GOAL!
鳥羽さんから相談を受けて数分後。ぼくは校庭にいた。
砂の上をボールがころがっていくのを、目線でおいかける。学年もバラバラな生徒たちが、ひとつのボールをかこんでいる。その中央に、彼がいた。
彼にボールが回ると、下級生たちが3人でかかっても、その中をスルスルとすり抜けていく。それで、あまりボールにさわっていない子にパスを出す。
ぼくはサッカーには詳しくないけど、それでも、彼が上手なことと、みんなから好かれていることは見ればわかる。
で、なんでぼくが校庭にいるのかというと……
「作戦をたてるためには、まず
イミがわかってるのかわかってないのか、ちょっぴりあやしい発音で、マシュマロさんが言ったからだ。
つまり、秋田くんに話しかけて、それとなくさぐりをいれて来い、ってことらしい。
自分でやればいいのに、と言いたいけど、確かに、男子がサッカーで遊んでるところに彼女が入っていったらちょっぴりめだちすぎだろう。
でも、遊ぶとなったらだいたい
(鳥羽さんをたすけるため。我慢しよう……)
僕はあくまで彼女たちをてつだってるだけ。そうおもうとすこし気がラクになった。
でも、なかなか声をかけるタイミングがつかめない。さすがに、ボールを取り合ってるところにいきなりってわけにもいかないし……
なんて、考えてるうちに、ボールがゴールに飛びこんだ。遊んでいる生徒たちが歓声をあげたり、肩を落としたりするのがわかる。
シュートを決めたのは、同じクラスの
「
いつでも早足な市嶋が、身軽にちかづいてくる。市嶋は身長はぼくとあまり代わりないけど、体育の授業でめだつほうだ。……ぼくとちがって。
「ちょっと、ききたいんだけど、六年生の……」
「秋田くん?」
「うん。どういうひと?」
ぼくの大ざっぱな質問に、市嶋が鼻をならした。
「どういうひとって、みたとおりだよ。校庭にさ、サッカーゴールふたつしかないだろ?」
校庭のこっちがわと、むこうがわ。よく見ると、こっちで遊んでるのとは別のグループがもう一方のゴールを使ってるらしい。
「上級生が遊んでると使えなかったんだけど、秋田くんが、いっしょに使おうって言ったんだよ。で、三年とか四年にサッカー教えてくれてるんだ」
「へー……」
「へーって、聞いといて」
「ごめん、感心しちゃって」
後輩に好かれるのもよくわかる。すなおにかっこいいタイプだ。
「モテるのかな?」
「へ? いや、知らないよ。あんまり、女子と遊ぶって感じじゃないけど」
「だれか、女子といっしょに帰ってるとか……」
「うーん、みたことない、かな」
誰かと付き合ってるってわけじゃなさそう。逆に言えば、そういうことに興味がないかも。うーん、いい情報か悪い情報か、わかんないな。
「市嶋、どうした?」
僕と話しこんで戻ってこないのに気づいて、ゴール前から声をかけられた。当の秋田くんだ。
「ちょっと話してて。こいつが秋田くんの……」
「しーっ!」
口元に指を立てて言葉をさえぎる。秋田くんはもう鳥羽さんの手紙にきづいてるかもしれないし、なにか関係があるかも、とおもわれたくない。
「オレの?」
「いや、なんでもないっす」
市嶋はそんな理由までは知らないだろうけど、だまっていてくれた。ぼくがマシュマロさんにまきこまれているのを知ってるからかも。
「キミは?」
「市嶋くんと同じクラスで、多加良です。すみません。もう、用事は終わりましたから」
市嶋に用事があったわけじゃないんだけど、彼が戻ってくるのを待ってくれてたみたいだ。
「そう。一緒にやるか?」
って、ものすごく自然に聞かれた。さすがに歯がキラーンと光ったりはしないけど、やさしそうで、たぶんこのひとに教えてもらったらサッカーうまくなるだろうな、って感じがした。
「友達と約束があって……」
「そっか。誘われてたのかとおもったよ」
「お前も、教えてもらったら?」
「市嶋もうまくなったしな」
「おかげさまっす」
ふたりが笑顔をかわす。わー、ものすごく自然なスポーツ仲間って感じ。マシュマロさんたちを待たせてなかったら、「はい」って言っちゃいそうだ。
「ジャマしてすみません。ぼくはこれで」
「じゃーなー」
頭をさげて、ふたりからはなれる。
サッカーゴール前がまたにぎやかになるのを背中で感じながら、ぼくはなんとなく、納得していた。
たしかに、ぼくが女子でも、ああいうひとにあこがれそうだ。
🌂
「……って、感じ。下級生にも好かれてるみたい」
校門をくぐりながら、僕はふたりに「情報収集」の結果を話してみた。ふたりっていうのは、もちろん小練マシュマロさんと鳥羽ゆりあさんだ。
「やっぱり、そうなんだ。ふふ……」
鳥羽さんはまるで自分がほめられたみたいに、うれしそうにほほ笑んだ。たぶん、図書館の窓から校庭の様子をながめてたりしたんだろうな、なんてまた勝手に想像してみる。
「もうだれかとつきあってるってことは、なさそうなんだよね」
「市嶋が知るかぎりでは、だけど」
「チャンスだよ、ゆりあちゃん!」
こっちはこっちで、まるで自分のことのように楽しそうに盛り上がっている。
「そ、そうかな。ぅうー……」
ちぢこまってはにかむ鳥羽さん。マシュマロさんは文字通りその背中を押している。鳥羽さんはゆっくり歩くから、前を歩いてもらわないとおいていってしまいそうだからだ。
「勇生くんは、どう思った?」
「え、うーん……スポーツマンらしいっていうか、さわやかな感じ」
あいかわらずストレートなマシュマロさんの質問に、素直にかえした。
「野球チームでピッチャーやってても、ぜんぜんさわやかじゃないやつもいるけど」
きょとんとするマシュマロさんの顔をみて、余計なことを言ったな、ってあとから気づいた。
「あんまり、種井くんのこと気にしすぎないほうがいいよ……」
か細い声で、鳥羽さんが言う。自分でも気づかないうちに、フキゲンそうに見えたらしい。
「ごめん。そういうつもりじゃなくて……秋田くんは、かっこいいと思うよ」
「そっか。ますます、ゆりあちゃんのこと応援しなきゃ」
意気ごみをあらたにするマシュマロさん。一方で、ずんずん歩いている彼女に合わせていつもより早足の鳥羽さんは、ふとめのまゆを不安そうにハの字にしている。
「ところで……どこに行くの?」
「勇生くんの家だよ」
「なんで!?」
あまりにあっさり答えたから、ききながしそうになった。あぶない。
「だって、いちばん学校から近いし。私の家はもっと歩くもん」
「うちは、マンションだし、お母さんがずっといるから……」
「先に言っておいてよ」
「だいじょうぶだよ。勇生くんの部屋、ちらかってないし」
「小練さん、多加良くんのおうちに行ったことあるの?」
鳥羽さんがおどろいたように聞く。たしかに、彼女からしたら、男子の部屋を女子が一人で訪ねるなんて、めったにないのかも。
「忘れ物とどけてもらっただけだから」
「ふたり、仲いいよね……」
そういえば、とばかりに鳥羽さんが僕たちを交互に見る。
「ちょっとね。ヒミツの関係なんだ」
「ひ、ヒミツ!?」
何を連想したのかわからないけど、顔を赤くする鳥羽さん。たぶんだけど、なにか誤解されてる気がする。
「そんな、たいしたことじゃないから」
「そ、そうなんだ……」
胸をおさえながら見られると、ぼくまでドキドキしてくる。ちょっぴり気まずい沈黙。
「とうちゃくーっ!」
ひとりだけ元気なマシュマロさんが鳥羽さんの肩をおさえて足を止めさせる。「多加良」の表札がかかった家の前だ。
「もう、仕方ないから入って」
ため息をつきながら、ぼくはいつもどおりにドアを開ける。
「ただいま」
「おじゃましまーす!」
「おじゃまします……」
ふたりを玄関にとおすと、びっくりした顔のお兄ちゃんと目があった。
「いらっしゃい。勇生が女の子の友だちを連れてくるなんて、めずらしい」
目を丸くしているお兄ちゃん。よけいなこと言わなくていいのに。
「ちょっと、相談することがあるの。小練さんと、鳥羽さん」
「勇生くんのお兄さん? はじめまして!」
「は、はじめまして。おじゃまします」
ていねいに頭をさげる二人。部屋着のままのお兄ちゃんを見られるのは、ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
「何かあったら言って。俺は映画みてるから」
本人も気にしているんだろう。さっさと部屋にひっこんでいく。
「ぼくの部屋、二階だから。あがって」
ふたりに先に階段をのぼってもらう。
「そうだ。いっしょに見る? 『プリティ・ウーマン』」
「みないって!」
ノラ猫をおいはらうみたいにお兄ちゃんを部屋に戻らせて、僕は飲み物を用意することにした。
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