第8話 ガールでやんのパンニャー
セヴォクス大陸と呼ばれる大地。
魔王はそのかなり西の端のほうに拠点を築いていた。
キョウタがいるシヅテ村は大陸の東の果てのほうの僻地である。おかげでまだ魔王軍の影響はほぼ受けていない。
魔王の城は木造枠組壁工法と石造りを併用した建築である。見た目には日本の城の瓦部分を薄い石で鱗のように葺かれている感じだ。
その居城で魔王スティムリンガーは茶を飲んでいた。
彼がキョウタが転生したこの世界の魔王。勇者が倒すべき相手のはずである。いずれキョウタと相まみえるときが来るのか来ないのか。
ティラノサウルスに三対の角を生やしたような顔で、額にもうひとつ目がついていた。
魔王は豪華な玉座に背を丸めて座り、茶をすする。 ずずずずず……。
「あー。漏ってる漏ってる」
魔王の手の茶碗から茶がぽたぽたと漏れる。
「さすが高級品。まったくひびも見えへんのに茶が漏れる」
漏れる茶を唐草模様の手拭いで受けながら飲んでいた。
突然、何かに打たれたように、魔王の背がしゃんと伸びた。
(嫌な予感がする。なんやこの胸騒ぎ……)
まったりと茶を飲んでる場合ではないらしい。
「ノイケ」
「はっ」
玉座の前に進み出たのは、筋骨隆々の男の体に黒い犬の顔をつけたような姿の魔物であった。日本犬のような感じで犬相は悪い。特に目つきが悪い。
彼が、魔王の右腕であるコー・ノイケ宰相である。ここで「宰相」と呼ばれる者は「副魔王」を意味する。『五宰相』と呼ばれる副魔王のうち、ノイケはトップであった。
『五宰相』はあとひとりいる。五人いたことはないらしい。
「俺は急用で家に帰る。最悪十日は留守にすることになると思うわ。作戦は、俺の指示がいるもんは休止しといてくれ」
玉座を立ち上がる魔王。
「わかりました」
浅く頭を下げ宰相は返事をした。
「ほな、いてくるわ」
茶のしたたる茶碗と手拭いをノイケに渡して、魔王は玉座の背面の壁にある扉を抜けて行った。
ノイケは、茶碗が漏っているのにひびも見えないことに
「はてな?」
と言った。
※
今のところ魔王が実在するかどうかさえ知らないキョウタは、夢を見ていた。
三人の美女、美少女に囲まれている夢だ。
そのうちスレンダーで長身、褐色の肌の女はマヴァロンだった。
残りふたりは。
灰色の髪と瞳の丸顔の少女。見た目十二歳くらいだろうか。
白髪に白い肌の少女はキョウタと同い年くらい、十七歳前後だろう。おっぱいが大きい。
マヴァロンは細身で、もうひとりは幼い。
とりあえずキョウタはおっぱいの大きい白い少女に抱きついた。
馬小屋の寝床のキョウタ。
横に知らない女が寝ていたがまだ寝ぼけていたのでその胸に顔を押し付けていた。まだ頭が覚醒しきっていないので夢見心地のまま顔でおっぱいの感触を堪能している。
(生きててよかった。なんか二回くらい死んだ気ぃするけど生きててよかったっ!)
「はっ!」
ほぼ目覚めた。
(うーん。夢か。けどまだ顔におっぱいの感触がありありと。いやこれほんまもん……)
寝床から転がり出た。
「誰っ?」
馬小屋の土の地面を這ってマヴァロンの側に。
「般若丸だ」
マヴァロンが言ってることがすぐに理解できないキョウタ。
刀掛け台を見る。般若丸がいない。
「般若丸? 白い、女の子。おっぱい」
寝床には夢の中で初対面だった白い少女がいた。
「おはようキョウタ。良い夢を見たようでよかったヌ」
般若丸の声は元々女の子そのものだった。しかしその口調は真面目なような、語尾が「ヌ」でなんか変なような。そして目の前のおっぱいの大きいのが般若丸の声で語尾が「ヌ」であった。「なんで? 般若丸が──」
少しずつ脳が覚醒してきた。
昨日の夜、意識がなくなる前だ。
般若は女だと知った。そして添い寝しようと言ってくれた。
ここから導き出される答えはひとつ。
やはりそこの白い女の子は般若丸である。
(ファスナー。ジッパー。あれ? なんやったっけ? そう)
キョウタの脳の覚醒が進んできた。
「般若丸?」
まだ多少、夢と現実が混濁している。
「この姿のときはパンニャーと呼んで欲しいヌ。般若では
しゃべりかたが女の子っぽくない美少女パンニャー。パンニャーは般若と語源は同じなので同義語といっていい。『
「パンニャー?」
キョウタはその名前を語尾を上げて復唱した。つまり疑問形である。
「そうだヌ。私はパンニャーだヌ」
姿も顔も大変可愛い。真っ白い肌に白い髪、ふっくらした頬だが顎はシャープ。一重だがぱっちりした目。そしておっぱいが大きい。声は元から可愛いかった。
しかし口調だけ、落ち着いた物腰である。ふざけた語尾だが若さが感じられない。きゃぴきゃぴしていない。
キョウタは眠る前、意識が飛ぶ前の記憶が戻ってきた。
人語を話す日本刀が変身して女の姿になる。変身後も声としゃべりかたは同じ。
似たようなひとと昨日会った。そしてそばにいる。
すぐそばにいる馬、マヴァロンであった。
人語を話す馬が変身して女の姿になる。でも変身前は男の声だし、変身後もしゃべりかたはそのまま。
色々共通しすぎている。ということは──。
「ぱんにゃ丸ももしかしてファスナーでリバーシブルなん?」
「そんな器用なことはできぬ。普通に変身しただけだ。あとぱんにゃ丸ではぬ《な》く、パンニャーヌ」
「パンニャーヌ」
「ヌはいらぬ。パンニャー、ヌ」
「『普通に変身』って何? ステッキ持ってくるくるしながら
般若丸だけに般若心経か。
「今、一瞬、『次からそうやって見せようかヌ』と言いそうになったヌ。が、考えてみると刀の姿ではステッキが持てぬ。だから刀の姿に戻るときにキョウタのリクエスト通りの変身ポーズをしてみせるヌ。どんなのかやって見せて欲しいヌ」
真面目な表情で答えるパンニャー。彼女はいつでも真剣なのだ。刀だけに。
「パンニャー、と呼べばいいのか」
マヴァロンが口を開いた。
パンニャーが「そう呼んで欲しいヌ」と言うと言葉を続ける馬。
「ステッキはないが、ファスナーの中に孫の手があるぞ。代用品に使うか?」
「ありがたいヌ。ステッキはあとで正式なのを用意するとして、一旦それ──」
「待って。待って!」
馬と真面目少女の会話に割って入るキョウタ。
「変身ポーズもステッキもいらないから」
「いらぬか?」
目を見開くパンニャー。
「して欲しいって言ってないし」
「そうか。せぬでよいヌか」伏し目になる白い少女。「残念だヌ。生まれてこのかた、女の子らしいことはひとつもでき
パンニャーは横座りして指先でござの目を数えて、気をまぎらわせようとしている。
何か悪いことしているような気分になるリョウタだった。
※
ラークンという街に、トリケラトプスを思わせる大型四足獣にひかせた車が向かっていた。車は木造大型バスといった見た目で、家一軒が動いているようだった。
ラークンはシヅテ村から人の足で二日ほど西へ向かったところにある街で、辺境地の中では都会のほうであった。
街からの斥候がその大型獣車を発見し、街の自警団と上層部に報告がなされる。
「私は魔王軍、『二十八武衆』がひとり、シャイピオン」
口ひげをたくわえた鼻筋の通り過ぎたハンサムだった。
彼が大型獣車の一団のリーダーであった。
遥か西から長い旅を続けてラークンまでたどり着いた。
「街のトップと話をさせてもらいたい」
門番に向かってシャイピオンは告げた。
門番のひとりは魔王軍ときいてすぐにトランシーバーに酷似した魔法具で連絡を始めた。
もっと都会でないと棒状通信魔法具「スティックマジカルフォン」、略してスマホは普及していない。
※
「それではお見せしようヌ」
とても張り切っている純白の少女。右手に孫の手を握っている。毛布から出てわかったことだが、服装は薄い桜色の
パンニャーは孫の手を一旦左腰に当て、刀を抜くような動きからまっすぐ真上に振り上げ
「ぱんにゃー・とらんすふぉーめーしょんっ」
と呪文(なのか?)を唱え、腕を回転させながら、片足を浮かせ、くるくるとその場で二周してみせる。
すると彼女の体が宙に浮いた。両足をぴったり爪先まで合わせたポーズになる。両手は自然に斜め下に伸びる。
服が肌に張り付き、それが皮膚に吸収されるように消えていく。
白い肌の全裸になった。
(おおっ)
キョウタは目を見開いてそれを見る。
皮膚が内側に溶け入るようにじゅるじゅると音を立てて消えてゆき、筋肉が見える。ちょうど理科室にある人体模型の半分の筋肉だけのような姿に一旦なった。そして次はその筋肉がさらに内側に浸食されていくように、咀嚼音に近い湿った音をたてながら内臓や太い血管が見える姿になり、さらにそれが骨に吸いこまれ、鮮血で染まった骨が末端から純白になっていく。
最後に赤かった背骨が般若丸の刀身であった。
頭蓋骨だったところが
「般若丸参上!」
変身が完了した。
空中に浮かぶ日本刀とその脇に浮いてる孫の手を数秒見たあとキョウタは言った。
「こわい……」
般若丸はすっとキョウタの左横に着地し、
「何? 可愛くなかったかヌ? ポーズが悪かったヌか?」
カタカタとその身を揺らした。
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