魔法にかけられて
「それじゃ、ボールのマジックをみせます」
ランドセルの中からとりだしたみっつのゴムボールをてのひらにのせて、みんなによくみえるようにしてから、机のうえにならべる。
たしかに、ぼくはマジックがすきで、夏やすみのあいだも練習していた。このボールは、友だちにみせてみようとおもってランドセルに入れておいたのだ。
机をはさんでむかいがわに
「それ、もうなん回もみたことある」
「小練さんがみるのははじめてでしょ。それに、技がふえてるから」
「技って?」
好奇心に目をかがやかせた小練さんが、わくわくした表情できいてくる。
「みてればわかるよ」
これなら、マジックにもいいリアクションをしてくれそうだ。
「それじゃあ、このボールを右手でひろって、左手にいれます」
言葉のとおりに、ぼくは右手でゴムボールのひとつをひろい、みんなによくみえるように、かるくにぎった手のなかにいれる。
「もうひとつ」
ぼくの手のなかにもおさまる、ちいさなボールを左手でつまんで、左手へ。右手のゆびを一本たてて、ぐっとおしこむ。ここをうまくやるのが大事だ。
「最後のひとつ」
机のうえからボールがきえて、ぼくの手のなかへ。いちど、まわりのみんなの顔をみまわしてから、むかいの転校生に顔をむける。
「小練さん、ボールはどこにいくつある?」
ぼくにきかれて、小練さんはおどろいたように青い目をぱちくりさせた。
「
ねらいどおりのこたえ。おもわず、にやけてしまいそうになるのをこらえた。
「そうかな? そうともかぎらないよ」
左手をひろげてみせる。手のなかには、ちいさなゴムボールがふたつ。
「あれっ!? どうして?」
おおきな声をあげる小練さん。目のまえでおきたことをしんじられないというみたいだ。
「もうひとつは、こっち」
右手をひろげると、そこからもボールがひとつあらわれる。おおげさなくらい、小練さんの目がまるくなった。
「うそ? ええっ?」
おどろいている、というよりは、なにがなんだかわからない、というような反応だ。なんだかぼくがおもっていたよりも、もっとびっくりしてるみたい。
「
うしろの横平が、ぽつりとつぶやいた。彼にはぼくの手品のタネがみえてしまってるかもしれないけど、友だちだから人にはなしたりはしない、と思う。
「小練さん、それがマジックっていうものだよ」
なぜか、里中がジマンげに転校生の肩をたたいている。やってみせたのはぼくだってば。
とにかく、これだけびっくりしてくれるなら、ぼくも気分がいい。あたらしい技も見てもらおう。
「それじゃあ、つぎはボールをふたつ左手にいれます」
ふたつのボールを右手でひろいあげて、いっぺんに左手ににぎらせる。こんどはわざと、ゆっくり手をうごかして、みんながよくみえるように。
「もうひとつは、ぼくのポケットにいれます」
のこったひとつを、右手でぼくのズボンのポケットへ。その手をあけて、もうにぎっていないことをみんなにアピール。
小練さんのまえに、にぎった左手をさしだして……
「こんどは、左手にいくつはいってる?」
「ふたつ! ちゃんと見てたもん!」
ぼくが言いおわるか言いおわらないか、というところで、小練さんがくいぎみにこたえる。
「それじゃ、手をだしてみて」
「こう?」
すなおすぎるぐらいすなおに、転校生が手をさしだした。白くてほそい手に、ぼくは左手をかさねてひろげる。そうすると、小練さんのてのなかには……
「あ、あれ? ひとつしかない!」
目を白黒させて、小練さんはさけんだ。
てのなかにある赤いボールをじっと見つめても、ふえたりはしない。まちがいなく、ボールはひとつだけだ。
「だって、ひとつは勇生くんのポケットにあって、てにはふたつあるはずなのに?」
さっきのを見ていれば、ふえるかへるかっておもいそうなものだけど。ぜったいにふたつにちがいないって、本気でおもってたみたいなおどろききようだ。
「それがマジックっていうものなんだよ」
また、里中がしたり顔でいってるけど。ムシすることにしておく。
「タネもしかけもないでしょ? そのボール、かしてあげる。すきなだけしらべていいよ」
「しらべる……」
小練さんはすなおに、プニプニとボールをにぎってたしかめている。もちろん、そのボールはたんなるゴムボールだ。なにもしかけはない。これは、みんなに見えないところでボールを動かすことで、まるで瞬間移動したように見せるマジックだ。
「あっ、そうだ! 魔法でボールを消したんだ!」
とつぜん、小練さんがおおきく声をあげた。
「そ、そうか! 魔法をつかえばそれぐらいかんたんに……って、そんなわけないでしょ」
彼女のとなりにいた里中がかるい調子でつっこむ。でも、まるでその声がきこえていないかのように、小練さんはとつぜん、たちあがった。
「勇生くん!」
「は、はい?」
なにやら真剣なまなざしでぼくの顔をまっすぐみつめてくる。ぼくが「おこられるのかな?」ってどきどきしているに、いきなり、きゅっとぼくの手をにぎった。
「うわっ!? な、なに?」
てのひらのあたたかさがつたわってきて、おもわず体がこわばる。
「ふたりだけではなしたいんだけど、いいかな?」
「ええっ!?」
そのセリフがあまりにとつぜんすぎて、すっとんきょうな声をあげてしまった。でも、ぼくだけじゃなくて、まわりの同級生もざわついている。
「なになに、やっぱりそういうこと?」
「転校して、一日めから?」
「やっぱり外国そだちだとセッキョクテキなのかな?」
みんなが、好きかってなことをはやしたてる。ぼくはといえば、言いかえそうとしてもうまく言葉がでてこない。
「おねがい」
じ、っと僕を見つめる小練さん。青い目は、真剣そのものだ。
「わ、わかったから。じ、じゃあ、ついてきて」
いきおいにおされて、ぼくもたちあがる。小練さんはこくんとうなずき、ボールをふところにしまいこんでぼくのあとをついてくる。同級生が、ささっとひろがって道を作ってくれた。
「多加良、しっかりね」
「そういうんじゃないってば!」
横平のムセキニンな茶々にいいかえしながら、ぼくたちは教室をでていった。
🌂
どうしよう。
ぼくは、廊下をあるきながら、なぜかドキドキとうるさい胸をおさえていた。
(小練さんってちょっとかわってるけど、ほかの女子とフンイキちがうっていうか、でも、あったばっかりなのに、こんなことってあるのかな?)
いきなり、アイのコクハク!? なんてことじゃないとおもうけど、でも、みんなにきかせられないような話をするなら、なにか大事なことをこれからぼくに言うつもりなんだろうし。
ううん、たんにぼくがカンちがいしてるだけかも。外国そだちらしいから、ぼくがかんがえてるようなこととはぜんぜん、ちがうことを言われるのかもしれない。
うん、そうだよね。
きっとそうだ。
って、自分に言いきかせても、ぜんぜんドキドキはおさまらない。
なんどもなんども深呼吸してるうちに、ぼくたちは階段をのぼって、いちばん上にたどりついていた。
「ここって、屋上?」
「うん。ここなら、いまはだれもいないとおもう」
ドアをあける。9月の、まだはげしい日ざしが屋上いちめんにふりそそいでいる。灰色のゆかがまぶしいくらいだった。
ぼくたち以外には、だれのすがたもない。校庭ではなん組かの生徒たちが、ひさしぶりに会えた友だちとおもいおもいにあそんでいるのがみえた。
「それで、話って?」
なるべくキンチョウしてないふりをして、ぼくはきいた。これいじょうドキドキがはげしくなるまえに、はやく話をおわらせたかった。
「うん。じつはね、わたし、勇生くんのこと……」
(ぼくのこと!?)
ドキドキがつよまりすぎて、口から心臓がとびだしそうだ。なぜだか、小練さんはもったいつけるみたいにそこで言葉をきって、じっとぼくを見つめる。
「ううん、こんなこと、いきなり言われたらこまるかもしれないけど……」
いいにくそうに、小練さんが自分のてのひらをみつめている。なんだか、女の子のこんな表情、はじめて見る気がする。
「わたしと、勇生くんが同じ気持ちだったらうれしいな」
「お、おなじきもち!?」
あたまの上に、直射日光がそそいでいる。そのせいだかわからないけど、ぐつぐつあたまがあつくなって、バクハツしてしまいそうだ。そのせいで、おもわずヘンな声をあげてしまった。
「おどろかせたら、ごめんね。わたし……」
小練さんの、さくら色のくちびるが、ゆっくりとうごく。その時間は、やけに長く感じられた。
「わたし……」
いいよどんで、それでも、勇気をふりしぼるように、ぼくを見つめながら、彼女はいった。
「わたしも、魔法使いなの!」
「ぼくも、ひとめ見たときから……」
あたまがあつくなりすぎて、彼女がなにをいったのかもわからないうちから、返事をくちばしりかける。
もうほとんど言ってしまってから、なにかかみあってないぞ、っておもった。
「い、いま、なんて?」
今日いちばんマヌケな声で、ぼくは聞きかえした。
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