宝島
「えっと……」
ぼくたちは部屋の中で向かい合っていた。
何かしゃべろうと思うけど、うまく言葉がでてこない。さっきまではマシュマロさんがいて、彼女が話をひっぱってたからだ。ぼくと鳥羽さんは直接はなしたこともあまりない。
「あぅ……」
でも、下を向いてしまう鳥羽さんをみると、ぼくがしっかりしなきゃ、って思う。男子としゃべるのがニガテって言ってたし。
「ねえ、鳥羽さん。本、読むの、好きなんだよね?」
うん。こういう時は、相手の好きなものをきくのがいちばんだよね。
「う、うん……」
こくん、とうなずく鳥羽さん。よしよし、やっぱり好きなもののほうが話しやすいかな。
(って、なんか、マシュマロさんみたいだな)
始業式のあとでマシュマロさんに話しかけられたときのことを思いだしながら、次の質問を考えてみた。
「さいきん、どんな本読んでるの?」
いきなり、「いちばん好きな本」なんてきかれても困るだろうし。こっちのほうがこたえやすいかなってことをきいてみた。
そしたら、鳥羽さんは少し顔を赤くしながら、
「えっと……こ、これ」
そういって、ランドセルの中から一冊の本を取り出した。口で説明するより、見せたほうがはやい、と思ったんだろう。
鳥羽さんが両手でさし出した本には、シンプルなタイトルが書かれていた。「宝島」って。
「海賊の話?」
表紙のフンイキからそんな気がする。
「うん。でも、悪いことをするっていうよりは、冒険……かな?」
「へえ。どういうお話?」
「宝の地図を見つけた男の子が、海賊といっしょにその地図にのってる島をめざすの」
「よくありそうな話だけど……」
って、ぼくがいうと、鳥羽さんの目つきがちょっと変わった。お姉さんぶるような、ちょっとトクイげな感じに。
「うん。よくある話なんだけど、それを最初に書いたのが、この『宝島』なんだよ。今のいろんな作品に影響を与えてて……」
さっきまでとちがって、蝶がはばたくような(つまりほとんど聞こえないってことだ)しゃべり方じゃなくて、楽しそうな声。
「じゃあ、それぐらいおもしろいんだ?」
「うん。ドキドキするシーンが多くて」
ものがたりを思い出しているのか、鳥羽さんが「ふう」って息を吐いた。これも、さっきまで見れなかった表情だ。
でも、おとなしそうな鳥羽さんが海賊の本なんて、ちょっとフシギなくみ合わせだ……って、かんがえたとき、ふとひらめいた。
「それって、もしかして秋田くんが読んでたの?」
「えっ!?」
大声を出してから、自分の声にびっくりしたように口をふさいで。
「な、なんでわかったの?」
顔を赤くしながら、のぞき見るみたいにきいてくる。あてずっぽうだったんだけど、本当にそうだったみたい。
「だって、タイミングを考えると……」
秋田くんが夏休みの間に借りてた本をかえしにきてから一週間。うん。わかりやすい。
「だ、だれにもいわないでね。はずかしいから……」
「いわないよ、マシュマロさんにも秘密にしとく」
「う、うん……ありがとう」
ますます恥ずかしくなってきたのか、鳥羽さんは本を戻してしまった。
また少しのあいだ、おたがいにしゃべることがなくなる。でも、さっきよりは、鳥羽さんも緊張してないし、ぼくも気をつかってない。ちょっとだけ、仲よくなったきがする。
こんどは、彼女のほうが口を開いた。
「小練さん、どこ行ったのかな……?」
「うーん。いつも急に動いちゃうからなあ。鳥羽さんも、びっくりしたでしょ?」
聞き返すと、ふるふる、っと小鳥みたいに首をふる。
「わたしは、おねがいして相談にのってもらってるから。多加良くんこそ、つきあわせちゃってごめんね」
「ううん、ぼくは……」
言いかけてから、ふとおもった。そういえばぼくがマシュマロさんにつきあってるのってなんでだろう?
友だちだから? 彼女が魔法使いだっていう「ヒミツ」を共有してるから? でも、この相談とどれだけ関係あるだろう?
視線をさまよわせているうちに、床の上に置きっぱなしになっているトレイに気づいた。ジュースの中にうかんだ氷はとけてなくなりかけている。ぼくが口をつけてないから、鳥羽さんも遠慮して飲まないのかも。そう思って、ストローをくわえて……
「ふたり、恋人どうしなの?」
「ぶはっ!?」
いきなりとんでもないことをきかれて、ぼくは思わずせきこんだ。ジュースが逆流して鼻に入りそうになって、ツンとする。
「だ、だいじょうぶ?」
「いきなりヘンなこときくから……」
セキを繰り返しながら、なんとか呼吸をおちつける。
「だって、ふたり、仲よさそうだし。それに、名前で呼びあってるし……」
「マシュマロさんがそう呼んでっていうんだよ。ほら、外国育ちだから、それがふつうなんじゃない?」
「じゃあ、ただの友だち?」
「まあ、うん。そうだと思うよ」
ようやくふつうに息ができるようになってきた。マシュマロさんがいないときでよかったよ、まったく。
「それより、いまは鳥羽さんと秋田くんのこと」
と、ぼくが話をもとに戻そうとしたとき。
コンコン、とノックの音がした。
「勇生くん、開けてーっ」
マシュマロさんの声だ。……ほんと、聞かれなくてよかった。
🌂
ぼくがドアをあけると、マシュマロさんはどさ、っとおおきなカバンを床におろした。
「ただいま! って、自分の家じゃないからただいまはヘンかな?」
「ううん、おかえりなさい」
ジュースをわたしてあげると、マシュマロさんは「ありがと」って受け取って、ひとくち飲んだ。
それから、ぼくたちふたりに青い目をむける。さっきよりはうちとけて、鳥羽さんの緊張がほぐれているのは、見ただけでわかる。
「ゆりあちゃん、男の子とおしゃべりできた?」
「うん。多加良くんとなら、平気」
「じゃあ、センパイとも話せるね。これで一歩前進!」
腰に手を当てて、花のように笑う。やっぱり、マシュマロさんがいるとすっかり彼女のペースだ。
「それより、これは?」
マシュマロさんが持ってきた大きなカバンを指さす。ボストンバッグっていうんだろうか。ファスナーがしめられているけど、中にはいっぱいに詰まっているみだいで、かなり膨らんでいる。
「ファッションも大事でしょ?」
そういって、バッグの中からいくつかの雑誌を取り出す。ファッション誌ってやつだ。なぜか、大人の女性向けのとか、スーツの男の人が表紙のものもあるけど。
ファスナーが開いて、ちらりと見えた中には、色とりどりの服がつまっているらしい。
「うちから持ってきたんだ」
「でも……」
「いいの。貸してあげる」
たしかに、鳥羽さんは服装も……ふつうっていうか、ジミっていうか。そのほうが落ち着くんだろうけど、あんまり目立つほうじゃない。
でも、マシュマロさんの服をいきなり借りてもかえってにあわなくなっちゃうんじゃないかな?
「とりあえず、いろいろ着替えてみようよ。いいのがあるかも」
「う、うん。わかった」
ためらっていた鳥羽さんだけど、やっぱりマシュマロさんを信用することにしたみたいだ。
「勇生くんは、外に出ててね」
がちゃ、とドアをあけるマシュマロさん。
「ぼくの部屋なんだけど」
「女の子が着替えるんだよ?」
いちおう、反論してみたけど、あんまり聞いてくれそうにない。うん、そんな気はしてた。
「わかったよ、もう……」
部屋の外に出ながら、しぶしぶいうことを聞いたんだというアピールだけはしておく。
「ほんとは、ママのを勝手に借りてきたんだ」
ドアを閉めるまえに、マシュマロさんはこっそり言った。
「魔法のバッグ。好きな服が出てくるの」
そうして、いつもとちょっとちがう、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「勝手に持ってきて、いいの?」
その表情にドキリとしながらも聞いてみる。
「ママにはヒミツにしといてね」
また、ぼくが黙ってなきゃいけないヒミツが増えてしまった。
ぱたんと閉じたドアのなかから二人の声を聞きながら、ぼくは顔がにやけるのを、おもわず手で隠した。
……いちおう言っておくけど、女の子が着替えてるところを想像してにやけたわけじゃないからね。
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