それでもボクはやってない

「誰かたすけてくれ!」

 とつぜん、教室に飛び込んできた下級生の女子(本当は種井だけど、そうとしか見えない)。女子は昨日テレビで見た芸能人についてのおしゃべりをやめて、ボールをぶつけあっていた男子も、ふざけあっていた顔がびっくりしたものにかわる。

 そんななかに、息をあらくしている僕がはいってきたものだから、状況はヒジョーにまずいことになっていた。


「なに、どういうこと?」

 教室の隅にいた女子が、驚いて目を丸くしている。

「多加良、何かしたのか?」

 男子のひとりが、不思議そうにぼくを見る。

 ぼくは、呼吸を整えながら、どう説明すべきかをかんがえていた。

(種井を屋上につれもどさないと。でも、魔法のことは話せないし、どうにかみんなを納得させなきゃ)


 でも、種井のほうがぼくよりもはやかった。

「いきなり、たたかれた!」

 ぼくのことを指さして、教室の奥へ逃げこみながらさけぶ。

「それ、ほんと?」

 ちいさな女の子をかばって立ちはだかりながら、女子の一人、里中さとなかがぼくをにらむ。数人の女子が、種井をかこむように動いていた。さすがに、下級生をいじめるようなことは見すごせない。そりゃそうだ。


「ちがう、そんなことしてない」

 首をふってから、言いわけを必死に考える。

「マジックを見せようとおもったんだ。それで、おどろかしちゃって」

 うん。これなら、ありえそうな話だよね。両手を広げて、平和的にはなそうってアピール。

「ほんとうに? でも、こんなにこわがってる」

 里中が肩ごしにうしろをふりかえる。わざとらしく頭をかかえて顔をかくしている種井は、確かにみようによってはこわがってるようにも見える。


「本当だよ。それ以外はなんにもしてない」

「そうだよ、多加良はそんなことしないって」

 よこから、ボールで遊んでいた男子が言った。いつもは種井と一緒にあそんでいるグループのひとりだ。

「わかんないよ。誰も見てないんだから」

「だったら、そいつがウソついてるかもしれないだろ」

 男子が種井のほうをゆびさした。


(なんか、まずい流れになってるような……)

 走ったせいで乱れた呼吸がまだおちつかない。でも、はじまってしまった口論はぼくをおいて熱くなり始めていた。

「はぁ? そんなことしてこの子になんのトクがあるのよ」

 種井のほうも、疲れて座りこんでいる。まわりの女子が、肩をたたいてあげているようだ。

「そいつが誰かわかんないのになんでかばうんだよ」

「女の子の方が弱いんだから当たり前でしょ」


「ちょ、ちょっと、おちついて」

「多加良くん、ちゃんとあやまったほうがいいよ」

 里中がじっとぼくのほうを見ている。まるで、いつも星田さんがしてるみたいに。

「多加良は悪くないって」

 男子たちがぼくの背中側にあつままっている。これじゃ、まるで種井みたいだ。

(なんですぐに男子と女子のモンダイにするのさ……)

 あきれそうになりながら、ぼくは頭を必死に回転させていた。誤解を解きたいけど、ぐずぐずしてたら種井にかかった魔法がとけてしまう。種井はぼくにあやまらせたいわけじゃない。ただ時間をかせいでるだけだ。


「そうだ、たたいたことあやまって!」

 種井はだんだん元気をとりもどしてきたらしい。かん高い女の子の声でぼくをせめる。いつもは男子を引き連れて女子とケンカしてるくせに、いまは女子のうしろにかくれている。いつもとちがう状況を、ニヤニヤしながらながめていた。

「大丈夫? 何年生?」

「えっ……」

 女子のひとりにきかれて、種井が言葉につまる。そのとき、ふとひらめいた。

「びっくりさせたのはあやまるよ。ごめん、種井ルミナちゃん」


 その名前をきいて、里中の顔がひきつるのがわかった。

「えっ、じゃあ、種井の妹?」

 ざわつき。さっきまで「かわいそう」という目をしていた女子も、とつぜん不審そうに種井(の、妹だと彼女たちは思っている)をふり返った。

「は、はぁ?」

 どういうつもりなのかわかっていないのだろう。種井がとまどっているようにまわりを見まわした。


「そう。マシュマロさんと種井が話してるあいだ、あいてしてくれっていわれて」

 マシュマロさんが大声で言ってくれたおかげで、種井が屋上に呼びさだれたことはみんな知っている。これなら、話がつながってるぞ。

「そ、そっか……」

 ぼくと向かいあうように立っていた里中が、どんどん敵意をしぼませていく。

「な、なに?」

 まわりの女子が、そっと手を引いてキョリを開けていく。その真ん中にいた種井本人だけが、驚いていた。


 ぼくだって、女子の友だちが多いわけじゃない。ぼくと下級生の女の子の言い分なら、女の子のほうをかばおうと思うのが自然だろう。ぼくだって、ほかの男子が下級生をいじめてたかも、って状況なら、下級生をかばうと思う。

 でも、その子が種井の妹だってわかったら? 種井のいつもの行動からして、妹もウソをつくかも、ってみんなそう感じたのだ。


「種井に妹なんていたっけ?」

 ぼくの後ろで、男子がつぶやいた。

「いや……聞いたことないけど」

「でも、よく見たら似てるぜ」

 クラスじゅうの視線が、種井に集まる。みんなが「似てる」と思ったはずだ。

 当たり前だ、ほんとうは、魔法で女の子になった種井本人なんだから。


「まあ……大変だったな、多加良」

 ぽん、と背中をたたかれた。だれも、友だちの妹だからってかばおうとはしない。

 クラスの空気が急に冷えこんで、「さっさと連れていってくれ」というムードにかわるのがわかった。

「ま、待って、本当にたたかれたんだって」

 そういい続ける種井を見る目もつめたい。里中がぼくの前からどいてくれた。


「ほら、もう行こう」

「い、いやだ、やめろ」

 ぼくから逃げようとするけど、さっきとちがって逃げ回ってもムダだ。いまなら、クラスのみんなが手伝ってくれるはずだから。

 ぼくは胸をなでおろした。もう一回つかまえれば、あとはちからずくで屋上まで連れていけばいい。

 と、思ってたんだけど。

 ここでまた、ぼくが予想してなかったことが起きた。



 🌂



「えっと……も、もういいかな?」

 教室の入り口から、ひかえめな声がかけられた。太目の眉と三つ編みにした髪。鳥羽さんだ。

「鳥羽さん、もうだいじょうぶ?」

「うん……お、落ち着いたとおもう」

 すっかり興味をなくした男子たちがボール遊びにもどる横を通って、ぼくのほうまでやってくる。


「ほんとうに見えてないよね?」

「み、見えてないって。ぜったい」

 目をとじたうえに横をむいていたから、ぼくは見ていない。種井は、めくった当人だからみたんだろうけど。そう思うと、もうちょっと痛い目を見た方がいいような気もする。

 鳥羽さんはこくんとうなずいてから、床にへたりこんでいる種井の前にかがみこんだ。

「どうしてあんなこと、したの?」

 いつもどおり、静かな話しかただけど、いつもとすこしちがっていた。あきらかに鳥羽さんは怒っている。

「それは……」

 種井も、女子のスカートをめくって、おこられたことは何度もあるとおもう。でも、こんなふうにつめよられるのははじめてだろう。ましてや、女子のなかでも気のよわいほうの相手が反撃してくるなんて、いつもなら考えもしなかっただろう。

 鳥羽さんだって、体のおおきな種井にされたのなら、たぶんこわくて何も言えなくなっていただけだ。代わりに、星田さんがおこるだろうけど……でも、とにかく、いまは違っていた。小柄な鳥羽さんより、もっと小さな体になっているのだ。


「なになに、何かあったの?」

 種井が答えられなくなっている間に、好奇心旺盛おうせいな里中がぼくにきいてくる。切り替えが早いなあ。

「さっき廊下でおいかけてきたときに、種井……ルミナちゃんが、鳥羽さんの、スカートを……その」

 言いよどむけど、里中は言いたいことをさっしてくれたらしい。

 鳥羽さんと、種井のほうをみて……

「サイテー」

 って、一言いった。聞いたことがないくらい、つめたい声だった。

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