外伝
オカリナ売り
宿から出た後は長かった。
街道は小河のように緩やかにうねり、然し景色を変えることはなくただ続いている。少女は路の途中にあった切り株に腰を下ろして男の話に耳を傾けながら手の中に収めるにはやや大きなオカリナから音楽を奏でている。
聞けば西の大街道を通り、漁村を迂回して霧の都に向かう途中の商人だという。
「いいかい嬢ちゃん、この魔法のオカリナが奏でるメロディは持ち主によって変わるんだ。つまり今あんたの手の中で奏でているそのメロディは嬢ちゃんだけが持つ音楽だ。世界でただ嬢ちゃんの為だけに吹かれてるんだよ、分かるかい?」
自慢気に朗々と商売文句を並べ立てる男に少女は目を輝かせたが、頭上の帽子は目を顰めながら馬鹿にしたような半笑いを供にしていた。
少女はオカリナから口を離し笑顔を見せる。
「っ、すごい凄い!英雄的で旅の浪漫に溢れてるよ、最高じゃないか?」
『吹く人間によってはスラム街のゴミ箱を叩くような音が聞こえそうだ…』
「まぁ聞けよ、しかもこのオカリナはな、元は英雄の持ち物だったらしいんだぜ」
「お…ぉおぉお………………!!!!」
『やめておけ、金の無駄だ』
頭上の醒めた声に男は関節の目立つ青白い手を振り上げて激昂する。商人というにはガラの悪い服に雑に括り付けられた銀の装飾が男の動きに合わせてチラチラと揺れた。
「あぁ?!俺のオカリナが買えねえってのか?!オカリナだぞオカリナ!!いるだろ絶対!!鳴るんだぜこれ、一人でによ!買えよ!!もしくはそのチャラチャラした宝石の一つ二つと交換しろ!!!早く!!」
「そうだそうだ!浪漫がわかってないんだよクロ坊は!!英雄譚には浪漫が付き物なんだ!」
男と一緒になって手を振り上げながら旅の浪漫を語る少女に帽子は辟易するが、少女は頭上に目もくれずに懐からずっしりとした布の袋を取り出して男に投げてよこした。
「もっと欲しいならこの道沿いにある宿屋に置いてきた金があるよ、とってけばいいよ!
僕こんなオカリナ初めて見たもの、英雄の冒険譚に音楽は付き物だろ?素敵な商品を買える機会なんて滅多に無いよ!そうでしょ?」
少女が目を輝かせ帽子に語りかけるのを男は少し面食らったような顔で眺めていたが、わざとらしくため息をつくと困ったように笑った。
「…なんだ、拍子抜けしたよ。仕方無えなぁ、嬢ちゃんの笑顔に免じて俺も正直に話そうか。そのオカリナよ、実は俺が作ったわけじゃねえんだ。」
「へ?」
気の抜けたような少女の声に肩を竦めて男は空を仰ぎ見ながらオカリナを手で弄った。
「作ったのは以前俺をとっ捕まえやがった白髪エルフの''英雄''様さ。本当に英雄なのかは知らねえが周りがそう呼んでたからよ。要は何が言いてえかっていうと掻っ払ったんだよ、それ。そんでこいつを目玉に普通のオカリナを売ってたんよ」
「なっ………………!!!!お前!!」
「おっ説教はごめんだぜ?だがよ、嬢ちゃんには本当に売ってもいいなって思ったんだよ。あの白髪野郎に比べたら随分嬢ちゃんの方が英雄様らしい。うん。てなわけで大事にしてくれや。」
「………………………………」
「お?どうした?金は貰うぞ」
少女は僅かに身体を震わせ、下を向いていたが勢い良く顔を上げて上気した頬のまま帽子のつばを思い切り引っ張る。
「………………い、」
『あっ…』
「い、いあ、いいいっ、今、今の!今の聞いたかクロッ、く、くくクロ坊!!!ええええええ英ゆっ、僕!!僕を!!!英雄って!」
『落ち着け』
「はは、嬢ちゃんならきっと何かしらすごい伝説をぶっ立てたくれるに違いねえ。俺もそんな英雄様にオカリナを売った男だって自慢できるに違いねえな、期待してるぜ英雄の嬢ちゃん、コイツはサービスだ」
「わぁあ………………………うわぁあぁぁあ………!あ、ありがとう死体のお兄さん!さっきも言ったけど今手持ちのお金はこれで全部なんだ、後は北の宿に置いてあるからそれをとってってね!うわぁあ………!!」
しばらくして、街道は途切れて大きな橋で休憩をとることになった。
少女は先ほど男から買い取ったオカリナを大事そうに撫でて、欄干にかけた脚をぶらぶらと揺らしながら色素の薄い空を上機嫌に見上げていた。
良く見ると手首には先ほどの男からサービスで貰ったらしい皮の袋がぶら下げられている。
僅かにだが路の端々に建物を見るようになり、どうやら城壁の近くまで足を運んできたらしいことがわかった。
『……まぁ、なんだ。良かったな』
「うん!」
2人の旅は続く。
死体少女と黒帽子 @po_ka_mann
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