第17話 第二章 2-5


***






ザーレは自分を見上げてくるシンルの琥珀色の瞳を、じっと見つめた。色素の薄い虹彩の中に真っ黒な円が浮いている。その明と暗が対照的な色合いは幼い顔に似合わず鷹の目の様に鋭く、知性的だった。


密着した馬の上だ。ザーレにはシンルの鼓動の早さがわかる。緊張で硬くなって行く身体の様子も。


「嘘を付いてるようには……見えねえよな」


先ほど出会ったばかりだが、少し会話をすれば、言葉の選び方や会話の返し方で頭の出来も知れるものだ。シンルと言う少年は中々に聡明だとザーレは思っていた。

少々世間知らずだが、そこを埋めようとする好奇心が垣間見えるし、質問は的確だ。愚鈍な人間というのはそこにある物を、ただ流してしまうものだ。

「自分が染めた」と明かすことの危険をシンルは理解している。だからこんな風に必死な目で自分を見つめているのだろう。


―こいつ、一丁前にオレを試してやがる。


そう思った。

少なくともロブサールまでは一緒なのだ。旅の友として相応しいかどうか。信用に足る人物かどうか。確かめるなら早い内が良い。今、自分は十以上年下に見える子供に試されているのだ。

けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、心が踊り、気持ちが迅る。


―信じさせてやろうじゃねえの!


「なあ、シンル。お前心当たり無いって言ったじゃねえか!明らかにこれだろ。ったく、とんでもねえな」


ザーレはレブロの紫に染められた布を指差して言った。


「え?……そうかな」


シンルは不安げに瞳を揺らす。


「ああ。だから姉さんは道にこれを残したんじゃねえか?お前に向けて。今まで誰かに染められること話したり、現物げんぶつ見せたりしたか?」


「してない!誰にも。この色の材料になる草って、大事な薬の原料にもなるんだ。勿体なくて、ルツの成人祝いに染めたのが初めてだった。それが一ヶ月前のことで…やっぱりルツ…俺と間違えられたのかな」


「その言い方だと姉さんの方は染められねえのか。厄介やっかいだな」


犯人の目的が染物師を攫うことなら、紫を染められると思われている限りは無事でいられる。つまり、染められ無いと分かったら身の保証は出来ない。


「一体誰だろう。攫っても着れないのに」


シンルの呟きにザーレは唖然とした。


「お前、まさか知らないのか」


「え?」


「着れるんだ。『レブロの紫』は一番高貴な色だが法には一切そのことについて書かれてねえ。つまり、身分を縛らない唯一の色だ。神話では王の色とか書かれてるけどな」


「じゃあ何で皆着ないの?」


「バカ、染められないからだよ。王家のお抱え以外の紫の染物師なんて聞いたことねえよ。シンル、自分がどれだけとんでも無い例外か分かってねえだろ。まさか城から来たとか言わねえよな?」


「そ、そんな訳ないよ!だって村の人の反応見て思ったけど、染物師が消えたら皆、大慌てで探して物凄い噂になるでしょ?俺は島の出だよ。何となく染めたら出来ちゃっただけなんだ」


「何となく? ノーグの平民の努力の歴史を『何となく』で塗り替えるなよ。全く。このおチビさんは事の重大さをちっとも理解してない。レブロの紫を染め上げるなんて、人の手できんを生み出すくらいあり得ない」


「え?でも、原料さえ触れたら皆染められるはずなんだ。染め方は複雑だけど」


「は?何だそれ、どう言うことだ」

シンルはザーレに話した。男性が触ると瞬時に枯れて、女性が触れても茶色く萎れる。シンルの手の中でしか、生きたままでいられない不思議な草の話を。


「そんな草見たことも聞いたこともねえよ。まあ、それなら誰も染められないのも納得の様な……気もしないでも無い。本当か?」


「うん。でも待って。じゃあ、王様のところには悪い人が集まらない?染物師を攫おうとして」


「そうだな。でも無駄だ。今まで紫が独占されてきたって言う歴史が既に証明してるだろ。それに、有名な話がある。『王は紫を見分けられる』って言うな」


「……ごめん。何が何やら」


「謝るな。レブロの紫はな、同じ紫でも染物師によって微妙な色の違いが出るんだと」


「それは…わかるかも。染めの癖で色が変わることは良くあるし、染めたからわかるけどあんなに手間も気も使う染めの行程は他に無いよ」


「そうか。んで、話を戻すとな、長くその技術を見てきた高貴な方々にはわかるんだと。どの染物師がどんな色を染めるのか。だから、染物師を攫っても着てるとこを抑えられると言い逃れ出来ない」


「なら、家でこっそり着れば良いんじゃないの?」


ザーレは何度目かのため息を吐いた。


「お前は本当に良い子だなあー」


「……バカにしてる?」


「してねえよ。人間ってぇのは欲深い生き物なんだ。この国で一番偉い色なんだぞ?おまけに実際は着ても良いんだ。人に見せないでどうするよ。最初は我慢できても続かないだろうさ。いつか人に見せたくなる。これは、私が染めたのよって嘘ついてな。でも、王家の染物師以外で紫を染められる奴なんて伝説だ。すぐに噂は広まって、偉い人が見にくる。色を見たら染物師が特定されるんだ。言い逃れ出来ない。逃げても無駄。捕まって尋問される。んで、首が飛ぶ。これ遥か昔に、実際にあった話らしいぞ。どこへ逃げても見つけ出してやるぞって言うレブロ王家からの脅しとして有名なんだ。だからシンル。お前を王都に届けてやる」


「え、何でっ?今の話の流れで何で? 俺はルツを探さないと!そんな暇ないよ」


「姉さんを探すんだろ?」


「そうだよっ。だから」


ザーレはずいっとシンルに額を寄せた。

いいか、ちゃんと聞け。心の中で念じる。


「王様に頼むんだ。自分の才能と引き換えに人を動かしてくれって。人海戦術さ。王様は人を動かせる」


シンルはザーレの瞳を呆然と見上げていた。


「シンル。この国で一番の権力者と取り引きするんだよ。お前ならそれが出来る」


さあっと、木立を揺らした秋風が二人の頬を撫で、吹き抜ける。


「……でも」


「何だ、どうした?」


「ねえ、ザーレ!……王様は俺の願い、聞いてくれるかな。捕まって染め物の為だけに生かされるとか…そんな事にはならないかな?」


こんな小さいのに、そんなところに頭が回るのか。感心すると同時に、シンルが生きてきた世界の現実が垣間見えて、ザーレは複雑な気持ちだった。だから安心させてやりたかった。


「お前本当にノーグ国民か、この世間知らず!外国人のオレでも知ってる。王にとって紫の染物師なんて言うのは王妃様と同格、若しくはそれ以上なんだぜ?自分に世界一高貴な色を纏わせてくれるんだ。この国でそれ以上に最高なことなんてねえだろ。王は紫の染物師をそれはそれは寵愛してる」


「ちょうあい?」


「おう!だからな、シンル。オレにも一枚噛ませろ。新しい染物師を連れて来たとあっちゃあ随分な報酬が貰えるだろうぜ。これならお前もオレのこと信用出来るだろ?オレにだって得しかねえんだ!」


ザーレは大きな口をにかっと引いて、勢い良くシンルに右手を差し出した。


「前言を撤回する。お前を手伝うのは死んだ弟の為じゃねえ、金の為だ!よろしくなっ、運命の人!」








*すみません。最近、登場人物の名前の誤字が多かったことに気がつきました。気になった方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。以後気をつけます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る