ゆりあのばあい
隣の女
マシュマロさんが転校してきてから、一週間が過ぎた。
彼女はときどき、ぼくのまえで魔法をつかってみせてくれるけど、みんなが見ているまえではガマンしているらしい。
はじめのころは、教室にまで日がさをもってくるから不思議がられていたみたいだけど、そのうち「そういうもの」として受けいれられたみたいだ。
男子グループも、独特なフンイキの彼女には、あまりいたずらを吹っ掛けてはこない。さいしょの日にいたい目をみたおかげだろう。かわりに、ぼくに対してマシュマロさんとの関係をからかってくることはあるけど、ぼくもあまり相手しないことにした。
彼らにとってはおもしろくないだろうけど、でも、教室の空気が微妙に変わったような気がする。えらそうにしていた種井たちがおとなしくしているから、先生も、一学期のときより授業がしやすそうだった。
マシュマロさんにこっちの勉強がわかるのか心配だったけど、ほとんどの科目はふつうにこなせる、というよりむしろ得意なぐらいだ。
ただ、理科と社会が苦手らしい。別の世界から来た彼女にとって社会が難しいのはわかるけど、理科については、どこがむずかしいのか聞いてみたことがある。
マシュマロさんの答えは、
「魔法だと、こうとはかぎらないから……」
って、ことらしい。
ぼくと彼女の席ははなれてるから、授業中はたすけてあげられない。でも、さいわい、彼女のとなりに座っている女子が、ときどき声をかけているのを見かける。
小柄で、髪を編んだ女の子。
声がちいさくておとなしいタイプだから、あまり目立つほうじゃない。鳥羽さんがなにかのきっかけで、マシュマロさんがわからないところを教えてくれているみたいだ。
ぼく以外にも、女子にはマシュマロさんとよくしゃべっている子がいるみたいで、ひと安心だ。
(……って、よくかんがえたら、ぼくが心配なんて、することないんだけど)
友だちだし、ヒミツを共有したりもしてるけど、勉強のことや友だちのことまでぼくが心配するのも、なんだか気にしすぎ、って気もする。
とにかく、マシュマロさんはぼくが心配していたより、クラスになじんでるみたいだ。
🌂
で、そんなふうにぼくが油断していたころ。
放課後、みんなが帰り支度をしているなかで、マシュマロさんがいきなり立ちあがって、こういった。
「ね、みんな、聞いて!」
立ちあがったひょうしに、ふたつに結んだ髪がふんわりゆれている。楽しくってしかたない、というような笑顔に、クラスじゅうの注目が集まった。
「わたし、みんなの好きなことや好きなひとのこと、もっと知りたいの」
あっけにとられるクラスメイトの視線をあびながら、彼女はつづける。
「だから、みんなの『好き』についての相談窓口をひらきます」
教室の中に生まれつつある温度差にきづいているのかいないのか。たぶんきづいてなさそう。
「こまってることがあったら、わたしに聞かせてね!」
転校生の突飛な行動への反応は冷ややかだ。だれも返事をしないし……ついでにいえば、その視線がぼくのほうにあつまってくる。
『お前がなんとかしろ』って言われてるみたいで、ぼくはプレッシャーに耐えられなかった。
「そう言われて、いきなり相談するってひと、あんまりいないとおもうよ」
「そうかな? みんな、こまってないの?」
フシギそうなマシュマロさん。すでに何人かが教室を出ていった。たぶん、ぼくにまかせておこう、と思ったんだろう。
「誰が好きかなんてよほどなかのいい人にしか教えないよ」
「でも、だれにも言わなかったら、好きなことわかんないよ?」
「そういうことしゃべるのって、はずかしいものなの」
あまりにいろんなことをストレートにしゃべりすぎるマシュマロさんのクセは、たぶんクラスメイトたちにはちょっとついていけなさそうだ。
こういうの、カルチャーギャップっていうんだろうか?
「うーん……」
口をへの字にして、まわりを見まわしている。とおもったら、ふいに「ぽん」と手を打った。
「じゃあ、勇生くんもいっしょに相談を受けます」
「なんでそうなるの!」
いきなりの指名。ストレートなだけじゃなくて、階段を二段とばしでかけ上がるようなスピードで話をするから、ぼくでもついていけないときがある。
「勇生くんの友だちなら、話しやすいってことでしょ?」
「そこまで仲のいいひとなんて、ほとんどいないってば」
「仲よくなくても、聞かせてほしいんだけどなあ」
よく遊ぶ友だちでも、恋愛相談なんて受けたことはない。だれのことが好きなんて、みんなにはなしてまわってたら、からかわれるにきまっている。
「そういうわけだから、みんな、よろしくね!」
いつのまにか、マシュマロさんのなかではもう話はまとまったらしい。片手をたかくあげて宣言してるけど……
「もう、ほとんど帰っちゃったよ」
教室はがらんと広くなっている。いや、広がったんじゃなくて、人がいなくなったのだ。
ぼくたちが、というか、彼女がひとしきり盛り上がってるから、みんなさっさと退散しちゃったらしい。
「ダメだったかなあ」
「いきなりすぎだって。もうちょっと、順番をかんがえて……」
そう、話しているとき。
「あのぉ……」
横から、ちいさな声がきこえてきた。
「わ、わたしでも、いいかな?」
マシュマロさんのとなりの席。髪を編んだ小柄な女子が、小動物みたいに肩をせばめて、おそるおそる声をかけてくる。
鳥羽さんだ。ちぢこまって話をきいていたらしい。存在感が強すぎるマシュマロさんのせいで、ぼくはぜんぜんきづいてなかった。たぶん、はずかしくて、教室からみんながいなくなっていたのを待っていたんだと思う。
「もちろん! ゆりあちゃん、好きな人がいるの?」
キラキラに青い目をかがやかせて、マシュマロさんが両手をあわせる。鳥羽さんは、そのいきおいにおされながらも、コクンとうなずいた。
「ほんとに相談がくるなんて……」
おもわずつぶやくぼく。マシュマロさんがむっと眉を寄せてこっちを見た。
「いくら勇生くんでも、誰かが誰かを好きってことをからかうのはよくないよ」
それがいつになく真剣な調子で言われて、はっとした。たしかにそうだ。鳥羽さんのことを傷つけてしまったかも。
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「大丈夫だから……」
鳥羽さんの顔が少し赤くなっている。彼女なりに勇気をふりしぼって、マシュマロさんに話をきいてもらいたかったんだってわかって、ぼくは頭をさげた。
「とにかく、ごめん」
「ううん。だれかに聞いてほしかったから」
蝶のはばたきみたいにちいさな声。勇気づけるように、マシュマロさんがその手をとった。
「聞かせてほしいな。ゆりあちゃんの好きなひとのこと」
「うん……。ふたりとも、相談にのってくれるん、だよね?」
「もちろん!」
マシュマロさんが大きくうなずく。
このとき、ぼくは……
すっかり、「相談窓口」に巻きこまれていることに気づいたのだった。
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