「わたし、魔法使いなの」

 小練こねりさんはぼくの顔をじっと見つめながら、ことばをくりかえした。

 いやになるくらいよく晴れた日で、ぼくたちしかいない屋上は空気がゆらゆらゆれそうなくらいにあつくなっている。

 ぼくは、そのことばのイミをかんがえるため、必死に頭をはたらかせていた。


「それって、どういうイミ?」

「そのままのイミ。わたしも、勇生ゆうきくんと同じで、魔法がつかえるの」

 ほっとしたような、ぼくのことをたよるような、そんな笑みをむけてくる。それって、マジックが好きってこと?


「どこかで、勉強したの?」

 ぼくは、ちゃんとしたところで手品の勉強をしたわけじゃない。いくつか、図書館で本をかりたり、マジックの道具を買ってやりかたをおぼえたぐらいだ。

「ううん。わたしは、ずっとまえからつかえたんだ。ママもおなじって言ってた」

 勉強しないでマジックができるなんてこと、あるわけない。勉強と練習でみにつける技術だもん。


「ぼく、小練さんがなにを言いたいのか、よくわからないんだけど……」

「勇生くんこそ、さっき、なにか言いかけたよね?」

 ずい、っとぼくの顔をのぞきこんでくる。

「ひとめみたときからって……」

「わああっ、そ、それはまちがい、いまは関係ないから!」

 聞こえてなかったと思っていたのに、ばっちり聞いていたらしい。手をばたばたふってごまかすぼく。小練さんはふしぎそうに首をかしげた。


「ねえ、かくしごとはなしにしよう」

 このままでは話がすすまないとおもったのか、彼女はくるっとまわりを見まわした。

「わたしから、ヒミツを見せるから」

 そういうと、どこからともなく、ちいさな日がさパラソルを取り出した。はじめに会ったときにももっていた、あの日がさだ。

 とじたままのそれを、オーケストラの指揮者みたいにかるくふって……


「えいっ!」

 カサからちいさな光がぱっととびちったように見えた。その光はくるりと弧をえがきながら屋上のフェンスにとまっていた3羽のスズメのまわりをかこみ、そしてきえた。

「えっと……」

「しーっ、しずかに」

 口元に指をたてて、小練さんはいたずらっぽく笑って見せる。また、見たことのない表情にどきりとして、言われたとおりに口をつぐんでしまった。


 すると……

「なあ、あの人間、なにしゃべってるのかな?」

 どこかから、声が聞こえてきた。

「オスとメスがひとりずつだから、つがいになろうかって言ってるんじゃない?」

「ばか、あれはヒナだよ。おとなの人間はもっとおおきいんだから」

 何人かが話しあっている。それはあきらかに、スズメたちのほうからきこえていた。


「と……鳥がしゃべってる!」

 ぼくはおもわず、声をあげてしまった。そのおどろきがスズメにも伝わったのか、3羽が逃げるようにとびたつ。

「ねえ、魔法でしゃべれるようにしたの。こっちへきて」

 と、小練さんがスズメたちに声をかける。なんだか、あたりまえのことのように言ってるけど……

 3羽のスズメはパタパタともどってきて、小練さんが横にもったカサのうえにとまった。


「魔法って? うそでしょ?」

「もうつかえる人間はいなくなったんじゃないの?」

 鳥たちがかんだかい声で小練さんを見あげている。

「ずうっと昔に、ママのご先祖さまたちはこの世界から別の世界に『お引越し』したんだって。だから、こっちの世界に魔法使いが来るのは何百年ぶり」

 にっこりと、スズメにむけて小練さんが笑顔をうかべた。


「人間のしゃべってることがわかるぞ!」

「それじゃ、本物の魔法使いだ!」

「すごい、つくり話だとおもってた!」

 3羽がつぎつぎにさわぎ、その場でばたばた羽をゆする。

 ぼくは、スズメがしゃべりだしただけでもおどろいているのに、なにがなんだかわからない。


「ええっと……ど、どういうトリック?」

 これが小練さんのマジックだとしたら、すごい技術だ。どうやってスズメをあやつったり、しゃべってるように見せてるんだろう?

「魔法だよ、さっきから言ってるだろ」

 スズメのうちの一羽が、あきれたようにくちばしをならした。

「動物はおぼえてるのに、人間はわすれちゃったらしいな」

「ずうっと昔だから、しかたないよ。人間は、自分たちだけがかしこいとおもってるんだ」

 そういって、3羽が首をすくめる。

 あれ、もしかしてぼく、鳥にバカにされてる?


「わかった。ぼくのまけだよ、降参!」

 ぼくは両手をあげた。こんなすごいトリックのまえじゃ、ぼくのマジックなんてぜんぜん、たいしたことない。

「降参って?」

「きみのマジックのほうがすごいよ。ぼくのなんて、見えないようにボールをいれかえてるだけだもん」


「うん。魔法でうごかしたんだよね?」

 きょとんと、小練さんはまばたきしている。こんなにすごいトリックはできるのに、ボールのマジックのことは知らないんだろうか?

「ちがうってば。両手のあいだの、みんなからは見えないところでうごかしてるんだ。左手に入れたように見せかけて、実は右手のボールを左手にわたしてる。スリーボールトリックっていう有名な技で……」

 ぼくがため息まじりにいうと、小練さんの顔がどんどん青くなっていくのが見えた。

「じ、じゃあ、魔法じゃないの?」

 その声は、すこしふるえている。なにか、ワルいことをしてしまった直後みたいに。


「こいつら、なんの話してんだ?」

 スズメはそんなぼくたちをながめて、彼女のカサの上で、体をゆさぶっている。

「すれちがいだよ。つきあってらんないね」

「うたったりおどったりしなくていいのかな?」

「そういうフンイキじゃないだろ。空気よめよ」

「いこうぜ、ほかの人間の話もぬすみ聞きしよう」

 3羽のスズメは、ぱっと飛びたっていった。ふたたび、屋上にはぼくたちだけ。


 スズメのいうとおり、なにかがすれちがっている。

 小練さんは、まるでマジックのことなんか見たことも聞いたこともないみたいなのに、スズメをしゃべらせた。本当に、トリックなんかないみたいに。

「ええと、つまり……」

 ぼくはひたいをおさえながら、なんとか状況をまとめようとしていた。

「あのスズメをしゃべらせたのは、魔法で?」

 コクン、と小練さんはだまったままうなずいた。


「魔法って、あのおとぎ話にでてくるやつ?」

 もう一度、コクン。

「じゃあ、小練さんは、魔法使い?」

 コクン。

「でも、ぼくは手品が好きなだけで、魔法使いじゃない」

「ほ、ほんとうに?」

「かくしごとはなしにしようって、小練さんが言ったでしょ」

 そのあとの数秒のあいだに、彼女の表情はめまぐるしくかわっていった。

 赤くなったかとおもったら青くなって、眉間にシワがよったかとおもうと口をかたくひきむすんで、最後には泣きそうな顔になっていた。


「ど、どうしよう。ママにおこられる!」

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