トレーニングデイ

「それでは、第一回ゆりあちゃんのコクハク作戦会議をはじめます!」

 あまりひろくないぼくの部屋の床にクッションを敷いて、その上に座ったままマシュマロさんがまじめな顔で宣言した。

「何回もする予定なの?」

 ぼくはベッドに座って、その横顔をながめながら思わずつぶやく。

「場合によってはね!」

 大まじめに返事がかえってくる。例の、青い目がらんらんとかがやいている顔だ。


「な、何回もはしないよ。だいたい、まだコクハクするって決めたわけじゃないし……」

 鳥羽さんの下を向いた顔が赤くなっている。彼女は、ぼくの勉強机のいすに「ちょこん」とすわっていた。

「でも、コクハクしたくてお手紙をわたしたんでしょ?」

「あのときは、夢中で……でも、センパイがメイワクだったら、しない方がいいかなって」

 指をつつき合わせながら、下をむく。


「ううん、そんなことないよ」

 で、またあっさりとマシュマロさんが首を振った。

「そのとき、ゆりあちゃんが気もちを伝えたいって思ったんなら、伝えたほうがいいよ」

「でも……」

 なにかをいいかける鳥羽さん。でも、言葉が思い浮かばないみたいだ。

 マシュマロさんはきっかり三秒、つづきを待ってから、それでも鳥羽さんがつづきを言わないのをみて、彼女の不安そうに組まれた手をにぎった。


「こわくなったり、不安になったりするかもしれないけど、いまやらなかったら、次にコクハクしたくなったときはもっとむずかしくなっちゃう」

 にぎられた手と、マシュマロさんの顔を交互に見て、鳥羽さんはほんの少し、あごをゆらすみたいにちいさくうなずいた。

「うん……そうだよね。来年は、もうセンパイは中学生だもん」

 決意をかためた鳥羽さん。もり上がるふたりをながめながら、ぼくは頭に浮かんだギモンをそのままつぶやいた。

「でも、作戦会議って何するの?」


「よくぞ聞いてくれました」

 テンションが上がりっぱなしのマシュマロさんは、ピシッと指を立てて、何やらうれしそうにうなずいた。

「大事なのは、ゆりあちゃんの想いを伝えることだよね。でも、緊張してうまく伝えられないかもしれないから……」

「……うう」

 秋田くんのことを意識するだけで顔を赤くしている鳥羽さんの様子を見ていると、たしかに、というか、おおいにありうる。


 ぼくは、のんびりふたりの様子を眺めていた。「作戦会議」のことは、マシュマロさんに任せきり。

(そういえば、部屋に女の子を呼ぶの、いつ以来だろ?)

 ぼんやりと、そんなことを考える。ずうっと前には、女子と一緒に遊んだこともあったけど、いまでは遊び相手はみんな男子だ。それが、マシュマロさんが現れてからいきなりいろんなものが変わっちゃったな、なんて。ちょっとフシギな感じだ。


「緊張をほぐすには、まず練習だよ!」

 立てた指は、なぜかいきおいよくぼくに向けられている。

「ええっと……どういうこと?」

「勇生くんを先輩だと思って、やってみて!」

「ええっ!?」

 ぼくと鳥羽さんの声が重なった。マシュマロさんはてのひらを上にむけて、ぼくたちに「立って」とジェスチャー。


「で、でも、恥ずかしいよ」

「恥ずかしいのに慣れておけば、本番がきっとラクになるよ」

「う……うん。そ、そのために、小練さんにたのんだんだもんね……」

 素直すぎる鳥羽さんは、そういいながらも立ち上がっている。胸をおさえて、心の準備をしているみたいだ。

 本人がやる気になっているのに、ぼくがいやがっているわけにもいかない。ぼくたちは部屋のなかで向かい合う。


「じゃあ、どうぞ!」

 ひとり気楽なマシュマロさんが、すわったままぼくたちに映画カントクみたいにキューをだす。

「せ、センパイ……」

 とたんに、鳥羽さんがウルウルした目でぼくをみつめてくる。練習とはいえ、まっすぐに目を合わせるとドキドキしてくる。


「う、うん……」

「勇生くんは秋田センパイだよ」

 たじろいでいるぼくに、マシュマロさんのダメだしがとんできた。

(いきなりセンパイ役なんて言われたって、できるわけないって!)

 と、心のなかで叫ぶけど。ここは鳥羽さんのためだ、こっちも恥ずかしがらないようにしないと。

「お、おう。こんなところによびだして、どうした?」

 腰に手を当てて、声を低くして、言い直す。……秋田くんってこんな感じだっけ? ちがう気がするけど、でもカントクが止めないから、このままつづけるしかない。


「あ、あの、えっと、わたし、鳥羽……あっ、五年生で! 図書室で、たまに……あの、鳥羽ゆりあっていいます」

 しどろもどろ、ってこういうことか、っておもうぐらい、鳥羽さんが言葉をつまらせている。すぐ下をむきそうになって、それをなんとか止めようとして首ががくがく上下に動いてしまっているし、手が自分のスカートを何度もつまんでなおしている。

「うん。いつもありがとう」

「あぅ……!」

 話をつづけさせようとして返事をしたとたん、鳥羽さんの顔が真っ赤に染まる。ぱっと両手で顔を隠すけど、耳まで赤くなってるのがわかるだけだ。


「それで、話って……」

「な、なんでもないです!」

 そういって、鳥羽さんはいきなりぼくに背中をむけてしまった。

「すとーっぷ! ゆりあちゃん、おちついて!」

 ようやく、カントク、じゃなくてマシュマロさんがわってはいってくる。

「だ、だって、センパイがわたしにありがとうって……」

「勇生くんは秋田センパイじゃないから、そんなに緊張しなくていいんだってば」


 マシュマロさんに背中をなでられながら、鳥羽さんがおおきく深呼吸。何度かくりかえすうちに、少しずつ顔の赤みがひいてくる。

「ご、ごめんね、せっかくわたしのためにしてくれたのに……」

「ううん。ゆりあちゃんはがんばったよ。次はもっとうまくできる!」

 髪を指で整えるように撫でるマシュマロさん。うーん、おもったより、先は長そうだ。


「うう、でも、男子と話すのもニガテなのに、いきなり告白なんて……」

 鳥羽さん自身もそう思ったのか、今度はがっくり肩をおとしてしまった。

「ううん。何回でも練習すればいいんだよ。うーん、でも、男の子がニガテだったら……」

 カントクあらため作戦会議の議長が腕をくんで、一休さんみたいに考え込む。そうして、出たトンチは……

「じゃあ、まずは勇生くんとふたりで話すところからはじめよう!」


 ふたたび指をたてて宣言。

「で、でも……」

「だいじょうぶ、勇生くんはやさしいし。練習台にサイテキだよ」

 不安そうな鳥羽さんを説得するような口調だ。

「練習台って。ぼくのこと、なんだと思ってるの……」

「まあまあ。ゆりあちゃんのためだから」

「そりゃ……チカラにはなりたいけど」

 こんなにたよられてるのに、みすてるのは気が引ける。頼られてるのは、マシュマロさんだけど。


「じゃあ……がんばってみる」

 んく、と息をのみながら、鳥羽さんなりに気合を入れているらしい。

「わたしは、次の準備するから。戻ってくるの、待っててね!」

 と、いきなり立ちあがったマシュマロさんが、そのまま部屋を出ていく。

「えっ?」

 と、鳥羽さんが聞き返したのは、扉がパタンと閉まるのとほとんど同時だった。行動のテンポが速すぎて、ぼくもおいて行かれそうだ。


「ええっと……じゃあ、よろしくね」

 おそるおそる、声をかけてみる。

「あ、ぅ……う、うん、がんばってみる……」

 さっきと同じこと、繰り返してるし。

 ぼくと鳥羽さん、ふたりだけの部屋の中に、きまずい時間が流れていた。

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