シンデレラボーイ

「友だちどうしならいいかもしれないけど、知らない人にあんなことするの、ひどいんだよ」

 鳥羽さんはしずかに、でもしっかりとした口調で種井に言いきかせていた。

 きっと、図書室で遊ぶ下級生を注意するときにはこんな風にはなすんだろう。ぼくは、彼女のそんなところを見たことがなかったから、すこしおどろいていた。

「べ、べつにいいだろ。ちょっとふざけただけだよ」

 種井も、きっと同じように思ってるはずだ。ましてや、自分がそうやって注意されるなんて、考えたこともないだろう。


「ふざけてやっていいことと悪いことがあるんだよ」

 こんどは里中が鳥羽さんのよこから言った。当人である鳥羽さんよりも、さらに強い口調だ。

「けがしたわけじゃないし、いいだろ!」

 種井としては、いつものようにあしらっているつもりだったのかもしれない。でも、今日は明らかに分が悪かった。


「よくない。すっごく恥ずかしいことなんだよ」

 じっと、鳥羽さんの目が種井にそそがれている。女の子の姿になった種井は、それを見かえすことができずに、下をむいていた。

「種井の妹だから、いつも女子のスカートめくって遊んでるんじゃないか?」

 男子が冷やかす。鳥羽さんの顔がかっと赤くなるのがわかった。その話をきかれただけでも恥ずかしいぐらいなんだ。


(いまは、やめといたほうがいいよ)

 って、視線で伝えておく。

 男子グループは肩をすくめて元の遊びにもどった。あとは女子とぼくのあいだで解決してくれ、っていうつもりなんだろう。種井がいるときとは、ぜんぜん態度がちがう。


「あのね、まだわかんないかもしれないけど、男子が見てるところでそういうことされたら、ほんとうにキズつくんだよ」

 里中がまずいうと、彼女と話しこんでいた女子のグループがうんうんとうなずく。

「ふざけてするなんてヘンだよ」

「お兄ちゃんのマネしたんでしょ?」

 気づいたら、種井は女子にかこまれている。さっきはかばってもらってたのに、こんどは彼女たちからめられていた。


 いつもなら、女子を押しのけて男子グループに混じっていくんだろうけど。でも、今は逃げ場所もない。鳥羽さんひとりも押しのけられない。

 みるみる、種井が不安そうに目をおよがせるのがわかった。

「お、追いかけられて、しかたなく……」

 弱弱しい声。「別にいいだろ」って言いつづけても許してもらえないとわかったんだ。

 マシュマロさんの魔法は、まだきいている。でも、いつまで続くかわからない。始業式の日に使った魔法は、30分ぐらいで切れるって言ってたはずだ。

 種井が魔法で女の子になってからどれぐらい時間がたっているか、正確にはわからないけど、もう20分近い。

(そろそろ、止めたほうがいいけど……)

 でも、女子たちの中に割りこんで連れだしにくいフンイキだ。もうすこし、だまって見守ったほうがいい。いかりがおさまったら、すぐにつれかえればいい。


「追いかけられてたのも、どうせ自分のせいでしょ」

「てゆーか、種井がおしつけたから?」

「言えてる」

 里中たちの声が、ますますトゲトゲしくなっていく。話しているうちに種井へのふだんのウラミを思い出してきたのかもしれない。それを、妹にぶつけてるんだ。……ほんとうは本人だけど。


(でもそれって、種井がいつもやってることだよね)

 イヤなことがあってイライラしてたら、ちょっとぶつかっただけで大声でどなったり、誰かのイスを蹴ったり。イライラの原因とは関係ないひとに当たりちらすのは得意技って言ってもいいくらいだ。

「自分がされたら、イヤでしょ? だから、ほかの人にもしちゃダメだよ」

 その中で、鳥羽さんだけは話を終わらせようとしている。たぶん、周りのフンイキが怖くなってきたからだろう。


「ほっといてくれよ、もういいだろ」

 それなのに、種井はまだすねた態度をかえない。いままで、こんな状況をケイケンしたことがなかったから、どうしていいかわからないんだ。

「よくないでしょ。ちゃんとあやまんなきゃ」

「ほら、いつまで座ってんの」

 里中が種井の腕をつかんだ。ぐ、っと上に引っぱって立ちあがらせる。

「いてっ!」

「そういうフリ、いまはいいから」

 女子たちの声はどんどん冷たくなっていく。ちょっとやそっとじゃ収まりそうにない。


「も、もういいよ。はなしてあげて」

 無理やり立たされる姿を見て、鳥羽さんがあわててみんなを止めようとする。

「そうそう。ほら、ぼくから言っとくから……」

「こいつ、絶対反省しないよ」

 里中が、種井の細い腕をゆすった。

「二度としないって約束できるよね?」

 ぼくは、鳥羽さんとちがってその姿がかわいそうっていうより、はやく連れて帰りたい一心だ。


「約束するから、はなせよ!」

「なんなの、その態度!」

 里中の怒りがピークにたっした。大声で叫んだあと、壁にむかって種井を突きとばす。「あい、って……!」

 壁に背中を打ちつけて、苦しそうに顔をゆがめた。いつものおおきくて頑丈な体なら、大したことないだろうけど。細い体が強く壁にぶつかったのだ。


「マリ、押さえてて」

 隣の女子がうなずく。里中がなにをしようとしているのか、彼女にはわかったらしい。

「は、はなせって。おい、助けてくれよ!」

 腕をつかまれて、種井が女子の声で必死にさけぶ。たすけをもとめるさきは、里中でもぼくでもない。教室の反対側にいる男子たちだ。種井からしたら友達なんだけど……

 ボール遊びの手を止めた男子は、いちど種井のほうを見てから、ふっと顔を下にむけた。

 友だちの妹といっても、女子たちの逆鱗げきりんにふれてまで助けるつもりはないらしい。


「も、もういいよ。里中さん」

 鳥羽さんが止めようとするけど、里中は首をふった。

「本人にわからせてあげるよ」

 そして、ショートの髪をかきあげて種井を見おろした。

「男子もいるしね」

 ぼくと、うしろの男子のほうをみて、「フン」って笑った。

 その手が、無造作むぞうさに種井のスカートをつかんだ。


「うわ、やめろって!」

 あばれようとする種井。でも、いまは両腕をつかまれて逃げることもできない。

 さっきは、自分からめくってぼくに見せようとしたくせに……なんて、言ってる場合じゃない。自分でやるのと、ムリヤリされるのでは別に決まってる。

「や、やりすぎだって。もういいでしょ」

「多加良はだまってて」

 ぴしゃりと、いって、ぼくをにらむ。朝は星田さんの後ろにいたとは思えないぐらいに、里中は怒りをたぎらせていた。たぶん、それはほとんどみんなが種井に対していだいている怒りだ。男子たちも、止めようとしないんだから。


「人にするのはよくて、自分がされるのはイヤ?」

 種井にむきなおって、里中がスカートをにぎる手に力をこめる。

 鳥羽さんは何も言えなくなっていた。自分がはじめたことだという責任を感じているのかもしれない。

「も、もう、やめ……」

 種井の声がふるえていた。きゅっと目をとじている。里中を明らかにこわがっていた。

「鳥羽さんの気もちがわかった?」


 種井が目を開けて、何度もうなずく。その目もとがうるんで、いまにも涙があふれそうになっていた。

「わかった。わかったから……」

 必死にうったえる彼に、里中はにっこりと笑みをむけた。

(そっか。気もちをわからせたかったんだ)

 種井だけじゃなく、ぼくも安心して息をついた。

 でも、里中はこういった。


「イヤがってもやめてくれないときの気もちも、教えてあげる」

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