第21話
「血族は死者の呪いにかかった人達を殺す為に孤児院に入り込んでいた、って事なのか?」
冷たく湿った石の壁に手を添え、藻の浮いた水面を靴底で蹴りながら少女は後ろを歩く道化に尋ねた。頭上の帽子は落ち着きなく目を泳がせては天井から落ちる水滴に身を竦めている。
「それは違う、と思う」
クラウは声を押し殺して言った。
「あの夜、盲目がコフィンの孤児院にいるみんなを襲った時、意識が無かった…いや、違うかも?別人が中にいた、かな。
とにかく、クラウの知ってる彼は自分の正体を知らなかったんだと思う」
地下水路を歩きながら少女はぼそぼそと呟く。
「彼はこの先に?」
『恐らくは。』
「こんな場所に何の用事があって…」
クラウが自身の顎を指でなぞりながら目を伏せた。
「クラウもそれがわからなかったんだけど………思い当たることがひとつだけ。」
『それはなんだ』
「準備をしているのかもしれない」
「なんの?」
道化は一瞬口を噤み、それからゆっくりと言葉を吐き出した。
「王座を奪うための」
2人が目を大きく見開いて道化の方を見る。クラウは居心地悪そうに目を逸らしていた。
「血族は王の力を借りて人々が生み出した紛い物だ。けど、人ならざる者の呪いの力なんて王以外には制御ができる筈もない」
『王は何故動かない?』
僅かな沈黙の後、道化は「わからない」と呟いた。
「地下水道には王城の中へと繋がる抜け道があるのだ。クラウは彼にそれを伝えた事は無かったけど…何処かで知ったに違いない。そこを右に」
冷たい石の通路を進み、石壁の角を曲がると鉄格子で作られた小さな扉を手で押した。
「この奥だ」
頷いて剣を手に持った少女が扉を潜り、先にある通路より僅かに開けた空間に足を踏み入れる。墨を流し込んだような冷たい暗がりの中に巨大な光が弾けた。後ろを振り向くと道化師が巨大な焔を今まさに放った所だった。
「ここまで来たか、英雄のお嬢さん」
焔の更に奥の方から、唐突な声が聞こえた。道化師が手を大きく振ると熱量を持った魔力の塊が搔き消え、その中から血涙を流す目を覆う包帯を巻いた男が現れた。
道化師の放った炎を浴びて尚、少女の記憶通りにそこに立つ男に道化師が語りかける。
「憎き者よ、お前は誇り高き王の血族でありながら民を殺めた。その行動にある意思と意義を問おうじゃないか」
「不死の呪いから人々を解放するのが己の使命であった故だ」
盲者の男は口の端を歪めて答えた。
「そして力の為に」
『ならば私達は私達の使命を果たそう』
少女が剣を構えたのを見た男は一瞬肩を震わせると獣のように飛びかかる。鋭い爪が眼前へと迫り、今まさにその身体を引き裂かれんとしても少女は動じる事は無かった。男の身体を弾き飛ばすように道化師の放った黒い暴風が叩きつけられ、男は壁に激しく背中を打ちつけた。
少女はその瞬間に男に向けて大きく剣を振り下ろす。刃から空気を切り裂くように現れた雷の爪が男に向かって襲いかかる。突然赤い塊が現れると男の手足を捉えようとした爪を防ぎ、搔き消すと少女達を取り囲んだ。
床や天井から染み出した赤黒い闇が形を持って少女達を押し潰そうとすると、道化師が炎を持ってそれを防いだ。血液で作られた闇と太陽の焔は少女の眼前で拮抗し、2つは相殺するように部屋の中へと散り散りになった。
「魔術は此方で抑える、英雄は男を!」
道化師が叫ぶのと少女が男に襲いかかるのは殆ど同時だった。男は腕を取り巻くように赤い刃を呼び出すと少女の剣をそれで防いだ。
大きな音が響き、次いで刃同士が擦れて一瞬離れた。少女は目を見開くと命令と共に青い閃光を打ち出した。赤い刃は新たに男の身体の中から現れ、閃光を打ち消すと、次の瞬間少女の振るった剣が三つの刃を弾き飛ばした。
男が体制を咄嗟に立て直し刃を振るうのを剣で受け流し、短く呪文を叫ぶと先程の閃光の何倍もの輝きを放つ烏が現れた。赤い刃が全て搔き消えると同時に烏を食い千切らんと飛びかかる黒い牙の獣。それを視界に入れた瞬間、2つはぶつかり合い一際大きな魔力の衝撃が少女を吹き飛ばした。
「上だ!」
道化師の叫び声が耳に届き、咄嗟に剣を盾にすると激しい金属音が響いた。
獣の牙は剣を真っ二つに割り、少女の片腕を食い千切った。関節がべきべきと音を立て、身体の節が奪われる痛みに少女は悲鳴を上げた。
必死に折れた剣を残った腕で振り回すと狙いの定まらない刃は牙を搔き消すように切り裂いた。
男が新たに刃を呼び出そうとするのを見て少女は鋭い小さな氷塊をその胴体目掛けて放った。咄嗟に避けようとしたが氷塊は男の脇腹に擦り、それは肉を僅かに抉り取った。
男が怯んだ隙に追撃を与えんと片手で折れた剣を振り下ろすが、赤い刃によってそれは防がれてしまう。
「英雄気取りが折れた剣で血族に敵うと思うのか!」
男が歯を噛み締めて鍔迫り合いに耐える少女を見やる。
「喩え二人掛かりだろうと、その内の一人が王の血を継ぐ者であろうと俺に勝てるわけがない。俺が一体幾つの命を奪ったのか」
「聖騎士団の騎士達」
「ああ」
「元老院や市街地の人々もだ」
「そしてコフィンの孤児院も」
「みんなお前の事を信じていた!」
男は冷笑を少女に向けた。赤い刃が少女の首元を掻き切ろうと冷たく光る。
「信じた所為で皆ここで死ぬ」
次の瞬間、少女の剣から黒く濃密な暗闇が湧き上がった。
弾き飛ばされたように男が後ろへ飛び退くと、黒い影は折れた刃の代わりとなって先程まで男のいた空間に振り下ろされている。
少女が男を睨みつけながらゆっくりと起き上がり、片手で霧散しかけては揺らぐ影の剣を構えたのを見て男は小さく声を漏らした。
「それは」
男は口を歪めて叫ぶ。
「…その剣に纏った影は!」
少女の剣に纏われた影は、確かに在りし日の友の物だった。アリアナの意志が、そこに。
「………………
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