第20話 第三章 1-2


ゆっくりと馬を進ませながらシンルは左右を見回した。


「ここ、火事にあったの?」


「いや、疫病だよ。遺体に虫がかかるから村ごと焼いたんだ。そうしねえと病が他所に広がる。火葬すれば良いんだが、それには生きてる人間の手がそれなりに必要だろ?」


「……一度に大勢が亡くなったんだね。火葬じゃ追いつかないくらい大勢」


だから住めなくなり、村ごと手放した。


生き残った僅かな住人たちはロブサールへと移り住んだのだろうか。もしかしたらそれは、ポヴェリアに住む自分たちも辿るかもしれなかった運命の様に思われ、シンルの心は傷んだ。


集落の最奥に山壁に背を向けた石造りの教会があった。ここなら雨風を防げそうだ。

馬を連れて入り、その身体から汗や雨粒を拭いてやろうとしたシンルは、意外な光景に驚いた。


教会の屋内に川が流れていたのだ。

地崩れで土砂が雪崩れ込んだせいだろう。奥の壁は崩れ、上部しか残っていなかった。

そこからシンルが立つ入り口に向かって瓦礫がれきの山の裾野すそのが広がっていくと言った具合で、川は山の上から始まり、うねりながらシンル達の足元へと流れていた。


「こんな有様ありさまを見ると、神なんていねえって思うよなー」


歩くたびにザリザリと小石の擦れる音がして、反響する。シンルは思った。創造主の神像があるとしたら、この土砂の下だなと。


「また崩れたりしない?」


「ははっ。大丈夫じゃねえか?前来たときもこんな感じだったし」


それでも怖がったシンルをザーレは散々、可愛いと言って揶揄った。

結局は何も言わず土砂から一番離れた一角で荷ほどきを始めてくれる辺り、ザーレは優しいと思ったシンルだったが。


湿気を免れた木材を調達し、火を起こす役目はシンルが買って出た。その間にザーレは川の水を鍋に溜め、洗った根菜を小刀で切り、干し肉と一緒に鍋に放り込む。

両方の準備が済み、鍋を火にかけたところでシンルは屋内に広がる自然を改めて眺めた。


「何だか寂しい」


人が作ったものに生える緑は森の中に生えるものとはどこか違う。時の流れやその先にある死、どうしようもないものへの無力感。そう言ったものを、優しく、残酷に、突きつけて来る。


顔を上げると崩れた壁の隙間から夕日が差しているのが見えた。相変わらず雨の音、風の音は聞こえたが、き火のそばのこの席は、温かく穏やかなものだ。


今夜は早く眠れそうだとシンルが思っていると、暑かったのかザーレが毛皮の上掛けを脱いだ。

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