ブレイブハート
「やめろ……やめて!」
種井がさけぶ。小さくなった体をゆすっても、その腕をつかんだ女子ははなそうとしない。
「あたしも、3年生のときにされたよ。あんたのお兄ちゃんに」
里中は、種井のスカートをつかんだまま離さない。
「なんでこんなことすると楽しいか、わかる?」
種井の顔は、はずかしがって赤くなってるわけじゃなかった。むしろ、血の気がひいて、日やけしているのに白く見えた。
里中は種井を見下ろしながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「いやがるより、いやがらせるほうが楽しいに決まってるでしょ」
そして、腕に力がこもって……
「……ダメだ!」
ぼくはフンイキにのまれてうごこうとしなかった体で、ムリヤリ手をのばした。
「ジャマしないで。わからせてあげてるの」
いらだった声。里中の目は大きくひろがって、怒りで顔がこわばっている。きっと、10分前のぼくも同じ顔をしていた。屋上で種井に怒りをぶつけていたときに。
「もうわかってるよ。もういいって」
「やられなきゃ、やられた気もちはわかんないよ」
里中の腕にさらに力がこもる。ぼくは必死にそれをおさえていた。
「わ、わたしはヘイキだから。もうやめて」
鳥羽さんは、今も座ったまま。里中の迫力に負けて、立ちあがることもできないみたいだ。
「それどころじゃない! いまは、もう!」
反対されることがさらに怒りに火をつけている。里中の髪はみだれてさかだっていた。
「ジャマしないで、ああ、もう……!」
里中がぼくに肩をぶつけて、体ごと押しやろうとしたとき……
「ちょっと、なにしてるの!」
ひときわおおきな声。教室の入り口から、早歩きの足音が近づいてくる。
その声をきいて、里中の腕の力がゆるんだ。おどろいて、こまったような顔。ふり返った視線のさきに……
「さ、沙織……」
「祐実、はなしなさい」
星田さんが、その手を種井のスカートからひきはなした。
ととのった眉を吊り上げて、種井の腕をつかんでいる女子たちをにらむ。彼女らも、ひるむように手を離した。
自由になった種井は……逃げ出すほど、余裕がないらしい。壁にもたれかかって、ずるずると床にへたりこんでしまった。
「いま、何をしようとしてたの?」
問いつめるような、するどい口調。
「ち、ちがう。わたしは、鳥羽さんがされたことをやりかえそうと……」
「鳥羽さんが、そうしてって言ったの?」
へたりこんで空中をみていた鳥羽さんが、声をかけられてあわてて首をふった。
ふたたび、星田さんの目が里中に向けられる。
「思い知らせてあげたかったの。二度としないように!」
「二度とさせないために、あなたが同じことをするの?」
きりりとした眉が、さらにつり上がる。里中が一度したを向いてから、大きく肩を上下させて息を吐いた。
「でも……」
唇をかんで、ほかの女子たちと目をあわせる。
「種井の妹なんだよ?」
そのうちのだれかが、ぽそりといった。星田さんは、目を閉じてゆっくり首をふった。
「今のは、聞かなかったことにしておくわ」
それで話はおわりだった。里中たちがうなだれている間に、星田さんはかがみこんで、種井の髪をなでた。
「こわかったでしょう。もうだいじょうぶよ」
みんなを緊張させるあの声とはちがう、やさしい言い方だ。こんな声、少なくともぼくは初めてきいた。たぶん、男子のまえでは、あまり見せないようにしてたんだと思う。
ようやく、教室のはりつめた空気がとけてきた。ぼくは、ジャマにならないように静かに、しゃがんだままの鳥羽さんに手を差し出して起こしてあげる。
「ううっ……!」
涙ぐむ種井。その肩を何度も撫でて、星井さんがなぐさめている。
「ご、ごめん。あたしたち、つい……」
「許してあげられるわよね?」
星田さんがじっと種井の顔を見つめてから、里中たちとむき合わせる。
くすん、と鼻をならしてから、種井はうなずいた。
(な、なんかフクザツ……)
とにかく、星田さんが解決してくれたみたいだけど。でも、みんなが種井ルミナちゃんだと思ってるのは種井本人なわけで。
(ま、まあ、とにかくよかった、って思おう)
うん。きっとそれがいちばんだ。
「あ、ありがとう、ほし……おねえちゃん」
種井が、星田さんの服をぎゅっとにぎっていた。
「えっ……」
まさか種井が、人にお礼を言うなんて。ぼくのぎょっとした表情をみて、鳥羽さんがフシギそうに首をかしげた。
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
首をふってごまかしておく。
「ううん。もうだいじょうぶ? 自分の名前、言えるかしら?」
「た、種井……」
星田さんに髪をなでられて、涙ぐんだ目元をぬぐって。
「種井ルミナ」
じっと、種井が星田さんを見つめていた。なんだか、さっきまでとぜんぜんフンイキがちがう。ようやく、自分がやってきたことに気づいてすこしは反省したんだろうか?
「ルミナちゃんね。私は、星田沙織。こっちのおねえちゃんは……」
「里中祐実」
星田さんにつづいて、里中がきまりわるそうに言う。
種井は里中におびえたように、星田さんの腰に抱きついた。
「あっ!」
おもわず、声が出てしまった。
「多加良くん?」
おどろいた顔の鳥羽さん。しまった。
「なにか、きになる?」
星田さんもあやしむみたいにぼくにきいてくる。
(まさか、いまきみに抱きついてるのは種井だよっていうわけにもいかないし……)
どうしよう、と、ぼくがこたえに詰まっていたとき。
「おまたせーっ!」
いきおい良く、マシュマロさんが教室の中に飛びこんできた。
みんなの視線が集中して、くり色の髪の女の子は、不思議そうにあたりを見まわした。
「……なんか、タイミングわるかった?」
🌂
「えーっと……わたしがいないあいだに、いろいろフクザツなことがあった?」
青い目を、ぱちぱちまばたきさせているマシュマロさん。そのすがたをみて、星田さんが「ふふっ」とふきだした。
「なんでもないわよ。もう、なんでもない」
「そんな感じには見えないけど……」
うーん? と大きく首をひねるマシュマロさん。
「ふ……ははっ」
おもわず、ぼくも笑ってしまった。ここのところ、いつも彼女にふり回されてばかりだったから、こまっているところがやけにおかしかった。
「あー、ひどいよ。勇生くんまで」
「ごめん、ごめん。それより、早くこの子をつれて帰らないと」
「つれて……?」
きょとん、と目を丸くするマシュマロさん。しまった。種井の妹ってことになってるとか、種井が屋上で待ってることになってるとか、なにも知らないんだった。
(とにかく、話をあわせて!)
って、目でアピール。
「あ、ああ、そうね! うんうん!」
どれだけ伝わったかわからないけど。マシュマロさんはぽんっと手を打って、種井のほうに手を差し出した。
「ほら、行きましょ。みんなに遊んでもらってたの?」
「うっ……」
里中がうめいた。たしかに、彼女らがどんなふうに「遊んで」いたかを考えると、うしろめたい気分になるのもしかたない。
「でも……」
種井は、マシュマロさんと星田さんを交互に見上げる。まるで、何かを迷ってるみたいに。
「気にしないで。お兄さんのところに行かなきゃ」
と、星田さんがその背中に手を添えた。
「う、うん。……ありがとう」
それに押されて、種井は何かを決心したみたいに、マシュマロさんの手をとる。
「どういたしまして」
笑顔で見おくる星田さん。ばつがわるそうに、里中も手をふっていた。
「ねえ、何があったの?」
歩きだすマシュマロさんが、ぼくにきいてきた。
「ちょっと説明するには時間がかかりそう」
つかれて、頭があまりまわってなかった。
とにかく、これでようやく、ぼくたち3人は屋上にもどることになったのだった。
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