第18話 第二章 3-1

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あの朝から十日経った。思い出したく無いあの朝から。

ルツも兄いも、そしてシンルも、あれから誰も帰って来ない。

みんな一緒だったのに、俺一人だけ残された。

こんな時にさえ変わらず穏やかな海に怒りが込み上げる。

リゴの港で海に石を投げつけていると、ディータに声をかけてくる者がいた。


「なあ、あんた、いつも染物屋の灰色の髪の子と一緒にいる……」


振り返ると、いつもシンルを虐めていた少年がいた。


「あいつ……帰って来るよな?」


おどおどとした態度に、更なる怒りが込み上げる。


「は? 心配してるつもりか?」


少年は何も答えない。ディータは立ち上がった。足の痛みなど、どうでも良かった。そのまま少年の胸ぐらを掴みあげる。軽く二人分体重がかかっても足は痛くなかった。


「お前にあいつを心配する権利なんて無いんだよ!」


怒りが収まらない。ぴんと来た。わかってしまった。

監視の目が行き渡らない田舎町は同性愛に寛容だ。灰色以外の色に対する差別意識も薄い。

それなのに同世代の子供は、灰色・・のシンルを選び構いたがる。


-こいつは自分とおんなじだ


だからだろうか。本当は一番、自分にぶつけてやりたい言葉が口から出た。


「伝えたいことがあるなら自分で言え!好きな子いじめも大概にしないと嫌われてさよならになるかもな!」


そのまま頬を殴りつけた。ずっと、ずっと、殴ってやりたかった。ずっと、ずっと……

やっと叶ったのに、走って逃げてゆく背中を見ても気持ちが晴れない。


シンルの嫌がる事をする奴らが大嫌いだった。けれど、シンルはそいつらに仕返しをすると嫌がる。だから、今まで見逃してやってきた。今日はシンルが居ないから仕返しができる。

……シンルが居ないから。


弟みたいで、けれど本当の弟ではないシンル。

庇護しなければいけない対象なのに、ときどき何故か、そっと抱きしめたくなる。



ディータが崩れる様に地面に腰を落としたとき、目の前の地面にぽつりと雨粒が落ちた。

次に頭に落ちた雨粒も顔の上の涙を拾って地面に点を打つ。


あの日から何度も思う。もっと優しくできたはずだと。シンルに礼を言われたとき、照れ臭くてどんな顔をしたら良いのかわからなかった。それでシンルが困っていたのも知っている。けれど、優しくしなかった。それに、いつも顔を見るとつい、不細工だの馬鹿だのと言ってしまった。本当はそんなこと一度も思ってない。初めて出会ったときから一度も。


「シンル……どこにいるんだよ」


無理を言ってラールに乗せてきてもらったけれど、リゴに来てもすることは一緒だ。ただ座って待つしか出来ない。

何て情けない。


いや、今は捜索の伝言中継役を任されている。ポヴェリアに居るよりマシなのだ。そう思うのに……


「ちくしょうっ!」


力いっぱい石をぶつけたにも関わらず、海はディータの無力を嘲笑う様に間抜けな音を立てて、ゆっくりと石を飲み込んでいった。

悔しくて悔しくて叫びたい気持ちを、地面に拳を打ちつけながら必死に散らした。暫くして、再び背後から声がかかった。


「ディータ」


振り返ると、そこには生地屋のモーリーが立っている。


「お茶を飲みに来ないかい?雨足も強くなってきたし、どうだい?」


モーリーはいつもと同じ笑顔だったけれど、その笑顔にいつもとは違う何かを、ディータは確かに感じた。

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