第6話



「………剣士の、お姉さん…?」

「アリアナだ。さて、まずお嬢さんには礼を言わなければいけないようだな。ここに来て、永い時を過ぎ、今になったが漸く私の倒すべき者を見つけたようだ」

「倒すべき者?」

「灯の魔女だよ。忌まわしい魔女達の最後の生き残り。眠っている間に記憶は殆ど薄れてしまったが、私は奴の心臓に刃を打ち込む為にここまでやって来たようだ」

『灯の魔女だって?』

「そう、帽子君とお嬢さんが絶賛敵対中の怪物だ。詳しい話は後からでもできるな?先ずは生き延びることから始めようか。


 掴まって、手を離すんじゃないぞ。向こうの木まで飛んだら説明しよう」


 少女が手を掴んだ事を確認すると、剣士は片脚に力を入れて枝から枝へと飛び移った。義足を赤い光が掠めるが、余裕に満ちた表情で宙を舞うように跳ぶ剣士を少女は驚きながらも尊敬の眼差しで見つめている。


 …枝から枝へと移り、岩陰に隠れて様子を伺う2人だったが、少女は頭上で唸るようになにかを呟く帽子に気がつき身を屈めて囁いた。


「…………クロ坊?どうしたんだ」

『…魔女、魔女だって?あの魔女がまだ生きていたのか!最悪の敵だ、いや、王よりはマシだろうがそれでも酷い…』

「なぁ、さっきから言ってる魔女ってそんなに凄いのか?」

『私達の産みの親と言ってもいい。死の呪いを国中に広めた恐ろしい魔女達の生き残りだ、生ける死者の原因そのものだよ』

「…………もの凄く強いんじゃないか?」

『旅立って間もない勇者が魔王に挨拶されたような物だな』

「うぇ………………………………」

『ま、剣士殿の実力に期待するしかないだろう』



「さて、心の準備は万端かな?あの赤い光は恐らく魔弾の一種だ。ほんの少し追尾性能がある上に、打つ為の力は僅かで済むから光が尽きることはまず無いだろう。魔力切れの無い魔法かなにかだと思ってくれ」

「なに…?なんだそれ…………そんな気持ち悪い位強い攻撃ズルくないか………?」

「はは、ズルいか!確かに。だが魔女っていう奴は多くの犠牲を元にそうゆう嫌ったらしい技を覚えた者達の事を言うんだ。

 悍ましい死の呪い然り、この魔弾然りな。だが能力自体は私達死者にとってはそんなに大した問題じゃない。本当に面倒なのはアレが私達の弱点を知ってるって事だ」

「弱点?」

「私達は死者だ。限りある筈の命を永遠にまで引き伸ばされ、眠りすら許されなくなった者。だが、私達には一つ、たった一つだけ永遠に眠る為の方法がある。意思を失い、暖かな暗闇に沈めるただ一つだけの方法がな」

「………………………………」




「心を喪くして、狂う事だよ」


「…………うん。何度も見てきた」

「目についた生物をただ攻撃する獣みたいな奴や、ずっとその場に立ち尽くすだけの奴。心を喪った奴等の心は確かに死んでいる、動いていても意思が無いんだ、私達とは違う。そうだろ?まあ私達もいつかそうなるんだろうがね」

「それのどこが弱点なの?」

「魔女は私達が倒れたとしても頭の気をやるまでは本当の死ではないことを知ってるんだ。だから光は尽きないし、心を喪うまで起き上がる隙すら与えちゃくれない。倒れたらその時点で人生終了!…………もう終わってるがね。




 ……………………光は尽きないが、多方面から来る物には対処出来ない。お嬢さんがオトリになって光を惹きつけてくれるか」

「り、了解」






『気をつけろよ、さっきより少しだけ距離が縮まっている。あの光も勢いを増すだろう』

「…………人影だと思っていたんだけど…なんというか、これは、酷いな」

『禁忌を侵し、人ならざる力を持った者の姿が人である筈がないだろう』

「でも気持ち悪い」

『………………お喋りをする余裕があるのか?』

「ないです。」



『………………遥か昔、魔女という者はこの地を守護し、纏める支配者でもあった。王が現れ、大地を奪われた事に怒り狂った彼女等は死の呪いを国中に広め人々を苦しめたが、最後は王達の血族によって倒されたという。

 彼女等の身体には人には無い知を手にした者だけが持つ月の瞳と、ムカデ、蚕、蟯虫等が縫いつけられている』

「見てるだけの奴はお喋りする暇があっていいな…」

『これが私の役割だ。見たか?アリアナが魔女の後ろに来てる。後はその胸に剣を貫くだけだ。』

「………………………………アッサリ終わった筈なのに、随分と長く感じた戦いだったな」













 剣士は目を細め、怪物に剣を向ける。

 赤く濁った花弁が開くように血飛沫は辺りに広がり、地面には黒く濁った染みが広がっていく。


 顔を歪ませて彼女は笑う。赤い服に新しい血の色が刻まれる。


「…………長年私達を苦しめて来た死の呪いも…………………………………………これで、全て終わる。」

『灯の魔女に、永遠の眠りを』

「…………そして、無慈悲を、我等が与えん。」



 剣を引き抜き、怪物が塵に変わるのを静かに見守る。



『終わったのか』

 少女の頭の上から身を乗り出すように動く帽子に剣士はうな垂れた顔を上げて微笑んだ。頬に付いた返り血を拭い、義足を鳴らして少女に歩み寄る。

「いい所を持っていってしまったな。悪いことをしたよ」

「…いや、良いんだ。アリアナさんだったっけ。魔女は…………」

「死んだ。彼女は怪物ではあっても生ける死者ではないから。これで新たな死者が増えることは無いだろう…

 …………いつか私もお嬢さんも心を喪って、世界中が眠りにつくその日に、初めて安息は訪れる。

 あの時起こしてくれて感謝するよ。本当に、ありがとう。」

『コイツは何もしてないけどな』


 鼻で笑う帽子を手で持ってつばが伸びる程の力で引っ張る少女。悲鳴を上げて少女の頭に噛み付く帽子。


 少しして少女は恥ずかしそうに笑いながら剣士に振り向く。

「帽子にだけは言われたくなかったな………でも実際倒したのはアリアナさんだし、ほら…えへへ」

『剣士殿はこの後はどうするんだ?』

「……………………城壁の中に帰ろうかな。まだあそこには生きてる人がいる、私は誇り高き元老院の剣士だ。彼等が生きているなら怪物や血族から守らなきゃいけない」

『路は同じようだな。同行させてくれないか?』

「是非。…………向かう場所は故郷だが、旅は道づれ、世は情け。だろ?」

「仲間が増えたよクロ坊!」

「よろしくな、お嬢さん」





『森を抜けたようだな。あの峠を越えたら城壁の中だ…………が……』

「眠い………………………………」

『剣士殿、死者は眠らない筈だが…』

「怠い……………………布団……水浴び…………」

「魚食べたい……………………クロ坊魚出して…」

『英雄志望まで弱音を吐きだしたか…』

「クロ坊はいいよなぁ〜、ずっと頭の上で喋るだけでいいもんな〜〜〜〜〜〜…………」

「布団………………………………帽子君、帽子君って枕になりそう…………うぅえ…………」

『………』


『ぁあ、わかった。わかったよ、じゃあ次に見つけた宿で休むとしよう。ほら、もう見えてきただろ?あそこは城壁の近くにあるから豪華なベッドもあるぞ』

「「やったーーーー!!!!」」

「そうと決まれば急ごうアリアナさん!」

「おうともさお嬢さん!私達の布団はすぐそこだ!」

『…………夜は静かにしてくれよ…』

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