私の中のもうひとりの私
雲のあいだから太陽が顔を出して、屋上はほんのりあたたかくなっていた。
「女の子になってみて、どうだった?」
両手をうしろにまわして、マシュマロさんが楽しそうにきく。
種井はまだちいさな女の子の姿のままだ。ばつがわるそうに下をむいている。いままで自分がしてきたことをされて、さすがにショックが大きいらしい。
「こうなるって思ってたの?」
種井がなにもこたえないから、代わりに気になったことをきいてみる。
「うーん、
口元に指をあてて、マシュマロさんが種井をちらっとみる。かんがえてた以上におちこんでいる様子をみて、さすがに、彼女も反省してるみたいだ。
「勇生くんがいつものおかえし、するかなっておもったんだけど……祐実ちゃんのほうが、もっと怒ってたみたい」
「そりゃ、まあ……」
いままで、星田さんが代わりに種井に文句をいっていたから、みんななんとかおさえていたんだ。なにかきっかけがあれば、復しゅうしたくなるのも、気もちはよくわかる。
ってことは、星田さんは彼女たちだけじゃなくて、種井のことも守ってたってことになる。種井や、星田さん自身にそのつもりがあったのかはわからないけど。
「でも、すなおについてきてくれてよかったよ。魔法のこと、みんなにバラそうとおもってたみたいだから」
種井がおとなしく屋上までついてきてくれたから、その心配はなくなった。
「あれで、もとにもどったらおれのほうがカッコわるいだろ」
ななめ下をみながら、種井がつぶやくみたいに言った。たしかに、そりゃそうだ。
けど、すぐに顔を上げる。マシュマロさんにたいして、強気に胸を張った。
「でも、だまっててやったんだから、おれにおかえししろよ」
「おかえしって、そもそも自分のふだんの行いのせいでしょ」
あんな目にあっても、まだくじけてないらしい。ある意味、ソンケーするよ。
「なにか、わたしにしてほしいことがあるの?」
いっぽうで、魔法使いは楽しげに聞き返した。種井がなにか、彼女に求めてるとおもったんだろう。
「とりあえず、元にもどせよ。おちつかないから」
「いまのほうがかわいいのに」
「おまえが勝手に変えたんだろ」
「ジョーダンだってば。ほらっ!」
マシュマロさんがカサをひとふりすると、また光と煙が種井の体をつつむ。煙がはれると、女の子の種井ルミナちゃんの姿から、元の種井成美にもどっていた。
「ったく、人のメイワクかんがえろよな」
元にもどるなり、腕を組んでマシュマロさんをみおろす。たった30分みなかっただけなのに、なんだかなつかしい気分だ。
「それ、種井くんがいう?」
ふん、と種井が鼻をならした。いつものしぐさだけど、いまでは元の姿にもあんまり迫力が感じられない。
「ナントカって道具で、さっきのこと、夢にするつもりなんだろ?」
「ほんとうは、しないほうがいいんだけど。だって、種井くんも反省してるみたいだし。ちゃんと覚えてくれてるほうがいいもん」
「じゃあ、やらなくていいぜ」
いつもの調子だけど、どことなく乱暴さがへっているような気がする。マシュマロさんが怒ったら里中以上にこわいってこと、身をもってわかったからだろう。
「魔法のこと、だまっててやるよ」
にやり、と笑う。
「ほんとうに? もしだれかに言ったりしたら、また女の子にするよ?」
おどかすような口調のマシュマロさん。でも、それをきいて、種井はいごこちわるそうに体をゆすった。
「それなんだけどさ、ものは相談なんだけど……」
日やけしたこめかみをツメでかきながら、言いにくそうにマシュマロさんを見る。
「だまっててほしかったら、たまに、あれ、やってくれよ」
「えっ」
おもわず、横で聞いていて声が出てしまった。
「多加良には言ってねえから、だまって聞いてろ!」
イカクするように種井がいう。でも、さすがにそれにおじけづくわけがない。
「また、魔法で女の子にしてほしいってこと?」
マシュマロさんも、意外そうに目を丸くしている。種井は、「まあな」と言って、目をそらしながらうなずいた。
「また星田さんに抱きつくために?」
中身が種井だとわかってる女の子が、同級生に甘えるところを見せられてたんだ。ぼくだけがそれを知ってるのに、きまずいったらない。
「うるさい。あれはエンギだ、エンギ!」
種井が小型犬みたいにくりかえして、ぶすっとしたままマシュマロさんに向きなおる。
「男のままだと、ふつうにしゃべることもできねえし、だから……」
「沙織ちゃんさんのこと、好きになった?」
あっさり、マシュマロさんが聞き返した。
「ばっ、そういうことじゃないけど、せっかくだからだよ!」
今度は顔を赤くしている。種井が照れるところなんか、はじめて見た。
(でも、そっか、なるほど……)
女子に守られるなんて、今まで考えたこともなかっただろう。いつもの自分とちがう体、ちがう立場になってみて、それをケイケンしてみたら、思った以上に種井にとって
「種井くんが本気なら、いいよ。かんがえてあげる」
「そ、そうか」
「ただし!」
ぴしっ、とマシュマロさんが指をたてる。
「なんだよ」
たじろぐ種井に、青い目の片方をつぶってみせた。
「もう、ほかの人の『好き』をバカにしないこと」
体がおおきい種井が、すっかり押されている。「むぐぅ……」と、のどをならして、日やけした顔に、反省の色を浮かべた。
「わるかったよ」
「よろしい!」
マシュマロさんが、にっこり笑っていた。クラスでいちばんエバっていた種井に頭をさげさせている。しかも、ムリヤリじゃなく、種井のほうからあやまったんだ。
もちろん、魔法のチカラでもあるんだろうけど。それ以上に、きっと彼女の気もちがつたわったんだとおもう。
☂
種井はなんども「約束だからな」とくり返していた。ぼくにも、「絶対人にいうなよ」と念を押すくらいだ。
「マシュマロさんの魔法のことは、ヒミツにするって約束してるから」
そう言って、納得させた。二人だけのヒミツじゃなくなってしまったのはちょっとさびしいけど、とにかく、種井が人にしゃべってしまう心配はなさそうだ。
種井が教室にもどったあと、ぼくたちはまた、屋上でふたりきりになっていた。マシュマロさんがいない間のことをかんたんにはなしておく。
いろいろと、みんなの恥ずかしいところに触れてしまうのもわるいから、かなりはしょった説明だったけど、とりあえずわかってくれたようだ。
「今回は、勇生くんにメイワクかけちゃった」
「気にしなくていいよ。ぼくも、いいケイケンになったし」
みじかい時間だったけど、種井や里中の知らなかったことにきづくことができた。もちろん、ぼく自身のことも。
(それに、メイワクっていうなら、今回だけにかぎったことじゃないし)
とも思ったけど、それは胸にしまっておく。
「やっぱり、勇生くんがいてくれてよかった。私だけじゃ、うまくいかなかったと思う」
「星田さんのおかげだよ」
「沙織ちゃんもすごいけど。同じくらい、勇生くんもすごいよ」
じっと青い目がぼくを見つめている。この目で言われると、なんでも信じてしまいそうだ。
「これからも、よろしくね」
ふつうとちょっとズレた、魔法使いの女の子。彼女といっしょにいたら、たぶん、これからもいろんなメイワクがぼくにふりかかってくるとおもう。
でも、こんなに楽しいこと、ほかにない。
だから、ぼくはその目を見つめかえした。
きっと、この青い目には、ぼくが見てるよりずっと明るくて、きれいな景色が見えてるんだ。
「うん。よろしくね、マシュマロさん」
ぼくも、その景色が見てみたい。だから、しっかりうなずいた。
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