォクス大陸の大国の
そんな世界。
この大陸では基本的に文明は西高東低である。西の王国の首都は文明が進んでいるが、大陸中央部は百年、東部はさらに百年遅れていると言われる。
ここは東の辺境にしては比較的都会といわれる街、ラークン。
キョウタたちのいるシヅテ村からは歩いて二日ほどの距離と、そんなに遠くはない。
街の大通りに巨大な生き物がひく車が置かれていた。その怪物は地球で白亜紀に生息した角竜に似た生物であった。
その巨獣車は、本来まだ東のほうへは勢力を伸ばしていないといわれる魔王軍のものである。
ラークンくらいの都会になると、街を守る自警団組織の中に、上級戦闘魔法を使える魔法使いがひとりいる。
この世界、そんなに上級魔法を使える者はいないのだ。そしてそんな
この規模の街なら彼ひとりいれば充分治安維持ができた。今日までは。
その魔法使いオットーが膝をついて敗北を認めていた。
魔力の「光のロープ」でぐるぐる巻きにされただけである。それだけでマナのコントロールを失い、魔力を使えなくされたのだ。
膝をつかせたのが、魔王軍『二十八武衆』のひとりシャイピオンである。ダンディな口髭の男であった。
「これで話し合いの席を用意してもらえるかな」
魔王軍の尖兵とはいえ、その中のリーダーが前線に出て、魔法使いと一対一で戦ってみせたのだ。しかも魔法使いを傷つけもせずに制圧した。
すぐに交渉の場所が準備されることになった。
「ゼヨー」
と竜馬がいなないた。
※
これからどうするか。
少年と馬が食堂の丸テーブルで向かい合って食事をしながら話し合っていた。
遠目にはそのひとりと一頭だけだが、実は話し合いにはもう二人参加していた。刀と魔力である。「二人」と言うと語弊があるかもしれないが、「四人」と言っても語弊がある。
「ひとまず、職業安定所で仕事を探して、収入と経験を得よう」
人語を話す馬、マヴァロンの言ったこれが結論であった。
キョウタはこちらの世界へ転生してきて、経験がほぼゼロである。ものすごい魔力の素質があることは確かなのだが、それを発揮できるだけの学習と経験とやる気がない。
キョウタの頭が灰色に光っていた。そこから幼い女の子の声がする。
「キョウタを動かすには『カネ』と『契約』で縛るのが一番だからっ」
魔那々である。キョウタの「ものすごい魔力」そのものが人格を持った存在だ。
彼女はキョウタの体のどこにでも出現できるが、今は食事の邪魔にならない配慮もあって、頭のてっぺんにいるのだ。
キョウタの意思で魔力が使われることはなく、魔那々が魔力を駆使する。キョウタが経験を積む必要はあるのか。
ただ、魔那々はキョウタと一心同体なので、魔那々に経験させるにはバーターのキョウタがついてくるしかない。
「そうだヌ。借金を返さないといけないから、キョウタも働かざるを得まい」
キョウタの左腰に下げられた日本刀〈般若丸〉が言った。
キョウタは
(『働かざるを得まい』って。俺が働かなくても、みんないっぱい稼げるやろうに)
と思ったが言えなかった。
もし言えば、マヴァロンも般若丸も、
「では、我々が働いて稼ごう」
と言い切るに決まっている。
(それはそれで怖い。なんでやろうか。だらだらしててもええはずやのに)
昨日、甘やかされる地獄の果て、一度は死を選んだからだということにまでキョウタは考えが及ばなかった。
※
ラークンの街のはずれに駅が作られることになった。
シャイピオンの話はこうだった。
「魔王軍」と呼ばれているが正式には彼らは「魔人と人の共生群」(
人が言う魔王軍、イルガデンは人類と共存するつもりがある。現在大陸西部でレーオネン王国軍が国境を境に小競り合いを繰り返しているが、決して魔王軍には王国を侵略する意図はないという。
レーオネン王国はセヴォクス大陸最大の国家であり高い軍事力も持つ。かの国の上層部は、イルガデンが人の住まぬ西の僻地に居を構え、インフラを整備していることを敵視しているだけだ。
我々は平和主義である。
ということであった。
〈二十八武衆〉のシャイピオンは配下の者と技術者を連れてきていた。さほど足が速くない巨獣車で、二ヶ月かけて大陸を横断してきたのだ。
ラークンに来た目的は、テレポート駅の建設である。
瞬間移動魔法を有効に使える地脈がラークンに通っているそうだ。遠く西のイルデガンに同時に建設している西部テレポート駅(仮名)と、こちらの東部テレポート駅(仮名)が接続し、瞬時(といっても体感で四秒くらい)に両駅を移動できるのである。
東部テレポート駅(仮名)はラークンの街の西側になるので、事情を知らない人は混乱するだろう。ゆくゆくは駅前に
ラークンの市長スミスや市議会議員、街の貴族などは、
「あんなものができたら、魔王軍がテレポートして攻めて来るんじゃないか」
「しかしこのラークンに魔王軍の軍事拠点にする価値があるのか? 大陸の東側はちゃんとした国家もないのに」
「それはむしろ魔人の勢力を拡大するためでは?」
魔王軍が地続きに勢力を広げるにはレーオネン王国が邪魔であることはシャイピオンの話で理解していた。
「武力でない勢力拡大か。その結果、我々が魔人たちに支配される懸念もある」
「東部百貨店楽しみね」
などと
※
キョウタは職業安定所に仕事を探しに来た。
「よー来たな『
窓口カウンターの女神ルミルが挨拶がわりに毒づいた。
突然キョウタの額からビームが発射され、ルミルの手元のペンを焼いた。
「うおっ!」
おっさんみたいな声をあげ立ち上がるルミル。机の上のペンは黒く焦げ、溶けていた。
「あたしのキョウタの悪口はやめてっ」
少女の声。ビームを発射した額が灰色の光を放っていた。
「こわー。あんた、魔那々とかいう……。所内で魔法攻撃は禁止やで」
「じゃあ、般若丸で叩き斬るわ」
「銃刀類も禁止っ」
「待って。やめて」
キョウタがなんとか口を挟んだ。
「あと俺もびっくりしたからいきなりビーム放つのもやめて」
「所有マナの三割使ったよ」
なぜか嬉しそうな魔那々。
「仕事を探しに来たんだろうヌ」キョウタの左腰の般若丸。「あと、魔那々も私に天使を斬らせようとするんじゃないヌ」
「じゃあ、こいつ殺すときはあたし直々の魔力でやるね。楽しみにしててねルミル」
(なんやこいつ。なんでこんなに反抗的やねん。魔力の分際で……)
と思いながら、一戦やらかすわけにはいかないので黙っているルミルであった。
※
『二十八武衆』シャイピオンの巨獣車は街の役場の前にあった。
巨獣車の、バスのような
「彼らが作業員だ」
シャイピオンが口髭を揺らして紹介する。
市長以下、ラークンの有力者たちが役場の建物の前に並んでいた。
「我々は何をすればいいんだ」
小太りで少し頭髪の寂しい市長スミスが訊ねる。
「実際の作業はすべて彼らが行う。そのために魔力を徴収したい。ファルス」
「ははっ」
背広姿の男が前に出た。
「彼が街の者から、魔力を吸収して回る。もちろん、病人など弱っている者からは徴収しない。通知をしておいてもらいたい」
「魔力がなくなって、生活に困るようなことはないのか」
ラークンの裕福層のひとりの男が言った。
「心配ない。ではどれぐらい徴収するのかきみの魔力を試しにいただこう」
とシャイピオン。
男は顔をひきつらせて、
「いや、遠慮させても──」
と言った瞬間に背広の男、ファルスが目の前にいた。
いきなりのことに動けなくなった男の頬にそっと右手の平を当てる。当てていた時間は二秒もない。
「終了しました。多少の倦怠感はあるでしょうが生活に影響はありません」
細い目をさらに細めて微笑するファルス。
「ふん。たしかにこれくらいなら──」
男は憮然とした表情だ。
「では魔力徴収の通知を迅速にお願いします」
ファルスは胸に右手を当てて頭を下げた。
※
ルミルはキョウタたちが去ったあと、窓口カウンターに頬杖をついて考えた。
(魔那々は、キョウタの志望の「三人くらいの可愛い女の子」と「楽勝に悪を成敗する」が、魔力に結実して生まれたんやろな)
ちなみにマヴァロンと般若丸が残りの「女の子」ふたりである。
(馬と刀はキョウタの外部の存在やから、情緒も安定して反抗的な素行もない。けど魔力は、魔那々はちゃう。あいつはキョウタの中から生まれたんや。たしか『キョウタとあたしは一心同体』とも言うてた。“一心同体”が、ものの例えの可能性もある。けどもし、あの魔那々の性格がキョウタの内に本来あるもんやとしたら……)
推測から導かれるひとつの結論。
(私はキョウタに嫌われとる)
※
馬の姿のマヴァロンはもっさもっさと草を食べていた。
キョウタたちは村の空き地に来ている。
キョウタは雑草の根に近いところをつかんでねじるように引き抜く。それを繰り返す。
職業安定所の求人を色々物色した結果がこれだった。
基本的に武力が必要な求人内容をキョウタが徹底的に嫌がったせいである。
これがパーティーの初仕事であった。
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