第11話 第一章 3-4



「それならさっき、どでかい麻袋を担いだ男二人が馬車に乗るのを見たぜ。ほら、あれだ。結構な時間ここで荷造りしていたが見たのはそいつらだけさ。あそこに繋いである馬を使いな」


男の指差した方角には布を張った箱型の荷馬車が走っていた。となり村へつづく街道の彼方に今、正に消えて行こうとしている。

何頭立てかここからでは見えないが、二頭以上の馬が引いているのは速さから想像できた。

言われた通り繋いであった馬に手をかけたそのとき、追いついて来たラールが言った。


「シンル、信用しちゃ駄目だ。この馬はあいつのじゃない」


「わかってる。でも確かめないと! 馬は必ず返すから」


必死な思いでそう告げてシンルは一人馬へとまたがった。


「待て!俺も行く」


ラールが馬のひもを解くのを待つ余裕は、シンルには無い。馬の腹を蹴って馬車を追う。


「待てって!」


馬に乗るのは数年ぶりだった。もともとそんなに上手くない。遊びに少し乗せて貰った程度だ。腹を蹴るたびに景色が勢いを増して後方に飛んで行く。


「大丈夫。大丈夫」


荷馬車はまだずっと先だ。麦粒の様に小さく見える。けれどこのまま走らせればきっと追いつくことが出来る。


男の言ったことは嘘かもしれない。けれど、本当かもしれない。怪しい男が二人居たと言っていたじゃないか。


希望にかけることを、シンルはやめられなかった。



段々に日が昇り周囲は明るくなって行く。夏はもう過ぎた筈なのに澄んだ空気を突き抜けて、刺す様な日差しが首を焼いた。前傾して鞍にしがみついていなければ振り落とされそうで日差しをどうすることも出来なかったシンルだったが、それは案外わずかな時間に終わった。不慣れなシンルが襲歩しゅうほで無理矢理に駆った所為で、馬は直ぐに走れなくなったのだ。


改めて見ると毛艶があまり良くない。もしかしたら若くは無いのかもしれなかった。


しばらく並足なみあしで進むことを余儀なくされ、ときには馬を下りて騙し騙し前進した。

明らかに辛そうにしながらもシンルに従ってくれる馬を見ていると、酷いことをしていると思う。けれど、今だけは、何としても進んで貰うしか無かった。

やっとの思いで林の脇に留められている荷馬車を見つけたとき、日は随分と傾いていた。シンルは少し離れた場所で馬から降り、林の方へ回って慎重に馬車に近づいた。


御者は居ない。


荷台を囲う分厚い麻布へ近づくと、こちらにも人の気配は無い。

シンルは慎重に布を持ち上げた。厚く蝋を塗ってあるせいで重い。

荷台の中は日光で透けた布が光って薄い黄色に染まっている。

むわりと蒸した、果物の香りが立ち込めていた。

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