第5話 超馬力斬

 爽やかなまでにきっぱりと逃げていったキョウタを見送ったマヴァロンと日本刀。


「名前もないままいくさに初出撃かヌ」

「戦わなくてもいいんだぞ」

 マヴァロンは刀に皮肉った。

 日本刀(を持った傀儡)とマヴァロンは店を出る。

「武器として生まれた身として行きがかり上、避けられヌ」

「立派なものだ」

 言いながらマヴァロンはあごの下のファスナーを開き、そこに右手を突っ込んだ。のどからつかみ出されたのは一振りのロングソード。ファスナーの中はどうなっているのだろうか。

「なぜあれを使わぬ?」

 刀は、マヴァロンの主武器メインウェポンがこのソードでないことを理解していた。

「この姿では使えない」“この姿”ということは、馬の姿になれば使えるというのか。「一度あの姿に戻ると、次に変身できるまで一昼夜かかる。それではキョウタの買い物にこの後付き合えない」

「それほどの者かヌ。彼は」

 ゴミ人間の顔は目鼻がはっきりせず表情はわかりにくい。あきれているのか感心しているのか。

「あんたが持ち主になれと申し込んだ相手でもあるぞ」

「拙者は彼の意思はどうあれ助けていかねばならぬと思ってるヌ。

 それにあれほどきっぱりと撤退を決めるのだからよほどの大物かもしれヌ。あれが引く勇気ならばヌ」


 二人は顔を合わせ笑った。傀儡の瓦礫と土でできた顔がマヴァロンには間違いなく笑い顔に見えた。


 村の自警団たちが対応するため武装して広場に集まっていた。他にも有志が幾人も集まっている。総勢百二十名はいた。よく数分でこれだけ集まったものだ。


「なるべく彼らが傷つかないようにせねばな」

 長身の美女とゴミの傀儡はうなずきあった。


 盗賊団が到着した。


「我々が前に行く」

 褐色の美女と、ゴミ人間というおかしなコンビの言葉に、自警団は無言で道をあけた。ふたりの態度と自信にかけたのだ。

 これほどおかしなやつらならどんな力を発揮してくれるか期待できるし、正直な話、どうせ傷つくならよそ者が傷ついてくれたほうがいい。


 髭ぼうぼうの盗賊団のおさが怒鳴る。

「水と食料を出せぇ! あと若い女ぁ!」

 長は目立つ褐色の肌の美女を見つけた。

「上玉だ。捕らえろ」

 盗賊団の下っ端数人がダガーやショートソードを構えてマヴァロンに向かってくる。

 自警団のリーダーが、

「盗賊ども! 下がれ! それ以上前に出るとこちらも武力行使に出る!」

と勇ましく言ったが、マヴァロンより後ろからである。

 盗賊たちが「それ以上前」に出た。戦いが始まった。


 マヴァロンは鞘をつけたままのロングソードで近づいてくる盗賊をぶん殴っていく。その動きは手練れのそれである。ソードの重さとぶん殴った反動を利用する動きに無駄な力はない。


 ゴミ人間は日本刀を鞘から抜いた。艶のない真っ白な刀身だった。ご存じのとおりこの刀が本体である。

 襲い来る盗賊たちの攻撃を大半はかわすが、いくらか体のほうにくらってもゴミだから平気だった。

 ゴミ人間はその刀身を横8の字、無限大の形に回転させ始めた。その回転はどんどん速くなる。人間がこんなことをしたら関節も腱も持たないレベルである。ゴミでできているがゆえにできる非常識な動き。「剣術」の域ではない異様な角度と速度。その旋回半径に入るには死を覚悟する必要がある。

「近づいたら死ぬぞヌ!」

 じりじり前進するゴミ人間。

 盗賊は当然、ひゅんひゅんの半径に近づきもせず、みんなマヴァロンに向かう。ゴミより美女だ。しかも彼女は鞘を払っていない。


 鈍い音がした。

 ひとりの盗賊の肩に鞘ごとのロングソードがめりこんでいた。

 マヴァロンの馬力であった。彼女の本体は巨馬である。その力のいくらかはこの姿でも発揮できた。ファスナーの裏側の馬が力を貸しているのか。

 他のマヴァロン目当ての盗賊たちの動きが止まる。

「できれば誰も死なせたくなかったんだがな」

 鞘から剣を抜くマヴァロン。

 踏み込みながらロングソードを水平に薙ぎ払う。

 その延長線上にいた盗賊の皮鎧が、ロングソードの切っ先から離れていたはずなのに、切れた。その内側の肌に赤い線が入る。

 切っ先が届かないはずの距離を、紙一重皮膚を切る距離まで一足で縮めたのである。


 女目当てで頑張ろうと思っていた盗賊たちは後ずさりした。

 女もひゅんひゅん刀もまずい。


 かといってそのふたりの脇を抜けることもできない。


 ということで。

「これで勝ったと思うな!」

 盗賊団はあっさり撤退していった。

 賢明な判断だった。命あっての物種だ。


 村は守られた。自警団や有志の村人、誰も怪我人はなかった。

 喝采が上がる。

(これならキョウタがいても危険はなかったか)

とマヴァロンは思った。


      ※


 キョウタがこの世界に全裸で現れた河原のある川。そこに架かる橋の下でキョウタは息を潜めていた。

 戦いの音が自分の方へ近づいて来ないことにひとまず安心しつつ。

 たった数分で、村の緊張が解けているのがわかった。少し遅れて、村内放送で警戒解除がアナウンスされるのを聞いた。


      ※


「キョウタ。『消去法の結果 ルーザー 』として生きる決心はできたか?」

 マヴァロンの声だった。

 警戒警報解除から一時間半が経っていた。

 盗賊団から村を守った英雄だともみくちゃにされるのをかわして、彼女はキョウタを探していたのだ。

 橋の下でうずくまり、青い顔をしているキョウタはマヴァロンを見た。

「なんで俺ここで生きてるん?」長身の美少女を見上げるその目に涙があふれた。「なんで? 俺十七歳で死んで終わったんやんか。花色木綿の布団の中で死因もわからんと死んだやんか!」

「じゃあどうしたいんだ」

 マヴァロンの声には怒りも呆れもない。


「もう、死にたい」涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だった。「マヴァロン怒らへんし。俺情けないやんか。逃げるって言ったときもう一回止めてくれるんやないかって」

「もう一回止めたら戦ったのか?」

「逃げてた」

 あっさり言った。

「正直じゃないか。逃げることは間違いじゃない。怖れは命を永らえるためのものだ。恥じることはない。お前が『消去法の結果 ルーザー 』でも大丈夫だ。この村は比較的安全だからここで暮らそう。あんな襲撃は滅多にない」

「生きるってなに?」

 キョウタの根源的質問に、マヴァロンはしっかりと彼の目を見据えて言った。

「その答えは自分で探せ。人それぞれだ」

 とうとうキョウタは大声を上げて泣き始めた。

「うえぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「好きなだけ泣くがいい。落ち着いたら宿を探すぞ」

 キョウタは怖かった。

 戦って傷ついて痛いことも死ぬことも怖いし、そこから逃げ出すことの苦痛さえ怖かった。

 そして、マヴァロンがとんでもなく受け入れてくれていることも。その根拠がわからないことも。

「マヴァロン。なんでこんな俺に……」

「さあな。キョウタが勇者としてこの地に現れた。私はその仲間として戦うために以前から用意されていたものだ」

「なにそれ。俺の人間性とか関係ないやん。あの刀も神託で俺のとこに来たん? ルミルは俺に世界を救う勇者になれるって言うし。そんなん無理やん」


「アホか」

 橋の上から声がした。

 職業安定所職員で大天使のルミルである。職業安定所職員と大天使は別の役職である。『シヅテ村職業組合及び職業安定所』に大天使という役職はない。

 彼女の横に日本刀(が本体)を持つゴミ人間(は傀儡)も立っていた。

 ルミルは橋の下に降りてきて、泣いてるキョウタの側に立つ。

「あんたはえらい才能持っとるんや。楽勝で世界を救えるんやで。あんたが望んだことや。自分の希望に責任持たんかい」

「なんのことやねん。……あ」

 キョウタは思い出した。三途の河原での進路志望調査を。あれも『契約』だった。

「あんたの希望は『三人くらいの可愛い女の子とキャッキャウフフな生活をしながら、楽勝に悪を成敗する生活がしたい』っちゅう世の中舐め切ったもんや。それを叶えたる言うとるのにぐだぐだと」

「そやけど怖いもん」

「楽勝や言うてるやろ。さっきの盗賊団、この二人が圧倒して片付けよったんやぞ」

 『この二人』とは、マヴァロンと生きた刀リビングソード主体を携えた傀儡客体もキョウタのすぐ側に来ていた。

「まあしゃあないな。あんたの好きにしたらええ。あんたが自由に思う通り生きるためにお膳立てしたんや」

「なんで? なんで俺なん?」

「そら、運命っちゅうか、無作為やからな。あたしにもわからん。大天使あたしより遥か上の神の気まぐれはあるんかもな」


 日が傾いていた。薄暗かった橋の下に低くなった日差しが入る。

 うずくまるキョウタの足に陽光が当たる。


(お天道様は見てる、って言うわなぁ。だらだら生きてたんで罰当たったんや。えげつない方法で)

 夕陽を見ずにあけに染まる川面を見てキョウタは思う。

(勇気もない。優しい女の人もついてくれて、楽勝な勇者をさせてくれる言われても受け止められへん。

 これだけお膳立てされて逃げる自分にも耐えられへん。逃げる自分の情けなさも胸くそ悪い。逃げても許してくれる状況さえも怖い。このまま優しい地獄に生きてられへん)

「死んだ方がましや」

 つぶやいた。

「──よしわかった」

 マヴァロンが顎のファスナーを開けた。そこに手を突っ込んで自らの体を裏返す。

 巨馬となったマヴァロンは口でキョウタの襟首をくわえて、橋の下から出た。河原の、上に邪魔なものがない場所に。

 後ろ足で直立する。『強攻型アタックモード』である。

 開けっぱなしのファスナーに右前足を入れる。

「ふんぬぅ……」

 と一息で巨大な刀がファスナーから引き出された。右前足の蹄で引き出されたそれは、刃渡り五メートルあった。

 直立した巨馬の頭は上の橋の欄干を超えていた。その彼女の身長と変わらぬ刃渡りの刀を持つ姿はまさに“異世界”の風景であった。


「何するん?」

 呆然と見上げるキョウタに、

「冥土の土産に、私の最強の必殺技で楽にしてやろうと思ってな。痛みを感じる暇もなく死ねる」

 鞘を払い、振り上げる巨大な刀。


 それは太刀より巨大なため『斬馬刀』に似ていた。しかし「馬を斬る刀」ではない。

 『馬斬刀』。

 「馬が斬る刀」である。

 先ほど生きた刀《リビングソード》が言った業物がこれである。マヴァロンの巨躯を最大限生かすための豪刀である。


 キョウタは呆けた顔で馬斬刀の柄のあたりをぼんやり見ていた。

 耳の奥で小さな「壁膜バリアシールドっ」と言う声が聞こえた。少女の眠たげな声だった。

 幻聴だと思った。 


 ただ刀を振り下ろせばその重みのみで楽に死ねる。

 必殺技はあくまでマヴァロンからのはなむけだった。


「さらばだ!」

 振り下ろされる切っ先は音速を超える。

 これがマヴァロン最大の必殺技、

超馬力斬チョウバリキザン

である。


 が。

 なんということか、巨馬最大の必殺技はキョウタの脳天にはじかれた。

 マヴァロンは渾身の一撃の思わぬ反動で後ろにぶっ倒れた。


 まったく無傷のキョウタの頭は、『超馬力斬チョウバリキザン』を受けた瞬間から灰色の光を放っていた。

 正確にいうと、前髪の生え際ぐらいまでの頭頂部が、髪の毛も含めてクリアグレーに光っていた。


 その頭から、キョウタでない声がする。

「なんてことするのぉ!」

 少女の声。まだ幼いと思われる女の子の声が、頭の灰色からしていた。明らかにキョウタの口からではない。

 さっきの幻聴だと思った声だった。


 灰色は続ける。

「あたしはまだ生後数時間なの。乙女の命ははかないと言ってもカゲロウじゃないんだからっ」

 ちなみにカゲロウの幼虫期間は半年から一年ある。

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