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「こうなったら!」
ぼくの見ているまえで、
ぽんっ!
と、音とケムリをたてて、とつぜんその姿がきえた。
いや、小練さんのかわりに、その場所には白いウサギがいた。
「えっと、小練さん?」
「ほっといて。わたしはもう、のこりの人生をウサギとして生きるの!」
耳をぴくぴくさせながら、青い目のウサギが声をあげた。
「お、おちついてよ。ぼく、なにかまずいことしたかな?」
どうしていいかわからずに、ぼくはかがみこんでそのウサギに聞いてみる。
どこからどうみてもウサギだ。それなのに、なんとなく、このウサギが小練さんだっていう感じがする。これが魔法の力なんだろうか?
「ううん。
「だからって、なにもそんな」
ぷるぷる首をふるウサギをみていると、さわったりだきあげたりしたくなってくる。それって小練さんの体にさわるのとおなじことだとおもうと、さすがに手をひっこめてしまう。
「ほっといて。ママのにがいケーキを食べるくらいなら、ウサギになったほうがマシだもん!」
小練さんの声は本気でおびえてるみたいだ。なにをさせられるのかはよくわからないけど、どうやら、人前で魔法をつかうのはあまりよくないことらしい。
「でも、せっかく……友だちになったのに」
転校生がその日のうちにウサギになっちゃったなんて、ちょっと自分でも状況がよくわかっていないけど。
でも、ぼくがカンちがいさせたせいでもう人間の彼女に会えなくなるのはさびしい。
「うう……ごめんなさい。魔法使いだってわかると大さわぎになるから、人まえではつかわないようにって言われてたのに。勇生くんも魔法使いだとおもって、つい、うれしくなっちゃって」
ウサギがしゅんと下をむく。耳もたれ下がっていた。
「いま、見てたのはぼくだけなんだし。ぼくがだまってれば、だれにもわからないよ」
「ほんとう?」
ぱっと、ウサギの青い目がかがやいた。「にがいケーキ」がそんなにイヤなのかな。
「うん。ふたりだけのヒミツにしよう」
「ヒミツ……うん。ありがとう!」
ぱっと、ウサギの姿が女の子に、小練さんにもどる。
わかりやすいくらいに安心した表情だ。
「ねえ、こういうとき、こっちではどうするのかな?」
「えっと……指切り、かな?」
「指を切るの!?」
がーん、とおどろきに目を見ひらく小練さん。
「そ、そうじゃなくて。小指をたててヤクソクするんだ」
ぼくが小指をたてると、それをマネするように彼女も小指をたてる。指をからませると、ヘンにドキドキしてしまった。
「ゆーびきりげんまん、ウソついたらはりせんぼんのーます」
「はりせんぼん……!」
本当に針を千本のむところをイメージしたのか、小練さんが青ざめた声でくりかえした。
「本当にのむわけじゃなくて、おまじないみたいなものだから……」
「わ、わかった。ぜったい、わたしもヒミツをまもるから!」
小指に力をこめて、小練さんがこたえる。「おまじない」のちからを信じているみたいだ。
「指きった!」
二人の小指がはなれる。ほっと、小練さんが大きく胸をなでおろした。
「これで、わたしと勇生くんはヒミツの関係だね」
「へ、ヘンな言いかたしないでよ」
うれしそうにほほ笑む彼女から目をそらす。顔があつくなりそうだ。
「教室にもどろう。あんまりおそくなったら、ヘンにおもわれるかも」
「うん!」
ぼくは屋上のドアをあけながら、胸のドキドキがおさまるどころか、むしろはげしくなっていくのをかんじていた。
おたがいの小指をからませた感触が、まだのこっている気がする。
(そういえば、赤い糸も小指からつながってるんだっけ……)
なんて、きづけばぼくまで、おまじないみたいなことをかんがえていた。
🌂
「そういえば、さっきのスズメはあのまま、ほうっておいていいの?」
ふたりで廊下を歩きながら、小練さんに聞いてみる。しゃべるスズメが三羽もいたら、すぐにニュースになってしまいそうだけど……。
「10分ぐらいでもとにもどるはずだから、だいじょうぶ」
「さわぎになってないといいけど」
「ちょっとくらいなら、みんなカンちがいだと思ってくれるよ」
そういって、小練さんはにっこりわらった。のんきというか、天真らんまんというか……。
(小練さんはべつの世界から来たって言ってたけど……)
たしかに、ちょっとまわりとズレてるっていうか、ほかのひととはフンイキがだいぶちがう。
べつの世界って、絵本でよくみる魔法の国とか、そういうことだろうか?
もしそうだとしたら、小練さんは「こっちの世界」のことがよくわかっていないのかもしれない。
(だとしたら、ぼくがたすけてあげないと……!)
ふたりのあいだでヒミツができたんだから、彼女をたすけられるのはぼくだけだ。まわりが彼女の魔法にきづかないようにするセキニンがある。
(うん。セキニンだもん。しかたないよね!)
「なんでも、こまったことがあったらぼくにいってね」
自分でも気づかないうちに胸をはりながら、ぼくは言った。
「うん。よかった、勇生くんが友だちになってくれて」
そうして、小練さんはくったくない笑顔をうかべる。そうするとぼくは、やっぱり何もいえなくなるのだった。
🌂
ぼくたちが教室にもどったときには、まだのこっている生徒は半分ぐらいになっていた。
てっきり、クラスメイトたちがぼくたちの「ふたりだけの話」に興味しんしんで、とりかこまれるのかとおもったけど、そこではさきに事件がおきていた。
「そういうの、やめなさいよ。メイワクでしょ!」
さいしょに聞こえたのは、女子の声。
「よろこばせようとおもってやってるんだ。ゼンイだよ、ゼンイ」
つぎは、男子のしゃがれ声。朝、ぼくのジャマをした
「ケンカかな?」
やっぱり、どこかのんきな小練さん。
ふたりで、教室の入り口からなかをのぞいてみると……
種井と、そのとりまきの男子が黒板のあたりでなにかもりあがっている。
それを、女子のグループ……
星田さんは、ながいかみの毛をカチューシャでとめている。みためからして、きっちりしたタイプ。性格もそうで、女子のなかでは種井に文句を言えるのは彼女くらいだ。
その星田さんが、カチューシャでだしたおでこを赤くするぐらいにおこっている。これはちょっと、ただごとじゃなさそうだ。
でも、体のおおきな種井がとおせんぼしているせいで、女子は黒板にちかづけない。
「どうかしたの?」
そんなピリピリした教室に、小練さんはためらいなくはいっていく。
ああ、めんどうなことにならなきゃいいけど。ぼくはできるだけ「なにも気にしてないよ」という顔で、小練さんにつづいた。
「おっ、もどってきたな」
にやにやしながら、種井がぼくのほうをみる。これは、あきらかになにか、イジワルしようとしてるときの顔だ。
「ほら、みせてやれよ」
種井がそういうと、黒板のまわりの男子たちが場所をあける。そこにかかれているものをぼくたちに見せるつもりらしい。
「小練さん、まに受けちゃだめよ」
よこから、星田さんの声。きょとんとする小練さんの視線のさきには……
黒板にかかれた、おおきなカサ。ひらいたカサの下には、右に「
いわゆる、相合ガサ、ってやつだ。
「ふたりだけで話して、そういうカンケイなんだろ?」
「もう、チューしたのか?」
種井のとりまきたちが、わざとこどもっぽくはやしたてる。
「やめなさいよ。こういうの、ひどいわよ!」
星田さんがやめさせようとするけど、種井とそのとりまきは、はますますたのしそうに、「ヒュー、ヒュー!」なんて、口笛をふいてみせる。
「いいじゃねえか。明日までのこして、先生にも教えてやろうぜ」
ニヤニヤしたまま、種井が星田さんの肩をおしかえす。体のおおきい種井は、星田さんのことばもどこふく風、というやつだ。
ぼくは、といえば、おどろいて、だまってしまっていた。
どう反応していいかわからない。あせったり、こまったりしたら、種井をよろこばせるだけだ。
とにかく、小練さんがきずつかないようにしないと。
「かえろう。あした、けせばいいよ」
おさえたつもりだったけど、自分でもわかるぐらい、イライラした声になってしまった。ぼくはともかく、転校してきたばかりの小練さんをからかうなんて。
でも、小練さんはフシギそうにその黒板をみつめていた。
そして、種井のほうへ顔をむけると、
「ねえ、これって、どういうイミがあるの?」
と、きいてしまったのだった。
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