Love Letter

 放課後の教室。ぼくたちはマシュマロさんの机をかこんで座っていた。

「それで、ゆりあちゃんの好きな人って?」

 同級生の「好き」に興味しんしんのマシュマロさんが、わくわくした表情をうかべているの。それにたいして、「相談者」の鳥羽さんはせわしなく指をこすり合わせている。緊張してるんだと思うけど、そんなにこすっていたら指紋が消えてしまいそうで心配だ。

「う、うん……えっと、六年生の、秋田さんっていう人なんだけど……」

「上級生? どんなひと?」


 楽しそうに話をすすめるマシュマロさん。あまりぼくが割り込むと鳥羽さんを緊張させてしまいそうだから、おとなしくあいづちを打っておくことにする。

「サッカーのチームに入ってる人で、すごくかっこいいの」

 鳥羽さんの、いつでもつぶやくようなちいさな声でも、どことなく熱のこもった様子が伝わってくる。

「そうなんだ。勇生くん、知ってる?」

「話したことはないけど……目立つほうだから、名前くらいは」

 秋田くんは、六年一組のなかでは中心的な生徒だと思う。明るくて、いつも友達にかこまれている男子だ。


(鳥羽さんとは、だいぶちがうタイプってことだよね)

 って、思ったけど、口には出さなかった。自分とは似ていないひとほど好きになるって、いうもんね。

 ぼくだったら、どうだろう。やっぱり自分とはちがうタイプのほうが気になるかも。

 青い目をキラキラさせて同級生の話をきいているマシュマロさんのほうを見ながら、なんとなくかんがえていたけど。

「なに?」

「な、なんでもない」

 ふいに目があってしまって、あわてて鳥羽さんに視線を戻した。


 あらためて鳥羽さんを眺めてみる。ひざのうえで何度も指をくみかえている。

 小柄でおとなしそうな見ためだけど、いつも落ち着かなさそうなところは、ジャンガリアンハムスターみたいだ。

 けど、そんな鳥羽さんが、スポーツマンなセンパイにどこで会ったんだろう?

 ぼくと同じように、マシュマロさんも気になったらしい。

「ゆりあちゃんは、そのひとと話したことあるの?」

 鳥羽さんがコクン、と、小さくうなずいた。


「おーっ! どこで、どこで?」

 身をのり出しているせいで、ふたつに結んだくり色の髪が大きくゆれている。鳥羽さんも、マシュマロさんのもり上がり方にあてられて、顔を赤らめながらもぽつぽつと話をつづける。

「えっと……わたし、図書委員だから、図書室で本の貸し出しとか、してるんだけど」

 鳥羽さんは、休み時間にも本をよんでいることが多い。なるほど、委員会のついでに図書室で借りてきてるんだ。


「秋田くんも図書室に来るの?」

「うん。小説とか、よむのも好きみたい。そこもまた素敵っていうか……」

 もじもじと体をゆすりながらも、鳥羽さんの声は熱っぽい。

 活発で人気者のセンパイが、放課後の図書館でいつもはみせないような静かなフンイキで本を読んでいるのを、受付に座って遠くから眺めている鳥羽さんの姿。うん、イメージできる気がする。

 かっこいい上級生が冒険小説かなにかをもってきて、机ごしに鳥羽さんにわたしつつ、「これ、借りれる?」なんて聞いてきたら。

 白い歯を光らせて、「本にくわしいんだね。おもしろい本、おしえてくれよ」なんて言ってきたら……。


 って、ぼくが想像した通りかはわからないけど。

「それでね、このまえ、夏やすみのあいだ、かりてた本を先輩が返しにきたの」

 うんうん。気づいたらぼくもおおきくうなずいて話を聞いていた。

「先輩が本を選んでる横顔、みてたら、だんだん『なにかしなきゃ』っておもって……」

「声をかけた?」

「そ、そんなこと! できないよ」

 らんらんと青い目をかがやかせているマシュマロさんに、鳥羽さんが首を振る。編んだ髪がねこじゃらしみたいに動いていた。

「先輩が、本を借りに来るまでに、急いで……その、手紙を……」

「書いたの? すごい、ラブレターだ!」

 マシュマロさんの歓声を聞きながら、僕も驚いていた。意外なところでダイタンっていうか、ふだんおとなしいから、思わず行動しちゃったんだろうか?


「それで、センパイがかりた本の間に、こっそりはさんで渡して。たぶん、もうみつけてると思う」

 たぶん、ぼくとマシュマロさんが屋上で話していたときのことだろう。同じ学校のなかで、いろんなことが起きてるんだ、って、勝手に感じていた。

「好きって書いたの?」

「そ、そんなこと、恥ずかしくて」

 図書委員が顔を真っ赤にして下を向く。本人はそんなつもりはないんだろうけど、うごきが小動物っぽいっていうか、放っておけない感じっていうか。秋田くんの前だと、もっと恥ずかしがってるかもしれない。

 だとしたら、彼も、「名前は知らないけど、図書室のあの子」ぐらいの印象はのこってるかも。


「直接、お話したいから、体育館の裏に来てくださいって……」

「へえー!」

 マシュマロさんと同じように、ぼくも感心していた。いまどき、体育館の裏で告白なんて。

「ベタっていうか、むかしながらっていうか……」

 感心のあまり、思わず声に出していた。

「ヘンかな?」

 太めのまゆをハの字にする鳥羽さんに見つめられて、しまった、という思いがわき上がる。


「そ、そんなことないよ。秋田くんも、うれしいんじゃないかな」

「勇生くんだったら、そんなお手紙もらったらどう思う?」

 マシュマロさんがもちまえの楽しそうな声色で聞いてくる。うーん、図書館でヒミツの手紙をもらったら……

「だれかのイタズラで、ぼくが来るところを見て笑うつもりなんじゃないかって思うかな……」

 正直に答えてみた。


「えええ……」

 おおきい狼ににらまれてるんじゃないかとおもうくらい、鳥羽さんがプルプルとふるえ始めた。

「もう、なんでそんなこと言うの」

「マシュマロさんが聞いたからだよ」

 とはいえ、さすがにもうしわけない気もちになってくる。たしかに、勇気を出して書いた手紙がいたずらだと思われたらショックだよね。


「い、いまのは、ぼくだったら、の話だから。秋田くんをからかうやつなんていないだろうし、きっと来てくれるよ」

「そう……かな?」

「そうそう。それに、状況からして、鳥羽さんからの手紙だってことはわかるだろうし。よほどキライな相手からでもないと、ムシしたりはしないって」

 あわててフォローしてみるけど。ハの字まゆげがもどることはない。

「じゃあ、もしセンパイが来なかったら、わたし、きらわれてるってことに……」

 なんだか追い詰められている鳥羽さんからすると何を言われてもマイナス思考に入ってしまうらしい。自分のみつ編みをぎゅっとにぎって、じわーっと目もとから涙がにじんできている。


 ……どんどん話を進めるマシュマロさんも会話のテンポを合わせるのがタイヘンだけど、これはこれでへたにシゲキしないようにするのがムズかしい。

「ゆりあちゃん、呼び出した日っていつなの?」

 泣き出しそうな鳥羽さんの気もちを切りかえるように、マシュマロさんが水をむける。本人には、そんなつもりはないだろうけど。

「それが……明日、なの」

 いまさらながらに後悔するように、下をむいたままこたえる鳥羽さん。


「なにしゃべるか、もう決めた?」

 ぷるぷる、首を振る。

「そっか。じゃあ、わたしにてつだわせて!」

 友だちの助けになれるのがうれしくてしかたない、というような明るい声。鳥羽さんのマイナス思考も、ちょっとずつほぐれてきたみたいだ。

「う、うん。どうすればいいとおもう?」

「うーん、これはタメンテキでフクザツなモンダイだね」

 おおげさにうでを組んで、それから彼女はうなずいた。


「ゆりあちゃんの告白が成功するように、作戦会議しよう!」

 それから、まんめんの笑顔のまま、こう付け足した。

「男の子の意見も聞きたいから、もちろん勇生くんも参加してね!」

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