明日の私に着がえたら
「うーん、これなんかどうかな?」
「は、ハデすぎるよぉ」
「本番に使うって決めたわけじゃないし、一回着てみるだけ!」
「は、はずかしいって……」
扉のむこうから、ふたりの声が聞こえてくる。
ぼくの部屋はすっかりマシュマロさんにのっとられてしまった。鳥羽さんがセンパイにコクハクするとき、彼女が着る服えらびをしているのだ。
「まあ、ちょっとくらい、いいんだけどさ……」
でも、自分の部屋のまえに立たされているのは、ちょっぴり情けない。
こういうところを家族にみられないといいけど……お兄ちゃんはずっと映画をみてるし、たぶん大丈夫だろう。
「おおー! すっごくいいよ、にあってる!」
「そ、そんなことないよ……」
「そんなことあるって。ほら、男子の意見もきいてみよう!」
「えっ!? ま、まって、それは……」
がちゃっ。
待ってるだけだと思ってるところに、いきなりドアがあけられる。
「ほら、勇生くん。どうかな?」
って、マシュマロさんが中を示す。奥にいた鳥羽さんは……
ピンクと黒の英字が書かれたシャツで肩を出して、その下にはフリルが重なったスカート。 膝がかくれるニーハイソックス。たぶん、雑誌にのってるモデルをそのままマネしたんだと思う。正直言って……
「あんまり、鳥羽さんににあうかんじじゃない、かな……」
「あぅ。や、やっぱり?」
がく、っと肩をおとす鳥羽さんに、マシュマロさんは首をかしげる。
「あっ、そうか。髪がそのままだからだよ」
ぽん、と手を打って、鳥羽さんの背中にまわる。
「わ、こ、小練さん?」
そして、あわてている鳥羽さんのみつあみを、いきなり解いてしまった。
「動かないで。こうして……よしっ」
どこから取り出したのやら、おおきなリボンで髪をまとめあげる。そうすると、編んでゆるくウェーブした髪がふわっとまとめられて、いつものしずかなフンイキとちがって、明るい印象だ。
「へ、ヘンじゃない?」
いつもと違う髪型にとまどう鳥羽さんに、ぼくはおもわず首をふっていた。
「そんなことない、いいと思う」
おどろく鳥羽さんのとなりで、ぱっとマシュマロさんが手を叩いた。
「そうだよ。いつも着ない服も、着がえればたのしいんだから」
「他のもためしてみたら、鳥羽さんが気に入るのもあるかも」
マシュマロさんの言うとおりなら、魔法のバッグからは好きな服がいくらでも出てくるんだろうし。それで気に入るまで試してみればいいと思う。
「うん。……じゃあ、次の、着がえてみる」
「そうそう。この調子で、いちばんいいのをさがしてみようよ!」
ばたん。
いうがはやいか、目のまえでドアが閉まる。
うん、そうだね。着がえるってことは、またぼくはしめだされるってことだね。
……べつに、かまわないんだけど。9月なのに、廊下のなかをつめたい風がふきぬけていった気がした。
🌂
そのあとも、マシュマロさんはドアをあけてはしめて、そのたびに鳥羽さんに服を着替えさせていた。
二着めは、ボーダーシャツにショートパンツ。マシュマロさんいわく、「ボーイッシュにしてみました」ってことらしい。
「男の子っぽいっていうより、低学年っぽい気がする……」
って、鳥羽さんには不評だった。
三着めは、白いワンピースに落ち着いた色のショートジャケット。
「おとなっぽいかんじかな?」
「でも、いつもとあんまりかわらないような……」
「じゃあ、次はボーケンしてみよう!」
四着めは、長いシャツに、ダメージジーンズ。雑誌をマネしたんだろうけど、ひざが丸見えだ。
「転んでけがしたみたいになってる気がする……」
「えーっ、おしゃれだと思うんだけど」
「おしゃれかもしれないけど、鳥羽さんがいきなり着てきたら先生に心配されそうだよ」
五着め。黒と赤のフリルのたくさんついたドレス。ゴシックロリータってやつだ。ていねいに、真っ赤なバラの髪飾りもつけている。
「やりすぎ」
「やりすぎ」
「やりすぎました」
着がえてからいう鳥羽さんもどうかと思ったけど。でも、なんだか彼女も、この小さなファッションショーが楽しくなってきてるみたいだ。センパイにどんな格好で告白するかってことを抜きにしても、いつもとちがった服にきがえることで、リラックスしてるみたい。
「鳥羽さんは、どういう服がいいとおもう?」
さすがに、着替えのたびに何分もまたされるのがつらくなってきた。ちょっとくらい、話しをしたっていいよね。
「うーん……」
ゴシックドレスの鳥羽さんは、重たそうな裾を床から持ち上げながら、太めの眉を寄せる。すごいボリュームのフリルが少しうごくたびにきぬずれの音をさせている。これ一着でバッグがいっぱいになってしまいそうだけど、さいわい彼女はあんまり気にしてないみたいだ。
「あんまり、せのびしすぎても、いつものわたしとちがっちゃうから……ふだん通りのわたしが、いいかなって思うんだけど……」
ちょっと声がちいさくなったのは、せっかくいろいろな服を持ってきたマシュマロさんにわるいと思ったんだろう。でも、その当人はむしろ嬉しそうに手をたたいた。
「そう! わたしが言いたかったのはそれだよ!」
青い目をキラキラさせて、くり色の髪をはねさせて。なんだか感動したように鳥羽さんの手をとる。
「大事なのは、ハデとかジミとか、にあうとかにあわないじゃない。ゆりあちゃんが自分で決めて、ちゃんと自信をもってセンパイの前に立つことがいちばん!」
「小練さん……うん、ありがとう」
たしかに、いまの鳥羽さんは、教室で話してたときよりも楽しそうで明るい感じだ。自信をもてたのかはわからないけど……でも、ぼくも、こんなふうに感じたことがある。
(自分のためにがんばってくれる人がいるってことが、うれしいんだよね)
応援されてるってわかったら、気持ちも楽しく、うわむきになる。
もしかしたら、それがいちばんの魔法なのかも。
「これで、もう大丈夫。ゆりあちゃん、きっとうまくいくよ」
「うん……わたしも、がんばれる、気がする」
大きくうなずく鳥羽さん。たしかに、自信がわいてきてるみたい。
「それじゃあ、あとは着替えて明日、がんばろう!」
って言って、マシュマロさんがぼくに目を向けて。
「……はーい」
それだけで察したぼくは、おとなしく部屋を出ていった。「ぼくの部屋じゃなくてもよかったんじゃないかな」ってのどまで出かかっていたけど、鳥羽さんの自信に水をさしたくないから、だまっておくことにする。
🌂
「お邪魔しました!」
「お邪魔しました」
ふたりがぼくの家を出るころには、もう空が赤くなっていた。
見おくって、今日はようやくゆっくりできると思ったんだけど、マシュマロさんの魔法のボストンバッグはやっぱり、かなり重そうだ。
「それ、とちゅうまで持つよ」
「ほんと? ありがとう!」
って、格好つけたのはいいんだけど。渡されると、両手で持っていないと転んでしまいそうなぐらい重い。
「ぐ、ぬぬ……!」
「じゃあ、わたし、こっちだから……今日は、ありがとう」
ぼくが力んでいるあいだに、もとのみつあみにもどった鳥羽さんが、そっと頭を下げてあるきだす。
「ううん! 明日、がんばってね!」
大きく手を振って、マシュマロさんは反対方向へ。ぼくも、バッグを地面に引きずらないようになんとかあとをついていく。
「ゆりあちゃん、かわいかったね」
さっきのファッションショーのことを思い出しているのか、マシュマロさんが楽しそうに笑っていた。
「そ、そうだね……」
夕日を浴びると、マシュマロさんの髪はいつもより赤く見えた。まるで、太陽の色に染まってるみたいだった。
「明日、コクハクするところ見せてもらおうよ」
「えっ……やめといたほうが、いいんじゃない?」
もしうまくいかなかったら、鳥羽さん、落ちこむだろうし。あんまり見られたくないんじゃないかな。
「でも……気になるでしょ?」
「そりゃ、これだけやったんだから気になるけど……」
うずうずした表情のマシュマロさん。見るなっていっても、勝手に見に行っちゃいそうだ。
「じゃあ、こっそり、鳥羽さんにはヒミツで見に行こう」
それよりは、ぼくがついてたほうがまだいいかも。でも、ぼくもどうなるか見てみたい、って思ってたのはたしかだ。
「それじゃ、決まりね」
長い髪をゆらして、マシュマロさんが歩く。明日のいまごろは、きっと結果がでてる……そう思うと、なんだかぼくまで緊張してくる。
「ここまででいいよ。勇生くんが帰るのが遅くなっちゃう」
坂道を登りきったところで、そう言った。もう少しなにか話したかったけど、暗くなるまえに帰らないと。
だから、これだけ言った。
「また明日」
「うん、また明日!」
マシュマロさんは笑って手を振って、バッグを抱えて歩いていく。ぼくも、家に帰ることにする。
その日は目を閉じるとドキドキして、なかなか眠れなかった。
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