プライドと偏見
「わたしたちをよろこばせようとしてくれたんだよね?」
「お、おう、まあな」
種井たちのねらいは、あきらかにぼくと小練さんをこまらせることだ。黒板に相合ガサでぼくと小練さんの名まねをかけば、「やめてよー!」なんてリアクションが見れると思ったにちがいない。
でも、日本の、ふつうの小学生のことにくわしくない転校生には、そのねらいがまるでつうじていないらしかった。
「ありがとう! ねえ、わたしが転校生だから、歓迎してくれたのかな?」
「え……いや、そういうわけじゃ」
小練さんにつめよられて、種井があとずさりするのがわかった。本人にはつめよってるつもりはないんだろうけど、あのキラキラした目で見つめられると、なにも言いかえせなくなってしまうのは、種井もおなじらいい。
「ねえ、これって、どういうイミがあるの?」
黒板にかかれたカサを指さして、不思議そうに首をかしげる。ながい髪が、首のかたむきにあわせてふわっとゆれた。
「これは……なんていうか」
種井と、とりまきたちが顔をみあわせる。あらためて聞かれると、どう説明していいのかこまるんだろう。こまらせるつもりだった転校生に、自分たちがこまらされてるわけだ。
「あなたと、
いつまでもこたえようとしない男子たちのかわりに、まじめな
「そうなの?」
そして、よりによって種井に聞きかえしちゃう小練さん。
種井の顔はこわばって、ぎゅっとむすんだ口がぷるぷるとふるえている。あまりにあっさりした反応に、むしろはずかしくなってきてるのかもしれない。
「ほっとけばいいわよ。まじめにとりあうなんて、ばかみたい」
星田さんが、話をおわらせようと水をむける。彼女も、小練さんの反応にちょっと拍子ぬけしたみたいだ。いっぺんに冷めちゃって、さっさとおわりにしたがってるんだろうな、たぶん。
でも、ただひとり、話をおわらせる気がないひとがいた。
「でも、わたしは
「はぁっ!?」
小練さんの、いきなりの発言に、ぼくは思わず声をあげてしまった。
「す、好きって、それ、あの……」
声がうらがえってふるえている。ほお骨の上あたりがあつくなってくるのが、自分でもわかった。
「もう何回もたすけてもらったもん。勇生くんがいなかったら、わたし、まだまよってたかも」
じょうだんめかして、ちょいっと肩をすくめた。
「あんまりそういうこと、男子に言わないほうがいいと思うけど……」
星田さんは、ぼくの様子を心配しているのか、あんまりにもとうとつすぎる「好き」宣言にあきれているのか、うで組みしてため息。
もちろん、ぼくだって、今のが「愛のコクハク」じゃないことくらいはわかってる。でも、いきなり女の子に名ざしで「好き」なんて言われたら、だれでもビックリするに決まってる!
「へえー」
種井がわらっていた。
しまった。そう思ったけど、もう後悔してもおそい。
「転校生は、チビが好きなんだってよ」
小練さんにはひやかしもイジワルも通じないけど、ぼくならよわいと思ったんだろう。種井のまわりの男子もにやつきながら、ほこ先をぼくをかえてくる。
「外国ではちいさい男のほうがモテるのかな?」
「女子はみんなかわいいのが好きだからさ」
おもいおもいに勝手なことを言いながら、じりじりとぼくのほうへちかづいてくる。
もしかしたら、たすけてくれないかと思って教室のなかを見まわしたけど、
「やめなさいよ。ひとのことからかっておもしろいの?」
星田さんがくってかかるけど、それはさっきと同じパターンだ。種井があいだにはいって、星田さんのまえに立ちはだかる。
「チビっていっても、いいイミだよ。いいイミでチビって言ってんの」
「それで、多加良くんがよろこぶと思ってるの?」
だんだん、星田さんもヒートアップしてきている。二学期がはじまっていきなりこれじゃ、あたりまえだ。
星田さんがおこっているぶん、ぼくはだんだん冷静になってきた。こんなことで言いあらそったり、ケンカするなんてばかばかしい。
「いこう、小練さん。こんなやつ、相手しないほうがいいよ」
早足に、自分の席へ。ランドセルをせおって、さっさと出口にむかうことにする。
「おい、いいイミでチビなぼくを好きになってくれてありがとうっていってあげろよ」
種井のほうは見なかったけど、きっとあのニヤニヤ顔にちがいない。
「あ、待って!」
小練さんの声が聞こえるけど、ぼくはふりむかずに歩きつづけた。
🌂
靴箱でくつをはきかえるころには、のどから氷をのみこんだみたいに、胸のなかがつめたくなっていた。
だいたい、なにもかもばからしい。
転校生に好きって言われたからって、なんだっていうんだ。たまたま最初に会ったのがぼくだっただけじゃないか。だれだって、こまってれば道案内ぐらいするよ。
それで、ほかの子よりさきになかよくなったからって、べつにぼくがトクベツなわけじゃない。一週間もすれば、小練さんにもほかの友だちができて、ぼくのことなんか気にもしなくなるさ。
ヒミツの関係なんて!
いいさ、だまってることぐらい、かんたんだ。そのままわすれてしまえばいい。じゃなきゃ、勝手にひとりでドキドキしたり、バカにされたりすることもなくなる。
校門をくぐろうとしたとき、うしろから足音が聞こえた。
「まって、勇生くん!」
小練さんだ。息をきらせながら、ながい髪をゆらしていた。
「なに?」
声をおさえようとして、とげとげしくなってしまった。ああ、もう。自分のしゃべりかたも好きにできない。
「えっと、おこってる?」
さっきまではまっすぐ見つめてたのに、いまはうかがうみたいに顔をちらちらながめてくる。それがなんだか、むしょうにイヤだった。
「べつに!」
いかりまかせにさけんで、また歩きだす。
体じゅうに力がこもっていた。こぶしをぎゅっとにぎって、地面をつよくふむ。でも、「どすどす」なんておもたい足音は出ない。ぼくのかるい体で、出るわけがない。
「わたし、わるいことしちゃったかな?」
「小練さんのせいじゃないよ。ほっといて」
あとをおいかけてくる彼女のほうをみないように顔をそらす。
「わたしが、勇生くんのこと好きって言ったら、メイワクかな?」
ぼくが早足で歩くから、小練さんはすこしかけ足になっている。
「そういうことじゃないってば」
小練さんはとなりから、ぼくの顔をみようとしているみたい。でも、あんなことのあとで……ぼくが勝手に、好かれてるっておもいこんでカン違いしたあとで、まとにも顔がみれない。
それでも、花のような甘いかおりで、彼女がすぐちかくにいるのがわかった。
「いまの勇生くん、こわいよ。マジックしてるときは、もっと……」
「とにかく、ぼくにかまわないで!」
小練さんはどうにかして、ぼくをなぐさめようとしてくれている。それくらいは、ぼくにもわかってる。
でも、それがよけいにイヤだった。せっかく、好きだって言ってくれてるのに、その人のまえで身長のこと、からかわれて。それでなぐさめられるなんて、みじめすぎる。
いたくなるぐらいくちびるをかみながら歩いた。
両手をぶんぶんふって、できるかぎりおおまたで。
ぎゅっと眉に力をこめて、ななめ下をみながら。
「あんなこと、気にしてなんか……」
そして、言いかけてから気づいた。
もう、花のかおりはしていなかった。
ぼくはひとりだった。
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