第7話

「お邪魔しまーす!!!」

『休めるとわかった途端に元気になったな剣士殿』


 気の抜けた剣士の声が扉につけられたベルの音に混じりながら冗長に少女の耳に染み込んでいく。

「当たり前だろう?私達死体にとって目を閉じ、暗闇に身体を慣らすことは史上の幸福だ。少なくとも夜は何も考えずに済むのだから。」


 帽子が呆れ顔で剣士を見下ろす。少女は木でできたカウンターを青白い指で撫でながら帽子に語りかける。

「良い宿だねぇ。カウンターも壊れてないし、水浴び場もあるだろうな」

 心無しか声も弾んでいるようだ。

 初めての旅を供にする仲間が増えて舞い上がっているのが見て取れる。


「まったく、眠るには最適の場所だ…………ふむ、二階があるのか。ちょっと様子を見て来よう」

「あ、いってらっしゃい。金額表は……………一泊でこんなにかかるのか??!!!!無人宿の癖に!無人宿の癖に!!朝食も掃除もしてない癖にー!!!」

『まぁそりゃウェイターもベルボーイもホテルマンも皆そこらへんの骨だしな』

「半額でいいだろ!!!ハイ値切り成功!流石英雄は値切りが上手い!」


 畳み掛けるように料金表に独り言を撒き散らし、本人は満足したのか手持ちの皮の袋から数枚の金貨を机においた。小気味よい音が僅かにチャリ、と鳴る


『…払う必要無いんだけどな』

「棚も見ておこっと…………ここの薬って大体使えない奴ばっかだな…お、コレとか良いんじゃないか?ほら、この緑のビンの奴」

『ふむ、ぁあこれは使えるぞ』

「やった!前の宿で見つけたのとは違うよな?」

『敵に投げると溶ける』

「…そっちの意味で使える、かぁ………………」


 崩れた床を遠慮がちに飛び越え、更に足場が崩れないように抜き足差し足で進む。曇りガラスの張られた木製のドアを押して中を確認すると、やや埃が舞ってはいるが広い水浴び場が目に入った。


「お、やっぱり風呂があったぞ!アリアナさんも使うのかな」

『ほほう』

「ほほうじゃないんだよ」

『ガキは見飽きたからな!』

「…………その目潰すぞ」


 赤い目を光らせながら声をくぐもらせ笑う帽子を自分の頭ごと殴りつける。6つ程の部屋を見て回り、次の部屋を最後に引き返そうとした時に帽子は頭上から少女に問いかけた。

『で、どの部屋で眠るかは決めたのか』

「んー、さっきの部屋が一番綺麗かなって………………あれ、アリアナさんって二階だよね」

『あぁ。その筈だが…誰かいるよな』

 扉の向こう側から物音がするのを二人は目を合わせ、頷いて確認し合う。最大限気配を殺しながら静かに、ほんの少しだけドアを開けると痩せ細った男が布団に横になっているようだった。


「誰」

『盗賊が宿に忍び込んだのかもしれない。剣は出しておけ』

「了解」


 床が軋む音に何度も動きを止めながらも布団に歩みより、そっと顔を覗き込む。そのまま手首に触れ、冷たい血が流れてはいないかを確認する。


『………どうだ?』

「うん、大丈夫だ。もう完全に死んでるみたいだし、そっとしておけば問題無いと思う。」


 直後、少女は後頭部の方から激しい音がしたのに身体を強張らせた。喉の奥からひゅうと音を鳴らし、それでもおそるおそる振り向くと、彼女は普段の気の抜けた笑顔をほんの少し強張らせたアリアナが立っているのを見た。


「………………?なん、なっ……」

「全く、警戒するなら後ろも見ておいた方が良いと思うがねお嬢さん」

「アリアナ………さん…?」


 びくびくしながら頭を抱えた手を下ろす少女に、アリアナは息を吐きながら義足にこびり付いた血を拭って横の壁を指した。

「盗賊だ。まだ生き残りが1人いたらしい。3日は起きないだろうから首に石でも括り付けて、近くの川に沈めておこう」


 確かに壁で気をやられた死体は盗賊のようで、傍らには彼が持っていたであろう短剣が転がっていた。よく見ると頭が僅かにへこんでいる、どうもあの義足で思い切り蹴り付けられたらしかった。

 やっと事態を理解した少女はずれた帽子を手で動かして彼女に笑いかける。

「あ、ありがとう。ただでさえ少ない薬が全部無くなる所だったぞ…」

「二階もあらかた見終わったし、水浴び場で身体を洗って早く布団に入ろうじゃないか」

「わかった、ちょっと待っててくれ」

「?どうした………?ん?タオル?」

「このクソ帽子の目隠しにするんだ」

『えっちょっ、あーーー…目の保養が………………』

「死ね」

「仲がいいなぁ、お嬢さんと帽子君は」

 カラカラと笑う剣士に、2人は目を見合わせて同じように笑い合うのだった。







 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 皆が布団に入りすぐの頃、少女はやや遠慮がちに声をかけながら剣士に顔を向ける。

「あの、アリアナさん」

「ん?どうした、眠れないのか」

「いや…その、前に言ってた元老院、ってなんなのかなって。王とか、聖騎士とか。僕は田舎の出だし、スラムで育ったからそうゆうことを知らなくて」

「そうか。なら私の知る事で良ければいくらでも協力しよう。………………我等が王の城アヴィオールに死の呪いが伝わってから遥かな時が流れた。

 もしも過去を言い伝えとして遺すなら私達はこう談るだろう、


《王の力で国は栄えた。王は国の楔となるが、魔女の呪いは死者を歩ませ、闇の底から現れた血族は大地を枯らした》、と」


 伝承を口にする剣士に少女は問いを重ねる。窓際にかけられた黒い帽子は閉じていた赤い瞳を開いて2人を見下ろしているようだった。

「もう生きてる人はいないのか?」

「世界のどこかにはいるのかもしれないな、でも私達には関係が無い事だ。

 実際あたりは亡者しかいないし、お嬢さんと帽子君の目指す城壁の中もそうだった。…だがその亡者も時が経てば皆眠りにつくだろう。お嬢さん、君のおかげで」

「じゃあアリアナさんは城壁の中を見たことがあるのか」

「勿論。私は城壁の中から来たんだから………………………というと、少し誤解があるな。城壁を越えて、更にその向こう側にある旧市街地の教会から来たんだ。元老院の皆を待たせている」

『前から気になってはいたんだが、元老院の剣士達は城の中ではなく旧市街地に移動したのか?』


 帽子がもぞもぞと動いて剣士の方を向く。彼女はその疑問に苦々しく顔を歪めた。

「あぁ、あぁ!そうだとも、あの人を人とも思わない聖騎士供から離れる為にな。私達は城を出て行ったんだ。

 お嬢さんもこの国の出の亡者なら知っているだろう?アヴィオールの全能なる我等が王、あのお方を守ろうと人々は集い、

 そうして聖騎士団と、元老院の剣士達が産まれたんだ。………だが、かつて友だった聖騎士達は王を裏切った!血族を呼び地に破壊と殺戮をもたらし、その脳髄を…………

 ……いや、もういい。気分が悪くなってきた。とにかく、奴等と私達はソリが合わなかったんだ。ただそれだけのことだ。」

 金のくすんだ瞳を獣のように輝かせてやや興奮しながら話を続けていたアリアナは、ふと息を吐いてその長い銀のまつ毛を伏せて布団を深く被り直した。


『貴重な話をありがとう。………血族か』

「…………………………………………………………………………本来人の知には及ばない者達の力を得ようなどと、愚かな事を考えたからこうなったんだ。」

「アリアナさん?」

「さ、寝よう。目を閉じ、無に意識を横たえよう。私はゴタゴタ考えるのは向いていないんだ」

「う、うん」

『せめて今夜だけでも深く、深く眠るといい。明日は城壁の中だ』

「…おやすみ、クロ坊。アリアナさんも」

「ぁあ」

『おやすみ。』









『…王の力で、国は栄えた。王は国の楔となるが、魔女の呪いは死者を歩ませ、闇の底から現れた血族は大地を枯らした


 ………最早この地には王家と死者のみ、人無き世界に望みは在るのか』


 眠りにつく前、暗がりと宿屋の帽子掛の上とを行き来していた黒い帽子はふと窓の外に在りし日のアリアナの姿を見た気がした。

 しかし歩き去るその後ろ姿は、彼女とは似ても似つかない薄汚れたみすぼらしい野良犬であったようだった。

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