第7話 色黒のねーさんと瓦礫のバケモノさん
「よろしく。キョウタ」
般若丸はキョウタの
キョウタの頭の灰色の部分が元の色に戻った。頭の上の文字も同時に消える。キョウタの魔力が人格を持った魔那々の気配は消えた。
〈馬斬刀〉はキョウタとルミルが手伝ってなんとかマヴァロンのファスナーの中にしまった。どうやってあの刃渡り五メートルの巨大な剣がおさまるのかについては誰も触れなかった。
右前足を痛めたマヴァロンは自分でファスナーをうまく上げ下ろしできないのでキョウタが閉じてやった。
「ありがとう」
しゃがんだままのマヴァロンが頭をさげた。
「ほな、あたしは残業しすぎたからとっとと帰るわ」
事務員姿の大天使ルミルは用が済んだと判断し、背を向け右手を振って去って行った。
「じゃあ私たちも行こうか」
ふらつきながら立ち上がろうとするマヴァロン。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。まともな足はまだ三本ある。最低三点あれば面は決まる」
すごく納得できるようなわからないような答えだ。
歩き始めるマヴァロンだが、前足が一本では歩きづらそうだ。〈
「痛い?」
「心配いらない。捻挫しただけだ。明日の朝には治っている」
「ウソついてるっ」
キョウタの右手の平がクリアグレーになっていた。魔那々である。
「頭やなかったん?」
「頭に出たのは脳天砕かれるのを防ぐためっ。あたしはキョウタのどこにでも出られるのっ」
(ああそれは便利ですね。俺の体をそうやって操るんやね)
キョウタはおびえた。
「お馬さんの必殺技は魔力に近い念を込めて放ってたのっ。それを跳ね返されたものだから、単純物理ダメージじゃないのっ。治るまで三日はかかるのっ」
「あはは。すまないな。三日ほど乗せてやれない」
「それじゃだめなのっ。キョウタの馬が機能しないなんてっ。それにこれはあたしのせいでもあるからっ。治すのっ」
キョウタの脳内に魔那々のしたいことが流れこむ。
キョウタはマヴァロンの前にひざまずき、灰色の右手を右前足にかざした。
「
魔那々の魔力が灰色の膜となってマヴァロンの右前足を包む。
魔那々の魔法は「膜」である。
魔法の膜は他のあらゆる膜へ干渉が可能である。
生命体は皮膚という膜に包まれている。細胞のひとつひとつが細胞膜を持っている。
通常、辞書に掲載されている「粘膜」はこの魔法の名前の粘膜ではない。
魔那々の魔法である「粘膜」は基本「粘っている魔法膜」という意味である。
人体などの口腔粘膜は傷ついても通常の皮膚より回復力が高い。そういった効果もあったりなかったり。
数秒で終わった。腫れは消えていた。
かつかつと右の
「治った」
歯を剥いて笑顔を見せる馬。
「これでマナがほとんど使い果たし──」
魔那々はかき消えた。
「魔那々……」
キョウタは自分のマナに振り回される恐怖を持っていた。が、
(そんな悪い子やないかもしれへん)
と思った。
右手はまだ暖かかった。
※
村の商店や宿屋があるメインストリートまでキョウタたちはやって来た。
そろそろ日が沈もうとしている時刻だが、どの店も閉まっていた。
店から荷車で荷物を運び出している人がいたのでキョウタは聞いてみた。
「今日は盗賊団を撃退した記念パーティーなんだ。百人はいた盗賊団を、誰一人怪我人を出さずに撃退できたんだぜ。お祝いもするってもんだ」
どうやら、村の集会場で急遽パーティーをすることになったらしい。
ちなみに盗賊団は三十人ほどだったが話は盛られるものだ。
宿屋も食堂も閉まっている。
「なんて統制のとれた村なんだ」
マヴァロンは妙なところで感心した。
盗賊団に対抗するための招集で集まった者たちも迅速だったのを思い出す。
「ほな、パーティーの末席にお金払ってでも入れてもらお」
「そうするか」
集会場に着いた。入り口で事情を話すと、
「いいぜ。あそこのカンパ箱にいくらか入れてくれ。あとその剣は預からせてくれ」
と言われる。
キョウタは般若丸の
「かっこだけかぁ。じゃあ持ってていいよ」
と言われて、カンパ箱にマヴァロンがこれくらいだろうと言った金額を入れた。
急遽だったせいもあって、あり合わせの食事や飲みものが並んでいる立食パーティーだった。パンとスープ、干し肉と漬物。果物がいくらか。
村人は三百人くらい集まっていただろうか。
「せっかく祝いの席を設けたのにな。主役のあの色黒のねーさんと、瓦礫のバケモノさん、探しても見つからなかったなぁ」
自警団が仲間と話していた。
「言われてるで」
キョウタはマヴァロンと般若丸に小声で言った。
「瓦礫のバケモノはもういないヌ」
と白刃の日本刀。
「色黒のねーさんじゃなくて馬だ」
と黒い馬。
笑う三人。パーティ会場の隅っこで、少年が馬を相手に笑っている。遠目に見ると気の毒な姿だった。
黒いアンダーウェアのラフな格好の青年が、その馬と少年が話す奇妙な光景に何気なく目をやり、しばし考えた顔をしたのち──。
「見つけたぁ!」
青年が指さしたのはマヴァロンだった。
「なんですか?」
キョウタが言うと
「いや君じゃない。そのお馬さんだ」
ずいと前に出る馬。
「私に用ですか」
「あんたが裏返って色黒なねーさんになってるのを見たやつがいる。つまり、あんたが今回のパーティの主役さ」
青年は嬉しそうだった。
考えてみればしゃべる馬なんてこの村に他に見かけられることもないし、裏返っているところも目撃されている。勘のいい者なら情報を総合すれば辿り着ける。
彼の名前はルッツ。自称“自警団のナンバー4”だそうだ。
「連れの瓦礫さんはどうしたんだ」
「私はここにいる」
キョウタがいいタイミングで般若丸を前に出す。
「馬だけじゃなくて刀もしゃべるのかい。少年、普通の友達はいねえのか?」
「友達はもう一人おるけど、その子も普通やないよ」
「あっはっは。面白えや。じゃあ、三人? 揃って上座へご招待だ」
※
マイクに酷似した魔力拡声器を持ったルッツが司会者となり彼らを紹介する。こうして出てくるところを見るとルッツはお調子者というか目立ちたがりなんだろう。
「彼らが今日の主役ですっ」
前に並ぶキョウタとマヴァロン。
「おっと。この少年は脇役だ」
場がどっと沸く。
「街を救ってくれたのは、色の黒いスタイルのいい女性と、瓦礫とゴミを人型に固めたようなバケモノだった」
「色黒なねーさんの正体です」
とマヴァロン。
「瓦礫とゴミの傀儡の本体です」
と般若丸。キョウタが掲げてみせる。
「なんじゃそりゃー」
会場から声がかかる。
また笑いが広がる。
たしかにややこしくて、五回説明したが何人理解したか怪しい。
パーティーは食事は質素ながら大盛り上がりに終わった。
マヴァロンは巨体だからたくさん食べるのは当然だったが、キョウタも三人前は平らげていた。生前小食だったはずなのに。
※
宿泊は、宿屋の主人が無料で泊めてくれるというので案内してもらった。
「豪華な部屋というわけにはいきませんが」
と言われて、見たら馬小屋だった。
四頭用くらいの馬小屋の中に、簡単な寝床と、刀掛け台が置いてあった。ちなみに他に馬はいない。
「なるほどこうきたかぁ」
キョウタはつぶやいた。
※
「これは居心地良いヌ」
とは刀掛け台に置かれた般若丸。
「まあ私は馬だし。これが普通だ」
マヴァロンは気にした様子もなかった。馬は立ったまま眠る。マヴァロンは正確には馬とは言い切れないが馬として扱われる前提の生物なのだ。
藁の上にござを敷いた敷き布団に毛布が用意されたキョウタ用の寝床もあった。寝心地は意外と良かった。
人間でないふたりが村を救う大活躍をしたのだから、キョウタに良いものを提供する義理はない。
(俺は逃げてなんもせんかった。この寝床もマヴァロンと般若丸の連れだから用意してもらえたんやん。流されて生きるってこういうことやんな)
キョウタはだんだん覚悟だか妥協だかを覚えてきた気がした。
小屋自体にほんの少し獣臭さはあったが、すぐ気にならなくなる程度である。宿屋側がこの三人のために一緒に眠れる場所を考えた結果なのだろう。
普通の部屋では巨馬の蹄にかかる重さで床が傷むだろうし。
馬小屋の天井を眺めながらキョウタは休んだ。体は疲れていたが、眠れそうにない。
生前の日々をぼんやりと過ごしてきたせいもあり、今日あったことが頭で整理できなかった。何か漠然とした不安が眠気をさえぎっていた。
黒い馬と白い刀と灰色の魔法。
とりあえず今日はそんなのと出会い、仲間になった。
こうまとめるとモノクロームだ。
その前に大天使とかいう女とも会ってるが
(あのひとは別枠やわ)
「眠れぬのか?」
般若丸がきいていた。
「うん。けど気にせんと寝て」
「拙者は用がないときにいつでも眠れるヌ。自分で歩くこともせぬし」
「私もキョウタが眠れるまで話に付き合うぞ」
マヴァロンである。馬の睡眠時間は三時間ほどと言われる。
「ありがとう。じゃあ、どうせなら魔那々も……。魔那々起きてる? 魔那々」
反応がなかった。
「俺が呼んでも出て来る気ないんかな?」
「マナがほぼ尽きてるんだと思う。私の必殺技をはじき返し、回復魔法まで使ったんだ。生まれて何時間の彼女にそこまでできたのは驚異的だ。私の怪我の回復のためにほとんど意識をなくすまでマナを使ってくれたはずだ」
マヴァロンは右前足をあげて見せた。
「そうなんかぁ」
キョウタはなんとなく自分の右手をなでる。魔那々が今日最後にしゃべったときにそこにいたのだ。
(俺が死にたいって言わんかったら、マヴァロンが怪我することも、魔那々が力を使い切ることもなかったんやな)
涙が出て来た。橋の下で散々泣いたあとだというのに。
(『勇者』ってこのひとたちのことを言うんやないか?)
馬の横顔、刀掛け台の刀、そして自分の右手を見て、キョウタは内心つぶやいた。「泣いてる
と般若丸。
「気にしなくていい」
涙を手の甲でこする。泣いたせいか眠気が急にやってきた。
「添い寝しようかぬ?」
「刀と?」
「それならまだ馬の私とくっついて寝たほうが良いだろう」とマヴァロン。「人間態になれれば良かったんだがな」
マヴァロンは明日の昼まで人間態になれない。でも刀よりは馬のほうが暖かいだろう。
「いやいや。ちゃんと女の姿をした者が添い寝したほうがよかろうヌ」
「おらんやん」
魔那々は声は女の子だが、灰色の何かで、これといった姿はない。しかも今はまったく反応がない。
般若丸は女の子の声をしているが、立派なまでに
マヴァロンは今は男声だが、事実上
今キョウタが考えられる選択肢なら、もっとも添い寝に向いてるのはやはりマヴァロンである。
般若丸の言葉は、それ以外の選択肢があると確信があるような感じがある。
「えーと。なんか嫌な予感がするんやけど」
「嫌なことはないヌ。期待してくれぬか」
何か今こそ見せ場だという気持ちが般若丸のその声に乗っていた。
「と、いうことは、まさか、般若丸も、女?」
「私に性別がないと思ってた
その声は確かに女である。
「あると思わない」
無機物に基本的には性別はないはずだ。
(あれ? 日本刀は男みたいなイメージがあって……。いや、なんでそう思ってたん? あれ……?)
キョウタはふとそんな記憶が浮かんだ。しかし、眠気がさらに強まっていた。考えがまとまらない。
「般若は女に決まっているヌ」
能の般若面は鬼女である。
キョウタは昼間、似たようなパターンを経験していることを思い出した。重い瞼の下から、ちらりと横の黒い馬を見る。今はジッパーは見えない。
キョウタは気を失うように睡魔に引き込まれる。
(あれ? ジッパー? ファスナー? チャック?)
意識がなくなる寸前、そんなどうでもいいことがキョウタの頭に巡っていた。
ちなみにいわゆるファスナーは、中米諸島ではシェレス・レランパゴスと呼ばれているそうだ。
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