第6話 頭の上に浮かぶ文字

「私の必殺〈超馬力斬チョウバリキザン〉が弾かれた……」

 倒れた体を起こし、〈獣型ビーストモード〉に戻ったマヴァロンだが、浮かせた右前足は腫れていた。必殺技をはじき返された衝撃をとっさに逃がし切れなかったダメージだった。右前足を投げだし、他の足を畳んで座りこむ。

「お馬さん。あなたはとてもいい人ねっ。大好きよ。

 だけどキョウタを殺すのは許さないっ。殺す理由は納得だけどダメっ。それじゃあたしも死んじゃうからっ!」

 『ぷんぷん!』という音がしそうな口調だった。キョウタの頭のクリアグレーのようになった部分が少女の声でしゃべっている。

「誰ですか……?」

 声は灰色グレーの下からした。キョウタである。

「あたし、マナ」

 声が少し明るくなった。キョウタに話し掛けられたのを喜んでいるようだ。

「マナ……さんですか。何ものなんですか。なんで助けてくれたんですか」

 『あたしまな』が、きいたことある女優の名前のような気がした。

「マナは名前じゃなくて、『魔法のエネルギー』の概念やそのエネルギー自体のことをいうの。だからこれが『何ものなんですか』かの答えっ。あと助けたんじゃなくてあたしが死にたくなかったのっ」

 ぽかんとするキョウタ。自分で質問を畳みかけといて。


「あれが……」

 ルミルだけが気付いた。

 『勇者』になる契約書にキョウタがサインしたときの虹色の光はこの特殊技能スキルの前触れだった。と。

 通常、契約書にサインした直後に契約者の脳内にファンファーレが起こり、契約書はぼんやりと白く光る。才能のある者はあるいは赤く、ときには青く。茶色に光ることもある。

 しかし虹色の光はルミルの経験にないものだった。

 勇者になる者としてルミル自らが選んだとはいえ──。


 ルミルはキョウタに歩み寄る。

「キョウタ。おめでとう、と言うてええ状況かわからんけども。あんたは『勇者』として、魔力に目覚めたんや」

「魔力。マナさん……」

 浮かされたようにつぶやくキョウタ。

「マナさんじゃないよっ。名前ないと面倒だからマナナと呼んでっ。漢字はこうしよっ」

 灰色の“キョウタの魔力”はマナナと名乗った。キョウタの頭の上の空間に『魔那々マナナ』という文字が浮かんだ。親切にルビ付きで。その文字はキョウタには見えないが認識できた。魔那々と一つ身なのだから。

「あたしはキョウタのマナっ。だからキョウタが死んだらあたしも死ぬのっ。

 『キョウタが死んだらあたしも死ぬ』

って言ったら、あたしがキョウタが死んだことに耐えられなくて後追いするみたいだけどっ、正確には私はキョウタの魔力だから、キョウタの生命いのちが尽きると消滅するのっ。

 だからっ。

 死・な・せ・な・いっ」


 キョウタはぞっとした。胃の底からこみあげるものに耐えられず吐いた。頭の上に『魔那々マナナ』というルビ付き文字を浮かび上がらせたまま。

 殺してもらえると思っても、振り上げられた『馬斬刀』が怖かった。

 けど、これをすませば楽になれる、って思ってたのに。振り下ろされる直前に「やめて」って言おうとしても硬直して動けなかったのも事実だが。


 魔那々とは有無を言わさぬ強制契約。押しかけ契約や。少なくともキョウタはそう思っていた。

 すでに本人の意思に関わらず魔那々とは一心同体である。まさか自分の内にこんなものが生まれていたなんて。

 しかしこの契約におかしなところはない。なぜなら『勇者』になる契約をしたものは能力補正がなされる。どの能力ステイタスが、どれだけ、どうあがるかは個人差が激しい。

 キョウタは『勇者』の契約直後から、気付かず魔力を、マナを体内で少しづつ生成していた。これは契約のうちである。

 ただ、そのマナが一個の人格を主張しだすという想定外のことが起こっただけである。


 書面に現れない契約怖い。

 

 キョウタの吐瀉物は少し川に流れ込み小魚が寄ってきた。

 もう逃げ場がなくなった。「死」に逃げることも許されない。マヴァロンの豪刀の音速を超える必殺技さえ無効なのだから。


 それを見ていた日本刀は、ルミルに話し掛ける。

「なあ。それってキョウタは無敵ってことではないヌか」

「だから本人に何回も楽勝や言うてるんや。しかも私が想像したよりも数段上やった」

 ルミルがまだ怒り気味に言う。これほどの能力を持ちながら、戦いから逃げ、生きることからさえも逃げようとしたキョウタにいらだちを隠しきれなかった。


 マヴァロンが馬斬刀を振り下ろす寸前にキョウタが聞いた声は、魔那々のものであった。

 防御壁魔法〈壁膜バリアシールド〉である。


 日本刀(を持った傀儡)はキョウタに歩み寄る。

「キョウタ。もう必要としないかもしれヌが、拙者を主武装メインウェポンとして所有するかせぬかの答えを聞いていなかったヌ」

 勇者には剣はつきものだ。剣こそが勇者の象徴ともいえる。

「もういっぱいいっぱいやん」

 涙目なのは吐いてたせいだけではない。

 勇者として、馬、魔法が与えられ、今度は剣だ。剣との契約の話は魔法が現れる前からだが。

 勇者としてお膳立てができていく速度が早い。それは『契約』の頻度の高さともいえる。

 人付き合いが苦手なキョウタには重荷だった。

「ではせめて、無銘の拙者の名付け親になってくれヌか」

「ゴミ侍」

 八方塞がりな心境で自棄やけになって考えなしに幼稚な悪意を吐いた。悪意の出しどころを間違った。

「では『ゴミ侍』を名乗るヌ。銘を入れる儀式に付き合ってくれヌか」

 行き場もわからずさまよっていた生きた刀リビングソードあるじと決めた男は自分を手に取ることもなく、戦いから全力で逃げ、今また自分に『ゴミ侍』と名付けようとする。

「我が身を両手に取ってくれ。このように。そして『ゴミ侍』と名前を念じてくれ」

 傀儡があぐらをかいて座り、その両手で水平に刀を掲げてみせる。「ヌ」がないのはときどき文法的にいれにくいからだ。

「『ゴミ侍』でええの?」

「命名を求めたのだから、その答えがどんな名前でも受け入れるヌ。当たり前のことだヌ」


「やめてっ。ゴミ侍とかそんな名前許さないっ」

 魔那々だ。キョウタの頭の灰色から幼女の声がする。


「う、うん。俺も本気でそんなひどい名前つけようなんて思ってなくて……」

「キョウタとあたしは一心同体。キョウタの武器が『ゴミ侍』とかありえない」

 主張がはっきりしている魔那々。

「いや、俺、『ゴミ侍』を自分の武器にするとか──」

「するのっ。彼の名前はあたしが決めるのっ」

 怖い。

 キョウタは自分の主体性のなさに、もうただの魔那々の入れ物として生涯を過ごすのかと思うと気を失いそうだった。

 ちなみにまだ頭の上に『魔那々マナナ』の文字が浮かんでいる。


「怖がらなくていいのっ。あたしはキョウタ。キョウタはあたし。キョウタは『ゴミ侍(仮)かっこかり』を仲間にしたいのっ。あたし知ってるからっ」

 ちなみに『ごみざむらいかっこかり』と発音している。

「俺はこの刀のひとを仲間にしたいん?」

 キョウタは癖でマヴァロンに向かってきいた。

「自分の心に正直になればいい。キョウタは『ゴミ侍(仮)かっこかり』を本当に受け入れられないのか?」

 右前足を投げ出した格好のままのマヴァロンは相変わらず優しい。

「どんなひとかほとんど知らないし」

 言葉にはできなかったが、リョウタは『ゴミ侍(仮)かっこかり』に気高さを感じていた。

 強盗団が来てリョウタが逃げるたときも、『ゴミ侍』呼ばわりしたときも。この刀は自分の決断と発言にまっすぐだった。

 好意というより尊敬だった。

「ぜんぜんおっけー。『ゴミ侍(仮)かっこかり』は相性最高っ」

 魔那々はいけいけどんどんである。


 流されて生きるとは決めていた。しかも死ぬこともできない。それなら選択肢はひとつしかない。

「『ゴミ侍(仮)かっこかり』さん。俺のめいんうぇぽんになってください」

 今は、あとさきのことを悩まずに、きっぱり流されよう、と。


「では、その儀式も同時にする形に切り替えてよいかな?」

 相変わらずゴミでできた傀儡の表情はわかりづらい。

 『ゴミ侍(仮)《かっこかり》』の言葉にうなずくキョウタ。


 簡単な儀式であった。

 キョウタは傀儡の向かいにあぐらをかき、刀を受け取り水平に掲げて持つ。それから刀を柄を上にして垂直に持ち直した。

 ゆっくりと、できるだけ垂直なまま鞘を下に下げつつ、刀身を上に抜いていく。

 真っ白い独特の刀身が姿を現す。

 鞘は横のルミルに一旦あずける。

 両手に刀を持ち、構える。中段の構えに似た形だった。

 そしてキョウタは名前を考える──。


(えーと、『ゴミ侍』も『ゴミ侍(仮)かっこかり』もまずいしどうしたらええんかなぁ。俺ネーミングセンスないし)


般若丸はんにゃまる!」

 魔那々が宣言した。


 同時に、キョウタの頭の上の文字が『魔那々マナナ』から『般若丸はんにゃまる』に変わる。ルビ付き親切仕様は相変わらずだ。

 そういえば「彼の名前は私が決めるのっ」と言っていた。


 白い刀身が自ら光を発した。どこまでも純白の光。

 同時に、刀の傀儡であったゴミ人間の体に亀裂が入り、ざらざらと崩れ落ちた。役割を終えてゴミの山となったのだ。


 儀式は終わった。ほどなく白い光も消えた。


「私の名は般若丸だぬ」

 日本刀は自分の名前を名乗った。意外なことに少女のような声だった。

 刀身自体から声がした。傀儡がないのだから刀自体がしゃべるしかない。

 日本刀、生きた刀リビングソード、ゴミ侍(仮)などと呼ばれていた彼もとうとう正式な名前を得た。キョウタという主との契約を得て、新たな力を感じていた。それが彼という刀自身の本来の力の覚醒なのか、キョウタから得た力なのかまではわからなかった。

「これからよろしく。般若丸」

 キョウタはその純白の刀身に向かって改めて挨拶した。


 まだ頭の上には『般若丸はんにゃまる』というルビ付き文字が浮かんでいた。

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