第二章 魔女
第5話
「…………部屋、明るくなったな」
『日も大分登ったみたいだ。そろそろ向かうか?』
「うん。北西の方角だっけ」
『城壁を越える。それまではひたすら徒歩になるだろう』
「長くなりそうだな、仕方ないか…あ、お邪魔しました」
少女は軋む扉を開け、来た道を少し仰ぎ見る。殺した物に対する弔いの意志故か遠い目をする彼女を帽子が急かす。
来た道とは別の道を歩き始め暫く経った頃、視界に暗い森が映った。進む道の先に壁のように立ち並ぶ木々を見上げ、不安を取り払うように威勢良く少女は森に足を踏み入れる。
「暗いねぇ」
『黒霧の森。下草は勢い良く生い茂り、人々が通る道は殆ど消えかけているが、道案内こと私がいるからな、宵が明ける頃には抜けられる筈だ』
「クロ坊は道に迷った事一度もないしね…あ、死体」
『こんな森にもいるんだな。お前と違って歩く亡者にならなかった奴か、それとも亡者が心を喪ったのかは知らんが。薬を持っているかもしれない、漁っておくか?』
「う〜ん、これでも僕は一応英雄だし。冥福を祈って先に進むよ」
『素晴らしい心がけだ。英雄というよりはただの善人だが』
「うるさいな」
ねじれた木の根元を跨ぎ、顔にかかる木の枝を手で退かしながら少女が進んでいく内に、帽子は木々の向こうの人影に気づき赤い目を顰めた。
『誰かいる』
「あの死体の知り合いとかじゃないかな?近づいてみればわかるかな」
『それもそうだ………っ!しゃがめ!!!!』
「へぇっ?!!」
血の気がサッと引くような感覚に咄嗟に身を屈めると、少女の頭上を赤い光が掠め、後ろの木に大きな穴を開けた。
少女は動転しながらもズレた帽子を被り直し崩れた体勢を整える。
「クソ、こんな時に敵か!」
『気をつけろ、油断してるとすぐにやられるぞ。次が来たっ、避けろ!』
「わかってるよ!」
少女は次々と迫り来る赤い閃光を必死に避けるが、熱を発するそれは絶え間なく現れ人影に近寄る隙を与えなかった。
このまま避けていても何も変わらないと考えたのか、少女は光に身体を焼かれながら人影に向かって走り出す。
だが、赤い閃光は確実に勢いを増し、ひと際大きな光に片脚を焼かれ、彼女も骨の溶けるような感覚に耐えきれずに地面に倒れてしまった。
不吉さすら感じる寒気に身ぶるいしながらも立ち上がろうと少女は腕に力を込める。
然しそれは倒れた彼女に続け様に撃たれた赤い光によって遮られた。衝撃でがくんと背が跳ね、冷たい地面にもう一度叩きつけられる。
『もういい、勝ち目がない。逃げなければ。立て、このままでは駄目だ』
普段より僅かに焦りを含んだ頭上からの声が遠くに聞こえる。意識は雲一つない空のようにはっきりとしているが、身体中に未だに浴びせられる途切れない熱の塊に少女は全身をがくがくと震わせて顔を歪ませる。
自分の呼吸すら聞こえなくなって、頭上からの声すら無くなってしまった、拷問に近い時。
人間なら何回死んだのか。それでも閃光は執拗に少女の身体を玩具にするかのように皮膚にまとわりつく。
激熱による悍ましいまでの痛みが痒みに変わるような、狂気の淵に立たされるような状況に肺の潰れるような感覚すら忘れてしまう。
ーーーーー嗚呼、嫌だ。苦しいのは。熱いのは、息ができないのは、身体の芯から溶かされるような激熱には耐えられない。どうせならこの身体ごと、全て壊れて死んでしまえたら。ここまで来て、英雄にもなれずに、ただ、ずっとずっとずっと痛いなんて。苦しいだなんて。
激熱に晒されながらも、死の冷気が身体を永遠に蝕むような感覚に、ただ苦痛しか考えられなくなったような。
そんな時、ふと、光が止まった。
身体が見えない引力に引きずられる。暗い、暗い視界に焦げた地面が僅かに映る。
少女は顔を上げようと
「う…………………………………………」
『なんだ、やっと目が覚めたのか?狗の事は覚えているか?』
「狗…………?っていうか、ここどこだ。墓場でも獣がいた道でもないよな」
『お前が倒れている間にどこかに運ばれたようだな。王からの褒美とでもとればいい』
「一本道か……野宿してた場所に戻って休みたい…身体中ボロボロになってきたみたいだし」
『ま、歩くしかないだろ。もしかすると今日の宿が見つかるかもしれないぞ』
「…………?」
『やっと着いたみたいだな』
「ここ暫くずっと野宿だったからな!やっとふかふかの布団で眠れるんだ……!
…お邪魔します……えっと、カウンターはここかな?崩れててバランスが悪いな」
『落ちぶれた騎士や盗賊が奥にいないか見てからにした方がいいんじゃないか?』
「あっ、戸棚の中に薬がある!!!見ろくろいの、薬!薬だぞ!!!!!!やったぁ!!!これは拝借して行こう」
『お前が盗賊だったか…』
「布団!布団!ベッドー!」
『帽子かけもあるぞ!気が利いた宿だ、よっと』
「『は〜〜〜〜…………」』
「とりあえずひと段落だね」
『ぁあ、だが今日はもう遅い。そろそろ寝た方がいいんじゃないか』
「そうだね、おやすみクロ坊」
「…………部屋、明るくなったな」
『日も大分登ったみたいだ。そろそろ向かうか?』
「暗いねぇ」
『黒霧の森。下草は勢い良く生い茂り、人々が通る道は殆ど消えかけているが、道案内こと私がいるからな、宵が明ける頃には抜けられる筈だ』
「クロ坊は道に迷った事一度もないしね…あ、死体」
『こんな森にもいるんだな。お前と違って歩く亡者にならなかった奴か、それとも亡者が心を喪ったのかは知らんが。薬を持っているかもしれない、漁っておくか?』
「う〜ん、これでも僕は一応英雄だし。冥福を祈って先に進むよ」
『素晴らしい心がけだ。英雄というよりは…』
「ただの善人だけどね」
『誰かいる』
「あの死体の知り合いとかじゃないかな?近づいてみればわかるか…………っっ!!!!」
『クソッ、敵のようだぞ英雄モドキ!』
「わかって………………………………あれ?」
『なにしてる???!!!!早く避けろ!』
「え…」
巨大な赤い閃光が間近に迫る。少女は腕で頭を庇うが、あっけなく吹き飛ばされて地面に転がる。
立ち上がろうとするが赤い閃光は途切れない。頭上から焦る声が聞こえる。
意識ははっきりしているが、知性の抉られるような痛みに我を喪い始める。
光が止まる。見えない引力に引きずられる。焦げた地面が見える。顔を上げようと
「う…………………………………………」
『なんだ、やっと目が覚めたのか?狗の事は覚えているか?』
「狗…………?っていうか、ここ…………」
『お前が倒れている間にどこかに運ばれたようだな。王からの褒美とでもとればいい』
「…一本道か……野宿してた場所に戻って休みたい…身体中ボロボロになってきたみたいだし」
『ま、歩くしかないだろ。もしかすると今日の宿が見つかるかもしれないぞ』
「………………………………」
『やっと着いたみたいだな』
「ここ暫くずっと野宿だったからな!
…お邪魔します……えっと、カウンターはここかな?崩れててバランスが悪いな」
『落ちぶれた騎士や盗賊が奥にいないか見てからにした方がいいんじゃないか?』
「あっ、戸棚の中に薬がある!!!見ろくろいの、薬だぞ!!!!!これは拝借して行こう」
『お前が盗賊だったか…』
「布団!布団!ベッドー!」
『帽子かけもあるぞ!気が利いた宿だ、よっと』
「『は〜〜〜〜…………」』
「とりあえずひと段落だね」
『ぁあ、だが今日はもう遅い。そろそろ寝た方がいいんじゃないか』
「そうだね、おやすみクロ坊」
「クロ坊。まだ起きてる?」
『ん?なんだ』
「あのさ…なんか、前もここでこんなことしなかったっけ」
『そうか?私は初めて来るが』
「故郷がこんな部屋だったのかなぁ」
「…………部屋、明るくなったな」
『日も大分登ったみたいだ。そろそろ向かうか?』
「暗いねぇ」
『黒霧の森。下草は勢い良く生い茂り、人々が通る道は殆ど消えかけているが、道案内こと私がいるからな、宵が明ける頃には抜けられる筈だ』
「あ、死体」
『こんな森にもいるんだな。薬を持ってるかもしれない、死体を漁っておくか?』
「う〜ん、これでも僕は一応英雄だし。冥福を祈って先に進むよ」
『素晴らしい心がけだ』
「英雄というよりは、ただの善人だけどね」
『…?』
『誰かいる』
「…あの死体の知り合いとかじゃないかな?近づいてみればわかるか…………っっ!!!!」
『よく避けたな…然し残念だ、敵のようだぞ英雄モドキ!』
「わかってるよ、わかってる…………けど…」
『なにしてる???!!!!早く避けろ!』
「っ!!!」
『油断するなと言っただろ!…次が来るぞ!』
「……………………ねぇ、クロ坊、これ」
巨大な赤い閃光。少女は地面に倒れる。
途切れない光。頭上の声。
意識ははっきりしているが、知性の抉られるような痛みに我を喪い始めて
光が止まる。見えない引力に引きずられる。焦げた地面が見える。顔を上げようと
「う…………………………………………」
『なんだ、やっと目が覚めたのか?』
「狗…………?」
『ま、歩くしかないだろ。もしかすると今日の宿が見つかるかもしれないぞ』
「……………………?」
『…………?なにか…おかしいな』
「うん」
「…………戸棚で薬を見つけたり」
『水浴び場で沈められたり』
「おやすみの後に何か話して」
『森へ進んで』
「死体を見つけて、冥福を祈って」
『「人影を見つけて…………?』」
「……………いつの記憶だ?」
『…狗の時と同じだな。誰かに運ばれているんだ。それも今回は来た道を戻されている』
「…多分、記憶まで消されて」
『森の奥で発狂でもしたんじゃないか?』
「まさか…………でも、このままだとまた元の場所に戻されるんだろうな。誰がこんな事してるんだろう……この先には何があるんだ?どうしたらいいかな」
『………………なにか、別の事をしてみるとかはどうだ?普段の私達がしないような事をするんだ。全く別の道に進むとか、3日間眠ってみるとか、元の場所に戻される原因に出会わないような事を』
「上手くいくのかそれ」
『…………………………わからない
が、君子危うきに近寄らず。だ。面倒な物に巻き込まれてここに何回も運ばれるのはお前も嫌だろ?』
「…………本当に、誰がこんな事をするんだろう」
『………………』
「暗いねぇ」
『黒霧の森。下草は勢い良く生い茂り、人々が通る道は殆ど消えかけているが、道案内こと私がいるからな、宵が明ける頃には抜けられる筈だ』
「あ、死体」
『こんな森にもいるんだな…どうした?』
少女は暫く動きを止め、考えを巡らせているように見える。帽子が何事かと頭の上から彼女に声をかけようとするが、次の瞬間少女は勢いをつけて目の前の死体を蹴り飛ばした。
死体は重たい人形のようにごろ、と転がり、傍らの岩に腕をぶつけて仰向けに止まった。
『英雄ーーーーーーーーッッ!!!!!!!!』
「仕方ないじゃないか!!だって僕は英雄だ!英雄なら絶対この死体には冥福を祈る筈だ!蹴るなんて普段は絶対しないだろ?!普段しないことをするんだろ!!!」
『だとしても他になにかあっただろ…』
「全くだ、死体に対して敬意がなってない。」
「そんなこと言われても…………」
『ん?』
「お?」
「えっ?」
自分の足下から聞こえた声に少女と帽子が視線を向けると、先ほど蹴った死体が呻きながら此方に顔を向けているのが見え、少女は僅かに飛び上がり後ろによろめいた。
帽子が慌てて頭上から落ちまいと頭に齧りつく。
「こここ、こいつ生きてるのか!!!!?????」
「勝手に殺すな」
『成る程。おめでとうお嬢さん、私達はお前が気にしていた自分と同じ死者に出会えたようだ』
「この人が……!」
目を見開き驚く少女を見上げ、地面に座り直した女性は、大きな溜息をついて口を開けた。
灰色のかかった金の瞳を細めて不機嫌そうに胡座をかいているが、良く見れば服は高貴な赤色に金の装飾がついており、上流階級の人間であるように思える。
右腕と右脚をすっかり失くしているようで、脚には鉄の義足がつけられているようだ。
「だから勝手に殺すなと言った筈だ。まぁ間違ってはいないのだろうが…………全く、どうせはじめから死んでいるのだからと飲まず食わずでずっと眠って、やっと夢のひとつでも見れそうな所まできていたのに……」
『先程は失礼した、美しい方。見た所元老院の中でもかなり高位の剣士のようだが』
「おや、ここには人の言葉を話す帽子がいるのか?面白いな、頭に瞳を飼っている帽子などはじめて見た!」
『黒帽子だ。剣士殿は何故城壁の外に?』
「おっと堅苦しい呼び方は止してくれ。私はアリアナ、帽子君の言う通り、元老院の剣士をやってる。…………いや、やっていた。か。もう元老院の仲間もみんな死体だ、お嬢さんと同じただの死体だよ。ここには一応理由があってきた筈だが…寝ている間に忘れてしまったな」
剣士の女性は頭を掻きながら立ち上がり、服についた土を払った。
少女ははじめて出会った正気を保つ死者に興奮しているのか、目を輝かせながらも首を傾げる。
「元老院?」
『王国には聖騎士団と元老院のふたつの派閥がある。剣士殿の言う通り、殆どの人間は死に絶えてしまったけどな』
「忌々しい過去だよ。さて、起きてしまった事だし、私は少し辺りを歩いてこよう。
…どうせ暫くすれば、また眠りの欲は訪れるんだ。ゆっくり愉しむ必要がある!兎にも角にも睡眠というのは素晴らしいものだ」
手を振り、くるりと踵を返して歩き始めたアリアナに少女は手を伸ばす。が、歩みを早めた彼女の背を見ながらもその手は虚しく空をきるだけになった。
「あっ………………ま、待て、僕少し困ってて」
「あぁ、精進することだお嬢さん!ではな」
「いっちゃった…」
『追うのか?』
「ん…………いや、いい。そのうちまた会うかもしれないし」
『そうか。なら進もう…………いや、待て。誰かいる』
「アリアナの知り合いとかじゃないかな?近づいてみればわかるかな」
『それもそうだ………っしゃがめ!!!!』
「へぇっ?!!」
焦りながらも頭を庇いながら咄嗟にしゃがみ込む。人影を睨みつけながら少女は帽子を被り直す、と直後頭の上を赤い閃光が走った。
背後にあった木の幹に大きな穴が開くのを横目で確認した少女は次々と現れる光を走り回って避けながら帽子のつばを引っ張る。
「クロ坊、もしかして散々元の場所に戻された原因ってコイツなんじゃないのか?!」
『気をつけろ、油断してるとすぐにやられるぞ。次が来たっ、避けろ!』
「ぁあクソッ、わかってるよ!」
次々と絶え間なく発せられる赤い光を必死に避け、距離を詰めようとするが光の隙間をぬって進むのは到底不可能に思える。
頬を流れる汗を拭い、岩陰に隠れながら攻撃する機会を伺っている少女の頭上に影が落ちる。帽子はその影が人の形をとっている事に気付き赤い目を僅かに震わせて叫んだ。
『ッ!!!!おい、上だ!!!』
上ずった帽子の声に従って血相を変えながら頭上に剣を向ける少女。
剣を向けた頭上から、鈴のなるような声が降る。
頭上の影は木の枝を手でどけ、口元に笑みを浮かべて口元に人差し指を立てる。
「静かに、お嬢さん」
声の主は灰色のかかった金の瞳を愉快そうに細めて笑った。
「………剣士の助けはいらないか?」
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