第33話 第四章 1-5





隣から何やら不穏な空気を感じたシンルは、そろそろとザーレの顔を覗き見た。

見たことも無い恐ろしい形相だ。普段の軽さは微塵みじんもない。

けれど、男たちはひるまなかった。酒の力とは恐ろしいものだ。


「変なことされたらこれ使え」


ザーレは立ち上がりながらシンルの耳に口を寄せ囁いた。

さらに、シンルの後ろ手に何かを握らせて青年船乗りの元へと歩いて行く。

手探りで形を確かめてみると、ザーレが旅の途中で度々使用していた小刀だった。


大袈裟おおげさだなあ。話した感じ、別に普通な人たちじゃないか」


遠ざかるザーレの背中に向かってシンルは呆れながら声をかけた。酔っ払い達にはどうせまともに聞こえていないだろうと思ったからだ。

ザーレは一瞬、こちらを向いて小さく舌打ちしたものの、予想通り、男たちの話は相変わらず続いていた。


「でな、いくら敵の血を引っ被っていても、アートルム殿下は誰か居るところでは絶対に服を脱がないそうなんだよ。女に聞こうにもそっちの誘いにも乗らないそうだし、本当に目があるんじゃないかって」


「だなー。本当に変わったお方だよ。俺たちみたいな汚ったない男どもには心を砕いてくださるくせに、貴族の花の様なお嬢様方には、ニコリともなさらないそうじゃないか」


「近頃じゃ恐ろしくおモテになるくせ、あんまりにも女っ気がないもんで男食いじゃないかって噂まで出る始末でな。この前も殿下が若い兵士の顔を撫でてるところを見たんだよ」


シンルは首をかしげた。


「おじさん、『この前』ってもう八年前だよね?」


「坊主も気をつけろよ。なかなかのべっぴんさんだからな」


どうやら話したい内容以外は拾わない耳らしい。段々と会話が噛み合わなくなってきた。


「え、俺?」


「ああ。男にしとくのはもったいねえよ。今晩俺たちとどうだ?」


酒が濃く混じった呼気がシンルに向かって吐き出される。男たちは急にシンルに向かってにじり寄ってきた。


「坊主とあっちの兄ちゃんもそう言う関係なんだろう? なに、隠さなくったって良いのさ。ノーグの神は色恋には寛容だ。性別や年齢に口を出すような懐の小せえ神とは違う」


「だから今晩はおじさん達の相手もしてくれよ。坊主もわかっててこの船に乗ったんだろ?」


右側から一人に片手で尻を揉まれ、左側からもう一人に手を包まれて、シンルの顔は引きつった。

自分でも間抜けだと思うのは、両手に包み込まれた自分の左手の中にはしっかりと小刀が握られていることだ。

当たり前の様に男達にも見えているはずなのだが、何の効果も無い。


「え、えっと、話が見えないんだけど……。何をわかってて、俺が船に乗ったって?」


「へへ、初心うぶだなあ。隠さなくったって良い」


「いや、待て。本当に知らないのかもしれないぜ」


「あっちの兄ちゃんは知ってるはずだぞ? だからこの坊主につきっきりだったんだろうが。ロブサールから王都行きの商船は、良い発展場はってんばだって」


「発展場? 何それ」


「何だ本当に知らないのか? あの兄ちゃんも隅に置けないねぇ。無理やり連れ込まれたのか?」


「へ?」


「だからあ、船の上ってぇのは完全な密室だろ? 全員が合意の上で乗ってると、陸の上じゃあはばかられるような大人数でのただれた交わりも許されるわけだ」


「海の男は色々と溜まるのさ。今回も十日間もこの船に閉じ込められる訳だし。……なあ、だから坊主もいい加減おじさんと」


言い終わる前に、男はシンルの目の前で横に吹っ飛んで行った。

吹っ飛んだ先にいた、もう一人の男も合わせて吹っ飛ぶ。


「っ!」


驚いて横を見ると、いつの間にか戻って来たザーレが片足を上げて立っていた。その格好を見ると、ザーレが彼らをったに違いないとわかる。


シンルと目が合うと、ザーレは直ぐに背中から両耳を塞いできた。


「だから酔っ払いに近づけたく無かったんだよ!なぁにが発展場だ、この助平すけべジジイ!んなもん単なる噂だよ 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る