転校生

 ぼくは、校門のまえでであった女の子をつれて、廊下をすすむ。

 宿題をとりにかえるのは、あきらめるしかない。さっきのやりとりだけで、もうだいぶ時間がなくなってしまったから。

「親切なひとがいてくれて、よかった。あ、ねえ、『親切』って、どうして親を切るって書くんだろ?」

 そんなぼくのユウウツな胸のうちを知るよしもない女の子が、すぐとなりをあるきながら、なぜだかたのしそうにきいてくる。


「し、しらないよ」

「そっか。あなた、あたま、よさそうなのに」

「それって、背がひくいからでしょ」

「背がひくいと、かしこそうにみえるの?」

「きみがはじめた話でしょ!」

 なんだか、ドクトクなテンポというか、しゃべりかた。あかるい髪のけといい、青い目といい、あんまりクラスにいないタイプで、どうせっしていいかわからなくなりそうだ。


「あのさ、さっき……」

 空からどうやっておりてきたのか、きいてみようとおもったのだけど。

「あっ、ここだね!」

 それよりもはやく、彼女のほうが声をあげた。目の前のドアには、「職員室」というプレートがかけられている。

「よかった、まにあったみたい」

 花のような笑顔で、女の子がふりむく。ぼくは、それだけでもう、空からおりてきた理由をきけなくなってしまった。


「まえにもきたことがあるんだけど、わすれちゃってて」

 校門のまえでであった女の子は、ぼくが職員室のまえまでつれていくと、はにかみながらそう言った。

「でも、あなたのおかげですっごくたすかった! ありがとう!」

 よろこんでるのをかくそうともしない笑顔でそう言われると、「どういたしまして」ってこたえるしかない。


「ぼく、教室にもどらないと」

「うん。ほんとうにありがとう!」

 彼女とむかいあうと、なんだかうまく言葉がでてこない。ぼくはそそくさと背中をむけた。

 うしろからは、「おはようございます!」って、女の子の元気な声がきこえた。

 またあえたら、職員室にはいるときは、「失礼します」のほうがいいよ、っておしえてあげよう。なんてかんがえながら、ぼくは教室への廊下をいそいだ。



 🌂



 教室にもどると、すぐに始業式のために体育館へ。

 なんとか、チコクにはならずに済んだみたいだ。


 二学期の始業式は、なんてこともなくおわった。

 式っていっても、校長先生が話をするだけだ。

「むかし、織田信長は……」

 って、話がはじまったことは覚えてるんだけど、とちゅう、どんなことをしゃべったのかはぜんぜんおぼえていない。


「みなさんも平賀源内のようにちいさなアイデアをたいせつにしてください」

 さっきの全力ダッシュのせいでうとうとしかけているうちに、いつのまにか話はおわっていた。

 ……どうやって、織田信長から平賀源内につなげたんだろう?



 🌂



 教室にもどると、すぐに担任の大林先生がはいってきた。

 クラス名簿でひとりずつ名前をよんで全員がいることをたしかめると、先生はさっそく、

「それじゃあ、宿題だしてくれ」

 そういって、夏やすみの宿題をあつめはじめた。


 ぼくはユウウツにため息をつきながら、

「わすれました」

 と、頭をさげた。

 先生はいつもの、どことなく力のぬけた声で、

「ああ。それじゃあ、あしたもってきなさい」

 そういって、ぼくを席にもどらせた。


「……ほっ」

 と、息がもれる。

 もちろん、おこられると思ってたわけじゃないんだけど、あっさりすぎてかえってひょうしぬけしてしまった。

多加良たからがやりわすれたってこともないだろうしね」

 ははは、と軽く笑って、先生はぐるっと肩をまわした。

 いつもだったら、これでもう今日はおわり、授業はあしたから、ってことになりそうだけど……


「あー、きょうは、みんなに転校生を紹介します」

 と、だしぬけに先生がいいはなった。

「転校生?」

「男の子? 女の子?」

 みんながざわついているのを、先生がかるく手をあげて静かにさせる。

 でも、ほかの生徒よりも、ぼくは内心でざわついていた。

(転校生って、もしかして……)

 なんて、かんがえている時間もない。


「はいってきなさい」

 先生がよぶのにあわせて、教室のドアがあいて、女の子がはいってきた。

 くり色の長い髪はふたつ結びにされて、一歩ごとに、ひらひらと揺れる。

 両手で日がさを持ったまま、みんなのまえに立ったその子は、にっこりとおひさまのように微笑んだ。

「はじめまして。小練こねりマシュマロっていいます!」



 🌂



 チャイムがなって、みんなかえっていい、のだけど。

 青い目とあかるい髪の転校生をほおってかえれる生徒なんて、ほとんどいない。

 男子の何人かはさっさとかえったみたいだけど、女子は、小練さんをかこんでいろんな質問をしている。

「ねえねえ、おとうさんかおかあさんが、外国の人なの?」

 さっそく、ウワサ好きの里中さとなかがきりだした。


「うん。おかあさんが、外国、っていうのかな? おとうさんは、日本人だよ」

 転校生……小練さんが、笑顔とともに答える。はきはきしたしゃべりかたと、ぱっと花がさいたような笑顔で、すぐに女子の人気者になったみたいだ。

「どうして、転校することになったの?」

「こっちでやることがあって……あっ、ちょっとまってて」

 ぼくは、そんなやりとりをきいていないフリをしながら、教室のはしっこの席からたちあがる。転校生のことは女子にまかせて、さっさとかえりたかった。あしたは、宿題をもってくるのをわすれないようにしないと。


「さきに、はなしたいひとがいるの」

 小練さんはそう言ったかとおもうと、ぱっとぼくにかけよってきた。

「ねえ、さっきはありがとう」

 たちあがったとたんに声をかけられて、ぼくはおどろく。

「もういいって。お礼だったら、さっききいたから」

 いきなり転校生に声をかけられたぼくに、クラスじゅうの注目があつまってくる。


「なになに、小練さんと多加良くん、なにかあったの?」

「さっき、案内してもらったの。たすかっちゃった」

「おおー、ウンメイのであい?」

「そういうのじゃないって!」

 クラスメイトのヤジにこたえながらも、小練さんの青い目にみつめられている。おちつかないったらない。


「まだ名まえ、きいてなかったよね」

多加良たから勇生ゆうき

「ラユーキくん?」

「たから・ゆうき!」

 教室じゅうからしのび笑いが聞こえてくる。そんなふうにまちがえるかな、ふつう。


「勇生くんだね。ねえねえ、勇生くんはなにか好きなものって、ある?」

「ぼ、ぼく?」

 さっきまで質問ぜめにされていた転校生から、なぜかぼくにあたらしい質問がとんできた。

「小練さん、多加良にキョーミシンシンだね」

 横平よこひらまで、ぼくをからかってきている。友だちなのに。


「多加良の好きなものって……」

「マジックだよね」

「手品でしょ?」

「さいきんは、イリュージョンっていうんじゃないの?」

 ぼくがこたえるまえに、クラスメイトたちがかってにもりあがっている。それをきいて、小練さんの目はますますキラキラしはじめた。


「マジックって? どういうの?」

「どういうのって、い、いま?」

 きづけば、すっかりぼくと小練さんをみんながかこんでいる。ぼくの席は教室のはしっこ、窓ぎわだから、にげられそうにない。

「やってあげなよ」

 横平が、ぼくの肩をつついてはやしたてる。


「いま、できるの?」

 小練さんのキラキラした目が、うれしそうにかがやいている。ここでひきさがったら、あとでみんなからなにか言われてしまいそうだ。

「じゃあ、かんたんなやつだけだよ」

 ぼくがそういうと、クラスじゅうから拍手があがった。

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