第22話 第三章 1-4



シンルは驚いた。そんな当たり前のことを聞いてくる人間はこの国には居ない。


「出来ないよ。みんな誰がどの色を着れるか知ってるんだから。違反者は領主に密告される。見逃しても密告。仲間に迷惑をかけないためにも決まりは守るんだ」


「だけどよー、不思議なんだよなー。『平民も派手な服着れるくらい文化が発展してる金持ち国家ですー』ってのがノーグの売りだろ?それって矛盾してねえ?」


「そうかな?」


「そうだろ。お前なら同意してくれると思ってたよ。やっぱりお前もノーグ人だな。この国の人間は色の階級って言う鎖に縛られてやがる。もっと自由に服装の色使いを楽しめば良いのに、一色一色に意味を持たせすぎて雁字搦がんじがらめだ。オレは好かねえ」


「好きでそうなんじゃ無いよ!自分じゃどうにも出来ないんだ。俺はそんな風になりたく無いのに皆が勝手に決めるんだから」


どうしようもないじゃないか。

この国で一番立場が弱い自分達には、定められた決まりを守る以外の道は無いのだ。

自由に選択する権利などない。

何かを望んだ時点でかけがえのない人々の幸福がおびやかされる。

どちらを選ぶかなんて、天秤にかける必要すらない。家族を守る為に、決まりを守るのだ。


てっきりザーレとは、このまま言い合いに発展するかと思ったシンルだったが、ザーレは意外にも冷静だった。


「ああ……まあ、そう言うもんだよな。大っきな流れって言うのは中々一人がどうこうしただけじゃ変わらねぇよな」


あっさりと引き下がられてシンルは面食らった。

ザーレは胡座あぐらをかいているひざの上に手を乗せて、すぐに頭を下げる。


「旅をすると本当に色々な国がある。わかってるつもりなんだがどうも上手くいかねえ。俺は黒も灰色も好きなのにこの国で着ると周りの目が厳しい。イライラしてた」


「え……あ、うん。俺の方こそ」


何だか慣れないやり取りにシンルはどぎまぎしてしまった。

そう言えば自分が親しく会話する若い男はダグマルとディータと近所のラールくらいだったなと今更思い至る。

ザーレは何だか、その誰とも違うようだ。


「黒は黒死病を思い出させるから嫌いな人が多いんだ。葬儀のときにだけ身につける色だったけど、なんかもう黒死病と結びついちゃってさ、だからみんな別にザーレをにらんでた訳じゃないよ」


「そうか。他にも教えてくれ。何でもいい」


「俺は学校に行ってないから、ルツが教えてくれたことしか知らないよ。毎日の生活でいっぱい一杯だったから。そうだ、基準色は知ってる?」


「あー、順番までは細かく知らねえ」


「良い覚え歌があるよ。昔、ルツに教えて貰ったんだ」


シンルは小さく息を吸い込んで歌い始めた。


「『生成きなりの〔黄色〕の農民が、〔緑〕で転んで〔血〕出した。貴族の〔川〕で洗いたい。誰も見てない。〔月〕、〔〕だけ』」


森で怪我した農民が衛士の目を盗み、川の水を使って傷を清めようとするお話だ。


「灰色と黒は?」


「無い。歌にもされない。順番に言うと、黒、灰。ここまでが賎民せんみん。で次に黄、緑、赤は農民。青は貴族。銀、金が王族。これが基準色ね。後はそれぞれ色の濃淡で細かく別れるんだ。地方によってばらつきはあるみたいだけど、色が濃い方が偉いのは変わらないよ」


「なる程な。同じ色でも互いに値踏みし合って、それぞれが落ち着くとこに落ち着くと」


「そうそう。でもたまに喧嘩はあるよ。『何でお前の方が俺より色が濃いんだ』って」


「かー阿保くさ!……あー、悪い」


「いいよ。俺もそう思う。俺、この歌しか知らなかったから。レブロの紫も歌に無いんだね」


無知とは怖い。だから染めてしまった。今思うとルツが、ディータには紫をあげないでと言ったのはシンルの為を思ってのことだった気がする。余計な争いに巻き込まれない様に。


「案外、歌にされないのに大した理由は無いのかもしれないぜ?」


「ありがと。後は、そうだな……手工芸で腕を見込まれると、ご主人様になってくれる人の役に立てる様に、主人の色を貸して貰えるんだ。だからその色階以下の色を使ってどれだけ素敵な物が作れるかで職人は競い合う。俺たち家族は灰色と黒だけだけど、結構、色々工夫して染めてるんだよ。……でも、意外。ザーレ、レブロの紫はあんなに詳しかったのに。知らないこともあるんだね」


「みんな毎日空を見てるけど、知ってるのなんて太陽と月くらいだろ?それと一緒だよ。気にはなってるがそれ程興味も無く、ほっとくことってお前には無いのか」


シンルは少し考えて、ニヤリと笑った。


「そう言えばあるかも。どうしてザーレはそんなに無駄に色々付けてるの?」


一瞬固まったザーレが吹き出す。


「お前……酷いな」


「ふっふ」


ザーレはシンルの頬を摘んで伸ばしながら言った。腕につけた沢山の輪が揺れてシャラシャラと耳に心地よい音を立てる。


「これは魔除けだよ。全部な。どうだ?占い師っぽいだろ!」


「ぶっ。本当に占い師ならそんな風に聞いちゃ駄目だよ。胡散うさん臭いったたたたっ痛い!」


二人して見つめあって笑っていると、しばらくしてザーレが笑顔をふっとおさめた。


-あ、まただ


シンルは思う。出会った夜からザーレは、軽くおどける様な態度を引っ込めて不思議な真剣さでシンルを見つめる時がある。

冗談を言うのが好きな子供みたいな男だと思うと、急に大人が子供を見守る様な目でシンルを見つめる。

瞳の奥のその光に気づくとシンルは何だか気まずい思いに囚われた。


「なあ、シンル」


「あ、うん何」


頰を滑る指がくすぐったい。

何だろう、この視線は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る