キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

 ぽかんとした顔で、種井がぼくを見あげていた。

 ムリもない。ついさっきまで、つめよって、いじめてきた相手がいきなりあやまってきたんだから。

「な、なんだよ、いきなり……」

「ごめん。ひどいことしてた」

 いつもやられてることだからって、やりかえして思い知らせてやるなんて、考えるべきじゃなかった。

 マシュマロさんのためだからって、無理やりしたがわせて、ほんとうの気もちとちがうことを言わせるなんて、サイテーだ。


 種井にされて、今まであんなにイヤだと思ってたのに、自分のほうがつよくなったらすぐに同じことをするなんて。

 こんなことをするぼくを、マシュマロさんは好きって言ってくれるだろうか? ううん、そんなはずない。

『なんどもたすけてくれたから』

 って、そう言ってくれたんだ。なのに、人をたすけるどころか、イジワルしてよろこんでたなんて!

 はずかしくて、涙があふれそうになる。ぎゅっと目をとじてこらえようとしていた。


「な、なんでいきなり泣くんだよ?」

 種井は、わけがわからない、って本気で思ってそうだ。

 そりゃそうだ。ぼくがなにをかんがえてても、言ってないことがつたわるわけがない。

「と、とにかくごめん。いまのは、ぼくがわるかった」

「気もちわるいやつだな……」

 ひょうしぬけしたみたいに、種井がたちあがる。みじかい時間にいろんなことがありすぎて、おたがいに混乱しそうだ。


 ぼくは目もとをぬぐって、あつくなった頭を冷ましてから、彼(彼女っていうべきなのかな?)にむきなおった。


「とにかく、説明するよ」



 🌂



 ぼくは、かいつまんで事情を話した。あとで夢になるからって、いま混乱している種井をそのままにしておくのも悪い。

 それに、説明して話をきかせたほうがおとなしくしてくれそうだし。

「それじゃ、小練が魔法使いだって?」

 屋上のはしの柵にもたれかかって、スカート姿の種井がいう。10分ぐらいで、この姿も見なれてきた気がする。

 マシュマロさんのことを苗字でよんだのは、さっきのでちょっとだけこりたのかもしれない。


「さっきの、みたでしょ。空を飛んだり……」

 種井のほうに視線をむける。自分じしんの体で、いちばん感じているはずだ。

「で、みんなにはかくしてるわけだ」

「ほんものの魔法使いだってわかったら、大さわぎになるからって。バレたら、マシュマロさんがおかあさんに怒られるみたい」

「ふうん……」

 柵から背中をはなして、種井がぼくとむかいあった。


「なあ、多加良。なんていうかさ……」

 いいにくそうに、スカートのすそをおさえている。下をむいて、反省するか、それとも恥ずかしがるか……そんな態度だ。

「おれ、勝手だったよな。それに、乱暴だし」

「い、いいよ。そんな」

 あやまるつもりなら、いまぼくにだけあやまってもしかたない。マシュマロさんに魔法を解いてもらって、それから星田さんやみんなに、今までのことをあやまってもらわないと。

 ……なんて考えたぼくが、あさはかだった。


「おわびに、いいものみせてやるよ」

 種井は、にやりと笑っていた。いつもの、ひとにイジワルするときの、あの顔だ。

「いいもの?」

「ほらっ!」

 と、いうなり、種田は自分のスカートをおもいきりまくりあげた。


「ちょ、うわっ!」

 いくらなかみが男子でも、女の子の体で、女の子の服を着ている。その中を見るわけにはいかない。ぼくは体ごと背中を向けて目をそらした。

「い、イタズラならやめてよ。笑えないって!」

 いつマシュマロさんがもどってくるかわからないんだ。こんなとこ見られたらどう思われるか!


「もうなおした? からかわないでよ……」

 反射的に目をとじて背中をむけたから、さいわいスカートのなかは見えなかった。自分のことながら、たいした反射神経だって褒めてあげたい。

 ……でも、なぜか種井からの返事がない。代わりに……

 バタン。

 と、屋上のドアが閉まる音が聞こえた。

「……しまった!」

 ふり返った。種井の姿は屋上から消えている。

 種井のねらいにきづいて、背すじがぞっと冷たくなった。


 マシュマロさんが戻ってくるまえに、みんなのところにもどって言いふらす気だ。

 もちろん、いきなり言っても信じてもらえないかもしれないけど、魔法が解けるところを見られたりしたら?

 つかまえておくように言われてたのに。ぼくのせいでマシュマロさんをひどい目にあわせるわけにはいかない。

 ぼくは夢中で走り出した。



 🌂



 ドアを開ける。階段をかけ下りる足音が聞こえた。屋上への階段はせまいから、音がよくひびくのだ。ということは、まだそれほど離されてない。

 急いで階段を走りおりていく。5年生の教室は3階。種井が1組の、つまりぼくらの教室をめざしてるとしたら、階段をおりたらすぐ廊下を走ることになる。それなら、追いつけそうだ。

 手すりをつかんで前かがみになりながらおどり場を曲がる。いちばん下の段にたどり着いたばかりの種井の姿がみえた。


(いつもより体が小さいから、うまく走れないんだ)

 しめた、と思った。やっぱり、体力も2年生の女子と同じぐらいになってるんだ。

「待て……!」

 といっても、ぼくが5年生の男子としてじゅうぶんな体力があるわけじゃない。どっちかというと、運動はニガテなほうだ。それでも、ふだん使わない脚力を全開にして、種井を追いかける。


 階段をおりきって、廊下を曲がったとき……

「きゃ、っ!」

 廊下に飛びだしていった種井が、誰かにぶつかりかけていた。

「あぶねーな!」

 種井は、その横をすり抜けていった。ふだんから廊下を走ってばかりだから、人をよけるのが得意なんだろう。ろくな特技じゃない。


 一方、ぶつかりそうになった相手のほうは急に足を止めたせいでつんのめりかけているのがわかった。しかも両手で荷物を抱えている。もし転んだら、ひどいけがをしてしまうかも。

 やむをえず、ぼくはそっちにかけよって、転びかける直前の体を受け止めた。

「だ……だいじょうぶ?」

 あやうく、ぼくまで転びそうになったけど。なんとか、片手を壁についてささえる。ギリギリでふみとどまることができた。


「あ、ありがとう。でも……」

 そのとき、ようやくその相手がだれかってことにきづいた。

 星田さんだ。両手でかかえた荷物は、たぶん先生にいわれて職員室に運ぶところだったんだろう。

「下級生をおいかけるのはよくないわよ」

 目が冷たい。あきらかに、ぼくがおいかけてるせいでぶつかりそうになったんだと思ってそうだ。


「これには、事情があって……」

「どんな事情でも、よくないことはよくないわ」

 うう。ずしんと胸にささる言葉をもらってしまった。さっきのこともあるからなおさらだ。

「ご、ごめん、急ぐから」

 今は反省してる場合じゃない。星田さんをささえてる手をはなして、種井を追ってまた走る。

「廊下を走らない!」

 ほんとう、星田さんの言うとおりだと思います。


「はぁ、はぁ……っ」

 息があがってくる。階段を一気にかけおりて、星田さんがころぶのを止めて、かなり疲れている。

 でも、それは種井も同じらしい。ぼくのすこしまえで、ふらふら歩いているのがみえた。2年生の体力が、思ったよりも続かなかったんだろう。

 そして、そのむこうにまた別の女子の姿。鳥羽さんだ。図書室から教室に戻る途中だろうか。

 やさしい鳥羽さんが、苦しそうに歩いている下級生にしか見えない種井を見すごすわけがなかった。


「どうしたの、大丈夫?」

「と、鳥羽さん、その子……」

 なんとか伝えたいけど、ぼくも息があがってうまく言えない。

「多加良くん?」

 なぜか疲労こんぱいのふたりに、鳥羽さんが不思議そうに太めのマユを寄せたとき……

「それっ!」

 種井が、こんどは鳥羽さんのスカートをめくりあげる。

「えっ?」

「わっ……!」

 さっきよりも動きがゆっくりだったから、先に目をそらすことができた。って、足を止めてる時点で、引っかかってるんだけど。

「……わわっ!」

 いっしゅん遅れて、鳥羽さんが悲鳴をあげるのがわかった。


「ワンパターンなやつ……!」

 同じ手に二度も引っかかってるぼくもぼくなんだけど。

 うっすら目を開けると、スカートをおさえている鳥羽さんと目があった。顔が真っ赤になっている。

「み、見てないから」

「ウソだ、見てた!」

 よけいなことをさけぶ種井が、また走り出していた。もう、教室は目のまえだ。


「多加良くん……あぅ……」

 怒ってるのと、恥ずかしがってるのとが混じった顔。鳥羽さんには、そうとうショックだったみたいだ。

「ご、ごめん。あとで説明するから」

 そう、なだめているうちに……

 種井は、5年1組の教室へ飛び込んでいた。

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