第9話 第一章 3-2







「っ!」


「どうした?シンル」


「…ダグマル。島に戻ろう。嫌な感じがする」


先刻せんこく離れたばかりの島を見つめ、シンルはつぶやいた。


普通なら「何を馬鹿な」と言うだろう。けれど、時々妙にシンルの勘が鋭いことを、付き合いの長いダグマルは知っていた。


二人でかいをとり、必死に漕ぐ。島から港町、リゴまでの距離を三分の一ほど進んだ海に浮かんでいた二人は、ポヴェリアの砂浜に船を引き上げたときには汗だくになっていた。

シンルはと言うと、膝に手をついて全身を支え無ければ立っていられないほどだ。


「あの船…」


既に息を整えたダグマルの言葉に視線を上げると、島にあるもう一つの砂浜から見覚えの無い小型船が出ている。島の人間はあちらの海岸を滅多に使わない。


「妙だな。シンル。お前は家に戻れ。俺はあの船を追いかける」


「はぁっ、わかった」


「あの船の大きさで次の港までは持たない。陸に上がるはずだ。潮を横に受けて進むより流された方が早い」


唾を飲み込んでシンルは答えた。


「戻って異常があったら、島のみんなとリゴに船を出せば良いんだね」


ダグマルの大きな手がシンルの頭に降りて来て、さらりと優しく撫でる。


「そうだ。良い子だな」


その手が離れたのが先か、シンルが走り出したのが先か、二人は自分のすべき事の為に動き始めた。山に入り、トネリコの森を突っ切ってシンルは灰色の花畑を目指す。そこを通り過ぎて川を渡り、家へと向かうのが一番の近道だろうと頭に描いて走っていたシンルだが、辿り着いた花畑をそのまま素通りすることは出来なかった。


真ん中だけぽっかりと穴が空いたように黒い。


「何だこれ……どうやったらこんな風に枯れるんだよ」


ただ事では無い。

シンルは更に足を早めた。

肺がいかれて口の中が鉄臭い。乾くのに、べたつく。

額から落ちた汗の塩が目に浸みて視界をぼやけさせた。坂を下り、緑の向こうに小川が見えたとき、更なる異常に気が付いた。川の中に人が倒れている。目を凝らし見えてきたのはシンルがよく知る薄黄色の服を着た、小柄な少年だ。


「ディータッ!」


うつ伏せに横たわるディータは、川を渡る為の飛び石に引っかかる様にして浮いていた。

片脚の太ももが無残にも折れて、あり得ない角度に曲がっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る